【完結】兄貴が異世界に行きやがったらしわ寄せは全部俺に来た ~背の低い不良男子高校生が、背の高い年上幼馴染の彼女ともう一度繋がるまで~   作:八月森

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2話 釣り合わねぇよ

 小春(こはる)と別れ、受け取った弁当を手に教室に入った俺は、窓側最後尾の自分の席に向かった。

 移動する間、誰とも言葉は交わさない。見るからに不良である俺とは関わり合いにならないよう、皆距離を取っている。そんな中。

 

 

「――やあ。おはよう、晴人(はると)くん」

 

 

 席に辿り着き、机の横にかけた鞄に弁当を突っ込み、椅子に腰を下ろしたタイミングで――

 隣の席に座る女子生徒が、読んでいた本から視線を離し、こちらに声をかけてくる。俺は返事の代わりにその女の名を呼んだ。

 

 

秋月(あきづき)

 

「相変わらず他人行儀だね。気軽に(ねい)と呼びなよ、親友」

 

「断る。つーか誰が親友だ」

 

 

 長い黒髪をサイドテールに結んだ小柄な女――秋月寧は、俺の返答にやれやれといった様子で目を伏せる。その顔腹立つ。

 

 

「中学からの付き合いだというのに、つれないものだね。ぼくはこんなにも君へ好意を表しているのに」

 

「好意がどっかズレてんだ、お前は」

 

 

 こいつの言う通り付き合いはそれなりに長いが、どこか達観し、大仰な物言いを好むこの女を、俺はいまだに掴みかねていた。

 その掴みどころのなさは、こいつの趣味嗜好にも表れている。手にする本のタイトルは『神秘の思想 グノーシス主義』。学のない俺にはなんの本なのかすらさっぱり分からない。昔やったRPGにそんな名前の敵が出ていた憶えがあるが。

 

 秋月は本を机の中にしまうと、こちらを向いて頬杖をつく。

 

 

「心外だなぁ。――ところでさっきのは、小春さんからの愛妻弁当かな?」

 

 

 クソ、見てやがったか。

 

 

「忘れ物を届けに来ただけだ。俺と小春がそんな関係じゃねぇのは知ってるだろ」

 

「そうかい? ぼくはお似合いだと思うけどね」

 

「……釣り合わねぇよ」

 

 

 向こうは下級生にもその器量の良さが知れ渡る憧れの先輩。俺はクラスでも(うと)まれる不良だ。成績はもちろん、背丈にも差がついちまった。あいつの隣に並ぶには、足りないものが多すぎる……

 

 キーンコーンカーンコーン――

 

 感傷に浸っている間に本鈴が鳴り、担任の女教師(二十七歳独身)が入ってくる。今日も憂鬱な授業が始まる。基本的に勉強全般が苦手――よく小説を読んでいたからか国語だけは得意だが――というのもあるが……

 

 一限目 国語 小テストの返却

 

 

「えーと、次は、一ノ瀬くん。一ノ瀬晴人くん。概ねできていましたが、細かいミスが目立ちました。そこに気をつければ、お兄さんの成績に近づけるでしょう」

 

 

 イラ――

 

 二限目 体育 サッカー

 

 

「おお、ナイッシュー! 運動神経は兄貴譲りだなぁ!」

 

 

 イライラ――

 

 三限目 数学 教師からの指名

 

 

「じゃあ、この問題を……一ノ瀬。一ノ瀬弟」

 

「……。……分からねぇ」

 

「なんだ、こんな問題もできないのか? お前の兄なら簡単に答えてみせるぞ?」

 

 

 イライライライライライライラ――!

 

 ……こんな感じで、四限目も終わり昼休みに入る頃には、俺のイラつきも頂点に達しようとしていた。

 

 鞄から弁当を取り出し、机に置く。席を立つのも面倒だったので、そのまま教室で食うことにした。見るからに不機嫌な不良の存在にクラスの連中が居心地悪そうにしていたが、正直知ったことじゃない。

 弁当箱の中身は、ハムやチーズ、レタスなどを挟んだサンドイッチだった。少しでも食事で憂さを晴らそうと、それらにかぶりついていく。いくつかを腹に収めたところで――

 

 トン

 

 購買から戻ってきた秋月が、抱えていた戦利品の中から紙パックのコーヒーを取り出し、俺の机の上に載せた。

 

 

「お疲れさま。これはぼくからの貢ぎ物だよ」

 

「俺は土地神かなんかか。まぁ、奢りってことなら、ありがたく貰っとく」

 

 

 飲み物がなかったので実際ありがたい。

 秋月も席に座り、購買から買ってきたパンの袋を開けつつこちらを促す。

 

 

「ああ、遠慮せず飲みなよ。今日は特にデリカシーのない教師の授業が続いたからね。君のストレスもそろそろ限界かと思って」

 

 

 それで貢ぎ物か。祟り神扱いじゃねーか。

 取り出したストローを紙パックに突き刺し、コーヒーを(すす)る。パンでカサついた口内を、苦みのある液体が洗い流していく。

 

 

「いつものことだけどな。教師だけじゃねぇ、生徒も、何かにつけて俺と兄貴を比べやがる」

 

「有名な『三年目のギャルゲー主人公』に弟がいると分かれば、比べたくもなるだろうね。だからこの状況で通い続ける君には感服しているよ。ぼくなら耐えられそうにない」

 

「もう慣れたさ。それでも腹は立つけどな」

 

「そうだろうとも。別の学校に行こうとは思わなかったのかい?」

 

 

 それはもちろん考えなくはなかった。ただ……

 

 

「……俺の成績で行ける適当な距離の学校が、ここしかなかったんだよ。……それに……」

 

「それに?」

 

 

 この学校には、小春も……

 

 

「……いや。なんでもねぇ」

 

「ふうん?」

 

 

 誤魔化しはしたが、俺が何を言おうとしたか、こいつには見抜かれている気がする。意味ありげに笑う秋月から視線を外し、食事に集中する。

 

 残り半分もなかった弁当は、すぐに食べ終えた。机の上を片付けた俺はスマホを開き、アドレス帳を見る。そこには家族や友人と並び、小春のものも入っていた。

 

 一応、互いに番号は交換してある。連絡を取ろうと思えばいつでも取れる。

 今朝の件できっかけもできた。その礼をすればいい。なんならただの挨拶でもいい。通話じゃなくメールでもいい。ほんの少し指を動かせば、それはすぐにでも叶うはずだった。

 

 

「……」

 

 

 しかし結局、俺の指は動かなかった。疎遠になっていた気まずさ。それによる心理的な距離が重くのしかかる。加えて今のイライラした状態では、何を口にしてしまうか自分でも分からない。

 俺は細く息を吐いた後、スマホをポケットにしまい、席を立つ。

 

 

「午後はサボりかい?」

 

「あぁ、ちょっと頭冷やしてくる。何か聞かれたら適当に答えといてくれ」

 

「了解。ごゆっくり」

 

 

 秋月の言葉に片手だけ上げて応えてから、俺は教室を後にした。

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