貴方達は以前の工作室を目指していた。
――今回は見つかったりしないだろうか?――
「準備はバッチリ、今回も見つからないっスよ、っと、ちょっと隠れててください」
彼女は以前にも貴方にかぶせたベールをかぶせる。
どうやら目当ての部屋の前に誰かいるようである。
貴方はジッとしたまま、その会話に耳をそばだてた。
「きたわね……」
「持ってきたっスよ、製造部署の中抜き品」
「助かるわ……、品質は十分ね、……うん、数も足りる」
何か物の受け渡しをしているようだが、その姿は貴方には見えない。
貴方は息を潜めてその会話を盗み聞くことになる。
「はぁ……、これで何とか、あの怠惰な馬鹿どもに鞭を入れられるわ、……そうすれば何とか今月の進捗も……」
「魔力で無理に従わせるやり方は割に合わないと思うっスけどね」
「説教のつもり?」
「そんなつもりはないっスよ」
神経質な声色の淫魔は苛立ちを隠さず、その声は徐々に大きくなっていく。
「底辺で満足してるあいつらに飴なんていくら与えても働きもしない……! 私は上に行きたいの、絶対にね……!」
「堕落に忠実な淫魔は怠惰がデフォっすからねぇ……」
「しょうもない欲に溺れて終わるくだらない! どいつもこいつもアホ面さらして……、どうしてこんな状況で怒りが湧かないか不思議でならないわ……!」
「まぁ、応援してるっス。上に行ったら是非とも甘い汁を吸わせてほしいものっスね」
怒りをあらわにする淫魔に対し、彼女の声色は変わらない。
いやむしろ、普段彼女の感情豊かな面ばかり見ている貴方にはその声が余りに無感情にも感じるだろう。
「ふんっ……、アナタものらりくらりと生きて、今の立ち位置のまま生きられると思わないことね」
「だからこうして上に行きそうな人に媚び売ってるんスよ」
「……私はもう行くわ、……そんな馬鹿みたいな量持ち込んで時間は足りるの?」
「はいはい、心得てるっス」
「部屋の作業割り振りの時間は誤魔化してるけど、長々と居て見つかるなんてヘマだけはしないでよね」
「助かるっスよ」
相手方の見下すようなため息が聞こえ、その場から離れていく。
「憤怒と傲慢に支配されるのも同じくらいしょうもない欲だと思うっスけどね、はぁ……、」
彼女の疲れたような呟きが聞こえた。
「出てきていいっスよ人間ちゃん、早く部屋に行くっス」
貴方はゆっくりと身を起こすと、彼女に近づいた。
――先ほどは何をしてたのだろうか――
「同僚とちょっとお話してただけっス、ちょっとした物の融通っスね」
少し気まずそうにしながら、彼女は虚空から物を取り出す。
それは瓶詰めされた青い靄であった。
硝子越しに渦巻き、広がる。
まるで青い宇宙を閉じ込めたような神秘的な物体を貴方は眺め透かす。
――それは一体なんなのだろうか――
「これが魔力っスよ、仕事用のやつっすね」
不可知で不可解な青い奔流
なるほどこれがそうかと、貴方は霊妙なそれを見て納得する。
「製造部とかの一部部署は仕事に魔力を使うから支給されるんスけど、中抜きしたり、腕のある奴は仕事で上手く魔力を浮かせてちょろまかしたりしてるんス」
なるほどと頷く貴方は、聞き流しそうになるが動きを止める。
――それはつまり、横領ではないだろうか――
「淫魔の仕事なんて適当っスからね、この手の無法は日常茶飯事っス」
彼女は瓶の栓を抜き、そのまま目の前で逆さまにひっくり返す。
青い靄が彼女の足元にゆっくりと広がり、彼女の周りを包むようにまとわりつく。
その靄は彼女に吸収されるように吸い込まれていく姿を貴方は見た。
「一仕事前に魔力補充って感じに使うっス、あー味気ない……、最近人間ちゃんと居すぎて舌が肥えに肥えてしまったっスよ」
――そもそも食べていないのだから当然ではないだろうか――
「全然違うんすけどね、じゃあテキパキ行きましょうか」
先ほどの淫魔と会ってからか少し彼女にドライな印象を受けた貴方であるが、歩き出す彼女に置いていかれぬようにその後ろについていく。
到着絵
「最初にちょっと時間貰うっス、表向きの理由にさっきの子には、壊れた魔法陣や魔道具を直して小金を稼ぐって言ってたっすから」
目的地に着いてすぐ、彼女は体の何処からか、どう見てもあり得ない量の雑多な品を取り出し、円陣の中に放り込んでいく。
「面倒なんで一気にやっちゃうっス、巻いていくっすよ――
彼女は以前と同じように貴方には聞きとれない言葉を呟くと、置かれた品々に光が戻っていく。
「
作業は時間にして数分ほどで終わったようだ。
「よーし、終わったっス」
貴方は、この品々が一体どうなるか少し気になり彼女に聞いてみる。
「修理を頼まれてたり、捨てられて役立ちそうなのを会社の機材と魔力で直したんス」
貴方から見れば、彼女はそれらの品々をいとも簡単に直して見せたように思える。
そしてこれは貴方の勘であるが、ひょっとすると彼女のこの技術は相当の腕前ではないのだろうかとも思い至るであろう。
――この技術でリサイクルでもすれば、かなり儲けられるんじゃないだろうか?――
「ハハッ、私が凄いんじゃなくて、この魔道具が便利過ぎなんすよ、いやー昔はこの魔法陣の補助なしで物体を出力してたんすからすごいっス、まぁでも上にバレるリスクを考えれば割りに合わないっスね」
――もしもバレてしまったら一体どうなるのだろうか――
「あー、まぁよくて降格っスね、横流しも、会社の道具の私的利用も一発でアウトっス、さっきの子もうまくやってくれると嬉しいんスけどねぇ……」
貴方は先ほど彼女と話していた高圧的な淫魔を貴方は思い返す。
――あの淫魔は一体何をするつもりなのだろうか――
「魔力を使って、現場の人たちを無理やり従わせて納期を間に合わせるつもりなんだと思うっス」
――そんなことが出来るのか?――
「淫魔の社会で魔力の上下は絶対っス、魔力が自分よりはるかに強大なら大抵の淫魔は本能的に服従するっスよ」
彼女の話す言葉の重みは、徹底的な縦社会というよりはまるでそれは蜂や蟻といった機械的な仕組みについて語っているようだと貴方は感じる。
「まぁドーピングっスね、自分のキャパ以上の魔力を取り込んで自分を大きく見せる。でも容量は決まってるんで余剰分の魔力は駄々洩れだし、支配しようとするたびに魔力をかなり使うっス、全くおすすめはしないっスね」
彼女は魔力で従わせる行為に理はないと語る。
それはまるで見てきたような語り口にも貴方には思えた。
「あぁいうやり方じゃ早い内にうちに潰れるっスね、若い自信家な管理人にありがちなんすよね、……才能は結構ありそうなのに残念っスよ」
貴方は先ほどの彼女が貴方の同僚という言葉を聞いており、そこで小さな疑問が浮かぶ。
――管理人とは一体何の管理人なんだ――
「魔力炉ごとの製造責任者っス、クソみたいな仕事の筆頭っすね」
「聞いていた淫魔の社会における最重要施設である魔力炉。
彼女はその製造の責任者だという。
――つまり現場監督的なものであろうか、ならば彼女はかなり優秀な淫魔ではないのだろうか――
貴方の言葉に彼女は苦虫を噛んだような顔をしながら、全力で否定する。
「イヤイヤイヤイヤそれはナイ、マジでナイっス。給料安い、チョ~激務、全責任の押し付け先筆頭、マジでこんなんやるんなら現場で働いてた方が百倍マシっすね」
余りに実感の籠った彼女に、貴方はそれ以上何も言うことはできない。
「特に私みたいな魔力のキャパが少ない淫魔なんて、現場の人全員に舐められてほんとキツいんスよ……!」
――なら何故そんな仕事をしているのだろうか?――
「魔法の適性の得手不得手でこの仕事しか選べなかったというか……、私は全く興味ないっスけど、上との繋がりを作って成り上がるチャンスがあるとか言われてるらしいっス……」
現実は違うと言いたげな彼女の落ち込んだような表情に、これ以上この話題を続けることを止める。
「あー……考えたら欝になるっス」
――それでも彼女の技術で自分が元の場所に帰る可能性が出来るのだと伝える――
あわせて貴方は彼女が危険を冒してこの場にいることに感謝を述べた。
「ま、まぁリスクは承知っスよ! それに私は人間ちゃんの為っていう使命があるから無敵の淫魔状態っス!」
彼女が少し元気が出て少し安心した貴方は目的である魔道具の作成を見守った