【完結】兄貴が異世界に行きやがったらしわ寄せは全部俺に来た ~背の低い不良男子高校生が、背の高い年上幼馴染の彼女ともう一度繋がるまで~   作:八月森

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1話 その呼び方はやめろっつったろ

 ――兄貴が失踪して、数日が経った。

 

 いや、事前に行き先は分かっているので失踪とは言えないかもしれない。そして今でも半ば信じられない。あのクソ兄貴は、いわゆる『異世界』に向かって姿を消したのだ。

 

 異世界。こことは異なる世界。

 漫画や小説などでは最早お馴染みのその概念が、まさか本当に存在するなど夢にも思わなかった。だが兄貴は実際、俺の目の前で、その異なる世界に消えていったのだ。

 

 行き先が行き先だ。警察には言えないし、言ってもどうにもならない。そもそも信じてもらえないだろう。

 

章人(あきと)なら大丈夫だろう」、とは両親の弁だ。信頼されているのか、二人が楽天的すぎるのか。

 

 俺自身、兄貴が居なくなったこと自体には不都合を感じていない。むしろ清々するとさえ思っていた。

 

 しかし一家の中ではそれで済んでいても、対外的にはそうはいかない。

 

 何しろ兄貴は、病欠などほとんど経験のない健康優良児。そして学校ではちょっとした有名人だ。それが、周囲にこれといった連絡もなく何日も欠席している。

 

 当然、俺たち家族――特に兄貴と同じ高校に通っている俺は、兄貴の友人知人に安否や行方を尋ねられた。だが警察に対してと同じだ。説明できないし、しても信じてもらえないと判断し、口を濁すしかできなかった。

 

 その状況が、憶測と噂を呼んでいた。一ノ瀬(いちのせ)章人は、何か大きなトラブルに巻き込まれて失踪したのでは――と。

 

 

(――忌々しい)

 

 

 あのクソ兄貴は、この世界から姿を消してなお俺を(わずら)わせてきやがる。

 眉間に(しわ)を刻み、イラつきを隠さず高校までの通学路を歩いていくと、同じく登校中だった女生徒と一瞬目が合う。

 

 

「ひっ……!」

 

 

 女生徒はか細い悲鳴を上げながら顔を逸らし、足早に去っていった。

 少なからず傷つくが、納得もしていた。というのも、俺、一ノ瀬晴人(はると)は――

 

 天を()くように逆立てた髪は金に染まり、着崩した半袖のワイシャツ(今は六月の衣替え移行期間だった)の下からは、赤いランニングシャツが覗いている。鞄をぞんざいに背負い、両手はズボンのポケットに突っ込んでいた。155㎝という、男子高校生にしては物足りない背丈のせいで、わずかに迫力には欠けるが……

 

 外見で分かる通り、俺は世間的に言う不良というやつだ。目つきも悪い。それが、見るからに不機嫌を隠さずにいたのだから、怯えられても無理はない。

 

 見れば、周囲を歩く他の生徒もこちらには近づかず、できるだけ目線を合わそうともしていなかった。うちの学校は不良の数自体が少ないうえ、ここまで派手にグレた見た目のも他にいないため、なおさら目立っている。そして、目立つ理由はもう一つ。俺が、あの兄貴の弟だということ……

 

 

「……ちっ」

 

 

 舌打ちを一つ残し、先を急ぐ。

 校舎に辿り着き、下駄箱で靴を履き替え、一年の教室がある四階に上り、自分のクラスであるA組の入口に差し掛かったところで――

 

 

「――ハルちゃん!」

 

 

 背後から呼び声が響く。続けて、はぁ、はぁ、と、大きく呼吸する音も。走ってきたのだろうか。

 

 

「よかったぁ、間に合って……あのね、ハルちゃ――」

 

 

 それにゆっくりと振り返り、苛立ちを隠さず睨みつける。俺をその呼称で呼ぶやつは、この学校に一人しかいなかった。

 

 

「その呼び方はやめろっつったろ――小春」

 

「ご、ごめん。そうだったね……晴人くん」

 

 

 オドオドと謝る女子生徒を下から見上げる。小春という名前に反し、その女はあちこちがでかかった。

 

 女子にしては高さのある170㎝の長身――俺より15㎝も高い――に、ワイシャツを内から突き上げるEカップの巨乳。

 ふわふわとした茶髪のショートボブ。大きな瞳は垂れ目がちに緩み、今は申し訳なさそうに視線を彷徨(さまよ)わせている。その様は、大型犬が飼い主を探しているような印象を与えた。

 

 古城(こじょう)小春(こはる)。学年は三年生。

 俺と兄貴共通の幼馴染で、幼い頃はよく三人で一緒に遊んでいた。

 が、小中高と入学、進学を繰り返すうちに学年の壁に阻まれ、二歳違いの俺とは次第に距離が生まれてしまう。

 同じく三年生の兄貴とはクラスも同じらしく、そのうえいつも一緒に行動してるとかで、周囲からは二人は付き合ってると噂されて――

 

 

(――やめろ、考えるな)

 

 

 脳裏を(よぎ)った(らち)の無い想像を振り切り、気を取り直すように口を開く。

 

 

「それで、一年の教室までなんの用だよ」

 

「あ……そうだった。これ……」

 

 

 そう言って小春がこちらに見えるように持ち上げたのは、布にくるまれた箱状の物体。

 

 

「お弁当、忘れていったでしょ? 家を出る時におばさんに会って、晴人くんに渡すように頼まれたの」

 

 

 差し出された弁当箱を手の平で受け取る。保冷剤が入っているのか、少しひんやりした。

 

 

「別に、学食もあるし昼飯くらいどうとでも――」

 

 

 忘れた自身の迂闊さ。他の生徒がいる前で小春と会話する気恥ずかしさ。それらがない交ぜになり、つい強がってみせようとするが……

 

 

「……いや…………あんがとよ」

 

 

 思い直し、ポツリと礼を言う。持ってきてもらったのを突き返すわけにもいかないし、食い物を粗末にする気もない。

 

 

「……! うん……!」

 

 

 俺の返事に、小春は分かりやすく嬉しそうな表情で頷く。さっきも犬のようだと思ったが、実際に耳と尻尾があれば、喜びを露わにパタパタ揺らしていたことだろう。

 

 が、それも長くは続かなかった。そして用事は済んだだろうに自分のクラスに向かう様子もなかった。その場でもじもじと、少し躊躇(ためら)うような素振りを見せながら、彼女はぽつりと呟く。

 

 

「その……。……アキちゃんは、まだ……?」

 

(……それが、聞きたかったのか)

 

 

 小さな落胆を覚える。気持ちが沈む。

 いや、小春が悪いわけじゃないと、頭では分かっている。

 ずっと一緒に育ってきた幼馴染の行方が知れないのだ。不安にもなるし、安否を知りたいと思うのも当然のことだろう。

 それでも、少しだけ期待してしまった。グチャグチャになった感情を抑え込み、なんとか返事を絞り出す。

 

 

「……ああ。帰ってきてねぇよ」

 

「……そっか……」

 

 

 残念そうなその表情に胸が痛むと共に、わずかに迷う。

 

 

(……小春には、本当のところを話すべきだろうか?)

 

 

 今まで何度も自問してきたその考えを、しかし口に出す前に打ち消す。信じてもらえるかも分からないし、仮に信じたとしてもどうにもならない。

 兄貴について現状確かなのは、異世界に行ったという事実だけ。それがどういった世界で、どこにいて、何をしているのか。何もかも不明とあっては、かえって不安を煽るだけだろう……

 

 

「ご、ごめんね、急かすような聞き方して。実のお兄ちゃんがいなくなったんだもん。晴人くんのほうが不安だよね」

 

「いや、俺は――」

 

 

 的外れなフォローを否定しようと口を開きかけたところで――

 

 

「――ねぇ、あの人、三年の古城先輩じゃない?」

 

 

 こちら、というか小春を指して会話する一年生女子二人の声。おそらく、俺の姿は小春の陰になってよく見えていない。

 

 

「あぁ、あの美人って有名な。失踪した一ノ瀬先輩と付き合ってるんだっけ」

 

「そういう噂だよね。でも、一年の棟までなんの用なんだろ」

 

「ほら、あれじゃない? 一ノ瀬先輩の弟が一年にいるらしいから……」

 

「え……それって、弟に鞍替えってこと……!?」

 

「あんた、それはちょっと安直すぎるんじゃ――」

 

 

 好き勝手なことをほざく女子二人に顔を向け、思い切り睨みやってやる。

 

 

「「……!」」

 

 

 俺の存在と怒気に気づいた女生徒共は、即座に回れ右して足早に去っていった。聞かれて困ることなら大声で話してんじゃねぇよ。

 

 

「……」

 

 

 小春にもその会話は聞こえていたのだろう。少し沈んだ様子で俯いていた。内容にも傷ついているかもしれないが、多分こいつはそれ以上に……

 

 と、ここで予鈴が響き渡る。

 

 

「……そろそろ戻れよ。ここにいたら、またある事ない事言われるかもしれねぇぞ」

 

「……うん。そうだね。ごめんね、晴人くん。また、ね」

 

(……ごめん、か)

 

 

 そうして小春は、後ろ髪を引かれるようにゆっくりと踵を返し、トボトボと歩き去っていった。

 

 昔から、自分より他人を気遣うやつだ。あんな噂をされたのも自分のせいで、俺に迷惑をかけてしまったとか考えているんだろう。

 それを申し訳なく思うのと同時に、小さな感慨も覚える。兄貴がいた時は、小春がこうして俺の元に来るようなことはなかったからだ。

 緩やかに離れ、停滞していたはずの幼馴染との距離。それが、良くも悪くも動き出すのを感じる。

 

 これは、俺の物語。

 兄貴が異世界に行ったことで変化し、けれどそれでも続いていく俺の日常と――

 俺が、小春ともう一度繋がるために手を伸ばし、足掻いていく。ただそれだけの、小さな物語だ。

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