【完結】兄貴が異世界に行きやがったらしわ寄せは全部俺に来た ~背の低い不良男子高校生が、背の高い年上幼馴染の彼女ともう一度繋がるまで~   作:八月森

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17話 好きなように呼んでくれ

「はぁ……はぁ……!」

 

 

 堀田(ほった)の野郎が気を失うのを見届けてから、俺は息を整えながら振り向き、あちこちの痛みを堪えながら歩き出した。

 

 向かうのはハル姉の元。それは同時に、一連の騒動の元凶であるあのクソ野郎のところでもある。

 

 

「う……ぬ……ぐぉ……!」

 

 

 そのクソ野郎――優秀で完璧と(うた)われる生徒会長、須堂(すどう)龍我(りゅうが)は、ハル姉に蹴られた股間をいまだ手で押さえ、みっともなくうずくまっていた。

 

 ザッ――

 

 辿り着き、須堂を睨みつける。

 俺が間近に迫ったことに気づいた奴は、痛みに悶えていた顔をさらに青ざめさせつつ、こちらに視線を向け、口を開いた。

 

 

「ま……待ってくれ、一ノ瀬(いちのせ)晴人(はると)くん……! 僕は君と同じ、あの男の被害者だ……!」

 

「……」

 

「噂には聞いている……! 君はずっと、あの男と比較されて生きてきたのだろう……!? 適当に生きているくせに何もかも優秀で、いつの間にか周りからの信頼まで獲得しているあの男に、苦しめられてきたのだろう……!? 僕も同じだ……! あの男には苦汁を飲まされ続けてきた……僕たちは分かり合えるはずだ……!」

 

 

 それはこの場を逃れるための苦し紛れだったのかもしれないが……実際、共感する部分がないわけじゃない。

 

 

「……そうだな。兄貴には迷惑ばっかかけられてきた。クソ鈍感で、無自覚にこっちの神経逆撫でしてきやがるし、いちいち比べてくる周りの奴らもうっとうしくてしょうがねえ。突然消えたしわ寄せも全部こっちに押し付けやがった」

 

「そうだろう!? ならば……!」

 

「――だが」

 

 

 俺は右拳を強く握り締めた。

 

 

「だがてめぇは、ハル姉に手を出した。その一点だけで、俺がてめぇをぶん殴る理由には十分すぎる」

 

「待――」

 

 

 ガンっ――!

 

 

「ぶげ……!?」

 

 

 顔面を殴り飛ばされ、屋上の地面を転がる生徒会長。それでもまだピクピク動いてるそいつに、俺は声を飛ばした。

 

 

「まぁ、ハル姉本人がきついのを一発入れた後だからな。俺も一発だけで済ませてやるよ」

 

「が……ぐ……」

 

「言っとくが、復讐しようなんて考えんじゃねぇぞ。てめぇの醜態は証拠として残しといてやる。それにハル姉が証言すりゃ、てめぇの評判は地に落ちるんだからな」

 

「う……あ……あ……」

 

 

 ガクリと頭を落とし、意識を失ったそいつの様を、俺はスマホのカメラでパシャリと収めておく。顔面をへこまされ、下着を晒した無様な姿を。この写真が広まると考えただけでも、いかにもプライドの高いこいつは耐えられないはずだ。これでとりあえずこの件は落着だろうか。

 

 と、それよりもハル姉は――

 

 

「――ハルちゃん!」

 

「むぶ!?」

 

 

 気が付けば俺は、彼女に勢いよく抱き着かれていた。

 

 

「ハルちゃん……! ハルちゃん……! ハルちゃん……!!」

 

 

 彼女は身体を震わせ何度も俺の名を呼ぶ。強く強く抱きしめてくる。

 

 よほど怖かったのだろう。そしてそれ以上に、俺が傷つくことに心を痛めていたのだろう。それは仕方がない。全く仕方がない。ただ……

 

 身長差のせいで、俺の頭は彼女の豊かな胸に埋まる形になっており、その柔らかさや体温、香りなどがダイレクトに顔面に伝わって……

 

 嬉しさと恥ずかしさが同時に襲い掛かってくる。あと端的に息が苦しい。

 

 

「む……むぐ……! だあああ! もう大丈夫だから一旦離れろ!」

 

 

 意外と力の強いハル姉の腕をなんとか引き剥がして声を出す。

 

 

「あ、ご、ごめん! 苦しかった……!?」

 

「いや、大したことはねぇけどよ……」

 

 

 こんな時でも反射的に強がってしまう。

 

 

「それより、怪我はないか? あの野郎に他に何もされてないか?」

 

「……うん、大丈夫、だと思う。ハルちゃ――あ、ごめん。晴人くんのほうは……」

 

 

 まだ律義に呼び方を気にする彼女に、苦笑する。

 

 

「俺も、左手以外は大した怪我じゃねぇよ。つーか、もういいぜ、無理に呼ばなくても。俺も、無理はやめる。だから好きなように呼んでくれ。――ハル姉」

 

「う……ハルちゃあん!!」

 

 

 俺の言葉に、彼女は感極まったように目に涙を溜め、再び抱き着いてくる。また息を塞がれないように今度は顔を上向けて気道を確保した。

 

 

「ハルちゃん……! ごめん、ごめんねぇ……!」

 

「ごめん、って、こうなったのはハル姉のせいじゃねぇだろ。……それとも、こないだ出かけた時のことか?」

 

 

 それなら、むしろ俺のほうが謝るべきで……

 

 

「ううん、それもだけど、それだけじゃなくて……。……今までずっと、一人にさせちゃって、ごめんなさい」

 

「ハル姉……」

 

 

 彼女は俺から手は離さないままではあったが、少しは落ち着いたのか、わずかに互いの間隔を空けた。

 

 

「ハルちゃんがずっと、アキちゃんと比べられて苦しんでたのは知ってたの。でもわたしは、わたしが弱いせいでアキちゃんの後をついていくしかできなくて、ハルちゃんに会いに行けなかった」

 

「それは……」

 

 

 それは、俺も同じだ。一旦距離ができちまってからは、ハル姉と会いづらくなっちまった。それに、行けばほぼ必ず兄貴のツラを見ることになるし、周囲から兄貴の弟という色眼鏡で見られ比較されるのもうっとおしい。

 

 何より……俺が行っても、ハル姉の迷惑になるんじゃねぇかと思って……

 

 

「だから、嫌われちゃったのかと思ったの。わたしが何もしてあげられなかったから」

 

 

 は?

 

 

「……ハル姉を嫌うなんてあるわけねぇだろ」

 

「ほ、ほんとに? でも、中学生くらいからお互いの呼び方変わって距離ができちゃったし、家でも学校でも顔を合わせてくれないから、わたしてっきり……」

 

「あー……」

 

 

 思春期と中二病(邪気眼ではなく通常のもの)を迎えてハル姉を異性として意識したのと、子供の頃の呼び名が恥ずかしくなっただけだったんだが……それを今さら説明するのもまた恥ずかしい。

 

 けど、そうか……ずっと、ハル姉に誤解させちまってたんだな。

 

 

「えっと、だからその、とにかく……ごめんなさい。ずっと謝りたかったのに、こんなに時間がかかっちゃったのも、ごめんなさい……」

 

 

 何度も謝る彼女に、俺は静かに笑みを浮かべつつ謝罪を返す。

 

 

「それを言うなら、謝るのは俺のほうだ。勝手に壁を作って、ハル姉にちゃんと向き合ってこなかった。だから――ごめん」

 

 

 それを聞くと、ハル姉はまた涙ぐんでガバっと俺に抱き着いてきて……

 

 

「ハルちゃん……! 好き……大好きだよ……!」

 

 

 その好きはどういう意味での好きなのか、かなり気になったが……俺たちは、やっと空いていた心の距離を埋め始めたばかりの、不器用な二人だ。焦る必要はない。これからゆっくり互いに向き合っていけばいい。

 

 ハル姉に抱きしめられながらそんなことを考えていた俺の視界の端に、見覚えのあるものが映り込んだのは、その時だった。

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