一人残された貴方はなるべく自然な動作を心がけ、この公園に備え付けられているベンチの一つに腰をおろした。
貴方は周囲を観察する。
見える範囲で貴方と同じ姿をした者は十人ほど、この場所はそこまで広くはないが、見えない場所を考えればその数倍の人数がいるのかもしれないと考える。
チラリと俯きがちなローブの隙間からその姿を垣間見れば、そこで待っている者達の千差万別さを感じた。
同じ装いで変化などと思うかもしれないが、それは事実だ。
まずは大きさ、人ほどの背丈の者もいれば、その半分程度の者、それはまだ人の範疇だが人の2倍の背丈の者もいる。
というよりは背丈だけならまだ貴方は落ち着けた。
貴方の目には明らかに裾から見える足が2本以上ある者、それどころか植物の根にしか見えない者、頭に明らかに角と思しきものがローブから突き出している者など明らかに人間の理解の範疇を超えていた。
――そもそも、こういった態度が自然と程遠いと思われるはずだ――
貴方は頭を振って、ただ座り込んだままに思考を遅く回す。
ここに居る者たちはそのほとんどに会話はない、知り合いなのか二人程度で談笑する者もいるがほとんどが距離を保っている。
貴方はただ漫然と時間を潰した。
貴方は彼女が持たせてくれた時計をチラリと見る。
彼女が言うには淫魔の国にも、珍しいが一応はアクセサリーとして時計はあるらしい。
貴方の知る時計とは違い針はたった一本だけ、それが一周で魔界の一日を指すのだと教えてくれたことを思い出す。
彼女がいなくなりかなり経ったと思った貴方であるが、彼女から聞いた換算が正しければ、まだ一時間にも満たない。
貴方は時の進みが遅いのを緊張のせいだと思い、再度ベンチの背もたれに深く体重を預けようとした。
その時である――
「よーし、新人、先輩たる私がお前に嬢の目利きを教えてやる!!」
「あ、ありがとうございます先輩! わ、私初めてで……!」
公園の外側でフワフワと浮かぶ二人組の淫魔がいることに貴方は気づくだろう。
「どうだ楽しみだろう、淫魔の本懐を果たせると思えばビンビンだろう?」
「は、はい……!」
「んしかぁーし! 貴重な魔力を出して交換した金だ! 初体験は最高の体験にしたい! そうだな!」
「は、はぁい!! したいです!」
「バカヤロォーィ!!」
姉御風をふかせていた淫魔は何故か、一方の淫魔を殴る。
「な、なんで殴ったんです……!?」
「それでも淫魔か! いいか! 淫魔なら最高の体験をさせる側なんだバカヤロー!」
「は、はい!!」
――何やら物凄く騒がしい二人組だな……――
「最もフィジカルで……、最もプリミティブで……、そして最もフェティッシュ……、淫魔ならそんなヤり方で行け……!」
「分かりました……! この時のための淫魔の力……めちゃくちゃによがらせてみますよ先輩!!」
「だからお前はバカなんだよバカヤロー!!」
「ま、またぶった!!」
「もっともセクシャルに行けと今さっき言ったばかりだろうが!? 淫魔の力なんて楽をせず、真正面でムードを高め合うんだよこの若造が!!」
「せ、セクシャルなんてさっきは言ってな……」
「うるせぇぞ、ナマ言うなガキが!!」
――もうええでしょう……――
そんなことを考える貴方を余所に彼女たちの漫才は続いた。
「わ、わかりました。……でも先輩、自分どの子を選べばいいか自信ないです……」
「ふっ、安心しろ若造、私がしっかりとその見抜き方を教えてやる。いいか見てみろ」
目をたぎらせながら品定めをする彼女達。
「うーん……、でも先輩、ローブのせいで魔力は見えないから分からないですよ」
「素人考えだな……、いいか新人、まずは背格好を見ろ、特徴的な種族ならローブを着ていても分かる」
「そ、そうなんですか?」
「例えばあの触手の子は吸盤から見てどう見てもスキュラ、全身絡めての激しいプレイが可能」
「な、なるほど……」
「そこに見える彼女は足の根からドライアド、静謐な森のヒーリング魔力で疲れた時に添い寝するだけで癒されるぞ……!」
「な、なるほど……!」
「あの特徴的な角は鬼……、と見せかけた趣味で来た悪魔族と見た! プレイとシチュの交渉をしっかりすればお値段以上の体験だ」
「な、なるほどぉ!!」
――なるほど、この魔界にはそのような種族の者達がいるのか……――
「他にはそうだな……、淫魔にはこんな格言があるのを知っているか?」
「え? な、なんですか?」
「嬢は素人に限る!!」
「た、たしかに……!!」
「分かるか新人! 新人なら新人を選べ新人!! 新人! 新人だぞ!」
「先輩が私か嬢、どっちの新人を呼んでるか分からないッスけど、わかりました!」
彼女たちは再度、あたりを見回す。
「あの人は……貫禄があるし、あの人も慣れてそうだ……」
「そうだ新人、お前は淫魔、生まれついてのハンターだ」
「ちょっと黙ってもらってていいですか、今真剣に……、あっ……」
貴方は彼女の目がこちらに向いていることに気づいただろう。
「あ、あの人、なんだかその……、ちょっと初々しいっていうか」
――大正解である――
「……何故そう思った?」
「なんか所在なさげというか、落ち着きがないというか……、というか私達のバカ騒ぎに律義に反応してくれたのが、あの人しかいないというか……」
「フッ……、見事だ新人よ……」
「ま、まさか、先輩は最初からこれを狙って!?」
「イグザクトリーィ……!」
バチコーンという音が聞こえそうな程強烈なウインクをかます彼女。
あまりにお笑いな光景であるが、貴方にそのような余裕はない。
「行け若人よ!! 振り返るな走れ!!」
「せ、先輩……! わ、私行ってきます!」
新人淫魔は貴方の元へと降り立つ。
「あ、あの……すいません」
震える手に潤んだ目。
「そ、その、手持ちは少ないんですけど……」
もしも貴方がこんなかわいい後輩に、こんな仕草で告白されたらむげに断ることなど絶対にできないという可憐さだった。
しかしそれは貴方を前にした瞬間切り替わる様に雰囲気が一変する。
「今夜は貴方の目を見て眠りたい、どうでしょうかお嬢さん……」
片膝をつき、すらりと差し込まれる華奢な手に貴方の心臓は跳ねる。
――淫魔は相手を誘う時、キザな言葉を使わなければいけないという慣例でもあるのだろうか――
今度彼女に聞くべきだろうと貴方は考えた。
「いかがでしょうか?」
――申し訳ないが、先約がいる――
「そうですか、貴方の瞳を独り占めに出来るなんて、あぁその人は信じられない程の幸運の持ち主ですね、失礼しましたレディ、良い夜を……」
舞台役者かと見まがう優雅さで、新人淫魔は貴方の元に光る硬貨を一枚置くとその身を引いた。
――自分は何もしてないというのに、これはもらえない――
「その言葉だけで安いものです。……しかも、その目で私を見ていただいた。それだけで私には十分なのですよ」
優雅な一礼と共に新人淫魔は飛び去る。
そして――
「うわ~~~ん!! ことわられたーーー!! 近くで感じれば感じる程メチャクチャにタイプだったのにーーー!!!!」
「ぶひゃひゃひゃひゃ!! あんなにしっかり付けられた魔力見れば分かるだろ! あの嬢は先客がいるんだよぉーっ!!」
「そ、そんなの、分かってたなら教えてくださいよッ!!」
「お前がその絶望の顔を見せるのをまってたんだよォ~~~!!」
――余りにもひどすぎる……――
「な、なけなしのお金がさらに少なくなっちゃった……」
「ワハハハハ! 良い表情だったぞ新人! 淫魔社会の通過儀礼の一種だ! 明日には職場の奴らともう一度馬鹿にしてやる」
「ひ、ひどすぎですよ先輩……」
「ひ、ひぃー笑った! ま、まぁ、落ち着け! 今からおすすめの店で奢ってやるからついてこい、店舗はこの手の場所より優良だぞ!」
「う、うぅ……、で、でも、初めてはあの子が良かったんですぅ……、運命かんじたんですよぉ……」
「まぁ、ここいらの場所にしてはレベル高かったな、気になるならこまめに覗けよ、またあの子がいるかもしれんしな!」
騒々しい淫魔の先輩後輩が飛び去って行く。
貴方の手には新人淫魔が残した硬貨が一枚だけ残っていた。
声をかけられた時にはどうなるかと思ったが、彼女の言う通り断ればうまくいくようだと安心した貴方。
どうやら先ほどの誘いは例外的なものだと分かり貴方はほんの少しだけ警戒を解いた。
貴方は気持ちを落ち着け、彼女が来るまで静かにベンチに座ることにした。
「今夜だけ、貴方の時間を少し分けていただけませんか」
「選んでください。私か、それとも“何も起こらない夜”か」
「無理にとは言いません。ですが――貴方が選ばなかった夜を、きっと後悔してしまう」
「貴方のその視線、独り占めにする罪を味わいたいのです」
「その鼓動、もう少し近くで確かめても?」
「今夜の静けさを壊すのは忍びないですが、それでも貴方を一人にはしておけない」
貴方の手元にはかなり纏まった量の硬貨があった。
――もしや誘いが断られたとしても一定の支払いを行う義務でもあるのだろうか――
なぜか、先約がいるにも関わらず誘われ、そしてそれを断り続ける貴方は次第に謎の罪悪感を覚え始める。
そんな風に貴方が頭を抱え始めた時、目の前に誰かが地面を踏みしめる音がした。
それに気づいた貴方は急かされるように断りの言葉を考えながら顔をあげる。
「どうか選んでください、愛しい人、私は貴方に触れられないのですから」
――余りにキザすぎる……!――
「そうでもしないと、貴方の目を見れないだけなのです」