抱かれながら飛ぶ貴方が彼女に公園で起きたことを話した。
それを聞いた彼女はこらえきれないと言った様子で笑いだす。
「あー、それはそういうマナーなんスよ、交渉前に前金の一割を見せて交渉、ベッタベタのセリフで誘ってOKなら交渉成立、いやぁ人間ちゃんずいぶん稼いだもんスねぇ」
――相手がいると分かれば誘われないのではなかったのであろうか?――
「そりゃそうっスけど、それでもってお金を上乗せで狙っちゃうほど堪らなかったでしょうね、人間ちゃん隙だらけすぎて、本能を刺激されまくりっスから」
――それならばお金だけ貰って何もしないこともできるんじゃないのだろうか――
「極論そうっすね、まぁそういう人がいると苦労をするのは他の女の子っスから割と自浄されてくんスよね」
――そういうモノなのだろうか――
「……淫魔は昔、境界から魔族を攫って好き勝手した過去があるんで、今の時代はそういう合意とかの権利は向こうが強いんスよね、そのせいで今の淫魔が苦労してるわけっス」
――今の負債は未来に送られるということだろうか――
予定通り合流した貴方と彼女。
貴方は今後について彼女に聞いた。
「魔力炉の部品に細工をしてわざと壊れるようにしたんス、これの修理の為に一人で工作室にこもる口実を得たっス」
――それはかなり危険な手段では?――
「へーきへーき、どうせ放っといても近いうちに壊れる部品だったっス。だから、壊れるタイミングだけこっちで決めたっス」
彼女は貴方を連れて、奥まった場所に連れ込む。
そこには人の背丈ほどある箱が鎮座してあった。
――これは一体何なのだろうか――
「この箱の中に入ってるのがその壊れた部品っス」
女が小脇に抱えていたと言うにはあまりに大きな搬送箱を開いてその中身を見せる。
その部品は光り輝く水晶のような素材で、元は斜めに捻ったサメのヒレのような形をしていたのだろうか。
その平べったい何かは砕けてバラバラになっていた。
―― 一体何の部品なのだろうか――
「魔結晶部品のタービンブレードっていうヤツで、まぁ同じような部品がいっぱいいるんすよ、おっきい箱なんで人間ちゃんはこの中に隠れて貰って私が運ぶっす」
彼女の説明の一部しか理解できない貴方は神妙に頷くしかできない。
「さっさとこいつを作り直して、仕事に取り掛かるとするっス!」
箱を開けると中に納まった部品の一部を取り出して捨てていく。
「うーん……、人間ちゃんに当たると危ないっスから外してしまうっスか……、処分、処分っと」
彼女の手の上で空間に溶けるように消えていく素材を見ながら貴方は少し不安に思う。
――壊れた部品を直すならそのようなことをして大丈夫なのだろうか――
「へーきっス、あとで構成し直せば良いだけっすから、構築魔法陣の魔力は別の魔力炉から引いてるんで心配はいらないっス、これがなきゃ私なんて一瞬で干上がっちゃうっス」
もはや半分ほど無くなってしまった部品の隙間に貴方は体を押し込んだ。
「じゃあ行くっスよ」
既に彼女の声しか聞こえない貴方は暗い箱の中で揺られる。
不思議なことに箱の中はまるで無重力のように浮いていながらも中で何かとぶつかるようなことはなかった。
しばらくして箱の外側から彼女が誰かと話しているのが聞こえる。
「よ、ようやく来た! 遅いよ!! 早く直さないと……!!」
「だからこそ、慣れた道具じゃないと無理っスよ、すぐ作業にとりかかるっスから一人で集中させてほしいっス」
「わ、わかった。たのんだよ! これ私が壊したなんてバレたら首どころじゃすまないよっ!」
「安心するっスよ」
「ほんと、ほんとにお願い! これしてくれたらなんでもする!」
「魔族がなんでもするなんて嘘でもいっちゃダメっすから、まぁ報酬は取り決め通りで」
「任せて! だからほんとにお願いね……!」
なにやら貴方の目の前で壮大なマッチポンプが行われていることを貴方は感じ取る。
ほどなくして、貴方の視界に光が差す。
「出てきていいっスよ、いやぁ、嫌な所みせちゃったっスね」
貴方は広い部屋の中央にまるで横倒しにされた精密な時計盤のような装置が置かれた光景を見るだろう。
いくつもの同心円状に組み込まれたその装置は周囲が規則的に淡い光を放っている。
彼女は持ってきた部品を引っ張ってその円の中央に置くと貴方の方に顔を向ける。
「ちょっと危ないんで私の後ろに来てもらえるっスか?」
貴方はその言葉に従い彼女の後ろに隠れる。
それを確認した彼女は円の端に手を置いた。
「
彼女が何事かを呟くと、手に触れた円陣の中の円が唸りをあげて回転を始め、その光は次第に強いものとなっていく。
「
彼女の声は二重三重に重なり、その意味を理解することは貴方には困難であった。
「あー、この部品、細かい穴がびっしりあって面倒なんスよねぇ……、もっと手ごろな部品にすればよかったっス」
「……てか薄っすら思ってたっスけどこれやっぱ元から不良品っスね、中抜きで適当な仕事しすぎ……、下手すりゃ炉ごと爆発っスよ、ったく……」
彼女がぼやく目線の先では壊れた部品が浮かび上がり、まるで部品が成長するように治っていく様が見えるだろう。
貴方はその神秘的な光景を集中して言葉数少ない彼女の背中越しに見届けた。
数分ほど経ち、完全に直った部品、それを彼女は急いで箱に詰め直し、勢いよく貴方の方へ振り返る。
「次が本番っス、に、人間ちゃん、ち、ちょっと人間ちゃんの体のい、一部! ち、血は痛いっスよね! 髪とか爪でも良いっスから、なんかくれないっスか……!?」
突然の要求に貴方は戸惑う。
「べ、べ、べつに変な意味じゃなくてっ! 道具を作るのに必要で!! マジでなんの下心もないっス!」
彼女の説明に納得した貴方は彼女に爪と髪と血ならどれが一番いいのかを聞いてみる。
「そりゃ……、まぁ人間ちゃんの体なら何でもいいっスよ……、うん、多分大丈夫っス」
貴方は何処にそれを出せばいいのかを彼女に問いかける。
「魔法陣の真ん中っス」
――できれば刃物はあるだろうか――
「あっ、ナイフあるっスよ、儀式用のやつ、気を付けてくださいッス」
貴方は妙にこった意匠のそれを受け取った。
――どれくらいの量がいるのだろうか――
「うーん、バッサリいってくれると助かるっスね」
――バッサリといかなければならないようだ――
貴方はナイフを利き手に持つと反対の掌で握り引き抜いた。
かなりの鋭さを持ったナイフは貴方の掌の肉を割く、幸運なことにその切れ味が幸いして貴方の痛みは最小限に抑えられた。
貴方は切られた手の平で握りこぶしを作ると、その下から血が流れる。
まさに黒魔術と言った光景であると貴方は内心考えた。
――これぐらいでいいのだろうか――
貴方が後ろを振り返ると白目を剥く彼女と目が合う。
「ギャアアアアアアァァァァ!!!!」
貴方は驚きの余り彼女と同じように情けない悲鳴をあげるだろう。
「ちいぃぃぃぃ!! 人間ちゃん血ぃでてるぅぅぅぅぅ!!」
貴方はバッサリといったのは彼女の方ではないかと話すが、彼女は顔面蒼白のまま貴方に言い返す。
「髪を切ると思ったんスよ! カミィ!? なに手をバッサリ言っちゃってんスか、死んじゃうでしょう!?」
――死にはしないだろう――
「か、回復魔法……!? ノオォォォォ! だから私、自己回復しか履修してねぇっスよぉぉぉぉ!!」
彼女の興奮に当てられた貴方は、次第に落ち着きを取りもどし、彼女を落ち着かせることに注力した。
「血なら数滴ぐらいでいいっスよ……、な、なのにこんな……、没収! 没収します!! 」
彼女が何やら手をかざすと、貴方の流した血液は浮かぶように彼女の手中に収まったかと思えば、小さなガラス瓶のようなものに収まった。
「に、人間ちゃんの血!? えっ血っ血ーの 血ー! ✋ 」
――それで鳴いたらあがれないだろう――
彼女の混乱っぷりに言語化できない文字が脳に飛び込んでくる貴方である。
ようやく彼女が落ち着いた時、かなりの時間をロスしていた。
「わ、私は血液で興奮する吸血鬼じゃないっス! アブノーマルも飲み込めるノーマルな淫魔っス!!」
――それは普通に興奮しているということだろうか――
そう言いかける貴方だが、話が進まなくなるため、彼女に作業を促した。
「そ、そうっすね……」
彼女は両手で包み込んだ貴方の血液が入った瓶から、数滴、円陣の中央に垂らし、貴方がしたことと同じように自身の手をナイフで切って垂らす。
それを無言で見る貴方。
「わ、私は自分で治すからいいんスよ!、じ、じゃあやるっスよ、……行くっス」
彼女は小走りで円陣の端まで戻ると初めの時と同じように手をついて呟きだす。
ひとしきり騒いだ貴方達であったが、彼女の表情が真剣なものに変わるのを見て黙り込む。
「
それは先ほどの作業の集中力の比ではない、見ている貴方も瞬きすら許されない程の緊張感。
彼女の意識が単一の処理系に固定されているように、彼女は作業に没頭する。
「
貴方は初めに、まるで自分と彼女の混ざった血が沸騰し泡立ったように変じたのだと思った。
しかし沸騰する血液は際限なく地面に広がっていく、これはマグマのように吹き出しているのだと、貴方は直感するだろう。
彼女はその表情を一切変えず、全身に玉のような汗が噴き出す。
円陣全てを濡らす赤
それがまるで手を離したゴムのように中心に引き寄せられた。
瞬間、高圧電流のスパークのようにバチリと部屋の中が瞬く。
いつの間にか部屋の中心にピンク色の小さな宝石が浮かんでいた。
「やった……!」
彼女が歓喜の声をあげる。
しかしその瞬間その赤い石はルパートの涙のようにはじけ飛んだ。
粉みじんに四方へと飛び散る赤い煌めき、それは美しいと思えるものであったが、彼女の顔を見るにこれは彼女の望んだ結果ではないらしいと貴方は察する。
「……スゥ―、多分いくつかの手順で試行錯誤が必要っス、……問題点を絞りたいんで少し試させてくださいっス」
――自分に許可を取るまでもなくお願いしたいと伝える――
彼女の思考に没頭し始めた表情をみて貴方はすぐに彼女の後ろに下がる。
「初めに問題はないはず……、やはり合わせる時に結合が……、そこに絞って試すしかないか……」
貴方は彼女の新たな一面を見る。
それは深い情熱、そして執念に満ちた根気を持つ彼女の仕事人としての一面であった。
貴方は――
せめて彼女の邪魔だけはしないよう、彼女の背後でその光景を見守った。