意識が、暗い底へ沈んでいく。
甘い臭気が思考を満たす。
貴方という輪郭が、少しずつ溶けていく。
その闇の底で、何かが瞬いた。
(過去シーン抜粋)
泣いている彼女。
笑っている彼女。
諦めたように目を伏せる彼女。
選ばれなかった彼女。
それでも、誰かを選ぼうとした彼女。
いくつもの夜が過ぎる。
いくつもの言葉が過ぎる。
何でもない冗談の隙間に隠れていた、彼女の傷が見える。
彼女は貴方を選んだ。
助け、隠し、庇い、逃がそうとした。
そして最後に、自分だけを選択肢から外した。
貴方を選んだ彼女は自分を選ばなかった。
貴方は、それが……、それだけはどうしても許せなかった。
――ふざけるな――
貴方の中で、何かが燃えた。
――どうして自分が貴女を選ばないと思っている……!――
(手を伸ばすAA)
動かないはずの腕が、動く。
工場長の声が遠くなる。
腐るほど甘い臭気が、貴方を底へ引きずり込む。
それでも、貴方は手を伸ばす。
――そんな選択など自分は
彼女が渡したものへ。
彼女が命を削って残したものへ。
貴方は自分の選択を叩きつける。
指先が、紅い光に触れる。
――自分は、貴女を選ぶ……、だから貴女も自分を選べ!――
(彼女が迷い、そして強く人間をみるAA )
その瞬間、赤い石が答えを返すように脈打った。
貴方が彼女を選び、彼女が貴方を選び返す。
その時、初めて貴方達の回路はつながった。
紅い光が、貴方の指先から溢れる。
「な、何ッ――!?」
工場長の声が歪む。
紅い光は床を走り、砕けた魔法陣を越え、血と瓦礫の間を抜けて、彼女へ届いた。
「……勝手に、うちの人間ちゃんに触ってんじゃねぇっスよ」
彼女は渦巻く魔力を立ち上らせながら工場長を睨みつける。
工場長の顔から笑みが消えた。
「お前に残っていた魔力などないはず――」
「そうっスね」
彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
「私だけなら、もう残ってなかったっス」
紅い光が、彼女の瞳に宿る。
「でも、人間ちゃんが選んでくれた――」
それ以外の答えはいらないと、前を見据える。
「だったら私が消えるわけがねぇっスよ」
工場長が息を呑むが、それは一瞬。
凄まじい敵意を立ち上らせて彼女を睨む。
「ジャンク風情が調子に乗るなよ……」
「私はもう、アンタの部品じゃない――」
「ほざくなッ!」
工場長は彼女の言葉を聞かずに腕を振る。
しかしその攻撃は彼女へ届く寸前でほどけ、煙のように散っていった。
「コレは私のモノだ! 頂点へ届く! 世界すら買える奇貨だ!」
「毎度毎度、栄達だの、野望だの、大望だの……、口を開けばつまんねぇ話っスねぇ……」
「だから貴様は愚かなのだ! 価値の分からん愚物はそのまま這いつくばっていろ!」
「はぁ……、私はね、……なんだったら別にアンタに扱き使われようが、心底どうでも良いっス……」
「ならば大人しく壊れろ!」
「でもね――」
工場長は、今までとは比べものにならない魔力を腕に渦巻かせ、彼女へ向けた。
「人間ちゃんと私の甘々生活を邪魔するならぶっ飛ばすっス」
彼女の声が響く。
「
その詠唱は今までのくぐもった音ではなく、透き通った彼女の声であった。
「
「させるか!!」
工場長の腕から、全てをかき混ぜる魔力の奔流が放たれようとする。
「
工場長の目が驚きで見開かれる。
そして、何も動かない。
驚愕の表情も、宙に放たれた魔法も、吹き荒ぶ残骸すらも。
まるで時を止めたように、全てが静止していた。
「これは支配じゃなくて制御っスけど……」
「あー……、これが相手を部品にした感覚ってヤツっスかね?」
この空間にある全ては、彼女の許可がなければ動けない。
舞う砂塵も、宙に浮いた瓦礫も、工場長の魔力すらも。
ここは、彼女の作業台だった。
「なんていうか、微塵も面白くねぇっスね。」
「時間停止ものAVでもなきゃ、使う気にもならねぇっス」
工場長は、動かない体のまま、目だけで彼女に憎悪を吐いた。
「そんで、アンタとは死んでも寝たくない」
「――
工場長の全身から、魔力が穴を開けたガス管のように吹き出す。
そのうねりは、まるで工場長の絶叫のように、部屋の中をのたうち回った。
宙に浮いた瓦礫が、ようやく重力を思い出したように落ち始める。
それと同時に、工場長は目を見開いたまま、糸が切れたかのように地面に倒れ込んだ。
静寂が落ちる。
つい先ほどまで部屋を満たしていた魔力のうねりも、工場長の狂気じみた声も、全てが嘘のように消えていた。
残ったのは、崩れかけた工作室。
「人間ちゃん!!」
彼女はすぐに貴方へ振り返る。
貴方は――