そんな夫婦がたどり着いた究極の家事分担とは…
「うちは共働きだし、家事は分担してやろう」
結婚した時、妻と約束してから何年経っただろう。
確かに「家事分担」と言ったはずだ。
決して家事を半々にしようとは言わなかったはずなのだ。
しかし、やってみるとなかなか思う通りにはいかない。
何故なら、どの家事をお願いしても妻から
「私の方が大変だ」
と言う有言無言のプレッシャーが半端ではなかったのだ。
そして必ず、私の分担している家事についてダメ出しをする。
それだけならまだ良い。
必ずと言って良いほど、私の家事に対して、マウンティングを取ろうとするのだ。
風呂掃除をすれば、「洗剤やスポンジを買ってきたのは私だ。常にそう言うの管理しているの私なんやからな」と釘を刺される。
食器を洗っていると、片付けくらいちゃっちゃと終わらせろ!次の食事の支度が出来ないだろうが!と急かされる。
ゴミ捨てのために家のゴミを回収していると、「ビニール、カシャカシャうるさいねん!やってるアピールか?」と文句を言われる。
買い物をして帰れば、「いらんものばっかり買うな!」とか「何でシングルじゃ無くてダブル買ってくんねん!」と不機嫌になり、買わなきゃ「言わなきゃ買って来れないんやな」と嫌味を言われる。
もちろん妻がしてくれた事には、その都度感謝はしている。
事実、ありがたいと思っているのだから、その事を事あるごとに伝えるようにはしている。
恐らく妻は家事を半々にしたかったのだろう。
しかし、家事を半々には出来ないのだ。
物理的に。
そもそも分担とはどちらかが担当になると言う事だ。
だから私は相手が担当の家事には必ず担当である妻の指示を仰ぐ様にしている。
それに対して妻は、
「いちいち聞かな出来んのか?」
「自分で考えてやれや」
と激昂して聞いてもらえない。
しかし、ならばと私が主体的にやろうとすると、
「調味料の位置が変わった」
「味付け濃いねん!」
と怒らせてしまう。
担当とは責任者という事である。
会社で言えば、分担にあてがわれた人は部長だ。
自らの判断で物事を遂行する。
しかし、妻は私に部長である事と、部下である事の両方を求めてくる。
こんなものがうまくいくはずはない。
同じ部に2人の部長がいる様なものだ。
船頭多くして船山に登るだ。
部長として判断すれば、同じく部長である妻と衝突するし、
部下として役目を果たそうとすると、もっと自分で判断して動けと能力不足を指摘される。
私はずっと考えていた。
正しい家事分担とは何なのかを。
ある日、妻が体調を崩した。
熱で寝込んでしまい、家事は全て私がやる事になった。
料理を作り、洗濯をし、ゴミをまとめ、洗剤の残量を確認し、足りない物を買いに行く。
その時、初めて気付いた。
家事には「作業」と「管理」があるのに、妻は「管理」を手放せていないのだと。
これまで買い出しは妻の分担だった。
買い出しと在庫管理は表裏一体だ。
その事が妻を追い込んでしまったのだ。
例えば、掃除は私の担当だが、洗剤の残量が一定のラインを下回ったら妻に買い出しをお願いしようと考えていた。しかし、妻は薬局で買い物をする予定がある時にまとめて買い足していたのだ。
必然的に、買い物に行く際に在庫の残量を調べ無ければならない。
本来私の担当である作業を妻がやる事になる。
他にも料理を作る。
妻が夕飯、私が昼食を作るとしよう。
買い出し担当では無い私は冷蔵庫の中にあるものを使う。
すると、妻が夕飯に使おうとして食材を使ってしまい、妻の負担を増やす事になる。
ゴミを捨てだって、ゴミ袋の購入は妻任せであるから、ゴミ集めをしていても、「そのゴミ袋買ってんの私だからな!」と言う気持ちになってしまう時もあるだろう。
私は今まで、分担する判断を作業面だけ見て分担を決めていた。
しかし、分担する際に必要なのは管理面など分担が重複する箇所を作らないようにしなきゃダメだったのだ。
数日後、妻の体調は回復した。
私は妻に言った。
「家事分担、全部しっかりとは出来へんわ」
妻は少し身構えた顔をした。
私は続けた。
「でも、お互いの負担を減らす事は出来ると思う」
妻は黙って聞いていた。
「ちょうどこの部屋の隣の部屋が貸し出されているらしい。俺はそっちの部屋の担当な。君はこっちの部屋の担当をやって。今週は2人でこっちの部屋に住んで、来週は隣の部屋に2人で住もう。お互いの担当した部屋の番の時の家事は全て担当が1人でやる。そうすりゃきっちり家事を分けることが出来る。」
少し間があって、妻は言った。
「面白そう」
私は笑った。もしかしたら久々に妻に向ける笑顔だったかも知らない。
妻もなんだか少し嬉しそうに、
「なんか、この部屋は私の担当なんだって思うと、おもいっきりおもてなししなくちゃって気持ちになってるわ」
と自分でも意外な心境の変化に驚いているらしい。
そして、私たちはお互いを「手伝う」事を止めた。
正しい家事分担とは、
家事の作業を分ける事ではなく、
完全に自分の責任で回す自分の領土を持つことだったのだ。
そう私は確信した。