真希波マリがどのようにして真希波マリイラストリアスになったのかを自分なりに考察して書いてみました。
 夏色のエデンの続きとして読んでみてください。

1 / 1
─赫き海へのプロムナード─

 イギリス・セントフォード大学の古い図書館は、夜になるとひどく冷え込んだ。

 1998年、夏。16歳の真希波マリは、昼間に行われた「生体エネルギー探査プロジェクト」のオリエンテーションで配布された分厚い資料を机に広げ、一人、ボールペンを走らせていた。

 

 飛び級で渡英した彼女にとって、全額免除の特待生という条件は魅力的だったが、それ以上にこの「最先端の生体探査」という触れ込みに惹かれていた。

 

 だが、数時間かけて数式を追いかけていたマリの手が、ふと止まる。

 

「……何これ、ふざけてるの?」

 

 マリは分厚いレンズの眼鏡を押し上げ、思わず笑いを漏らした。

 資料に記載されているのは、ある未知の生体エネルギーの変換効率に関する理論モデルだ。一見すると、完璧に構築された美しい数式に見える。他の優秀な学生たちも、昼間の説明会では感嘆の声を漏らしていた。

 

 しかし、計算を深部まで逆算していくと、微細だが決定的な「歪み」が存在していた。

 

 「この変数、細胞の質量に対する出力の前提条件が狂ってる。エネルギーの減衰率を意図的に隠蔽して、ごまかしてるわね。この隠された数値を元の状態に戻して、実体積を再計算すると……」

 

 導き出された答えに、マリは目を丸くした。その大きさは数十メートルにも及ぶものとなっていた。

 このデータが想定している「観測対象」は、微生物でも新種の動物でもない。規格外の質量を持ち、常時、強力な力場(フィールド)を展開して外界を拒絶する「巨大な何か」だ。

 

 「嘘でしょ。天下のセントフォードの教授陣が、こんなトンチキな数式を大真面目に組んでるっていうの?」

 

 呆れと同時に、マリの胸の奥で、ゾクゾクとするような知的好奇心が跳ねた。

 このあり得ない数式の向こう側に、一体何が隠されているのか。

 

 マリは資料をファイルに突っ込むと、足早に図書館を後にした。

 

***

 

 アレックス教授の研究室のドアを叩いたとき、夜はすでに深く沈んでいた。

 

 「夜分に失礼します、教授。昼間の資料について、どうしても計算が合わない箇所がありまして」

 「……入りなさい、真希波くん」

 

 薄暗い部屋の中で、教授は驚いた様子もなくマリを迎え入れた。マリは単刀直入に切り出した。

 

 「昼間のデータ、あれはダミーですね。わざと変換効率の変数をいじって、対象の『異常な質量』と『物理法則を無視したエネルギー出力』を隠蔽している。あの数式の通りなら、実地調査の対象は微生物なんかじゃない。数十メートル級の、未知の巨大生物……いえ、生物と呼べるかどうかも怪しいモノになりますよ」

 

 沈黙が落ちた。教授はゆっくりと眼鏡を外し、そして、低く笑った。

 

 「見事だ。まさか、たった半日で、あのダミーデータに仕込まれた『矛盾』から本体のスケールを逆算するとはね」

 「テスト、だったんですね。あの説明会自体が」

 「そうだ。我々のスポンサーが求めているのは、与えられたデータを鵜呑みにする優等生ではない。意図的に隠されたバグを、暴き出せる真に優秀な『頭脳』だ」

 

 教授は机の引き出しを開け、一枚の渡航命令書を取り出した。

 

 「君はテストに合格した。真希波くん、君の本当の実地調査の行き先だ。極秘裏に発見された未知の存在……我々が『アダムス』と呼称する巨大な対象との直接コンタクト実験に、解析要員として同行してもらう」

 

 渡航先に記されていたのは、ロンドンから遥か遠く離れた南の果て。南極大陸――葛城調査隊への合流命令だった。

 

「南極……アダムス。ははっ、本気で言ってるんですね」

 

 恐怖よりも先に、抑えきれない笑みがマリの口角を吊り上げた。

 恐怖がないわけではなかった。だが、大の大人たちが莫大な金と権力を注ぎ込んで、世界地図の端っこで「未知の巨人」を掘り起こそうと本気で行動しているのだ。

 

 こんな面白そうなことを目の前にして、引き返すという考えはマリの頭には浮かばなかった。

 ふと、日本の大学にいる、大好きな碇ユイの顔が脳裏に浮かんだ。

 

 (先輩にこの話を手紙で書いたら、どんな顔するかな)

 

 頭によぎったそんな考えを振り払いながら彼女は教授に答えを返した。

 

 「……わかりました」

 

 マリは渡航命令書をスッと抜き取ると、ニヤリと笑った。

 それは、16歳の少女には到底似つかわしくない、未知への渇望に満ちた獣のような笑みだった。

 

***

 

 西暦2000年、8月。

 凍てつくロンドンの軍用空港。重いコートを着込んだマリの荷物は、驚くほど少なかった。

 

 これから向かうのは、世界で最も不可解で、最も面白い謎のど真ん中だ。

 

 「さてと。それじゃあ、行きますか」

 

 真希波・マリは、振り返ることなく、未知が眠る南極行きの輸送機へと、弾むような足取りで踏み出した。

 

 

 西暦2000年、8月末。

 南極大陸・地下巨大プラント。真希波マリは、誰もいない深夜のデータルームで、メインサーバーの深層から引きずり出した暗号化ファイルを前に息を呑んでいた。

 

 南極に到着してからの日々、マリは優秀な学生としてアダムスの生体調査を手伝ってきた。だが、調査が進むにつれ、葛城博士をはじめとする調査隊の行動には明らかな矛盾が生じていた。

 彼らはアダムスを「調べる」のではなく、何か別の目的のために「利用」しようとしている。

 

 その答えの断片が、今、モニターに映し出されていた。

 

「……『人類補完計画』。人類を補完するって、一体何をするつもりなの」

 

 計画の全貌や目的は、完全なるブラックボックスとなっていてわからなかった。だが、確実なのは、今ここで行われようとしている実験――彼らが『セカンドインパクト』と呼ぶプロセスが、そのよく分からない計画の最初の一手だということだ。

 

 データによると彼らはあの「アダムス」を目覚めさせるつもりらしい。

 そして彼らと一緒に発掘された「槍」と呼称されているものを使ってその魂を抽出しようとしているらしい。

 

 なぜそれをするつもりなのか、どうして調べていた自分たちより「槍」の使い方に詳しいのかとか大量の疑問が頭に浮かんでは消えていったが、一つ、それらが行われるとどうなるかというシミュレーションに無視できない事実があった。

 もし槍を使って魂を抽出させれば、発生するエネルギーの逆流(オーバーフロー)は南極大陸を完全に消滅させ、地球の環境そのものに壊滅的な影響を与える。海面は上昇し、数十億という人間の命が消え去るだろう。そして何より、残されたデータから推測される『補完』の行き着く先が、「人類の強制的な進化」や「個人の境界線の消失」なのだとすれば。

 

 マリはターミナルを叩き切り、私室へ戻ると、最小限の荷物だけをボストンバッグに詰め込んだ。

 数時間後には、国連の視察団を乗せた帰還用の輸送機が出る。それに紛れ込めば、一人だけなら逃げ出せる。こんなバカげた心中計画に、付き合ってやる義理はない。

 

 防寒着を羽織り、部屋のドアノブに手をかけた瞬間。

 ふと、視界の端に、机の上に置かれた一枚の写真が映った。

 

 日本の大学の並木道。少し困ったように笑う碇ユイと、その横に立つ無愛想な六分儀ゲンドウ。

 

 マリは立ち止まった。

 イギリスへ渡る前、彼女に宛てて綴った手紙の言葉が、脳裏に蘇る。

 

 ――『先輩とゲンドウ君の幸せを、遠い空から祈ってます』

 

 私がここで逃げて、あのまま空に飛び立てば、命は助かるだろう。

 けれど、行きつく先が個人の境界線の消失とされる、人類補完計画が完遂されてしまえば、私が願った、ユイの幸せも、叶うことはないだろう。

 

 ドアノブを握るマリの手が、微かに震えた。

 

 マリはボストンバッグをその場に投げ捨てると、ヘリポートとは真逆の方向――アダムスが封印されている最下層の実験棟へと駆け出した。

 

***

 

 実験が開始され、アダムスが覚醒して未知の力場(ATフィールド)を展開してしまえば、もはや人間には一切の物理的な干渉ができなくなる。

 だからこそ、マリは実験開始の数時間前、研究員たちの意識がメインシステムの立ち上げに集中している隙を突き、誰もいない最下層の封印区画へと潜入した。アダムスが安置されている場には監視カメラが存在していたがそれにはダミー映像がしばらく流れるように細工をしておいた。

 

 目の前には、巨大な拘束具に繋がれた四体の巨人。

 メインのコンソールはすでに葛城博士たちによって物理的にロックされており、外部からのハッキングは不可能だった。システムからの停止が無理ならば、残された手段はただ一つ。

 

 マリは最も近くにいた一体の胸元、赤く光る球体を見下ろした

 目的は一つ。槍がこの巨人に接触し、魂の抽出が始まる前に、自身を「バグ(異物)」としてコアの接続経路に割り込ませること。

 

「こいつが『魂』という生体情報で動いているなら、ウイルス(バグ)として最も有効なのは、別の『生きた魂と肉体』を直接コア(生体ポート)にぶち込むこと。これならば」

 

 幸いアダムスのコアの位置は調査によって判明していた。

 マリはアダムスの上に設置された連絡橋からコアに向かって飛び込んだ。

 接触に物理的な痛みは無かった。ただ、16年という真希波マリの人生を構成していた記憶、感情、知識のすべてが、情報単位へと分解され、巨大な生命の深淵へと吸い込まれていく感覚だけがあった。

 

 (先輩、いつまでもあなたの幸せを願っています)

 

 そうして、真希波マリという一人の人間の肉体は誰にも知られることなくアダムスのコアに完全に溶け落ちていった。

 

***

 

 生命の実しか持たないアダムスにとって、自身のコアに飛び込んできた異物は劇物そのものだった。

 しかし、その劇物は知恵の実を有していた。分解、無毒化、吸収していく中でアダムスは知恵の実に残された記憶を見た。

 そこには、非効率で泥臭い人間の営みがあった。矛盾だらけの感情があった。そして何より、たった一人の他者を想い、その世界を肯定しようとする「愛」という名の強い執着があった。

 

 マリの記憶に触れたその四分の一の魂は、人間の持つ可能性と美しさに強烈に魅せられた。

 そしてその後、目覚めさせられ強制的に槍によって魂を抽出されようとしたとき、そのアダムスは他のアダムスの魂との融合を拒絶した。

 

 そのまま槍を利用する形で自身の肉体を捨て、取り込んだ『真希波マリ』の記憶と姿をサルベージし、自らの新たな形として再構築した。

 

***

 

 すべてが光に包まれ、弾け飛んだ後。

 

 生命の存在を一切許さない、致死のLCLで満たされた赤い海。

 その血のような水面を、防護服も着ていない一人の少女が、パシャ、パシャと、まるで水たまりで遊ぶ子供のように歩いていた。

 

 ツインテールに結われた髪。再構築された肉体。

 彼女は、拾い上げた分厚いレンズの眼鏡をかけ直すと、果てしなく広がる赤い空を見上げた。その瞳の奥には、かつての「真希波マリ」の人間らしい意志と、人知を超えた上位存在としての絶対的な余裕が、マーブル模様のように混ざり合っていた。

 

「……よし。同期完了(シンクロ、オーケー)」

 

 彼女は、自らの新しい喉の震えを確かめるように、小さく笑った。

 目的は人補完計画の阻止、しかしやるならばアダムスとしてではなく一人の人間として。

 

「さてと。それじゃあ、行きますかにゃ」

 

 その日、生まれた新しい人間の名前は真希波・マリ・イラストリアス。

 その後、イスカリオテのマリアと呼ばれたその存在は、赤い海原の向こうで続くリリンたちの物語へ向けて、楽しげに歌を口ずさみながら歩き出した。




まとめとしては真希波マリイラストリアスは真希波マリの記憶が焼き付いたアダムスのうちの一人だったのではないか、という説です。これはアダムがアダムスだったから成功したと考えています。アダムに飛び込んでも渚カオルがいるのでなんの影響もなかったんじゃないかと考えています。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。