貴方は手始めに、お馴染みとなったキッチンに立つ。
「おっ、今日は朝から豪勢に行くっスか?」
朝はいつもモフ天の携帯食で済ましている貴方であるが、今作っているのは自分のためのものではない。
――蓋つきで、手のひらにのるぐらいの大きさの箱を作ってくれないだろうか――
「いいっスよ、耐毒性? 耐衝撃? まぁ手のひらサイズなら余裕っス」
――ある程度の密閉できて、丸洗いできればそれでいい――
貴方が料理をし始めてすぐ、後ろから彼女の声が聞こえる。
「できたっス」
貴方にとって、想像通りの金属製の箱。
貴方はそれを受け取ると作った料理をそこに入れていく。
思いつきで作ったため、非常にシンプルなものになったと貴方は考える。
割と彼女に好評だった甘めの卵焼き。
魔界のスパイスと肉で甘じょっぱく焼いた生姜焼き風。
よく水気を絞ったお浸しは、彼女が以前に食べた時に草の味がすると言ったのを貴方は覚えている。
なので香りの強い油と塩味の強い発酵調味料で作ったナムル風の和え物にし、強い味で誤魔化す。
主食はおにぎりでも握ろうかと考えもしたが、冷凍ご飯では粒が固まりすぎる。
そこで貴方は、先ほどの和え物と米を混ぜ、弁当に収まる程度の小さな塊に軽くまとめることにした。
米に味がないと生意気なことを抜かした彼女のために、混ぜ込みご飯を気持ちおにぎりのように握る。
――かなり味付けが不健康になってしまったかもしれない――
弁当における栄養の偏りを、心の中だけで誤魔化すミニトマトもブロッコリーも、この場所にはない。
まさにあり合わせの弁当。
どれも特別な料理ではない。
ただ、彼女が以前に笑った味や、文句を言った味を、貴方なりに覚えていただけである。
「おっ……、おぉ……! なんかいつにもまして人間ちゃんが……、人間ちゃんがなんか……、何かしてる……!」
その時、ちょうど仕事の準備から戻った彼女は貴方の背中越しに、手元にある料理を見て体を震わせていた。
――何に慄いているのだろうか――
「ちっさッッ!! カワイイ!! カワヨな人間ちゃんがカワイイの作ってる……!! そ、それを人間ちゃんが食べてるところ想像したら……、ウッ……!!」
地面をのたうつ彼女を尻目に、貴方は弁当の粗熱が取れたことを確認し、蓋を閉じた。
「た、食べるところを見せてくれないんスか!? い、いけずぅー!」
――そうではない、これは貴女のための弁当だ――
床で転がる彼女は突然静止する。
「ワタシ……、ソレ、モノデスカ? タベテイイ……?」
膨大な情報量に潰されたような顔をしながら、彼女は上体を機械のように起こした。
「うおおおお! 人間ちゃん!? うおおおおぉぉぉ!!」
彼女は貴方から弁当を受け取ると、あらん限りの喜びを爆発させていた。
「い、一生の宝物にするっス……!!」
――食べてもらうために作ったのだから食べて欲しい――
「待つっスよ、でもこれ食べたらなくなるんスよね? 世界の矛盾では?」
――むしろ、正しい世界の循環で、自然な摂理である――
意味の分からぬ結論に着陸しようとしている彼女を誘導し、貴方は彼女が仕事の際に食べてもらうために作ったことを力説した。
「BENTO……? す、すげぇっス……、懐に入れただけで魔力が漲ってくるっスよ……! 人間ちゃん、これは一体……?」
――
彼女が取り出した魔力タンクの底には、いつの間にか青い光が渦巻いている。
食べる前から魔力が貯まるとは思っていなかった貴方は困惑しながらも、彼女が喜んでいるという一点だけを頼りに、深く考えるのを止めた。
しばらく経ち、貴方が作った弁当について話していると彼女はようやく落ち着きを取り戻した。
「はえ~、人間ちゃんの故郷じゃこんなん食べてるんスね」
――あり合わせか、出来合いの商品、あるいは湯を入れて食べる簡易的な食事もある――
質素であれば米を手で握ったものだけで済ませる場合もあることを貴方は伝えると、彼女は大きく反応を示す。
「人間ちゃん達が……、素手で丸めて作った料理……!? ま、まさかこの中にあるものが……!?」
――丸めたのではない、握るのだ――
「ぎ、ギュっと握った!? そ、そんなものがあって許されるんスか!? 違法っス! 捕まるっス!?」
おにぎりを作るにあたって、罪悪感を感じたことなどない貴方は困惑する。
「そ、そんな物がこの国に売られたら、け、経済が崩壊……、起きるっスよ第一次オニギリ・ショック……、魔界オニギリ恐慌が……!!」
――貴女は何を言っているのだろうか――
「人間ちゃんのおにぎりが魔力相場と連動し……、握り飯相場が発生……、希少おにぎりは天井知らず……、やがてオニギリ本位制に移行……、最後はオニギリ・バブルの崩壊っス!!」
――なるほど、魔界の米騒動は大変である――
貴方は彼女の言葉を聞き流し、モフ天の携帯食を取りに部屋を出た。
背後ではまだ、握り飯相場の崩壊について、彼女が緊急会見を続けていた。
「これは私のオニギリっス……! 触るんじゃない……! FUCK YOU ぶち犯すぞゴミめら……、おにぎりは命より重いっス……!」
いまだに現実へと帰還を果たさないまま、仕事には向かう彼女を見送り、貴方の朝の時間は過ぎ去った
貴方は――