【完結】兄貴が異世界に行きやがったらしわ寄せは全部俺に来た ~背の低い不良男子高校生が、背の高い年上幼馴染の彼女ともう一度繋がるまで~   作:八月森

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幕間 おそろいなんだね

 ――その日、わたしは初めて一ノ瀬(いちのせ)兄弟と出会った。

 

 

「オレ、あきと! よろしくな!」

 

「……こ、こはる、です」

 

 

 元気に挨拶する少年に対して、当時から引っ込み思案だったわたしはお母さんの陰に隠れながらオドオドと名前を告げる。小学校に通う前なので、確かお互い五歳くらいだったと思う。

 

 この町に引っ越してきて近所に挨拶回りをしていたお母さんは、向かいの家の一ノ瀬家に歳の近い子供がいると聞き、わたしを連れて改めて挨拶に訪れた。その際、真っ先に出てきたのが兄の章人(あきと)くん――アキちゃんだった。

 

 アキちゃんは名乗ってから、玄関の陰に隠れていたもう一人を連れて戻ってくる。

 

 

「こはる! こいつオレの弟! はるとっていうんだ!」

 

「やめてよ兄ちゃん、じこしょうかいくらい自分でできる――」

 

 

 それが、弟の晴人(はると)くん――ハルちゃんとの出会い。この頃の彼はわたしと同様、少し人見知りだったみたいだ。

 

 けれどその時、彼の名前を耳にしたわたしは、物怖じするのを忘れたように一歩踏み出し、自分から声をかけていた。

 

 

「……はるとくん、っていうの?」

 

「……うん」

 

「そうなんだ……わたしたち、同じ『はる』でおそろいなんだね」

 

「おそろい……お姉ちゃんと……」

 

 

 それを告げられた際の彼の顔。驚きと気づき、嬉しさの入り混じった表情を、わたしは生涯忘れることはないだろう。

 

 彼のほうはどうだろう。こんな幼い頃の些細な思い出など、もう忘れてしまっただろうか。

 

 それに自信が持てないのは、ハルちゃんとの関係性に距離ができてしまったからだ。

 

 小学校までは三人で仲良く一緒に遊んでいた。わたしは彼を「ハルちゃん」と呼び、彼はわたしを「ハル姉」と呼ぶ。ハルちゃんが入学し、わたしとアキちゃんが卒業するまでの四年間、年齢差なんてあまり感じず、毎日楽しく過ごしていた。

 

 けれど、中学に上がって環境が激変すると共に、わたしたちの関係も変わってしまった。

 

 ハルちゃんはその頃から――もしかするともっと前から――アキちゃんと比較されるようになっていた。勉強も、運動も、遊びも。何もかもアキちゃんのほうが上手くできてしまう。それと比べられるハルちゃんは苦しそうに見えた。

 

 その状況に反発して、だろうか。ハルちゃんは髪を染め、周囲を威嚇するような振る舞いをし始めた。分かりやすく言うと不良になった。

 

 わたしのことを「小春(こはる)」と呼び、自分のことを「晴人」と呼ばせるようになった。呼び方一つで心の距離も離れてしまったようで、寂しかった。

 

 あまり顔を合わせないようになった。一ノ瀬家にお邪魔しても彼は部屋から出てこなかったし、登校時間もわたしたちとは意図的にずらしているようだった。そして会えたとしても、ほとんど目を合わせてくれない。彼はわずかに赤くなった顔をすぐに逸らしてしまう。

 

 嫌われてしまったのだろうか。周囲からの心ない言葉に晒されていた彼に、わたしが何もしてあげられなかったから。

 

 ハルちゃんが同じ高校に入学してくれたのは嬉しかった。けれど、中学の頃と状況はあまり変わらない。彼は変わらずアキちゃんと比較され、不良として煙たがられていた。

 

 なんとかしてあげたかった。けれど、何もできなかった。意志の弱いわたしは流されるままにアキちゃんとばかり行動を共にしていたし、そこから抜け出すこともできなかった。

 

 それに、それ以上に……ハルちゃんの元へ行っても、また目も合わせてもらえなかったら……

 

 そうしているうちに、突然アキちゃんが姿を消した。

 

 

   ***

 

 

 物思いにふけっていた意識を無理やり現実に引き戻す。

 わたしは放課後の生徒会室で、長机に置かれたノートパソコンと睨み合っていた。生徒会長の須堂(すどう)くんに頼まれて、資料に使う書類を作成しているところだ。

 

 ここにいるのはわたしと須堂くんだけ。他の役員はいない。皆、別の仕事で出払っているらしい。

 わたしはあまり社交的ではないので、人が少ないのは正直助かる。そのほうが仕事に集中できる。集中してる間はアキちゃんのことも、先日の晴人くんとの一件も忘れられ……

 

 

(……晴人くん)

 

 

 あの時のことを思い出し、気持ちが沈み込んでいく。

 

 異世界がどうこうというのは、正直よく分からない。でも、晴人くんは昔から嘘が苦手な子だった。おそらく本当のことなのだろう。それよりも……

 

 怒らせてしまった。悲しませてしまった。彼がアキちゃんに複雑な気持ちを抱いているのは知っていたのに、わたしが不用意なことを言ったせいで……

 でも、わたしは――……

 

 

(……いけない、集中しないと)

 

 

 もう一度気を引き締め直す。思い悩むにしても、せめてこの仕事を終えてからにしよう。

 

 カタカタとキーボードを鳴らし、文章を打ち込んでいく。しばらく作業し、必要事項を入力し終えたわたしは、パソコンを手に須堂くんの元へ歩み寄る。

 

 

「終わりました。これでどうかな」

 

 

 彼はしばし画面を確認した後……

 

 

「うん。よくできている。さすがは古城(こじょう)くんだ」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 少し照れながら返答する。いつもアキちゃんの陰に隠れていたわたしは、自分自身が面と向かって褒められるのに慣れていないのだ。

 

 ともあれ、これで頼まれた仕事は終了だ。あとは片づけて帰るだけ……

 

 

「僕のほうも一段落ついた。手伝ってくれたお礼にコーヒーでも淹れよう」

 

「え、と……じゃあ、お願いします」

 

 

 お礼を無下にするのも悪いと思い、わたしはその申し出を素直に受けた。

 

 ポットやカップはそちらへ置いてあるのだろう。彼は準備室へ入っていった。コポコポとお湯を注ぐ音が聞こえ、コーヒーの香ばしい香りがこちらまで漂ってくる。

 

 少しして、須堂くんがカップを二つ持って戻ってきた。こちらに一つ差し出しつつ、席に座る。

 

 

「お待たせ。冷めないうちに飲んでくれ。砂糖やガムシロップはお好みでどうぞ」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 差し出されたカップを受け取り、砂糖とシロップ両方を入れる。ブラックは苦手だった。

 

 息を吹きかけ表面を冷ましながら、そっと口をつける。美味しい。苦みと甘さが半々ぐらいでちょうどいい。

 

 須堂くんは自分は飲まずに、わたしが飲む様をじっと見ていた。眼鏡の奥の精悍な眼差しがわたしを捉える。落ち着かない。カップを机に置いた。

 

 

「古城くん。折り入って話があるのだが」

 

「話?」

 

 

 不意に彼が発した言葉を、オウム返しに聞き返す。彼は席を立ち、わたしの側面に歩み寄ると、そこで膝をついた。

 

 

「突然のことで困惑するかもしれない。だが正直な気持ちを伝えよう。君は魅力的な女性だ。容姿端麗で成績も優秀。何より控えめで奥ゆかしい内面が素晴らしい」

 

「あ、あの、ええと……!?」

 

 

 突然褒めちぎられて恥ずかしさで真っ赤になる。しかし彼の言葉はそれで終わらなかった。

 

 

「はっきり言おう。僕は君に好意を抱いている。一人の女性として魅力を感じている。だから、この僕と交際してはもらえないだろうか」

 

「……」

 

 

 何度か告白されたことはあれど、こんなに真っ直ぐで堂々としたものは生まれて初めてだった。けれど嬉しいというより、困惑してしまう。彼のこともよく知らず、そんな目で見たこともない。

 

 それに、今は……とても、そんな気にはなれない。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 わたしは、はっきりと断った。臆病な自分の、なけなしの勇気だった。

 

 

「須堂くんはいい人だし、立派な生徒会長だとも思ってるよ。でも、わたしは――」

 

 

 最後まで言い切る前に、ギリ、と歯を食いしばるような音が生徒会室に響いた。

 

 

「……なぜだ?」

 

「え?」

 

「なぜだ、古城くん……なぜ断る。僕が譲られた生徒会長だからか? まだあの男が君の中に残っているのか?」

 

「あ……あの……?」

 

 

 いつも冷静なはずの須堂くんは、今はブルブルと全身を震わせ、聞いたこともない怖い声で詰問してくる。

 

 

「だが、あの男は姿を消した。弟のほうもケンカの腕は立つようだが、それだけだ。もう僕の邪魔になる者はいない」

 

 

 アキちゃんと、晴人くんのことを言ってるの……? どうして今二人のことが……

 それを疑問に思ったところで――

 

 クラ……

 

 

(あ、れ……?)

 

 

 急激な眠気に襲われる。まぶたが落ちていき、視界が暗くなっていく。

 ふらつく身体を支えられる感触。須堂くんだろう。ここには彼とわたししかいない……

 

 

「……君が悪いんだよ。僕の気持ちを受け入れてくれないから」

 

 

 ゾっとするほど冷たい須堂くんの声を最後に、わたしの意識は遠のいていった。

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