「次は本番っス」
彼女は先ほど使用した血液よりもさらに少量を使い、同じ手順を簡易的に何十回も繰り返していた。
そしてその結果から何かに気づいたような彼女は先ほどの全力で魔力を込め始める
いわゆる彼女の本番はこれで5回目。
貴方はその結果を固唾をのんで見守った。
「……ダメっすね、ふぅ……、時間も限界っスね、今日はここで切り上げるっス」
冷静に告げる彼女は短い時間だというのに確実にやつれたように貴方には見えた。
「人間ちゃんには申し訳ないっスけど、これを作るのにそこそこの時間がかかりそうっスね……」
彼女は体を猫のように大きく伸ばした後、大きく息を吐く。
――そもそもこれは何をしようとしている作業なのだろうか――
貴方を魅了から守る道具とだけ伝えられていた貴方は、彼女の一連の作業を見てそのような疑問がわいていた。
「簡単に言うと、他者の存在を介して淫魔の魅了や呪いを弾く道具を作ってるッス、純粋に標的をブレさせることが出来るし、淫魔はもともと呪いには強いっスからそれも合わされば上級淫魔の魅了も耐えきれるっス」
――自分は人間なのだが大丈夫なのだろうか?――
「重要なのは互いに精神を参照し合って補完するのがこの技術のキモっス、だから問題ないっスよ」
――精神? なにやらデメリットがあるのではないだろうか――
「あー、この魔法
貴方には彼女のしようとしている事の全容は分からないが、話を聞いて理解に努めようと試みる。
「もともとは淫魔の国の内乱時に作られた技術なんで性能は実戦証明済み! なんすけどそのせいで参考になる文献とかもマジないんで手探り状態なんスよねぇ……」
彼女がそういうのなら事実、一筋縄ではいかないのだろう。
貴方に出来ることと言えば労をねぎらう言葉をかけるぐらいである。
「ウフフ、そう言われるだけで私は元気百倍っスよ、……っと、そろそろ時間っスね、人間ちゃん、部屋の隅に隠れてくださいっす」
彼女に従い、部屋の隅に隠れる貴方。
そんな貴方に彼女は薄いベールのようなものを貴方に被せる。
――透明マントとみた――
「そんな大層なものじゃないっス、感知されにくくするだけっス、普通に見えたらバレるんでもうちょっと頭を下げて欲しいっス」
どうやら石ころ帽子の方であったらしい。
彼女が貴方を隠した後、その部屋に飛び込んでくるものがいる。
「できた!?」
「へへへ……、何とかっス」
「あああああ! やった! これで誤魔化せる!! そんなにボロボロになるまで魔力を使ってくれて!! 恩に着るよ! いや本気で!」
「いいっスよ、多少の魔力を融通してくれたらそれで」
「分かってるって! ちょろまかした魔力は後で渡すからさ!」
彼女が疲れ切っているのは別の理由であるからなのだが、彼女は否定も肯定もせずに会話を続けた。
「とにかく部品を運ばなきゃっス、後は任せていいっスか?」
「そうだった! じゃあね!!」
誰かが飛び出す音、そしてしばらくの沈黙。
「出てきていいっスよ、後はここから人間ちゃんを連れだせばパーペキっス、まぁ、私はまだ仕事なんすけどね……」
貴方は彼女の体を心配するが、彼女はへにゃりとした笑みを見せる。
「こんくらいの私が平常運転っスからね。問題ないっス!! 人間ちゃんは私が戻るまでさっきのところで待っててくださいっス!」
その後、貴方は公園に戻り、彼女の帰りを待つことになる。
聞きなれた羽音が貴方の背後から聞こえる。
「今夜、少しだけで構いません。貴方の隣にいさせてはいただけませんでしょうか?」
微笑む彼女の手を取り、貴方は家へと戻った。
「んあ~~~~! 疲れたッス! 癒して欲しいっス人間ちゃーん!!」
先ほどのキメ顔は何だったのか、じたばたとベッドの上で伸び縮む彼女が先ほどの淫魔と同一人物とは思えない。
――貴女の疲れを癒すにはどうすればいい?――
しかし、彼女の労力を想えば、自分がする彼女への奉仕の殆どは“ほんの少し”でしかないだろうと貴方は知っていた。
「に、人間ちゃんが優しい!」
勢いよくベッドから顔をあげる。
貴方は今日の作業が彼女に相当の疲労感を与えていたと予想する。
彼女の身体状態の回復に役立つことなら、貴方は大抵のことを行うつもりであった。
「淫魔が回復するのに一番の手段はまぁ、その……、セックスっスね」
その言葉に貴方は目を逸らすと、彼女は苦笑いを浮かべる。
「分かってるっスよ、人間ちゃんのそういう奥ゆかしい所も私は好きっスから」
――何か他に出来ることは無いだろうか――
「うーん、そうやって私に気を使ってくれるだけでも本当に癒されるんスけど……、あとは人間ちゃんのエネルギーを取り込んだり?」
彼女はいつの間にか手に握った血入りの小瓶を眺め透かす。
「 血とかは人間ちゃんが痛いからダメだし、今あるのは道具のための分……、爪……はあんまり、髪とかもそこそこ纏まった量がないとなんスよね」
貴方は彼女の為にやれることを考えるが、その光景の全てが余りに不道徳な光景に思えた。
――望むなら頭ぐらいは丸めるがどうだろうか――
「ちょっとみたいかも……、でもいいっスよ」
貴方はそれでも何か渡せるものが無いかと自身の体を眺める。
そして手の平を見つめる。
そこには彼女が巻いた清潔な布、血は止まったが布の上層には僅かに乾いた血がにじんでいた。
――流石にこれは難しいか――
「吸血鬼でもないんで凝固した血はちょっと効率が悪いっすね……」
そもそも、血で汚れた布を渡すというのは彼女に対して失礼にも感じた貴方は諦める。
「人間ちゃん……、布が汚れたんで取り替えるっス」
逆に手の平の布を取り換えられるという治療を受ける貴方
――他に自分に出来ることはないのだろうか――
「十分に助かってるって言ってるっスよ」
彼女は貴方の手に布を器用に巻いて圧迫していく。
そして自然な動きで汚れた布を懐にしまい――
――待って欲しい、それは必要ないものではなかったのだろうか――
「ウフフ、何ですか人間ちゃん」
彼女は微笑を湛える。
――それは捨てるつもりの物であるのかを確認する――
「ウフフ、何ですか人間ちゃん」
変わらぬ微笑。
「ウフフ、何ですか人間ちゃん」
どうやら彼女はすっとぼけてゴリ押すつもりらしい。
NPCじみて会話が進まない彼女にしびれを切らした貴方は彼女の手に握られた布に手を伸ばす
画像、すっ
――なぜわたさないのだろうか?――
もう一度手を伸ばす。
すっ
まぁ良いだろうと貴方は思いなおす。
元より彼女の為になら渡しても良いと思っていた物である、貴方はそのまま彼女の行為を見逃し――
――隙あり――
っス
――なぜ、必要もないのに自分の血を――
「き、記念に……、それに、なんかこう……、使う日が来るかも?」
――おそらくそんな日は来ないだろう――
「そ、そんなことないっス、今まで集めたコレクションはいずれ役立つときが――」
――他にもあると言っただろうか――
貴方は目を向けると、彼女は非常に悲しげな表情を浮かべながら懐から何かを取り出す。
縮れた毛、クシャクシャになったチリ紙が数個、いつか貴方が使った食器
――これは……、ダメであろう――
「うっ……、ち、違うんス、これは出来心で……」
特に貴方の目に入ったのは袋に密閉されたチリ紙の一つ。
貴方は猛烈に嫌な予感を感じて、その袋を開けた。
遠くからでもわかる猛烈な臭気
なじみ深いそれだと感じた貴方はそれをゴミ箱へと運び――――
「あぁ!? ご勘弁を人間ちゃん!?」
――これは捨てるべきだろう――
「それをすてるなんてとんでもない! その超絶パワーアイテムを!? 淫魔のエリクサーと言っても良いレジェンドアイテムっスよっ!」
貴方の腕に縋りつく彼女を見て、貴方は少しだけ考える。
彼女は淫魔、貴方にとっては嫌悪しか感じないこの物体も彼女からしたら本当に必要なものである可能性はあるだろう
「人間ちゃんが自分で出したモノなのに、そんなに邪険に扱わないで欲しいっス……」
貴方は苦渋の表情を浮かべて――――