【完結】兄貴が異世界に行きやがったらしわ寄せは全部俺に来た ~背の低い不良男子高校生が、背の高い年上幼馴染の彼女ともう一度繋がるまで~   作:八月森

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7話 色気のないことだ

 幼い頃、何回やっても兄貴とのかけっこに勝てなかった俺は、速く走るコツを兄貴本人に聞いてみたことがあった。しかし返ってきた答えは――

 

 

「? とにかく足を速く動かせば速く走れるだろ?」

 

 

 三日ほど練習したが全然できなくて落ち込んだ憶えがある。

 

 

(……嫌なこと思い出しちまった)

 

 

 今日の体育は、100m走、走り幅跳び、ハンドボール投げなどを各自で行い計測することになっていた。体操服に着替えた生徒たちが思い思いに各競技をこなしている。

 

 俺も一応着替えはしたものの、あまりやる気になれず、水飲み場で喉の渇きを癒した後は、校舎の陰に隠れてサボりを決め込んでいた。ちょうど日陰になっており、たまに吹くそよ風が心地いい。

 

 そうやってボーっとして間もなくのこと。

 

 校舎の内側から複数人の足音と振動、話し声などが聞こえてきた。窓には物音の原因であろう生徒たちが歩いていく様子も映し出されている。

 その中に、見知った幼馴染の姿を確認する。

 

 

小春(こはる)……移動授業か)

 

 

 小春は同級生と思しき男女数名と談笑しながら、渡り廊下を旧校舎方面へ向かっていた。中でも隣を歩く男子(キリっとした容姿で眼鏡を掛けている)と会話が弾んでいるのか、たまにそちらに笑顔を浮かべていた。

 

 

(……ちょっと、楽しそうじゃねぇか)

 

 

 こういう時、学年の壁を痛感させられる。

 

 ちょっとした移動時や短い休み時間の何気ない会話。

 同じ教室での授業に、各種校内行事での共同作業。

 そうした、同級生なら当たり前に過ごせる時間の大半を、二歳離れた俺は共有することができない。

 

 そして、痛感させられることはもう一つ。

 

 

(あの野郎、小春より背が高ぇ……!)

 

 

 隣を歩く眼鏡の男子は、小春より数㎝長身で、そちらを向くたびに彼女はわずかに顔を上向けていた。

 俺と話す時にはいつも見下ろしてくる彼女が、その男に対しては見上げて笑顔を浮かべている。それが悔しいのと同時に、無性に腹立たしい。そしてそれだけではなく――

 

 

「何してるんだい?」

 

「うぉわ!?」

 

 

 突然背後から声を掛けられ、飛び上がりそうなほど驚く。喉から変な声が漏れ出た。

 

 それが校舎内の小春たちの耳にも届いたのか、一斉に窓のほうを振り向く。俺は見つからないよう咄嗟に背後の何者かの口を押さえながら、寸でのところで物陰に隠れ……

 

 

「……」

 

 

 身を潜めたまま、数秒が過ぎる。

 

 小春たちは窓の外を怪訝そうに眺めていたが、すぐに気のせいだとでも思ったのか、目的の教室に向けて歩き去っていく。やがてその姿が見えなくなったところで――

 

 

「ぶはぁ……!」

 

 

 呼吸を再開し、酸素を取り込む。同時に、背後にいた何者か(今はこの手で抱き抱える形になっていた)の口を塞いでいたことを思い出し、慌てて手を離す。

 

 その何者か――半袖シャツにハーフパンツの体操服を着て、長い黒髪をサイドテールに結んだ女生徒は、特に呼吸に苦しむ様子もなく、どこか満足そうに息をついていた。

 

 

「ふぅ……まさか授業中に、しかも屋外で、こんな大胆なアプローチをしてくるなんて、さすがのぼくもビックリだよ、晴人(はると)くん」

 

「やっぱりお前か、秋月(あきづき)

 

 

 俺は抱えていた腕を解き、なぜか少し頬を赤らめているその女――秋月(ねい)を放り出した。

 

 

「おっと、もうおしまいかい? しばらくあのままでもよかったのだけれど」

 

「バカ言え。誰かに見られたらどうすんだ」

 

「ぼくは構わないよ?」

 

「俺が構うんだよ」

 

 

 突き放してみるも、目の前の女に堪えた様子は見受けられない。

 

 

「つれないね。というか、親友。仮にも女子を抱き抱えていたというのに、それに対する感想は特にないのかい?」

 

「あ? あー……軽かったな」

 

「やれやれ、色気のないことだ。少しは女心を勉強しないと、さっきまで覗いていた誰かさんにも、そのうち嫌われてしまうかもしれないよ?」

 

 

 クソ、バレてたか。

 

 

「彼女の隣を歩いていたのは、生徒会長かな? 確か、須堂(すどう)龍我(りゅうが)といったか」

 

「会長……あいつが……」

 

「ああ。品行方正。文武両道。その整った容姿や物腰から生徒の人気も高く、教師からの信頼も厚い、我が校が誇る優秀で完璧な生徒会長――と言われているね。まぁ、その完璧な彼も、会長選では君のお兄さんに土をつけられたわけだけど。……どうかしたかい?」

 

 

 問いかける秋月に、俺は小春たちが消えた廊下の向こう側を睨みながら、一言だけ答えた。

 

 

「……気に入らねぇ」

 

「気に入らない? それは、彼の能力や名声へのやっかみかい? それとも、小春さんより長身なことに対してかな?」

 

 

 的確な、それでいて遠慮のない指摘に、自嘲気味に口を開く。

 

 

「そういうのが全くないとは言わねぇが……強いて言えば、『なんとなく』だ」

 

「ふむ、生理的な嫌悪感というやつかな。そうなるともうどうしようもないね」

 

「ああ。どうしようもねぇし……だからどうこうしようってわけでもねぇ。まさか、何もしてねぇあいつを気に入らねぇからってぶん殴るわけにもいかねぇしな」

 

「学年の違う君が、授業中や休み時間に小春さんをガードするわけにもいかないしね」

 

 

 そうだな、と頷いてから、ふと気づく。

 

 

「そういや、そっちは授業中に何しにきたんだ?」

 

「君と同じくサボりだよ。今日は梅雨時には珍しく快晴で読書日和だからね。静かに読める場所を探してたんだ」

 

 

 そう言う秋月の手には、確かに一冊の本が握られていたのだが、そのタイトルは――『今日の時短レシピ』。

 

 

「……お前、料理とかできたのか?」

 

「いや、全然? 単に読み物として面白そうだったからだけど」

 

「お前は本当にわけ分かんねぇな」

 

 

 相変わらず掴みどころのないその女に毒気を抜かれる。

 結局、授業に参加する気も起きなかった俺は、本を開き始めた秋月を隣に、そのままサボりを継続することにした。

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