貴方は夢を見る。
私は自分の名前を決めた。
カッコいいかなんて分からない。
でも、私という存在が、あの子に恥じないぐらいのモノでありたいと願った。
ほの暗い穴倉から這いでた私に待っていたのは、才能ある淫魔だけが入れる学校だった。
そこにいる淫魔達のほぼ全員が 親からの薫陶を受けた才ある者達で占めたエリート校。
広くて空の見える訓練場、各専科ごとの塔、清潔な食堂に個室に近い寝床。
「諸君は選ばれた淫魔である。しかし未だ諸君らは何者でもない、わが校でその才覚を磨き、国家に価値をもたらす淫魔社会の一員になることを望む」
私は初めの訓示でその言葉を聞き、拳を握る。
やってやる。
あの子が羨ましがるくらい、すごい淫魔になってやる。
そんなことを考えながら、私は肝心なことを忘れていた。
「基礎魔力量、最低基準未達、現時点で専科への配属は困難だ」
そもそも、私は選ばれてなどない事に。
この学び舎の目的は若い淫魔の才能ごとに適切な職務を割り振り、専門的な学習を行う場。
そして、その適正として絶対の前提がある。
「……穴倉出は卒業できなければ、魔力炉送りだぞ……、養育官の奴らは何をやっている……、こんな一定水準以下の魔力の淫魔を送ってくるなど」
淫魔とは魔力であり。
つまり魔力の低い私は、どうしようもない程の落ちこぼれだった。
学んだ。必死に
鍛えた。吐くまで
耐えた。どんなことでも
術式加工専科
「式は読めている。知識も十二分、熱意と適性も認めるよ」
「でもねぇ……、術式に流せる魔力がいかんせん弱すぎる……」
「将来的に補助者付きなら道はあるけど、専科基準には届かないね……」
魔力導管整備専科
「細かい漏れを見つける目はあると思うぞ」
「だが汚染魔力への耐性と、肝心の緊急時の出力漏れを塞ぐ力がない」
「……現場じゃ、気づくだけじゃ足りない、ウチじゃ取れねぇよ」
炉心制御専科
「炉心制御は受験資格外」
「基礎魔力量、術式の運用、どちらも足りない、以上、退席したまえ」
素材再構成専科
「小物なら良い線いってる。君かなりセンスあるね」
「でも、工場は小物遊びの場じゃない、残念だけど余所で頑張ってね」
「あぁ? お前みたいな奴にウチの兵科は無理だ。……なに? 憲兵と警備、伝令と工兵にもあたってる? 止めとけ、お前じゃ務まんねぇよ」
「うーん、治癒魔法にあんまり適正ないみたいだし、君みたいな感情移入しやすい子はウチに向いてないかなぁ?」
「ダメよ、華がないわ、それに奉仕の意味をはき違えてない? アナタのそれって奉仕じゃなくて懇願よ?」
吸精専科 魅了専科 夢侵入専科 愛遇専科 術式加工専科 魔力導管整備専科 炉心制御専科 素材再構成専科 魔力計測専科 戦闘淫魔専科 憲兵・監査専科 外界警備専科 鎮圧術専科 通信・伝令専科 医療補助専科 魔力調理専科 被服・外殻整備専科 触媒管理専科 生産統制専科
(ここ演出で線を引いていく)
もっと、もっと。
どこかにあるはずだと思った。
私でも届く場所が。
私でも残れる場所が。
私でも認められる場所が。
そうでなければ……、余りにも、無意味じゃないか。
「貴様を維持するのにも国家からの貴重な魔力を消費している。分かっているのか?」
この場所の教官からうんざりとした顔で言われた私は何も言えなかった。
「……通常専科は全滅だな、それで……、残っているのは一つだけか」
そう、一つ、たった一つだけ、資格として魔力を求めない専科が私には残っていた。
だから、私は――――
「止めておけ、それはお前のような奴が選ぶ場所ではない、大人しく落第しておけ」
「……やるっス」
「諦めて、その時が来るまで穏やかに過ごせ、確かにここだけは魔力基準がない、だが魔力が要らんという意味じゃない。そんなことも分からんのか?」
「……っ」
「ここは元々、才ある者の中でもさらに頭角を現した者が、上へ行くための場所だ。魔力程度はあって当然。だからわざわざ基準を書く必要がない、諦めろ」
私はそれでもあきらめなかった。
諦めたくなかった。
「貴様、後悔するぞ……」
「それでも……、残れるなら、やるっス」
そこは、私が落ちた専科の者たちをまとめ、魔力炉を予定通り建てさせる管理者を育てる場所だった。
術式加工、導管整備、炉心制御、素材再構成、計測、補給。
それぞれの専門家を、同じ工程表の上で動かす。
魔力が足りない者が志望することなど、初めから想定されていないエリートコース。
そこへ私は、他に行き場がないという理由だけで立っていた。
「貴様ら! 初めに言っておく!!」
教官の声が、広い講堂の壁を震わせた。
「ここは偉くなるための場所ではない! 楽をするための場所でもない! 管理者という響きに浮かれた馬鹿は、今すぐ荷物をまとめて他の専科に逃げろ!!」
結果として、私は後悔する。
そこに集まった淫魔たちは皆目を爛爛と輝かせていた。
更なる高みに登ろうとする強烈な意思、互いを見る目は仲間ではなく、蹴落とすべき敵としか見ていない。
成績優秀だった淫魔、家柄のよい淫魔、既に現場からの推薦がある淫魔。
そんなエリート達しかいない場所。
ここにいる淫魔達はさらに上に登るものしかおらず、底から這い上がろうとしている者など誰一人いなかった。
そんな彼女たちを教官は端から順に、生徒達を睨みつけていく。
「おい貴様、馬鹿みたいな乳をぶら下げてる間抜け!貴様は一体何ができる?」
「はい! 魔力量なら誰にも負けない自信があります!」
「それはいい! 地虫が集まる石の裏で立派なプライドだ! 試してやろう!」
「グッ……」
「少し喧嘩が強いからとのぼせ上がるなよこのユルマンめッ! 貴様のような図体だけの馬鹿は大人しく土木か製造に行けウスノロが!」
「おぉ、家柄だけのお嬢様! ようこそお越しくださいました! 貴方様の取り柄をお教え下さいますか!?」
「わ、わたくしは……、ゲフッ……」
「これは失礼した! 取り柄など言わなくても良いですとも! どうせ親の家柄しかないだろうと思いまして! 家柄が貴様を守ってくれるか試したかっただけだ!!」
「次はそこの貴様! バカ面のお前だ。お前は一体何ができる!」
「すでに実地に耐えうる技能と知識を持ってます!」
「そうか! その証拠は!!」
「すでに推薦状を――、ガッ……!!」
「立て! 貴様の推薦状が代わりに立ってくれるのか!? 答えろ、紙切れが!!」
罵倒された淫魔達は、歯を食いしばって前を向いていた。
怖れているのではない。
怒っているのでもない。
彼女達は、その罵声すら試験の一部だと知っている顔をしていた。
「魔力がある? 家の名がある? 推薦状がある? だから何だ、腰抜けども!! そんなものは貴様らが今までいたぬるい寝床でだけ通じる飾りだ!!」
「ここで学ぶのは命令の仕方ではない! 従い方だ!! 貴様らの判断一つで作業員は倒れる! 工程は止まる! 魔力は失われる! そして貴様らはそれでも上の命を達成しなければならん!!」
次々に行われる洗礼。
その光景を目の当たりにして私は体を強張らせることしかできなかった。
そしてついに、教官の目が私で止まった。
「……おぉ」
それはとても嫌な笑みだった。
「覚えているぞ……、よく見れば、貴様は噂の落ちこぼれではないか」
周囲の視線が、一瞬だけ私へ向いた。
「基礎魔力最低基準未達。通常専科、全滅。どこにも拾われなかった残飯娘」
教官は、私の記録を読み上げるように言った。
「なぜここにいる?」
「……」
「聞こえんのか。なぜここにいると聞いている」
「ここしか、残ってなかったからっス!」
「そうだ!!」
教官の声が跳ねた。
「貴様は上を目指してここに来たのではない! 落ちる穴から逃げて、たまたまこの床に爪を引っかけただけだ!!貴様ら! 笑え! これは命令だ!!」
笑い声が起きた。
「哀れだな。実に哀れだ。何もできず口を開けているだけの蛆虫」
喉が乾いた。
それでも私は、目を逸らさなかった。
「良かったな、貴様はこの糞の山共より特別だ。いっとう役立たずの不良品、普通なら炉に送られ、静かに役目を与えられるだけの穴倉から出てきたゴミムシだ」
炉に送られる。
その言葉が、私の胸の奥を殴った。
「それとも何か? なにか安い物語でも抱えているのか?」
息が止まる。
いつの間にか私の目には涙がにじんでいた。
「やめておけ、貴様のくだらん都合など知らん、誰かの願いも、貴様と、その涙も、何の価値にもならん」
何も言えなかった。
食いしばった口を少しでも開けたら、全部こぼれてしまいそうだった。
「よく聞け、落ちこぼれ」
教官は、私の前まで歩いてきた。
「ここは貴様を認める場所ではない」
一歩。
「貴様を慰める場所でもない」
もう一歩。
「貴様に居場所を与える場所でもない」
目の前に、影が落ちた。
「貴様を扱き、削り、眠らせず、泣かせ、吐かせ、折れたところで炉へ叩き戻す場所だ」
私は拳を握った。
「それでも残るか?」
今すぐ逃げたかった。
しかし、ここから逃げた先にも希望など、どこにもなかった。
ここで諦めれば、全部が終わってしまう。
「……残るっス」
「聞こえんな」
「残るっス!」
「なぜだ!」
「生きたいからっス!!」
講堂が、少しだけ静かになった。
教官は私を見て笑った。
「いい返事だ……」
私は初め、褒められたのかと思った。
だがそれは違った。
「なら、死にたいと思うまで扱いてやる」
その日から、私は教官が一番先に折るべき標的になった。
「貴様らが使用する教材だ。全てが国の血税で賄われている。一つ残らず頭に叩き込め」
目の前に落とされ、机上に鈍い音が響く。
おおよそ紙から鳴るような音がしなかった塊を恐るおそる私は開く。
私は自分で言うのもなんだが、座学は努力した。
なぜなら魔力に関係しない、私の唯一伸ばせる点であったからだ。
「うっ……」
しかし、本を開けばそこは未知の世界。
知らない言葉が知らない用語で解説されている。
何を覚えればいいのか、そもそもどこから理解できないかも分からなかった。
焦るようにページを捲る後ろから囁き声が聞こえてくる。
「概論からやるの? もう分かってるとは思うんだけど……」
「新しいヤツだ。改定前より薄くなってる」
「こっからさらに詰め込む気なんじゃない?」
彼女達は、投げ渡された資料を当然のように受け取っていた。
「質問はあるか?」
教官の目が、私の上で一度だけ止まる。
「ないようだな」
恐らく私に質問する資格もないことを、見抜かれただけだと気づいてしまう。
「では解散。明朝一番、口頭試問を行う。答えられなかった者は立たせたまま続ける」
その言葉に周囲の淫魔達が、ぞろぞろと訓練場を出ていく。
「君魔力凄いな」
「まぁね! と言っても勉強はあんまり……」
「そうなの? ならちょっと手助けできるかも」
「ウチの親が働いてるところの上司じゃん……、すげぇ……」
「別に、今は同じ同期、そんな堅苦しくしなくてもよくってよ?」
「さすがの度量をお持ちだぁ……! じゃあよろしくね!」
「推薦状持ちってホント? 今後のカリキュラムの話を聞きたいね」
「ん~……、それってこっちに得があることなんだよね」
「もちろん、今日は奢るよ」
力あるものに引き寄せられるのが魔族の性なのか、実力ある物に魔族は集まる。
そうでなくても短い間で面識を得たのか、連れ立って歩く者たちもいた。
だが、誰も私には目もくれない。
あたり前だ。
そんなことをする意味や価値がない。
その日、必要な教材を集めた後。
私は、一人で重い本を抱え込みながら自室に戻った。
私は必死に本を読み解く。
初めから読む。
分からないが全体を把握しようとする。
読み進める。
分からない専門用語、それを持ってきた本と照らし合わせて何とか理解する。
次の行へ行く。
ようやく追いついた拙い理解では及ばない部分がでる。
それでも、文字を指でなぞった。
幸いにしてここには自学のため、共用のスペースに図書館といって良い程の様々な本があった。
私は部屋にこもる前に本を探していたのだ。
「君ってどこから来たの?」
「え、あ、あぁ、私は施設からの推薦で……」
「穴倉出身ってマジなの!? そうなんだ……、すごいガッツ! 応援してるね!!」
「あ、ありがとうっス」
「さっき、みんな分かってますって顔してたけど、普通にむずくない?」
「そうっスね……、正直用語のリファレンスが書いてある本からやらないと詰むっすよ」
「おー確かにそうだ、おっ、その本なんて分かり易そうじゃん」
「えへへ、棚の分類的にここならあるって、あっ、よ、よかったら一緒にべん――」
「じゃあそれ借りるね」
関連してそうな書籍――、は他の淫魔達に借りられてしまったので、その中でも芯を外した本を使って何とか読もうと試みる。
「まぁ、適材適所、ここは限りある有効資源の活用ってことで一つお願いね~」
「遅いんだけど……、良さそうなのみつけた?」
「あったあった、今行くー、フフッ……、じゃあ勉強頑張ってね?」
指先に力が入る。
少しだけ紙が歪んだ。
駄目だ。
破ったら、読めなくなる。
息を吐いて、もう一度、最初の行へ戻る。
寝ている暇なんてなかったし、眠れるような気分でもない。
私は夜通し、本を捲って内容を頭に叩き込む。
「貴様は文字を読む程度も出来んのか? 私は頭に叩き込めと言ったはずだが?」
次の日、私は座学で一人立たされていた。
教官はいの一番に私を質問責めにしたのだ。
初めのうちは付け焼き刃で答えるが、次第に答えに苦しみ出し、私の浅い知識が露見する。
「炉心圧が許容値を越えた場合、最初に確認すべき項目は――」
専科での初めは座学に割かれた。
私は何もない土台から一から学んでいく。
しかし、事前に学び続け、先に行く者達の背は余りにも遠かった。
「施設出身って本当?」
「あ、それ私本人から聞いた、そりゃ知らないよね。外の常識なんて」
「穴倉の子にここは無理でしょ、大人しく一般専科に行けばいいのに……」
「だから全部落ちたって言ってたでしょ」
「私、魔力の最低基準いってない淫魔って、実物初めて見たかも」
「いや、それ私も」
「どうでも良いでしょ、どうせこの先、残ってるかも分からないし」
「炉の管理人の候補に、炉の中身候補が混ざってるの面白くない?」
「昔から偶にいるらしいよ、なんでか足切りしないんで入れるんだって」
「なにそれ、私らのガス抜きで入れてんの? いやそんな奴で遊んでる暇なんてないんだけど」
そして、それは実技に移り始めてからも変わらない。
いや、むしろもっとひどい。
実技に移ってから、その差はさらに露骨になった。
「今回の実技では規格部品出力試験を行う」
教官の声に合わせ、訓練場の床に小型の魔法陣が浮かび上がった。
中央には見本の部品が一つ置かれている。
腕の大きさ程の中型接続具。
魔力管と魔法陣の導線を繋ぐための、基礎中の基礎部品。
それはただの管でなく、高度なセンサー類も内蔵された物である。
「想定した状況は、作業中の部品が足りないが炉は待てない状態」
「そこで貴様らはこの見本を見て部品を出力しろ。作成した物に実際に疑似的な炉の魔力を流す。魔力が漏れたり、部品が破損すれば失格だ。ただし一時応急的な物であり、一定の魔力に耐えうる物であればそれでいい」
周囲の淫魔達が、当然のように魔法陣へ手をかざす。
「出来ました!!」
一人の淫魔が声を上げる。
出来上がったそれは、少し歪んでいた。
見本より角が太く、流路も荒い。
だが、教官がそこに魔力を流しても、部品はびくともしなかった。
「形状誤差あり。だが強度基準は大幅に超過。可。」
「やった!」
「次は私が」
次に家柄の良い淫魔が前へ出る。
先ほどより洗練されたな構造、それは適正な形を保っていた。
「形成安定。密度均一。魔力漏出なし。良」
「ありがとうございます」
彼女は当然のように一礼した。
「完成しました」
見本より、シンプルな構造、しかし無駄のない取捨選択
元の規格から大きな誤差やズレがないことは一目で分かる。
流路が光る。
固定爪が噛み合う。
負荷をかけても、わずかな震えすらなかった。
「規格一致。強度正常。流路正常。優」
「どうも、現場でよく使う型ですから」
「はい!できました!」
「確認をお願いします!」
「できた!」
次々と部品を片手に評価を受ける者達。
その中で、足りない魔力で出来る限り部品の強度を固めようとした私は一番遅かった。
「次、最後だぞ落ちこぼれ」
私にだけ聞こえる様な笑い声が、訓練場の端で小さく弾ける。
「貴様のようなグズにあと、どれほど時間を割いてやればいい?」
「うっ……」
教官は私が作りかけていた部品を抱え上げる。
私の作った部品は一見、見本とほぼ変わらない。
「……なに? ……ふん、形だけは立派なようだが……」
だがそれは、褒め言葉ではなかった。
「だが、中がない」
教官が部品を力を込めて叩くと、私の作った部品は容易に砕け、バラバラになって床に落ちる。
「精巧な不良品。考えうる限り最低の代物だ」
「よくもこれだけの時間をかけて、現場に置けば事故を呼ぶだけのゴミを作ったものだな」
「不可どころではない。論外だ」
今度は誰からでも聞こえるように訓練場のあちこちから、くすくすと笑い声がした。
形だけ作って中身がない。
それが今の私の現状だった。
そう、私は常に落ちこぼれだった。
「命令伝達試験を行う、状況は魔力管から漏出を確認、放置すれば管は破損し、装置全体が停止する」
「貴様らは制限時間内に漏出を抑え、交換部品を出力し、管を復旧せよ。ただし――」
「……ウィーっス」
「おー、未来の上司様どもじゃん、ヨロー」
「たまの休日が潰れたと思えばこれか……」
「こいつらは正に下級淫魔に相応しい性根の持ち主共だ。貴様らは現場の物に一切触れず、指示を出して復旧を成し遂げろ」
私はほんの少しだけホッとする。
作業の復旧手順は丁度、予習し終えた部分だったからだ。
「なんだ落ちこぼれ、珍しく顔なんぞ上げているな、なら貴様から始めろ!」
「は、はいっ!」
私は駆け足で前に出ると周囲を把握する。
私のほんの小さな特技。
それでも他の才能からしてみれば掻き消えるような小さな点であったが、私は部品の構造を把握することだけは多少は得意であった。
「おかしい場所は……」
計器の数値から以上のある場所を割り出し、その部分の構造を把握し、異常個所を見つける。
「あそこ……!」
例によく挙げられる導管の設置ミスによる局所的な魔力の流入。
一人が魔力の迂回路を作り、二人目と三人目が部品の交換と固定を行えばいいだけ。
「し、指示を出すっス。不具合は8番支管の合流部品の設置ミスっス。まず一人が本管への迂回路を作って流して下さいっス!」
「おー、見つけるの早いじゃん、流石エリート様」
「キビキビやんねぇ……」
私の声を聞いた作業員は面倒さを隠さずにこちらを眺める。
「それで残った二人は部品の交換で一人は部品の取り外して保持、もう一人は固定作業を――」
「はぁ……、じゃあ、えーと……、“言われなくても分かってるよ何年この仕事やってると思ってんだ?”」
作業員の一人が気だるげながら低い声でそう凄む。
「じ、じゃあ、そのまま指示を出すっスからお願いするっス」
私がそう言うと、作業員達は立ち止まり、怪訝な顔をして互いに顔を見合わせた。
「どうする……?」
「……とりあえず、始めれば良いんじゃね? 私、魔力流す役ね」
「じゃあ私は部品の取り付けー」
「んじゃ外すわ」
作業員達はノロノロと動き始める。
「とりま、魔力迂回させたわー」
私にはその動きが分かっているのに、あえてまごつかせているように見えてしまう。
「じゃあ次は支管側に残った魔力を抜いて――」
「じゃあ取るよ~」
「あっ、まだ魔力を完全に止まってないっス! それを取っちゃ……!!」
けたたましく鳴るアラート音
これが本物の魔力炉なら、管に残留した魔力が小爆発を起こし、部品は大きく破損していただろう。
「あちゃー……、すんませーん、ミスっちゃいました」
「あっ、うっ……!」
私は慌てて新しい指示を飛ばす。
「と、とにかく、接続部の破損状況の報告を……」
「あー、この場合なんだっけ?」
「……“設置不適格部品の軽度破損を確認”だろ」
「な、なら一度応急的に修理を……」
「いや、こんくらいなら大丈夫だろ、……というかマジで現場でもこれと似たような状況で仕方がなく交換した時あるわ」
「……まじ? やっば、ウケる」
「い、いいわけないっス!」
次々と勝手に動き出す作業員に慌てていると、意識の外にいた魔力の流れを変えていた淫魔が突然声をかけてくる。
「あー、なんかそろそろキツくなってきた……、サーセン、これ魔力もたねぇっスわ」
「えっ、まっ――」
「こりゃ昨日遊び過ぎたせいだわ~」
「す、すぐに再設置! 最低限の流路を――」
魔力炉のアラートが複数鳴り、停止する。
模擬炉が安全限界を超えた合図であった
「状況終了!」
「ぐえー、死んだぁー」
「よくある、よくある」
「ようやく労働から解放されたぞ、良かったな」
気の抜けた冗談を言い合う作業員達。
私は茫然と立っていると教官の冷たい視線を背中に感じた。
「貴様の耳は飾りか? 命令伝達試験と言ったはずだ。何故淫魔として命令できない?」
私は唇をかんだ。
分かってはいた。
そう、この試験で求められていることは適切な作業内容の命令を下すことではない。
「おぉ、そうかすまなかったな」
「貴様程度の魔力で動く淫魔など、ここには一人もおらんのだった」
「あまりに論外すぎて、命令伝達試験だという前提を忘れていたぞ」
淫魔として他者を支配できる程の力の持ち主か、問われているのはそこであり、私がいくら努力しても埋められない差異であった。
「次!」
「はいっ!」
私以外の淫魔は当然それを分かっていた。
「破損個所は……、あぁ、この感じだと2番……、よりにもよって一番面倒な……」
「じゃあ取るよ~」
「“動くな” ……魔力を抜いてから交換するように」
「おぉ……、慣れ親しんだこの感覚……、へいへーい、リョーカーイ」
「復旧完了、貴様、あえて命令の使いどころは最低限にしたな」
「現場じゃ、いちいちコイツラに命令してたら身が持ちませんから」
「ふんっ……、優……と言いたいところだが、試験はそこを見ていない、……可だ」
「破損位置は……、まぁ、自分の魔力流せば漏れてるところは分かるっしょ! セイッ」
「うぉ……、すげぇ力技……」
「私のは6番の枝管かぁ……」
「―――というわけで、言ったとおりに直してね」
「あー、“言われなくても分かってるよ何年この仕事やってると思ってんだ?」
「“命令には従ってね?”」
「うおっ……、分かりやしたよ、やらせてもらいますよ……」
「復旧完了、作業者の命令の浸透は十分、……良」
「よし!」
まるで別人のように迅速に動く作業員達。
「あー、で、うちらは何すればいいんでしょうか?」
「あら、貴女方だって分かっているのにそんなこと聞きますの?」
「いや、まぁ、これそういう感じのやつなんで一応は……」
「なら一言だけ――」
「“各々、全力を尽くして復旧に努めなさい”」
「……了解いたしました」
「復旧完了、命令も完璧に行き届いていた。……優」
「ありがとうございます」
私は、彼女たちの姿を見ながら俯くしかなかった。
私の声じゃ、誰にも届かない。
そんなことは分かっていた。
そんなうだつの上がらない日々を過ごしたある日
訓練が終わった後、私は教官室へ呼ばれていた。
理由はうっすらとわかっていた。
廊下を歩く。
訓練棟の奥にある教官室は、普段の騒がしさが嘘のように静かだった。
扉の前まで来て、私は足を止める。
決心がつかずにノックが出来ない。
そんな風にまごつきながら、決心しドアに手を伸ばすと中から声がした。
扉を叩こうとした手が、宙で止まる。
「結局、魔力量も最低基準未達のままです」
誰の話しているのかなどすぐに分かった。
「専科継続の意味は薄いでしょう。……決まりとは言えこのような者を受け入れる意味があるか疑問です」
別の声が言った。
「本人の努力姿勢は確認されていますがね」
それは座学担当の教官の声だった。
私は、少しだけ息を吸う。
努力。
その言葉だけに、縋りそうになった。
「だが、実技の成績が壊滅的だ。結局は使えんよ、アレは」
しかし、それはすぐに切られた。
「支給魔力、教材、実技資材、かける時間。投資に対する回収が見込めない」
私の話なのに、私のことではないみたいだった。
「全一般専科は配属不可。管理専科も現時点で不適格。ならば、処理先は限られます」
「……魔力炉関連施設への配属か」
「はい。規定通り、魔力炉の触媒として送ることになるかと」
魔力炉。
その言葉が聞こえた瞬間、体の芯が冷えた。
「本人の希望は?」
「記録はします。判断材料にはなりません」
「……当然だな」
当然だった。
私は選ぶ側ではない。
どこへ行きたいかではなく、どこへ置けば使えるかで決まる。
何になりたいかではなく、何に使えるかで決まる。
番号で呼ばれていた頃と、何も変わっていない。
「……次回実技評価後に正式判断とする」
「猶予を与えるのですか?」
「処理には手続きがいる。それだけだ」
その言葉も、救いではなかった。
首に縄をかけたまま、一歩だけ歩くことを許されただけだ。
扉の向こうで、紙がめくられる音がする。
「では、そのように」
足音が近づいてきた。
私は反射的に廊下の角へ身を引いた。
私はしばらくそこで蹲った後、教官室へと死んだ顔を張り付けて入りなおした。
教官室から出た後のことは、よく覚えていない。
何かを言われた気はする。
何かに返事をした気もする。
けれど、頭の中には別の言葉ばかりが残っていた。
魔力炉素材候補。
次回実技評価後。
処理には手続きがいる。
それだけ。
私が炉に送られるかどうかは、誰かの怒りでも、誰かの悪意でもなく、ただ書類の上で処理されることだった。
私は自室に戻った。
ただ数歩歩いて寝台の端に座る。
それだけで、もう体が動かなくなった。
「……はは」
いつものように、軽い声で笑おうとした。。
大丈夫。
まだ終わってない。
次がある。
「だ、大丈夫っスよ」
我ながら、その声は震えた。
「次で、なんとかすれば……」
なんとか?
何を、どうやると言うのか?
明日になれば目の前の問題が急に変わったりするのか?
ならない。
分かっていた。
私は寝台の上で膝を抱えた。
魔力は増えない。
血筋も変わらない。
経験もありはしない。
私の存在は、明日になっても軽いままだ。
だったら。
だったら、私は何をしていたのだろう。
「……これ以上、どうすればいいっていうんスかぁ……!」
お前など誰も必要としない。
そんなことは分かっていた。
ベッドの上で脱力した私からは、もう涙すら流れない。
辛い、ただひたすらにここにいることに耐えられない。
いっそ、このまま、何もせずに炉の素材になった方が楽だろう。
あれ程までに散々に言われたことに、遅まきながらようやく気付く。
というよりは、もはや目の背けようがないと言った方が良いのかもしれない。
「もう……、いいよね? 諦めて……」
私は全てを諦め、目を閉じ―――
※机に齧りつく
―――ることができなかった。
(――まだ……――、――てない……!)
自身のまとめたノート、目を皿にしてそれを見つめる。
(――まだ――……、なにも――、―かってない……!)
自分が今できることを書きなぐり、出来ないことを羅列する。
(――まだ私は……! なにも私の意味を、分かってない……!!)
できないことをどうにかする。
そんな狂ったロジックを組み立てる。
私はただ知りたかった。
私の意味。
どこかにあるのではないかと夢想せずにはいられなかった。
このまま何も分からず終わる。
それを私はどうしても認められない。
「やってやるっス……、絶対……! 命でも、プライドでも……! 何を賭してでも……!!」
強い者と同じになるためではない。
そんなことは逆立ちしたってできはしないのだ。
「思考を止めるな……、出来ること……、私に出来ることを全てやれ……!」
この先の生存競争に、私の勝ち筋はない、なら私は負け筋を全て潰す。
弱い私が、弱いまま生き残るために。