【完結】兄貴が異世界に行きやがったらしわ寄せは全部俺に来た ~背の低い不良男子高校生が、背の高い年上幼馴染の彼女ともう一度繋がるまで~ 作:八月森
「痛つつ……」
小さくぼやきながら、放課後の校内を歩く。
あの後、連中とのケンカに勝ちはしたものの、さすがに人数差に押されていくらか手傷を負わされていた。どれも大した負傷ではないが、ジンジンと痛みを訴えてくる。
(まぁ、そのうち治まるだろ)
あまり深く考えずそう結論付け、痛みを堪えながら足を進める。向かう先は教室。鞄を置きっぱなしだったのだ。
教室内には、まだ生徒が数人残っていた。こちらを見てギョっとしている。見るからにケンカの痕だからだ。何人かは煙たそうな顔をしながらヒソヒソと囁き合っている。
「チっ……」
鞄を回収し、舌打ちしながら教室を出る。イラつきと共に傷の痛みが増したような錯覚に
「「あ」」
まだ校舎に残っていたらしい
一瞬、偶然会えたことに喜ぶ自分もいたが、すぐにそれどころではないと気づく。
(しまった……! 小春がこんな状況を見たら……!)
「ど、どうしたの、その怪我……! 何かあったの……!?」
「なんでもねぇよ! こんくらいほっときゃそのうち治る――」
「そんなわけないでしょ! 早く治療しないと……! 一緒に保健室に行こう!」
そう言うと、小春はあっという間にこちらの手を握り、引っ張りながら早足で歩き出してしまう。意外と力強ぇ……!
廊下には下校する生徒がちらほらいて、何事かとこちらに視線を向けていた。この年で年上の女子に手を引かれて歩かされるのはめちゃくちゃ恥ずい……!
「分かった! 分かったから、手を引くのは勘弁してくれ!」
俺の必死の訴えに、彼女は渋々ながらも手を離してくれたのだった。
――――
カラカラ――
「失礼しまーす……」
小春が控えめに声を掛けるが、保健医の姿はなかった。どこかに出ているらしい。
このまま帰ってくるのを待つという選択肢もあったが、彼女はとにかく早く俺の怪我を治療したいらしく、申し訳なさそうにしながらも必要な物を物色し始めた。
ガーゼ、包帯、絆創膏、消毒液などを探し当て、準備を整える。俺の傷を流水で洗い、ハンカチで拭うと、次には椅子に座るよう促し、手際よく手当てを始める。
その姿を目にして、急に懐かしさを覚える。子供の頃は、俺も兄貴もよく怪我をしては、今と同じように彼女に手当てしてもらっていたのだ。
「……」
しばらくそうして、小春が作業する音だけが室内を流れる。時折外の運動場から、部活に勤しむ生徒たちの掛け声も届いていた。
静かな時間だ。
ついさっきまで不良共と殴り合いをしていたとは思えないほど穏やかな――
「ケンカ、してきたの?」
不意にぽつりと、そう聞かれる。俺はばつの悪さを覚えながら問いに答えた。
「……ちょっとな」
「誰と?」
「三年の不良グループ共と。午後の授業サボってうろついてたら、呼び出された」
「サボっちゃダメだよ……でも、そっか……堀田くんたちか」
「知ってるのか」
「同学年だし、同じクラスだったこともあるからね。あまりいい噂は聞かないけど、教室ではそこまで乱暴なことはしてなかった気がするよ」
相変わらずお人好しだな、こいつは。
「でも、どうして晴人くんが呼び出されたの……?」
「生意気な一年の教育っつってたよ。言うこと聞いて金よこせってな。今までは兄貴が怖くて下手に動けなかったんだとよ」
「アキちゃんが……そういえば、前に一度揉めたことがあるって……」
「それが原因で恨みを買ってたみたいだな。俺が目をつけられたのも、半分はそのとばっちりみたいなもんだ」
もう半分は、俺の見た目と素行のせいだと、自覚しているが。
「だから……ケンカしたの?」
「ああ、冗談じゃねぇって突っぱねてやった」
「……背のこととかも、言われた?」
「……なんで分かったんだよ」
小春は、やっぱり、と小さく、そして少し困ったように微笑む。
「こんな怪我してまでケンカするほど怒ってたのなら、そうかなって。昔から気にしてたもんね」
見透かされていたと分かって急に恥ずかしくなってくる。少し顔が熱い。
そうこうしてるうちに、怪我の治療は大体終わった。しかしそれとは裏腹に、小春の表情が暗くなる。
「……あまり、無茶はしないでね」
そして、俺の手に弱々しく指を絡めてくる。
「アキちゃんが突然いなくなっちゃって、理由も、どうすればいいかも分からなくて……そのうえ晴人くんにまで何かあったら、わたし……」
あぁ……だから、俺の怪我にあんなに動揺してたのか。俺まで目の前から消えるんじゃないかと不安になって。
俺は
「いなくならねぇよ。俺は兄貴とは違う」
そうだ。俺は兄貴とは違う。いくら憧れてたからといって後先考えずに未知の世界に行くような真似はしない。まぁ、そもそも向こうからあの扉(?)が開かない限り、行きたいと思っても行けないだろうが。
「……うん」
少しは気が紛れたのか、小春が上目遣いに嬉しそうな表情を見せる。尻尾をパタパタ振ってるイメージも見える。やっぱり犬みたいだな、と思いながらその顔を眺めていると――
カラカラ――
「――あら? お客さん? ……お邪魔だったかしら?」
戻ってくるなり意味ありげに微笑む保険医(二十五歳彼氏持ち)の誤解を解き、事情を説明してから、俺たちは保健室を後にしたのだった。