ある日、全滅したはずの第十八部隊に、信じがたい「原隊復帰者」が現れる。




「タクティカル祓魔師」におけるファン作品の一つです
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邂逅 ―― 百年の沈黙を破る声

 

 

 

 ミワシ第十八部隊、作戦待機室。

 

 そこは、かつて多くの隊員が息を潜め、出撃の刻を待った場所だ。今は九鬼儚ひとりが主として静寂を統べるその部屋に、およそこの場には似つかわしくない、鼓膜を震わせる「騒音」が響き渡った。

 

 「やっほー!! お待たせしました! 偵察隊の切り札、藤乃ちゃんが満を持しての復帰ですよー!」

 

 けたたましい足音と共に現れたのは、十二歳前後の少女の姿。背中には、その小さな体躯には不釣り合いな巨大な『九七式自動砲』を背負い、腰には呪いの気配を隠そうともしない真打『長光』を帯びている。脊椎から伸びた界異パーツの補助骨格が、彼女の動きに合わせてカチカチと不気味な音を立てていた。

 

 儚は、報告書から目を離すことなく、冷徹な声で応じる。

 

 「……穂積藤乃。第十八部隊偵察隊。終戦前、入隊予定者。経歴、訓練生。その後、大震災生き埋めから百年余り禁域内単独生存、及び自己脱出による帰還」

 

 「はい!そうそれ! 生きてました!」

 

 藤乃は距離感を無視して、儚の机に身を乗り出した。その瞳は、獲物を探す小動物のように絶えず動き、周囲の瘴気濃度を、音の反響を、そして目の前の「上官」の格を、本能的に測り続けている。

 

 藤乃の「メスガキ」然とした態度は、地中禁域で百年を独り生き延びた者の生存戦略。沈黙は即ち、存在の抹消――死を意味する。だから彼女は、だから喋る。音を立てる。笑う。

 

 消えないために。

 

 だが、儚がゆっくりと顔を上げた瞬間。藤乃の軽薄な笑みが、わずかに凍りついた。

 

 漆黒の長髪は夜を思わせ、肩から背へと流れ落ちるたびに淡く光を反射する。その髪の間からのぞく黒い獣耳は、内側に白毛を宿し、人ならざる気配を静かに主張していた。瞳は紅紫にきらめき、宝石のような美しさと底知れぬ狂気を同時に湛えている。

 

 装いは和洋の境界を踏み越えた異装。艶やかな赤の袴に、黒衣の羽織を無造作に纏い、その布地には呪符のような意匠が散りばめられていた。黒いタイツにも簡易装甲が張られており、柔らかな少女らしい形に刻まれている。腰には異形大剣――鴉神剣とかつて呼ばれた剣――を下げていた。

 

 (……何これ)

 

 それは、あえて言うなら初めて“新月の夜”を体験した時に似ている。果てしない闇が藤乃を見つめていた――理解が追いつかない。

 

 (意味が分かんない)

 

 藤乃の修験者としての勘が、最大級の警告を鳴らしていた。

 

 儚の瞳の奥に広がるのは、自分が地下で見てきた闇よりも深く、昏い死の空だった。自分は地下深くという極地で百年余年を生き延びた。だが、目の前の鴉は百年以上戦い続け、果てしない死その身に刻んで、なお存在していた“熊野の鴉”だった。

 

 藤乃の背後で、界異尾翼が微かにざわつく。無意識の緊張。それを気にも留めない儚の視線が、刀へと落ちる。

 

 「『熊野三所権現長光』……真打ね」

 

 「え? うん。持ってけって言われたから。なんか大事らしいけど、藤乃まだ鴉神剣は無理だし?」

 

 軽い調子。だがその言葉の裏にある家の選別も、呪詛も、彼女は知らない。

 

 儚は理解している。藤乃は送り出された。試された。あるいは――始末される前提で。しかし藤乃は、何も知らない。ただ生きて帰ってきただけだ。だが、一つだけ確かめておかなければならないことがあった。

 

 「穂積二等兵、貴官は血の底から戻ってくる時。奇妙な声を聴いたはずだ」

 

 (貴方の血に才能が有れば)――儚は心の中でそう付け足しながら誰何した。

 

 「……え、あの。はい。“祓魔師(我々)は強くあらねば”って……そしたら、ああそうだなって思って、何か生えてきた尾とか羽根を使って、こう……土砂をかき分けて」

 

 隠していたわけではない。ただ頭がおかしくなったと思われるだけだと思い言わなかった事、それを何故それを知っているのか?と疑問が小さな頭で回り、しどろもどろに答える藤乃の言葉を最後まで待たず、鋼の声が空気を切り裂いた。

 

 「穂積二等兵。貴官を第十八部隊、偵察兵として原隊復帰を認める」

 

 「え……あ、はい。……っす。よろしく、九鬼の『お嬢様』」

 

 藤乃は無意識に、一歩、あとずさった。生存者としての「格」の違い。それを思い知らされた少女の喉が、引き攣るように鳴った。

 

 

 

 

 「……儚隊長、これ、何ですか?」

 

 藤乃の前に置かれたのは、古めかしい重箱と椀だった。

 

 歓迎会を期待して、何なら「美味しいスイーツとか、今風のものが食べたいな!」と騒いでいた藤乃だったが、儚が用意したのは、あまりにも無骨で、時代錯誤な食事だった。

 

 「これは第十八部隊の新兵が行う、最初の任務」

 

 儚は事務的に告げる。

 

 「完食しなさい」

 

 重箱の蓋が開けられる。

 

 そこにあったのは、鶏肉と根菜の滋味が染み渡った、載せられた紅ショウガも艶やかな「五目飯」具材が非常に細かく切られており、米と馴染むように仕上がっている。

 でんぷんでとろみのついた汁に、多くの具材がが顔を出す。大根はイチョウ切り、人参は乱切り、生揚げは賽の目に切られており、かんぴょうは一厘で切られており、具材の切り方で触感の変化を付ける工夫がされている「のっぺい汁」。

 そして、香ばしい油の匂いを漂わせる、肉厚な「鹿肉のカツレツ」。

 

 それはかつて大戦中の第十八部隊が、任務の前夜に食していた軍隊飯だった。

 

 「……五目飯。のっぺい、汁。それに、鹿」

 

 藤乃の声から、先程までの虚勢が消えた。百年、泥を啜り、界異を食らい、瘴気で飢えを凌いできた彼女にとって、それはあまりにも「人間」の食べ物だった。

 

 「……いただきます」

 

 藤乃が震える手で箸を取り、五目飯を口に運ぶ。米一粒ひとつぶに、具材の味が染みわたっていた。噛み締めるたびに、米の甘みと具材の旨味が、乾ききった五臓六腑に染み渡っていく。紅ショウガの辛味が全体の味を引き締めていた。のっぺい汁のとろみのある熱が、地底の冷気に凍てついていた芯を溶かしていく。里いものねっとりした舌ざわり、大根と人参の柔らかな甘み。生揚げの風味、味は淡いが、体の内から温まった。これを作ったものの気遣いが伝わる味だった。カツレツは衣は軽く、肉は薄く仕上がっている。素早く火を通し油を吸わせない工夫だ。豪奢ではないが、火の通りは完璧で小さな体の確かな力になる一品に夢中になってかぶりつく。

 

 儚はそれを、正面から無表情に見つめていた。彼女自身、食事に表情を出すことはない。だが、その瞳には、半分だけ界異に足を踏み入れた藤乃に対する、憐憫と、それ以上に冷徹に観察する光が宿っている。

 

 (この子鴉は、危険だ)

 

 儚は思う。彼女の血は間違いなく“熊野の鴉”として目覚めていた。九鬼の血筋を、そして死を越えた自分を盲目的に信じるその呪縛は、いずれその生存本能さえも投げ出すだろう――自分の様に。

 

 「……美味しい、です。九鬼のお嬢様」

 

 カツレツを頬張り、藤乃が顔を上げる。その瞳には、先程までの怯えではなく、確固たる、そして狂信的なまでの帰るべき場所を見つけた者の光が宿っていた。

 

 「そう。なら明日からは、任務遂行に必要最低限の訓練を行っていくわ……死んだ方が良かった。と貴官に言わせる程度の事はする。心しておくように」

 

 「ひぇー、スパルタ! さすが九鬼の人は怖いなぁ!」

 

 藤乃は再び、うるさいくらいの声で笑った。だが、その笑みの下で、彼女は決意していた。この女が、地獄へ行けと言うのなら。自分は百一年目も、その先も、どこまでだってついていこう、と。

 

 「ごちそうさまでした!第十八部隊、穂積藤乃!本日より、正式に復帰いたしまーす!」

 

 静まり返っていた第十八部隊の部屋に、百年の時を経て、新たな、そしてあまりにも騒がしい「生」の音が響き始めた。

 

 

 


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