貴方達は工作室に向かって空をかける。
――それで、今度はどうやってあの部屋に侵入するのだろうか――
全力で彼女に掴まりながら貴方は彼女に問いかける。
「今までは穴という穴を突いてきたっスからねぇ」
様々な抜け道を駆使してきた彼女であるが、彼女が警戒されているこの状態で、貴方はあの厳重な警備を突破する方法に見当がつかない。
「フフフ……、プランBっス。高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変に対応するっスよ」
彼女の自信に満ちた表情で話す中身のない言葉を聞いて、貴方は少し不安を覚えてしまう。
「もうすぐ着くっスよ!」
淫魔達が集まる工作室前。
そこの様子に変わりはない。
全てが規則的に流れ、淫魔達と、何に使うかも分からない機械が次々と運ばれている。
彼女はその流れに溶け込むように自然に舞い降りた。
申請もない。
口利きもない。
設計部の淫魔を頼ることもできなければ、悪魔の受付に規則の穴を突くこともできない。
ならば彼女はどうするつもりなのだろうか。
――抜け道があるのだろうか――
(あったら便利っスけど、見たまんま出入口は一か所だけっスね)
彼女は悪魔の受付へ並ぶ列へと入り、まるでリラックスした態度で慌ただしく動く淫魔達を眺めたかと思えば、前に並んでいる淫魔へ話しかける。
「なんか列の進みが遅いっスねぇ」
「ん? あぁアンタ第六の……、いや参ったよ。何があったか知らないけどまた監視の強化だと」
折よく、作業着姿の淫魔が工作室へと入っていく。
その淫魔が通る少しの間、扉が開くと、中で同じような格好をした淫魔が複数人壁に張り付いて作業をしている姿が見えた。
「これから中にも検知魔法を取り付けて警備も増やすらしいぞ」
「うへぇ、一体、上は何考えてるんスかね?」
警備の強化が目の前で行われている光景を横にしながらも、悠長に雑談をし始める彼女。
(人間ちゃん、ちょっと降りて欲しいっス)
焦りを感じた中で聞こえたその声に貴方は従う。
――何をすればいいのだろうか――
(待ちっスね)
ようやく動き出すのかと身構えるが、彼女は変わらずに雑談に興じていた。
「なんか、作業もモタついてるっスねぇ」
「横であれだけうるさいと気が散るからなぁ……」
「あー、あるっスね、というか今入ってるヤツ何作ってるんスか?」
「新型の整流器、大物だからかれこれもう30分は詰めてる。もうそろそろだと思うんだが……」
「アレ、うちの炉じゃなくて他の所でもやってるんスか……」
「あぁ、お前アレの被害者だったのか……、ご愁傷様。中位淫魔共が上位淫魔の覚えを良くするためにホイホイ話を受けてるって噂だ」
「ちなみに一か月分の工程が消し飛んで納期は延びてねぇっス」
「まじか……」
彼女の顔に焦りは見えない。
いたって、自然にこの場に溶け込んでいる。
(ヤバいっスね)
――何か問題があったのだろうか――
「――そんでもう、ウチの作業員がヘマしてそれをオシャカにして」
「そうなんスね、ウチなんて――」
彼女は平易な態度を崩さずに貴方に声を届ける。
(今来てる警備の増援がさっき現場にいたヤツっス、顔を見られたら止められるっス)
貴方が来た通路を見れば、先ほど事務所の入り口で見た汚れのない外套を着た淫魔が二人、こちらに近づいて来るのが見えてしまう。
――どうする。身を隠すべきだろうか――
(いえ、あともう少しだけ待つっス、そうすれば……)
――もう時間がない――
外套を着た淫魔。
その鋭い目が彼女を捉える瞬間を貴方は見てしまう。
――見つかった――
(間に合ったっス)
「おっ、終わったみたいだ。でもこれ後どれくらい待つんだろうな」
「悪いっスけど、今日はもう使えないっスね」
「え? なん――」
「おい貴様!! なぜここに―――」
次の瞬間、様々なことが同時に起きる。
彼女の顔を見つけ、すぐ怒声を発する淫魔。
大声に驚き振り返った彼女の前にいた淫魔。
作業を終え、機材をドアから運び出す淫魔。
そして、彼女は流星と見まがう速度で工作室の扉に向かって空を駆けた。
貴方が乗っていれば、その加速度だけで死に絶えるような亜音速の加速。
今までその場に溶け込んでいた彼女に、誰も反応できぬまま、その飛翔を見送るしかなかった。
搦手などない、正真正銘の強行突破。
貴方にはその瞬間を見ることなどできないが、それは当然阻まれる。
工作室入口の検知膜に彼女が触れた瞬間に響き渡る不快なブザー音。
彼女が飛び込むより速く、開け放たれていた扉はギロチンのように閉じられた。
(整流器が扉に挟まるAA)
ブザー音よりも耳をつんざく衝突音。
閉じかけた扉の間に、新型整流器の胴体が横倒しに挟まる。
つい先ほど完成したばかりの機械が、悲鳴のような音を立てて歪んだ。
今まさに仕上げた達成感に浸っていたはずの淫魔はその光景を見て絶叫した。
扉に挟まる巨大な機械は明らかに本来の機能を失ったと一目で分かる損傷を受けながらも、しかし彼女の狙い通りに活路を開いた。
「そいつを捕まえろ!! 逃がすな!!」
貴方のそばを猛烈な風が通り過ぎる。
貴方が現状を把握する頃には、周りの淫魔達は既に工作室へと殺到していた。
「ハハハッ! いいじゃん! アンタちょ~オモシロいじゃん!! 一発やろうよ!!」
「待て、魔法陣への攻撃は止めろ! こんな雑魚、縛り上げれば済む!」
「ハァ? はぁ……、お前つまんねぇな、どけよザコ」
「
彼女の声が、低く響く。
「――ッ!!」
「おい! だから過剰な火力を――!」
「
それは恐ろしい程に自然な、ただ作業を始める時のどこまでも透明な声調だった。
「攻撃を止めろと言っているのが分からんのか!!」
「いいから退け! マジで邪魔だって言ってんだろ! 殺すぞ!!」
「
工作室の扉の隙間、そこから青白い光が走る。
しかし、その閃光はその場を一瞬だけ染めるものではなかった。
内から扉へ。
扉から壁へ。
壁から床へ。
工作室へ続く構造そのものへ、血管のように光が広がっていく。
「何をしてるの! 早く警報を!!」
「だ、ダメ! 反応しない!」
痺れを切らしたかのような怒声が工作室の中から聞こえる。
「直接叩け!!」
「クソッ、壁に阻まれて身動きが……!」
「あークッソ、何だよ奥の手は初手ハメ技かよ、もー、くやしー!」
貴方には工作室の魔法陣に両手をついている彼女が見える。
そこでは彼女を囲むように四方全ての壁がまるで彼女の手足のように振るわれていた。
「かまわん! 撃て!!」
「で、でも工作魔法陣が壊れたら……!」
「……やむを得ん!」
「はぁ……、そんな時間、もうないでしょ」
「《font:1009》
瞬間、足元から光の線が跳ね上がる。
いや、それは違う。
淫魔達の四肢のある空間に既に楔は作られていた。
既に繋がれた鎖は淫魔達の腕を、尾を、羽を、空間へと縫い止めた。
「なっ……!? 拘束術式!?」
「いや、空間に固定された物体を出力してんでしょ」
「一旦、工作室の外へ――!」
「だからー、もう遅いって……、分かんない? ここら一帯が、もうアイツの作業台なの」
「うるさい! とにかく外へ報告を――!」
それ以上、淫魔達に叫ぶ暇はなかった。
光が覆いつくすその空間で全ての淫魔が動きを止める。
記録板を抱えた悪魔の指が、空中で硬直する。
警報へ伸びかけた尾が、光の輪に絡め取られる。
監視員の腕が壁へ縫い止められる。
飛び上がろうとした淫魔の羽が、見えない格子に押さえつけられる。
そして一度動きを止めれば、まるで金属の繭に覆われるように、その体は固定されていった。
誰も傷つけてはいない。
しかし、誰一人として動けない。
扉の奥からひょっこりと見慣れた頭が出てくる。
「き、きっつー……、に、人間ちゃん、とりあえず中に来て欲しいっスよ」