「淫魔中央魔力配分局が介入する前に、私が食べたっス……」
仕事から帰ってきた彼女は、やり切った表情を浮かべながら、息を切らせて壁にもたれかかっていた。
「淫魔社会の魔力相場の安定は、私が守ったっス……!」
元気が出るようにと貴方が渡した弁当。
それでなぜか勝手に神経をすり減らしている彼女を見て、貴方は天を仰いだ。
その後、貴方達はいつものように有り合わせの材料で作った料理を食べる。
彼女は昼に食べた弁当について、いまだに興奮冷めやらぬ様子で語り続けている。
「どれも絶品だったっス。今日も現場は修羅場だったっスけど、自分の管轄で人身事故が起きてもあんなに大らかな気持ちで耐えられたことはないっスね」
――それは本当に大丈夫なのだろうか――
「メチャクチャだいじょばないっス! けど人間ちゃんのおかげでオールオッケィ!!」
そう言って笑う彼女は、いつも通り騒がしい。
だが、貴方はふと気づいた。
彼女の肩が、普段より少し落ちている。
いつもなら感情に合わせて左右へ揺れる尻尾も、今日は床の上でだらりと伸びていた。
どうやら仕事が大変だったのは本当らしいと貴方は気づく。
――疲れているのではないだろうか――
「ハハハ、疲れてない日がないっスよ、デバフが前提で生きてるッス!」
貴方は、疲れながらも目だけは光らせている彼女を、少し哀れに思った。
そして不意に思いつきを口に出す。
――肩でも揉もうか――
「……揉む?」
――いわゆるマッサージである――
彼女は無言で服を脱ごうとする。
――
「いや、人間ちゃんが急にド直球に私とスケベしたいとか言い出すんで全裸で待機しようかと……」
――重ねて言うが
半ば、その反応を予想していた貴方は大きなため息をつく。
――そもそも疲労回復のマッサージは淫魔の国でもあるのだろうか?――
「淫魔同士の風俗で普通にエッチした後にマッサージがついてる高級コースがあるっス」
――……事の前後が逆ではなかろうか――
貴方は自身の世界の風俗を思い起こしながら答えると、彼女は不思議そうな表情を浮かべる。
「えっ……、人間ちゃん達ってマッサージの後でエッチするんスか? ……なんで? 疲れた後にマッサージする方が自然じゃないっスか?」
――それは……、元は医療の為であり……、いや、そういう話がしたいわけではない――
貴方は自身の世界の風俗知識をぼんやりと思い起こしながら答える。
「……いや待つっス? 肩や腰をほぐすフリして肌に触れ、親密さを高めつつ、全身の感度をじわじわ上げて最後はオーガズムへ導く……? なるほど、人間界のマッサージ、かなり助平っスね?」
無駄にそちらの方面だけは確度の高い予想をはじき出す彼女。
それを見た貴方は自分で言い出した提案にに、若干の後悔を覚え始めていた。
「あーーー! 待つっス! 待って欲しいっス人間ちゃん! そんな “やっぱやめよ……、面倒そうだし……” みたいな表情で距離を取らないで欲しいっスよ!?」
彼女は飛び上がってから、地面へ五体投地の姿勢で床に張り付く。
「この手のプレイは嬢へのお触りは禁止! 心得てるっス! 健全なマッサージ! だ、だから揉んで欲しいっスよぉ~!」
顔は見えないが、床の上に水たまりができるほどに、彼女は哀願していた。
もともと彼女の力になれるのならばと、考えていた貴方であるが彼女のやり取りで微妙な抵抗感も感じる。
――本当に疲れを取って欲しいがために行うのは分かっていただきたい――
「もちろんっス!!」
貴方はうつ伏せになった彼女の横に膝をつき、手を伸ばす。
だが、そこで貴方の手が止まった。
人間の体であれば、首の付け根から肩、肩甲骨の周り、そこから背中を下って腰へと揉んでいけばいい。
しかし、目の前にある背中は、人間のそれとは違っていた。
細い背中からは小さな翼が生えており、その付け根の周囲には人間の肩甲骨とは違う、硬い筋のようなものが走っている。
腰の下には、尻尾がだらりと力なく伸びていた。
当たり前のように見慣れていたはずのそれらが、いざ触れて疲れを取ろうとすると、どこまでが肩で、どこからが翼なのか、どの辺りを押せば痛くないのか、貴方にはまるで分からない。
――この場合、どこを揉めばいいのだろうか――
貴方は少しだけ悩んだ後、まずは無難に、肩へ手を置いた。
指に感じる柔らかさ。
貴方がそこからさらに親指に力を込めると、彼女の体がびくりと跳ねる。
「ん゛ッ……!?」
――痛かっただろうか――
「いや、案外……、き、きもちよくて?」
強靭な肉体を持つ淫魔である。
正直に言えば力が足りず、本当に揉めるのだろうかと悩んでいた貴方であったが、その心配は無用らしい。
貴方はなるべく慎重に、肩から背中へと指を滑らせる。
翼の付け根に近づくと、彼女の翼がぴくりと小さく揺れた。
「あ、そこ……そこ、気持ちいっス……」
言われるまま、貴方は翼の付け根の周囲を軽く押してみる。
そこは肩とも背中とも違う、不思議な硬さをしていた。
「あっ……♡」
彼女の口から少し高い声が聞こえる。
「も、もっと触って……♡」
彼女の漏れる声を聞いて、貴方は手を止める。
――確認であるが、これは健全なマッサージであろうか――
「健全なマッサージっス」
コンマにも満たない神速の返答。
何やら嫌な予感を感じた貴方は、無言で揉みほぐす場所をずらす。
「あっ、あぁ~~、もっと触って欲しかったっスぅ~~」
貴方は答えず、今度は腰の方へと手を移した。
尻尾の付け根に近づくと、また手が止まる。
――ここも揉んでいいものだろうか――
貴方は尻尾の付け根から少し外した腰のあたりを、ゆっくりと押した。
「あっ……♡ そんなところ、い、いきなり……!」
貴方は無言で揉み続ける。
「ら、らめ、おかしくなっちゃうッ……!」
再度、貴方は手を止める。
――もう一度聞くが、これは健全なマッサージであろうか――
「健全なマッサージっス」
同じ速度で帰ってきた返事。
――変なことを聞くが、実は羽や尻尾の付け根が性感帯だったりするのだろうか――
「人間ちゃん、エッチな漫画の見すぎっすね」
――先ほどから聞こえる声が妙ではないだろうか――
「羽は飛ぶために、尻尾は姿勢の制御で酷使する。つまり疲労が蓄積される部分、それを揉まれたらジッサイ健全に気持ちいい、いいっスね?」
――すまなかった。集中して揉ませてもらう――
「人間ちゃんは “ここに魔力溜まってますねぇ……” と思いながら揉んでいくっすよ……!」
貴方は釈然としない感情を抱きながら、マッサージを続けた。
貴方は――