貴方は淫魔の国へ渡る   作:ばばばばば

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隠しフラグ 過去篇 成人期

 

 

 貴方は夢を見る。

 

 

 

 

「どうだ!? 後悔したか!! 死にたいだろう!! お前に未来があるとでも!? 小手先だけでこの私を満足させられると!?」

 

 

 あれから、私の扱いの何が変わったかと言えば、何も変わらなかった。

 

 むしろ私へのしごきは過熱しているようにすら思えてしまう。

 

 

「調子乗ってるんじゃないわよ」

 

「落ちこぼれの癖に……!」

 

 

 同期からの扱いも悪化していく。

 

 眼中にもなかった石の裏の虫が、顔に集る虫に変わった。

 

 彼女達には、そう見えたのだろう。

 

 

 いっそ死んだ方が良いと何度も思ったと言うのが正直な感想だ。

 

 

「おい!! テクニシャン気取りの芋女!! その程度で管理課程をこなすつもりか!! 貴様の頭の中に巣くってる死にかけの芋虫のファックの方がまだ腰が入ってるぞ!! その程度で満足する阿呆なら初めから炉にでも入っていろ!!」

 

 

 だがそれでも、私は嫌だった。

 

 このまま、無意味に、何も知らずに死ぬのだけは

 

 

 

「本日をもって管理課程を修了する。修了者は国家の審査により各任地が通知される。 以上! 解散!!」

 

 

 

 私はどうしても知りたかった。

 

 意味を必要とされる価値を

 

 何者かになる権利を

 

 

「おい貴様……、こっちにこい、……まさか貴様が耐えるとはな……」

 

 

 私は専科の全ての課程を修了した。

 

 成績で言えば合格ラインギリギリ、ドベであった。

 

 

 教官は私を見る。

 

 そこには祝福の色は見えない、だがいつもと違い罵倒したいわけではないと分かると、私は胸を撫で下ろす。

 

 

「……貴様のような水準に満たない淫魔が時々来る。……が、ほとんどの者が落第する」

 

「だが、この専科は拒まない、何故か分かるか」

 

「初めから、存在を考えられていないからっス!」

 

 

 

 私は初めに伝えられた言葉をそのまま返す。

 

 初めから考慮に値しない路傍の石ころが自分であるからだと。

 

 

「……違うな、私たちもその理由は分からない」

 

「上申する機会はいくらでもあったが、“上”はむしろそういった者を通すようにすら指令を下した」

 

 

 その理由は嗜虐的思想か、あるいは革新への期待、それとも余計な慈悲であるのか

 

 教官はそれ以上は命令の意向を話しはしなかった。

 

 

「……短くない時間この仕事をして、ほんの稀、それこそ砂粒のような可能性、それを拾う者を何度か見た」

 

 

 教官は帽子のツバを引き下げて目線を隠す。

 

 

「――だが、ここを出た者の先は、だいたいロクでもない結末か、ロクで無しになる」

 

 

 私はそれを聞いて、何も言わずに直立し、ただ前を向く。

 

 

 帽子越しに教官と目が合ったように私は感じる。

 

 

 なんとなくではあるが、今はなしているこの言葉は教官としてではなく、ただ一人の淫魔として自分への助言ではないだろうかと私は不意に感じた。

 

 

「……この課程は、本当の無能がこなせるようには作っておらん、貴様の妙な取り柄、それは隠して常に研ぎ続けろ、返事は不要だ」

 

 

 私は教官に向かって無言で頭を下げる。

 

 顔をあげた時に、いたのはいつもの緊張を強いる鋭利な表情を浮かべた鬼教官

 

 

「……貴様程の無能に修了書を渡したのは教官人生であと一度あったかだ。……いいか! 必ず職務を全うしろ! 何者かになどなろうとするな!! 貴様は小粒だがやけに硬い! 歯車に徹することだな!」

 

 

 最後まで、私を罵倒し続けたその人はそれきり一度も振り返らない。

 

 ただその去り際、つい漏れ出てしまったかのように少しだけ悲し気な呟きを溢す。

 

 

「……あるいはここで落としてやる方が、貴様の為なのかもな」

 

 

 

 結果として私は数多くの配属箇所の中から、一つの任地を任される。

 

 

 それと同時に淫魔の国の一市民として、様々な権利が私に与えられる。

 

 

 居住の自由、消費の自由、交友の自由、……そして生存の許可

 

 

 ようやく、息を吸うことが許された。

 

 そんな心地だった。

 

 

 

 

 私の最初の職場はどこにでもある建設途中の魔力炉と聞かされていた。

 

 

「あぁ、新人? じゃあアンタに管理頼む魔力炉はこれね、前の管理者ごと爆散して、壊れかけた魔力炉の再建」

 

 

 だが、どうやらそれは嘘だったらしい。

 

 引き渡された図面や工程表は、何一つの意味をなさないほどの悲惨な現場。

 

 情けなくも、上長に弱音を吐きたくなる程度には仕方のないことだった。

 

 

「何をすればいいかわかんない? そこにマニュアルあったでしょ、それ読んでよ、分かんない?」

 

 

 マニュアル以前の問題であった。

 

 設計通りに組み上げるための説明書に、爆散して融解した後の組み立て方など載っているとは微塵も思えない。

 

 

 絶望する私に、直属の上長は眉を寄せながら疲れたようなため息を吐き出す。

 

 

「 ……はぁ、いい? こんな僻地によこされた時点でもうアンタは終わってんの、運良けりゃ現場に堕とされるだけだけど、アンタみたいな才能ない奴はノルマこなせなきゃ多分炉行きだよ?」

 

 

 そもそもこの社会は、何重もの見えない檻に囲われているらしいとようやく私は気づいた。

 

 

 すぐに現場を確認し、何をどうすればいいかを確認。

 

 ほぼゼロより悪い状況から、必要な工程を作る。

 

 

 自分で作り出しながら、その机上の空論じみた工程表に眩暈を覚える。

 

 

 

「いや、このノルマ無理でしょう、現実考えてくださいよ」

 

「へへへ、俺たちは底辺っスからね、これ以上堕ちようがないんすよ、出来なくて困るのはアンタだけでしょう?」

 

「やるだけやりますけど、正直現場もいっぱいいっぱいで……」

 

 

 現場からの当然の反応。

 

 しかも、魔力も自分達より低いと見れば、現場の者達は今まで溜まった鬱憤を晴らすように私を突き上げる。

 

 有り体に言えば、現場との関係性は最悪であった。

 

 

「どうすりゃいいんスかコレ……、この世界、私のルートだけ難易度いかれてないっスか?」

 

 

 魔力炉があればそれだけ淫魔の国の国力は伸びる。

 

 いや、淫魔の国にとって魔力こそが国力そのもの、国はその増設を狂ったように命令していた。

 

 

 今の淫魔の国は産めよ増やせよ地に満ちよ、されど使えぬなら炉の中へ。

 

 

 私の代わりなど幾らでも居て、しかもその誰かは私より優秀。

 

 

 ならそんな状況で、私はどうするか?

 

 

 

 

「よーし! じゃあ朝礼を始めるっスよ」

 

 

 特別なことはない、ただ、積み上げることしか私には出来ない。

 

 

 私の今までにおいて “できないことをどうにかしなければいけない” そんなことは今に始まったことではない。

 

 ただ、どうにかしようとするしかない。

 

 

「へっ、アンタみたいな屁のツッパリみたいな淫魔が私らの管理人? 冗談だろ?」

 

「私が思うに、冗談はこの現場全部っスよ」

 

「だったらどうする? ……こんなイカレた納期は無理だぞ?」

 

「そりゃ納期達成は無理っすね」

 

 

 私を見る作業員達に見下したような笑いが広がる。

 

 

「無理でいいっスよ、そうしたら責任取って私のクビが飛ぶだけ、だからアンタらには最低限、現場は悪くなかったって言い訳できる程度、働いてもらえばそれでいいっス」

 

 

 私の言葉を聞いてこちらを見る彼女たちの目は、更にこちらを舐め腐ったものとなった。

 

 

「喜べ! 今回の仕事は適当で良いと上からのお達しだ! せいぜい楽をさせてもらおうぜ!」

 

「まぁ、何でもいいっス、とりあえず朝礼を始めるっスよ」

 

 

 

 私の言葉には、聞いた者の何かを動かす力はない。

 

 

 

「おい、早く廃材持ってこいよ、こっちは魔法陣作って待ってんだぞ」

 

「いや、暇そうにしてんなら手伝えよ」

 

「うるせー、瓦礫じゃなくてそっちを消滅させんぞ」

 

「あぁ!? なんだって!」

 

「はい、ストップっス、他から手を持ってくるから、怒るのは止めるっスよ」

 

「チッ……」

 

「だったら早くしろよ、使えねぇな……」

 

 

 

 

 

「こんなん無理だろ……、部品同士が融解してくっ付いて、めちゃくちゃな流路になってやがる……」

 

「クッソでたらめな状態なのに絶妙なバランスで安定してるっスね、下手に手を加えたらまたドカンっス」

 

「この工程、信じていいんだろうな、弁を開けるぞ?」

 

「だからここに立って指示出してるっスよ、間違えたらアンタは大丈夫でも、私は消し飛ぶっす」

 

「せいぜい、ちゃんとやらせていただくとしますよ」

 

「ちゃんとじゃなくて数値で指示を出してるっスから頼むっスよ」

 

 

 

 

 

「アンタ、魔力欠乏してるっスよね、補充を受けるっス」

 

「はぁ? それじゃあ今日遊ぶ魔力が足んなくなるだろうがよ」

 

「……じゃあ、配置を変えるっス、2班の瓦礫の運搬の補助をしてもらうっス、でもこんなこと繰り返すと報告ものっスよ?」

 

「へいへい、チクリ魔さんはたいへんでちゅね~」

 

「普通に仕事をするっスよ、普通に……」

 

 

 

 私は現場を頭に映し出す。

 

 色のない、線だけの世界で、その動きを俯瞰する。

 

 

 ねじれ狂って流れる魔力炉と、その解きほぐし方、それぞれの作業の進捗具合。

 

 

 

 これだけじゃダメだ。

 

 目で見て分かる程度の解像度では意味はない。

 

 もっと詳細に……

 

 

「……Circuit Activation(回路始動)

 

 

 頭の中が過熱する。

 

 

 頭に描く光景はより鮮明に再現(妄想)する。

 

 

 

 無秩序に動く淫魔達の姿を私は穴が開くほど見つめる。

 

 軽口を叩きあう者、相性が悪く口汚く言い争う者、手を震わせ明らかに魔力が足りてない者、寡黙に作業をこなす者

 

 

 体調、関係性、技量、怠慢、配置、理解。

 

 

 それらの構造への解像度をあげる(理解を行う)

 

 

「後半は、班の中から別作業を頼んだり、振り分ける作業を変えるっスよ」

 

「でたぜ、無茶振りが来るぞ」

 

「そんなことしないっス、楽じゃないけど、出来ることしか私はいわねぇっス」

 

 

 かき集めた情報から、最適解を嵌めこむパズル。

 

 整然と流れるように凡事をこなさせる最適解を探す。

 

 

「よしっ、じゃあやるかぁ」

 

「おっけ、おっけ、さっさとやろうぜ」

 

「へいへい、同郷のコンビでやりますかぁ」

 

「てか、これ終わったら遊びに行かね?」

 

 

 

「これやんのかぁ……、めんどくせ」

 

「嫌がるけど、アンタ魔力流すの得意じゃん」

 

「だから嫌なんだよ……」

 

 

 

「おい、そこ、いったん止めろ、あと雑にやんな」

 

「よりにもよってアイツが指示だし役かよ……、こまけぇから嫌なんだよなぁ……」

 

「……聞こえてるぞバカ垂れ」

 

「ま、まぁ、みんなで頑張りましょうよ」

 

「……そこの固定締め忘れてんぞ」

 

「ひ、ひぇー、す、すいません!」

 

「ギャハハ、怒られてんのー!」

 

 

 

 だが、それでも穴はあく。

 

 

 

「もうこれ取り付けていい?」

 

「あー、良いんじゃね?」

 

「良くないっスね、配線間違ってるっス、それじゃ計器が動かないっス」

 

「うわっ、急に話しかけてくんなし!」

 

「注意点は最初に言ったはずっスよ」

 

 

 

「やべっ、部品壊したかも……」

 

「自腹確定じゃん、激熱ゥ~」

 

「ふざけんなし、……でもまぁ、いけ――」

 

「ないっスね、修理するからよこすっス」

 

「げ、げぇ……!」

 

「……自腹はしないで置いてやるっス、でも報告はするっスよ?」

 

 

 

「なぁ、次の工程やるんだがいいか?」

 

「6番配管の固定具を先に外さない、赤線より内側に手を入れない、魔力計が黄色を超えたら作業停止、それだけは守れば何でもいいっス」

 

「なんでも見なきゃ気が済まなそうな上司だから聞いただけだ」

 

「アンタなら他のヤツに指示出せると思うっスけど、やれそうっスか?」

 

「まぁ、来ない方が正直楽だ」

 

「必要な時は言われなくても行くっすよ」

 

 

 

 その穴を埋める為に私は奔走する。

 

 回りだした作業を止めないように、察知して動く。

 

 

 

「なんか、今日メッチャ疲れたんだけど……、アイツのせいだ……」

 

「私んとこはメッチャ楽だったわ、じゃあこれから町に行くから先行くわー」

 

「まぁ、取り合えず恙無く終わったな、このままじゃ納期は無理だろうが」

 

 

「言ったっスよね、別に特別なことをやって欲しいわけじゃないっス、出来ることを出来るだけやってもらうっスよ」

 

 

 作業員達の目はまだ、疑いの目がある。

 

 だがそれでいい、疑うということはこちらを測っているということだ。

 

 初めのまるで取り合わない状態に比べたら、それだけで今日の収穫は大きい。

 

 

 

 

 私の言葉など誰も聞かない。

 

 

 

 だから行動はシンプル、

 

 行動で示して、信頼を勝ち取る。

 

 ただ、達成可能で明確な指示を連続させる。

 

 私の言葉が軽かろうと、それは正しいのだと嘯くために積み上げる。

 

 

 偉そうに言ったが私にできる管理なんて、偉そうに命令すること自体、私の魔力じゃできない。

 

 出来ることと言えば、壊れそうな場所に先回りして、みっともなく穴を塞ぐことだけだった。

 

 

 

「管理職ってのはここまでやんのか? 指示出しながら自分も動くなんてエリートはちげぇな……」

 

「……まっ、俺はあそこまであくせく働くなら管理職なんて御免ですね」

 

「……テメェの仕上げた箇所より丁寧なのを恥じろ馬鹿、何年この仕事やってると思ってやがる」

 

「しらねぇんですか? よく考えないで働くことがこの仕事のコツっすよ」

 

「え、えっと、あの、さっきの仕上げで管理人さんに聞きたいことが……」

 

「ばっかお前、なんでまずオレに聞かねぇ!」

 

「だ、だってすぐ怒鳴るんですもん……」

 

 

 私の言葉を、現場は少しずつ聞くようになった。

 

 無視は疑いに変わり、疑いはやがて、作業前にこちらを見る視線へ変わっていった。

 

 

「へぇ、頑張ってるわね……、新人にしては上等……」

 

 

 下が変われば、上に見せられる数字も変わる。

 

 それは私の価値を示す証となる。

 

 

「……初めは悪かったね、私の足を引っ張るために敵方が送ってきた無能かと初めは思ったんだけど……」

 

「そんな風に思ってたんスか?」

 

「だって、アンタみたいな低魔力の管理人とか嫌がらせ以外の何物でもないじゃない」

 

 

 言い返せずに私は閉口する。

 

 

「でも、あんたはやる奴みたいね。職場で出来る範囲の融通はこっちで利かすわ」

 

「助かるっス、でも流石に今の納期やらせるなら物資と魔力、人出が足りないっスから、これ、人員計画と資材見積をまとめた施工計画書っス」

 

「……よく纏まってる、いいわよ、検討しておくわ」

 

 

 

 上が少し耳を貸せば、現場はまた少しだけ回しやすくなった。

 

 

 

 

「なんか、職場の環境が改善されたが、アンさんの差し金かい? いや、マジ助かるぜ」

 

「回される魔力が増えただけでも違うっすねぇ、管理人さんよぉ」

 

「さん付けときたか、現金なもんだぜ」

 

「やめてくださいよ、先輩だって初めは使えなさそうなのが来たって愚痴ってたくせに」

 

「レ、レンタルだけど、空調魔法陣も置かれて、これで燃えながら作業する必要もなくなりました。ありがとうございます!」

 

「あっ管理人さん、実は発注ミスで足りねぇパーツがありやして、ヘヘヘちょいと作ってもらえたらなぁって」

 

「えっ、それって先輩が間違って割った部品じゃ……」

 

「うっせ! 黙りやがれ!」

 

「うっ、またそうやって怒鳴るんですもん……」

 

 

 出来ることが増えたわけではない。

 

 けれど、私が先回りして塞いだ穴の分だけ、現場は少しずつ壊れなくなっていった。

 

 

 

「よしよし、これでノルマをこなせそうね……! あのクソ女、これでアイツの首をとばしゃ楽にやれるわよ!!」

 

「何の話っスか?」

 

「そもそもこの難題をぶち当てて私を引き下ろそうとしてる同期がいてね、常に自分の魔力を隠してる陰険な女で……、ってまぁそんな話は良いのよ、とにかく、アンタはよくやってくれたわ」

 

「新人にさせるとは思えない貴重な体験をさせて頂き感謝っスね」

 

「厭味ったらしく言わないでくれる? ……まぁ、アンタにも苦労かけたわね、全く……、上の席は空く気はないし、真ん中は団子で蹴落とし合い、この仕事で功績が認められたら、アンタには多少目をかけてあげるわよ」

 

 

 

 私は錯覚した。

 

 もしかしたら私はここで、少しだけ必要とされているのかもしれないと。

 

 

 

「マジでやり遂げるとはなぁ……」

 

「自分でもびっくりっすよ」

 

「これも管理人さんのおかげですね!!」

 

 

 

 もしかすると、このまま少しずつ積み上げていけば、何もかも上手くいくのではないか。

 

 そんな愚かで甘い予感を、私はほんの少しだけ信じかけていた。

 

 

 

 

 

「…………終わりよ、私はこの仕事が終わったら左遷になるわ」

 

 

 だが、そんな勘違いはすぐにでも潰された。

 

 

 

 

「惜しむらくは私が優秀過ぎたこと、なーんて言いたいけど。まぁ……、つまんない潰しあいよ」

 

 

 なぜ? 自分は求められた役割をこなしていたはず。

 

 そんな疑問に上長は力なく首を振る。

 

 

「私みたいな優秀な部下がいるとその上司が自分の無能さと比べられるでしょ?」

 

「そ、それはどういう……?」

 

「アンタもそういうのに気を回さないと寝首を掻かれるのは一瞬よ? ……要するに、責任を取らせる席には、仕事ができる奴より、切り捨てやすい奴を置いた方が都合がいいのよ」

 

 

 投げやりに吐き捨てる彼女は、こちらを見ず、悔しそうな顔を滲ませながら自身のデスクを整理していた。

 

 

「そこら辺の機微は汲んでたつもりだったけどね、私の想像以上に無能だったわけ……」

 

「……貴方は私が見たなかでも一等優秀な淫魔っスよ、それでも、こんな意味なく追い落とされるんスか?」

 

 

 そんな、私の言葉に彼女は少しだけ笑みを浮かべたが、そのあとすぐに唇を引き締めてこちらを見る。

 

 

「あんた、本当に珍しいタイプの淫魔ねぇ、一応助言しとくわ、次に来る奴の口約束なんて信じないことね、どうせ自分に着いていけば自分と同じ中級淫魔になれるなんて嘯くでしょうけどお笑いにもならない」

 

 

「淫魔にあるのは上と下の二つだけ、自分を中級淫魔なんてありもしない名を声高に叫ぶ腰巾着共なんて信じちゃだめよ」

 

 

 

「じゃあね、初めの頃、意地悪言ってごめんなさいね」

 

 

 呆然と立ち尽くす私に彼女はそれきり振り返らずに去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん……、貴様は前のヤツの息が掛かった下っ端か」

 

 

 そして前任者の机が片付けられてから三日後。

 

 その席には、自分のことを中級淫魔だと呼ぶ女が座っていた。

 

 

「……安心しろ、私についてくれば空いたポストにお前を引き上げてやる。そうだな次のノルマは……」

 

 

 当然の様に提示される無理難題に、私は顔を青くした。

 

 

「ノルマが増えた? 不可能? それをどうにかするのがお前の仕事だ? どうだ違うか? 早く仕事に取り掛かれ」

 

 

 無理だと思った。

 

 難題ですらない。これはただ、失敗した時に誰かの首を飛ばすための形をした処刑台だ。

 

 それでも逃げ場はなく、投げ出す権利もない。

 

 なら、やるしかなかった。

 

 

 

「おいおいおい、これは無理というか不可能だぞ!?」

 

「いやマジ上のあほんだらは何考えて指示出してんスか? あはは、まぁどうせ無理なんで気楽にやりましょうよ」

 

「えと……、あの、だ、大丈夫ですか管理人さん、顔が真っ青ですけど」

 

 

 

 諦めなければ報われる。

 

 そんな綺麗事を信じていたわけではない。

 

 ただ、そう信じているふりをしなければ、目の前の無理難題に手を伸ばすことすらできなかった。

 

 

 

「……アンタ一人残っても仕方がないでしょうに」

 

「あー、マジでちょいと良い上司かと思ったらこれだよ、やってらんねー」

 

「そんな言い方……、管理人さんは頑張って」

 

「けっ、追い詰められて怒鳴り散らすような奴だったら、うぜぇなコイツでハイサイナラ―ってできたのによう……、おい後輩! 道具持ってこい!!」

 

「先輩……!」

 

「おめぇ顔に似合わず根が良いヤツだよな」

 

「根から上が有害植物なら根っ子が元気でもしょうがねぇっすよ」

 

「おい、魔力分けるから夜食買ってこい、全員分な」

 

「分かりました!! 僕も手伝います!!」

 

 

 

 現場が、私のために動いてくれている。

 

 それが嬉しくないはずがなかった。

 

 けれど、積み上がる作業量と残された時間を見比べれば、答えは嫌でも分かる。

 

 どう考えても、このノルマは達成できない、……いや、達成させる気がなかったのだろう。

 

 

 

「いやよぉ……人出が足りないのは分かるぜ、すげぇ分かる……、こっちはそれを気合で何とかしようってんだからなぁ……」

 

「……止めとけ、言ってもしょうがねぇよ」

 

「だからって、資材が足んねぇってなんだよ!? 初めからノルマを達成させる気なんてねぇじゃねぇか!!」

 

 

 

 つまりこれは、前の上司の息がかかっていると思われていた自分を追い出すための方便であると、実のところ私は気づいていたのだ。

 

 

「もういいっスよ……、やれるところでやって、怪我だけはすんなっス、後任の管理人が出すノルマは今に比べりゃマシになるはずっス」

 

 

「ふざけんなよ……! まともに責任取ろうとする管理人なんて、おれぁ今まで初めて見たんだ。黙ってられっか!」

 

「そ、そうですよ、こんなひどい方法で潰してくるなんて……」

 

「アンタ、左遷されて次に行く場所は決まってるのか? だったらまぁ、やれるだけやってみようや」

 

 

 無理なノルマだと、誰もが分かっていた。

 

 それでも現場は、私の指示に乗ってくれた。

 

 こんな私の為に、彼女達は手を動かしてくれた。

 

 

 

 

 

 だから私は、奥の手を使った。

 

 

 

 

 正規の申請では足りない。上に泣きついても間に合わない。現場にこれ以上、無理をさせれば誰かが壊れる。

 

 なら、足りない物は作るしかなかった。

 

 夜更け、私は誰もいない工作魔法陣区画へ忍び込み、許可されていない資材を、許可されていない手順で出力した。

 

 

 

 

 

 そして私は、ノルマを達成した。

 

 ――いや、達成をしてしまった。

 

 

 

「ノルマを達成したか」

 

 

 上司は驚くような顔はせずに、ただ不吉な予感を感じる笑みを深めた。

 

 

「……そうか、いいぞ、なら次のノルマだ」

 

「む、無理っス! これ以上は現場が持たないっス!」

 

 

 達成したはずのノルマは、終わりではなく、次の処刑台を置くための床でしかなかったのだろうかと、私は短い悲鳴をあげる。

 

 

「出来ない? 何故だ? ……現場? ……そうか、それがお前のボトルネックか」

 

 

 冷たい目、それは私という虫を踏みつぶすような目線に見えてしまう。

 

 

「……ふむ、お前は私が貴様をノルマで潰して魔力炉に送りたいと、そう考えていると思っているのか?」

 

 

 そんな怯える私をみながら相手は歪んだ笑みを浮かべる。

 

 

「ちがうな、そんな無意味なことはせん、何故なら私は貴様を評価している」

 

 

 彼女は空中に様々なデータを表示する。

 

 それらは通常の業務管理の指標ではない。

 

 そんなどこから集めたか分からない、現場では隠蔽したはずの無数のデータ、それを上司は満足げに眺める。

 

 

「事故発生率、作業停止回数、魔力損耗率、資材廃棄量。その全てが前任管理者の時より下がってる」

 

 

 新しい上司は、並べた資料を指先で指しながら笑った。

 

 

「その上で復旧進捗は基準値を超過。つまり君は、低魔力でありながら、平均的な管理者より遥かに高い現場制御能力を持っている」

 

 

 褒め言葉のはずなのに、私は背筋が冷えるのを感じた。

 

 

「だから次からは、この成果を標準として計算するつもりだった」

 

「そ、それにしたって、提示されたノルマは異常っス! 」

 

「言っただろう? “するつもりだった”と」

 

 

 相手は耳まで裂けたかと思う程に笑みを深めて私を見る。

 

 

「うまく隠蔽をしたようだが、資材使用量と出力記録が合わない。申請されていない部品が現場に混じっている。工作魔法陣の夜間稼働履歴も残っていた」

 

 

 私は息を呑んだ。

 

 

「君だろう?」

 

 

 責める声ではなかった。

 

 むしろ、ようやく探していた道具を見つけたような、ひどく楽しげな声だった。

 

 

「驚いたぞ、製造魔法陣は、本来それ単体で物を作る道具じゃない。いくつもの魔法陣を組み合わせ、その何重にも重ねた補助をもって熟練の術者によって微調整し、ようやく事前登録された部品を出力するに過ぎない」

 

 

 新しい上司は、密造された部品の記録を指でなぞる。

 

 

「だが君は、その補助魔法陣を使っていない。登録データもない。まさかと思うが現場で壊れた部品を見て、必要な形を頭の中で組み上げ、そのまま製造魔法陣に流し込んでいるか?」

 

 

 上司の目が、愉快そうに細められた。

 

 

「はははっ! まるで、脳髄の中に設計卓と演算機を丸ごと飼っているみたいだ! 私が違法行為を咎めるとでも? もちろん違法だが、それ以前に、これは異常だ!!」

 

 

 新しい上司は私の顔ではなく、記録だけを見て興奮したように捲し立てる。

 

 

「普通は補助魔法陣がやる計算を、君は自分の頭で代替している。設計、強度、流路、素材、その全部をだ。まるで歩く製造設備だぞこれは……!」

 

 

 私は、その哄笑をただ黙って聞くことしかできない。

 

 

「……ふぅ、初めは、使えそうな奴と思っていたがここまでとはな……、あぁ、別に有能という意味ではない、それは私には必要ない、……私はな、従順な部下が欲しいのだ。私を上へと押し上げる従順な部下が……」

 

「初めにお前は私の目に適った。得難い部品だと思ったよ。お前のような奴はな」

 

 

 まるでこちらを気にしない、独り言のよう呟きの後、その目をギョロリと回して相手はようやくこちらを見た。

 

 

「だが、事情が変わった。私の命令に従い仕事をこなせ、そうすれば今言ったノルマはある程度は融通してやる。なんだったら甘い汁も吸わせてやるぞ?」

 

 

 相手はそう言うと、こちらの返答など聞かずに、いくつかのデータをこちらに見せた。

 

 

「これは……」

 

 

 それらのデータを見た瞬間、その構造を見て、それがどういった類のモノかを理解する。

 

 

「魔力貯蔵核に命令拡声環、れ、隷属の首輪……、魔力炉から魔力を吸い出す偽副炉心に、計器類を誤魔化す虚針……、ど、どれも禁制品や製造に許可がいる魔道具じゃ……!」

 

 

 次の瞬間、私の体は壁に叩きつけられていた。

 

 

「黙れ」

 

「――ガッ!?」

 

 

「私がそんなことを知っていないと思っているのか? 作れるか? 私はそう聞いているんだ」

 

「こ、こんなの、作れないっス……!」

 

「……なら、君は用済みだ。話も聞かれてしまったしな」

 

 

 私は首を締め上げられたまま、悪意に満ちた魔力を体に流し込むつもりだと気づく。

 

 私は死を前にして体を恐怖で震わせた。

 

 

「む、無理っス!! 作ったらただじゃすまないっスよ!? 」

 

 

 私が絶叫しながら答えると、相手は不意に私を痛めつけるのを止めた。

 

 

「く、クク……、作れないでなく、作らないときたか……」

 

「ゲホッ……、ゴホッ……!」

 

 

 地面に蹲る私は涙ながらに懇願する。

 

 

「こ、この話は聞かなかったことにするっス、だ、だから、だから本当に勘弁してほしいっス、こ、こんな大罪がバレたらただじゃすまないっスよ……」

 

「ふん、そんなに上級悪魔が恐ろしいか?」

 

「あ、当たり前っス! 密造がバレたら下手したら関係が疑われる淫魔全員が処分っスよ!? 働いてる淫魔ごと工場が更地にされたって話も聞いたことがあるっス!」

 

「それが私達に何の関係がある? 隠し通せばいいだけのことだ」

 

「み、みんなが、関係ない皆が巻き込まれるっスよ!?」

 

 

 相手は、それを聞いて、私が何を言っているか分からないような表情を浮かべる。

 

 

「あぁなるほど、そうか、つまりお前はそういうヤツなのか」

 

 

 しかし、しばらくして一人納得したようで、相手は地面に蹲る私を見下ろした。

 

 

「行け、このことは絶対に誰にも話すな、常にお前を見る目はある。いつでもお前を消せると理解しろ」

 

 

 

 私は、怯えたままその場を後にする。

 

 その後、私は監視の目に怯えながら普段通りの業務をこなす。

 

 ひょっとすれば、諦めてくれたのだろうか、そんな淡い期待を持ちながら働く。

 

 

 

 そんなある日のこと、現場にヤツが現れた。

 

 

 

「現場人員の再査定を行った」

 

 

 相手は、何でもないことのように告げた。

 

 

「私の管理下で改善したとはいえ、彼女達の基礎効率は低い。魔力欠乏、規律違反、虚偽申告、工程遅延。記録はいくらでもある。管理人より記録は貰っている」

 

 

 そんなはずはない、その記録の多くは、私が彼女達を処分しないために隠したはずのものだった。

 

 

「よって、当該人員は現場適性なし。炉材候補として再配置する」

 

 

 私は、相手の前で蹲り、ありとあらゆる慈悲を乞うた。

 

 

 

「どうした? 何を蹲っている? ……自分を犠牲にしてください? なんでもする? 私が有用な部下を逃す訳が無いだろう」

 

 

 意味が分からなかった。

 

 

「意味はある。お前の部下を人質にして脅すのは簡単だ。だがそれはお前に小さな翻意を残してしまう」

 

 

 何の理論性もない、暴虐だった。

 

 

「私に逆らえばどうなるか理解させるのが重要なんだ。この程度の手間で、私に従順な部下が一人手に入るのだ。安い物だろう奴ら程度の存在など」

 

 

 私の部下が、連れてきた淫魔達に次々と捕らえられ、運ばれていく。

 

 

「よく見たまえ、奴らの顔を忘れるな、どうやら随分慕われていたようじゃないか」

 

 

 

 彼女達が、どのような言葉を吹き込まれたかはしらない。

 

 ただ、連れていかれる彼女達が私を見る目は、受け入れられない絶望と、私への憎しみに染まっていた。

 

 

 

「いやだッ!? なんで! なんでぇ!!」

 

「なんでだよクソッタレ!! なんで俺たちが炉行きなんだよ!! 死ねよテメェ!! なに申し訳なさそうな顔で突っ立ってやがる!!」

 

「い、嫌です。ど、どうして、いやだ! 炉なんてイヤだぁぁぁ!!」

 

 

 私はその全てを見た。

 

 せめてその憎しみは私が受け止めるべきものだと思ったからだ。

 

 

「……なぁ、アンさん」

 

 

 現場を引っ張ってくれた一人の作業員が静かにこちらを見て―――

 

 

「まぁ、がんばれよ」

 

 

 その一言で私の心は千切れた。

 

 

 

「では君に別の仕事を頼みたいのだが、聞いてくれるか? 今度はよく考えて答えたまえ」

 

 

「………………………はい」

 

 

 

 

 ようやく……、ようやくわかった。

 

 私が何を知りたくてここまで生きてきたのか。

 

 

 

 私はただ、愛して、愛されたかったのだ。

 

 

 

 この時、私は答えを得た。

 

 

 

 私は初めから何者でもなくて。

 

 何一つ選ぶべきではなかった。

 

 私に意味や価値などなかった。 

 

 

 

 

 

 私達、淫魔は愛によって生まれる。

 

 お互いの心が通じ合い、互いに流れ出す魔力が形を成し結晶と化す。

 

 それが淫魔、そういう話を聞いたことがある

 

 

 だけど私は愛を知らず。

 

 

 

 私は誰かを愛することも愛されることもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それは……。

 

 その結論だけは、断じて納得できるものではないと思った――

 

 

 

 

 

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