【完結】兄貴が異世界に行きやがったらしわ寄せは全部俺に来た ~背の低い不良男子高校生が、背の高い年上幼馴染の彼女ともう一度繋がるまで~   作:八月森

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~その頃の兄⑯~ 全てを白が呑み込んで

 辺りはザッハークの身体から噴出する煙によって視界を遮られていた。

 オレは煙を吸い込まないよう口元を覆いながら、薄く目を開けて敵の姿を捉え続けていたのだが……

 

 

(なんだ……? 奴の姿が、大きく……?)

 

 

 人の両肩から蛇が生えた特徴的なシルエット。それが、煙の向こうで段々と膨れ上がっていく。

 やがて煙が晴れると……

 

 まず見えたのは、複数の蛇が絡まり合って球体を成したような胴体。大きさはちょっとした重機ほどもあろうか。

 

 そこから伸びるのは奴の両肩に生えていたのと同じ巨大な蛇だが、中央からさらにもう一本、角の生えた蛇のような頭――いわゆる竜の首が増えており、それらが一斉に口を開け……

 

 

『ゴアアアアァァァ!!』

 

 

 同時に咆哮を上げる。ビリビリとした威圧感が肌を刺す。

 

 

三頭(さんとう)三口(さんこう)六眼(りくがん)の邪竜……アジ・ダハーカ……」

 

 

 戦慄に満ちた呟きはトリーシャのもの。いや、彼女だけじゃない。隣に並ぶエレナも気圧されたように身体を強張らせているし、背後では姫さんが息を呑む気配も感じられた。

 

 オレも正直、初めて目の当たりにする怪物らしい怪物の威容に、足がすくんでいた。〈解眼(かいがん)〉はこの状況でも太刀筋を指し示していたが、そのための最初の一歩が踏み出せない。

 

 そうしてる間に――

 

 コオオオ――……!

 

 邪竜の三本の首が上を向き、開いた口の中に魔力が凝縮されていく。こ、これはもしや、ファンタジーではお馴染みの、ドラゴンブレ――

 

 

「《――守の章、第三節。輝きの大盾、セイクリッドシールド!》」

 

「《――水障壁(すいしょうへき)、ウォータースクリーン!》」

 

 

 いつの間に祈りや詠唱を済ませていたのか、危険を察知した後衛の二人が即座に防御の術を編む。姫さんの法術で生み出された物理的な質量を持った大盾がオレたちの前面にそびえ立ち、そのさらに前方をトリーシャの水が覆うように広がったところで――

 

 ゴォ――!

 

 邪竜の三つの首から炎が放たれる。想像していたような竜の吐息ではなく、どちらかといえばゴジ〇の火炎放射――いや、首が三つだしキング〇ドラのほうだろうか――のような熱線が、床から徐々に角度を上げて上昇していき……魔術と法術の盾に直撃した。

 

 ジュオオオ――!

 

 水の障壁は炎の勢いをわずかに弱めたものの、すぐに蒸発し、霧散させられてしまう。直後、法術の大盾に衝撃が走り……その表面を焼き焦がしてから、ブレスは天井までを薙ぎ払っていった。

 

 

「く……う……!」

 

 

 姫さんが反動で膝をつき、大盾が消失する。そこへ――

 

 

「クフフ……挨拶代わりとはいえ、よく耐えたものよのう」

 

 

 どこからか響くザッハークの声。見れば蛇が絡まり合った胴体の中央から、人型の上半身だけがずるりと生えてきていた。

 

 

「じゃが、ここまでじゃ。わしがこの姿を見せた以上、お主らに待つのは確実な死のみよ。惨たらしく殺し、喰らい、我が魔力の糧としてくれよう」

 

「そんなこと――」

 

「――させるかよ!」

 

 

 よくも悪くも状況が動いたことで、すくんでいた足も動き始めてくれた。オレとエレナは共に邪竜へ詰め寄り、左右から斬りつけ……その身に傷を刻む。

 

 

(よし、刃は通る。なら、突き刺して、奴の内部で聖剣の炎を喰らわせてやれば……!)

 

 

 そう考え、再び斬りつけようとしたところで……邪竜の傷口から血液と共に小型の魔物が、その他にも巨大な蛇やサソリ、蛙などが這い出し、こちらに向かって飛びかかってくる。

 

 

「うぉっ!?」

 

「な、何これ!?」

 

 

 咄嗟に反応し、迎撃には成功するが、頭は混乱していた。エレナの側からも驚きの声が聞こえる。おそらくこちらと同じ状況なのだろう。

 

 

「クフフフ……言い忘れていたが、わしの体内には血肉と共に、無数の眷属が棲みついておる。いたずらに傷つければ、這い出した眷属共でこの世は満たされてしまうぞ」

 

 

 傷の分だけそこから敵が増えていくってのかよ。なんて面倒くさい相手だ……!

 

 アムレート王国を襲う魔物の軍勢に尽きる気配がなかったのも、つまりはこいつが次々と生み落としていっていたからなのか。魔物を生み出す魔族……侵略するのにこれほど適した存在もいないだろう。

 

 今も傷口からは有害な生物が生まれ落ち続け、足元で蠢いている。姫さんやトリーシャが術でそれらに対処しているが、増え続ければいずれ手に負えなくなる。

 

 

「だったら、これでどうだ!」

 

 

 オレは聖剣から封印の炎を迸らせ、意識を集中させながらもう一度邪竜の胴体を――先刻裂いた箇所を、切り裂く。

 

 

(眷属の増殖を、封じる……!)

 

 

「ぬ……!?」

 

 

 火を纏った刃が、先ほどの傷をなぞるように走り抜ける。さっきと違うのは、炎が傷口を封じ、燃え続け、眷属が這い出るのを許さないことだ。

 

 思った通り、聖剣の炎は効果がある。ただ、これは……

 

 

「……なるほど、アリシャより授かりし剣――封じの炎か。確かにそれならば、我が眷属を抑え込むこともできよう。じゃが――」

 

 

 ザッハークが嘲笑う。その理由を、斬りつけたオレ自身も気づいていた。

 

 

「その程度の傷をあといくつ刻めば、わしの命に届くかのう。そして、それまでにお主らの命が保つかのう」

 

 

 クソ、奴の言う通りだ。オレは胸中で毒づく。

 

 通常の攻撃では傷口から奴の眷属が這い出てきてしまう。オレやエレナの剣はもちろん、姫さんやトリーシャの術でもそれは変わらないだろう。

 

 それを防ぎながら有効打を与えられるのは、現状では聖剣の炎だけ。だが、それをあの巨体に何発入れれば倒し切れるのか、正直見当もつかない。

 

 だというのにこっちは、先刻のブレスや蛇の牙を一撃でもまともにもらえばおしまいだ。理不尽すぎる。まるで死にゲーのボス戦だ。

 

 だがこれは、ゲームみたいなリトライなどできない現実。理不尽でも、足掻かなければ死ぬだけだ。オレは聖剣を邪竜の巨体に突き刺し、内側から白い炎を喰らわせると同時に意識を切り替え、奴の『動き』を封じる。

 

 

「ぬぅ!?」

 

 

 自身の動きを封じられたことに、ザッハークがわずかに驚いた声を上げる。この巨体にもこの方法が通じたのは僥倖だ。このまま封じておけば、その間に仲間が仕留めてくれるかもしれない。が……

 

 

「くっ!?」

 

 

 オレは聖剣を引き抜き、その場を離脱しながら周囲を切り払わざるを得なかった。奴の眷属が一斉にオレの元に殺到しつつあったからだ。おそらくは、ある程度主の意思に従って行動するのだろう。本体の動きを止められても、本体から離れた眷属の動きまでは止められない。

 

 ならば本体の動きを封じている間に、周りの眷属共を仲間に一掃してもらうか? ……いや。結局、その後に邪竜本体を傷つければ同じ状況が繰り返されるだけだ。根本的な解決には至らない……

 

 

「クフハハハハ! その程度か、勇者よ! 聖剣よ!」

 

 

 頭上から響くザッハークの哄笑。もはやオレたちに打つ手がないことを――自身の勝利を、確信しているのだろう。

 

 

(やっぱり、足りないのか……!?)

 

 

 胸の内に押し込んでいた不安、それが的中してしまった。眷属というギミックの面倒くささもあるが、それ以上に純粋に力が足りない。オレも、聖剣も。せめて、封じの炎がもっと広範囲に放てれば戦況は変わっていたはずだ。そう――初めてこの剣と出会った時に感じた、あの圧倒的な魔力。あれを、この場で発揮することができれば……いや。

 

(――弱気になるな。ないものをねだるな。今ある手札でなんとかする……絶対に、生き延びてみせる。オレには、帰りを待ってるやつがいる。こんなところで死ねないし、みんなを死なせるわけにもいかない――!)

 

 そう、胸中で決意するのを待っていたかのように――

 

 ――カチリ

 

 と、握った聖剣を通じて何かの鍵が差し込まれ、扉が開く感触がオレの身体を走り抜けた。

 

 

(これは……)

 

 

 この感覚には覚えがある。確か、そう……聖剣と初めて出会い、引き抜いた時の――

 

 それに気づいた瞬間。

 

 ゴォア!

 

 聖剣〈オラシオン〉から、膨大な魔力が噴出した。

 

 

(!? なんだ!?)

 

 

 魔力は即座に封じの白い炎になって刀身を覆い、それだけでは収まらずに一回り以上も膨れ上がってかろうじて剣の形状を保っている。今にも爆発しそうだ。初めて目にした時と同じ――いや、それ以上の圧倒的な力が、聖剣を包み込んでいる。

 

 

「なんだ、それは……!?」

 

 

 ザッハークが驚愕に呻く。奴にとっても予想外だったのだろうが、手にするオレ自身困惑している。確かに力を欲してはいたが、どうしてこんな急に……

 

 

(……まさか、オレが力を求めたから? その声に応えてくれたのか? だからってこんな都合よく? もしや主人公補正? いや、そもそもそれで力を発揮してくれるなら、初めて白い炎を出せた時にだってよかったはずで――)

 

 

 その時、瞳がひとりでに瞬き、オレの脳裏に過去の映像が過っていき――

 

 初めて姫さんにこの剣を見せてもらった時。

 トリーシャに魔術を教わった時。

 そして、聖剣の能力を理解した時……

 それら過去の光景が――疑問の解が。〈解眼〉を通じて流れ込み――

 

 

(……分かった。()()()()()()だったのか――!)

 

 

 つまりオレは、この瞬間のためにこの世界に呼ばれたのだ。主人公補正なんかじゃない。それを理解したオレは、()()に跳躍してザッハークから距離を取り――

 

 

「エレナ、下がれ!」

 

「え? で、でも、アキト――」

 

「いいから! オレより後ろに! それで少しだけ時間を稼いでくれ!」

 

 

 姫さんとトリーシャは初めから後方で支援に徹していたので問題ない。巻き込む恐れがあるのはエレナだけだ。オレの剣幕に何か感じるところがあったのか、彼女はそこで疑問を差し挟むのを止め、後方の姫さんたちと合流する。

 

 これでいい。あとは()()()だけだ。オレは聖剣から流れ込んできた言葉を、そのまま口から吐き出していく。

 

 

「――《その句は、聖句のうちで最も優れたもの。聖句のうちで最も勝利に満ちたもの》」

 

 

 聖剣から溢れる魔力がオレに流れ込んでくる。身体に力が満ちてゆき、全身を駆け巡る。

 

 

「《死よ、逃げ去れ。暴君よ、逃げ去れ。悪魔よ、逃げ去れ》」

 

「何をするつもりか知らぬが……させぬわ!」

 

 

 これが自身にとって致命的な何かだと、本能的に悟ったのかもしれない。ザッハークが再びブレスを吐こうと魔力を凝縮させ、同時に周囲の眷属共を襲い掛からせてくる。しかし姫さんとトリーシャの防御の術が再度ブレスを防ぎ切り、エレナが周囲を切り払ってオレを護ってくれる。

 

 

「《それは、何千という打撃で、何万という打撃で、悪しき者共を撃つだろう。その光輝と光輪により、耳に聞こえる祭祀(さいし)をもって、火と天則の神アリシャに祈りを捧げ――》」

 

 

 エレナは再び後方に下がった。視界に映るのは眷属共と、大元である邪竜のみ。オレは〈解眼〉によって解放した身体能力で、暴れ狂う聖剣の魔力を抑え付けながら、その全てを刃に集約させていき――

 

 

「《――その祈りの全てが、悪しきをくじく炎となるだろう! 目に映る全ての邪悪を――永劫に閉ざせ! 聖剣……〈オラシオン〉!!》」

 

 

 ――前方の空間を横一閃に薙ぎ払うように、剣を振るった。

 

 

 聖剣から放たれた白い炎は、まるで津波のように連なり、途切れることなく、標的――邪竜とその眷属共を襲う。触れた箇所から燃え上がり、その身を包み込んでいき……

 

 

「グ……オ、アアァァァァア!?」

 

 

 ザッハークの苦悶の声が(とどろ)く。しかし、その声も燃え盛る炎の波にかき消され、目に映るものも白光に包まれていき……やがて、全てを白が呑み込んでいった。

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