一人で阿鼻叫喚する彼女はしかし、しばらく後には普段通り。
今は一人黙々とモニターに向かい作業をしている。
その復活の速さを見るに、どうやらこのような事態が日常的なもののようであることを、悲しいが貴方は感じてしまう。
「はよーっす」
「おはようっス」
「うげぇ……! なんか昨日見た時より工程がツメツメじゃない!」
「あー、それについては朝礼で話すっス」
「おはようございます……、あ、あの! 管理人、最近外で待ってる嬢が管理人のお手付きって本当ですか」
「おはよ――、ってなんすかその噂……、あー、ノーコメントで、とっとと支給魔力の受け取りと残量申告してくるっスよ」
羽音。靴音。誰かの欠伸。硬い瓶のぶつかる音。
ぞろぞろとこの部屋に集まりだす作業服らしきものに身を包んだ淫魔達。
初めはそこそこの広さと思っていたこの部屋はすぐに狭く感じる程に思えてしまう。
「管理人の目が死んでる……、また今日もクソ現場ね……」
「どうせ上の無茶振りでしょ」
「管理人がまた面倒なこと言うんだろうな」
「はぁ、そこ聞こえてるっスよ、期待通りのお話をしてやるっス。……じゃあそろそろ始めるっスよ」
二十人近く集まった淫魔たちは気の抜けた返事を返しながらも、支給された魔力の確認だけは慣れた手つきで済ませ、それぞれの机の前に立った。
(人間ちゃん、私の後ろから出ないでくださいっス)
不意に聞こえる念話の通り、貴方は彼女のすぐ後ろに立って、彼女の背中越しに全体を見た。
彼女は一度だけ大きく息を吐くと、机の上の工程表を手に取った。
そして、作業員たちの前へ出る。
「はいはい、注目。朝礼を始めるっスよ、――体調不良者はいないっスね、魔力がヤバい奴は今言うっスよ~」
低い声で返事を返す淫魔達。
「えー、今日の作業内容っスけど、お上の意向で図面の変更があったっス。新型の整流機構を使いたいみたいなんで、一か月掛けて組み立てた装置は無駄になったっス、えーちなみに納期はほぼ伸びねぇっス」
「マ?」
「オウフ……、朝から濁った目をした管理人を見て薄々分かってたよチクショー!」
「もう作ってから言うなー、横暴だぞー!」
「管理人、私達に無茶して建てろってかい? 流石に無理だぜ……」
その言葉に作業員からは明らかな不満の声が噴出する。
しかし彼女は顔色を変えずに言葉を続けた。
「無茶して炉が建つならここら一帯は魔力炉の森になってるっス。建たないんで説明聞けっス」
彼女が工程表に指を走らせると、光の線で描かれた複雑な図面が空中に広がった。
「まず当初予定の第三導管接続。昨日の図面から大きく二か所変わってるっス。古い手順でやった奴は私が注意する前に炉がキレるっス。炉を怒らせたらどうなるかは知ってるっスね?」
「新人が壁に刺さって壁尻になったヤツじゃん、ウケる」
「はぁ? お前馬鹿か尻壁だろ」
「いや、あの時の私、尻とか以前に足首まで外殻につき刺さったんですけど……」
「あー、ともかく刺さりたくない奴は新しい図面見るっス、危険ポイントは第三導管接続部、仮接続時に逆流の可能性あり。担当班以外は立ち入り禁止、合図なしの魔力投入禁止」
作業員たちは気だるげながらも、浮かんだ図面へ目を向ける。
「次、炉心外殻検査。これは私が見るっス。補修もこっちでやるっス、他の班は、変更図面の修正箇所に当たるっスよ」
「また変更かぁ……、これ無理じゃないすか管理人」
「まぁ、無理っスね、なんでとりあえず中身だけ動かせる状態で完成と言い張って、稼働前の保守点検に回された時に外殻周りを仕上げるっス」
「それ、ちゃんと動くのか?」
「めっちゃ爆発しそう……」
げっそりした淫魔達を見て彼女は薄く笑った。
「この仕事をしてまだ気づかないんスか? 作った物の安全性を確かめるには作った労力の同等か、それ以上の作業が必要になるんスよ?」
「つまり?」
「この魔力炉を全力で作った私達にそんな余力はないっス……!」
貴方はその言葉を聞いて欠片も面白いとは思わなかったが、他の淫魔達には小さな笑いが起きるあたり、この場所の労働環境がどういったものか、貴方は次第に察してしまう。
「……というのは冗談、まぁそれは私の仕事なんで、完成と言い張るために、完成してない所を全部私が見張るっス」
貴方は、作業員たちの空気がほんの少し変わるのを感じた。
「それとアホみたいに忙しくても手順は守るっス、守らないヤツは小言を覚悟するように」
彼女は小柄で威厳があるようには見えないが、この場の誰もその言葉を聞き流してはいなかった。
「じゃあ指差し確認」
「「「「魔力残量、ヨシ! 第三導管、ヨシ! 圧抜き、ヨシ! 防護陣、ヨシ! 立入禁止ヨシ! 合図確認、ヨシ!」」」」
「それでは今日も一日、ご安全にっス!」
「「「「ご安全に!」」」」
朝礼を終えた作業員たちは彼女の指示のもと気だるげに散っていく。
(人間ちゃんは私の背中におぶさるっスよ)
不意にいつも通りの柔らかい声が貴方の頭に響く。
普段とは違う彼女。
そして、普段通りの彼女。
貴方は彼女が帰ってくる部屋しか知らなかった。
だから今、作業員たちの前で軽口を叩きながら現場を締める彼女の姿に、少しだけ置いていかれたような心地がした。
貴方は頼もしくも思うが、それと同じくらい、自分の知らない彼女がここにいたのだと知る。
――貴女はきっと、ここで頑張っている人なのだろう――
(フフフ、悲しいっスけど仕事が始まる前から死力を尽くさなきゃいけない職場ってコトっスね)
少し大きく感じた彼女の背中に貴方は――