ルギア(擬人化)から恩返しを受ける話   作:東雲るぅ

4 / 4
4.僕と彼女の話

 ぴぴぴ、と目覚ましのアラームが鳴った。

 僕は眠気を振り払いながら、目を覚ました。

 そのまま腕を伸ばして、目覚まし時計をとめる。

 

 ふいに、自分の体に何かが密着していることに気がつく。

 

 僕は、右を見た。

 

「べい、べい……」

 

 いびきをかいたベイリーフが、僕の隣で気持ちよさそうに眠っている。

 いつも就寝前になると、ベイリーフはモンスターボールから勝手に外に出て、僕のベッドにもぐりこんでくるのだ。

 チコリータの頃から、そうだった。

 これはベイリーフの『むじゃき』な性格ゆえだろう。

 

 上体を起こそうとしたところで、身動きがとれないことに気がつく。

 背中から腕が回されていて、それが僕の体をがっちりとホールドしている。

 

 ……ひょっとして。

 

 僕は、左を見た。

 

「カナタ様……ふふ、本当に可愛らしいお方です。さあ、もっとこっちへ……」

 

 欲望ただ漏れな寝言をぶつぶつ呟いているのは、ルギアである。

 人間の姿に変身したままの彼女は、僕の背後から抱きしめて、体を密着させている。

 

「……」

 

 まずい、これは精神衛生的に。

 彼女はポケモンだ。

 しかし外見は、とんでもない銀髪美人なわけで。

 彼女のぬくもりと、柔らかい体の感触が、伝わってくる。

 

 そのたびに、恥ずかしくなって、顔が赤くなった。

 

「起きて、ルギア」

「ふうむぅ……カナタ様ぁ、ポフィンをくださあぃ」

 

 これで5回目だ。

 数日前も注意したのに、また再犯してしまっている。

 

『わたくしもベイリーフのように、カナタ様とご一緒にお布団で眠りたいです』

 

 唐突に彼女がそう言ってきて、それを断れば、ルギアがむすっとした顔をしたことをよく覚えている。

 

 なんとか、離れようと抵抗する。

 しかしルギアの力が強すぎて、人間である僕では振りほどくことができない。

 

 けっきょく、ルギアを何度も呼びかけて目を覚ましてくれるまで、抱きしめられたままだった。

 頼むから勘弁してくれ。

 

 

 ★

 

 

 ルギアを追いかけた日から、ちょうど2週間が経った。

 

 なにが正しい選択だったのか、僕はわからない。

 

 あの時、うずまき島の奥で僕たちはお互いの気持ちを吐き出しあった。その末に、僕とルギアは理解しあい、彼女を連れ戻すことができたのだ。

 そうして僕たちはうずまき島を出て、自宅に戻った。

 

『今日から、末永くよろしくお願いいたします』

 

 人間の姿のまま、ルギアははちきれんばかりの笑みで、一礼する。

 その時の、彼女の青色の瞳は、まるでサファイアの宝石のように輝いていた。

 めいいっぱいの幸福と希望が、そこには詰め込まれているように思えたのだ。

 

 なぜだか、その時、僕の心はひどく動揺した。

 ルギアの顔を正面から見れなくなって、とっさに地面を見下ろしてしまった。

 どうしてそんな風になったのか、今でも不思議だ。

 

 

 

 

 目が覚めた僕らは、いつものモーニングルーティンに突入する。

 朝食は、肉じゃがとみそ汁を作る予定だ。

 今日は、朝からガッツリと食べたい気分なのだ。

 

 朝食を作る準備をしていると、ルギアが突然、こう言った。

 

「今日は、わたくしがひとりで作ってみたいのです」

 

 いつも料理は、僕とルギアの二人で作る。あるいは僕ひとりで。

 彼女ひとりでやらせるのは、少し迷った。

 なぜなら彼女の料理スキルは、伸びつつあるが、現時点ではかなり低い。

 

「うーん」

「お願いします、カナタ様に喜んでいただきたいのです」

「そこまで言うなら……」

 

 結局、ルギアの勢いに押されて、僕は彼女に朝食作りを任せることにする。

 

「カナタ様、できました」

 

 エプロン(ヘンテコな結び方をしている)を付けたルギアがおずおずとやってくる。

 ルギアのサイコキネシスによって、料理が乗ったお皿やお椀が、宙を浮きながら、食卓へ移動する。

 

「……お食べください」

 

 ルギアは、どこか緊張した面持ちだった。

 僕は椅子に座り、食卓に並んだ朝食を確認する。

 

 白ご飯。特に問題なし。

 みそ汁。大丈夫。

 肉じゃが。なんだかジャガイモやニンジンがヘンテコだったり、肉はミンチみたいに潰れているが、問題は……ない。

 

「いただきます」

 

 僕は手をあわせて、箸を動かして、肉じゃがを口へ運ぶ。

 

「……どうでしょうか」

 

 咀嚼して、しっかりと食べる。

 舌に広がる味ははたして────。

 

「美味しいよ」

 

 僕の言葉に、ルギアは目を輝かせる。

 

「本当ですか!!」

「味付けは……ちょっと濃いけど、こういうのも悪くないよ」

 

 ただ、見栄えが悪いというのが大きな欠点だが。それは些細なことだ。

 

「すごく頑張って練習したんだね。ありがとう。僕のために作ってくれて」

「はい」

 

 しかし、そんな評価はあっさりと覆される。

 

 次に手を付けたのが、みそ汁だ。

 一口飲んだところで、僕は顔をしかめた。

 

 まるで極限まで薄めたような、ほとんど水のような薄味……。

 

 その次に口直しとして、白ご飯を口へ運ぶ。

 僕は眉間にしわを寄せた。

 乾燥した大麦のような、ぱさぱさとした触感。

 

 控えめに言うと、かなりひどい出来であった。

 

 どうコメントすればいいのか分からなくて、僕はただこう言うしかなかった。

 

「今日のお昼は一緒に作ろうね」

「……はい」

 

 しかし、これは仕方がないことなのだ。

 彼女はポケモンであり、人間社会の常識や知識が欠落しているどころか、人間の体で複雑な動きをするのに慣れていないのだから。

 

 まぁ、これら課題については、時間をかけて克服していけばいい。

 

 ルギアはしょんぼりと肩を落としたままだったので、僕は励ます。

 

「けど、肉じゃがはすごく上手くなっているよ」

 

 あの夜のこと。彼女が冷蔵庫に作り置きしていた肉じゃがを思いだす。

 とても料理とは思えない不味さで、けど、それでも彼女の気持ちが伝わってくるものだった。

 

 ……嬉しかった。たしかに不味い料理は嫌だが、それでもあの出来の悪い肉じゃがは食べてよかった。

 

「もっといっぱい、君に教えていくからね。料理のことも、人間の社会常識のことも、だから落ちこまないで」

「は、はい!」

 

 そうして、いつものように一日を過ごす。

 ルギアとゲームをしてみる。彼女は力加減を間違えて、コントローラーを破壊してしまうのは、いつものことだ。

 お昼ごはんは、麻婆豆腐だ。

 ルギアは辛いものと熱いものがニガテであるらしい。

 ふーふーと、鼻息を荒くしながら、顔を紅潮させながら麻婆豆腐を口に含んでいる。

 なんだ、この可愛い生物は。

 

 

 その日の夕飯はカレーうどんだった。

 食べ終わった僕らは、食器洗いをする。

 力加減を間違えて粉砕しないように、ルギアはゆっくりした手つきで、洗剤をつけたスポンジでお皿を拭いていく。

 そんな危なっかしい彼女を、僕はすぐ隣で見守っていた。

 

「カナタ様、でーと……という言葉をご存じですか?」

「うん?」

 

 恐る恐る皿を洗っていたルギアが、突然そう言った。

 

「人間の男と女が逢引するという、意味らしいのです」

 

 もちろんその意味は知っている。

 しかし、どうしてルギアはそんな話題を僕に振ってきたのか。

 

「もう何百年も昔のことです。わたくしはある人間からこんな話を聞きました」

 

 それからルギアは、どこか遠くを見るような目つきで語った。

 

 昔の話。

 この海沿いの街には、あたりを見渡すことができる灯台があった。

 その灯台は夜になると、最上階にいるデンリュウが体を発光させ、周囲を明るく照らす。

 夜の闇が下りたあと、男女が灯台の一番上で、夜の荒海を一望する。

 そうすれば、ふたりは一生離れることなく、結ばれる。

 

 そんな根拠のない眉唾な話が、大昔、アサギの町で流行っていたらしい。

 

「あの灯台はもう今では焼け落ちて、失われてしまっています。

 しかし現代では、同じ場所に、代わりとなる別の灯台が再建されているのでしょう。

 この町にやってきたとき、驚いたものです」

 

 その灯台とは、<アサギの灯台>のことだろう。

 しかし初耳だ。

 あんな古臭い灯台が、かつてはデートスポットとして名を馳せていたなんて。

 いや、昔はひょっとすると、ゴージャスな見た目の灯台だったのかもしれない。

 

 ルギアは、なにかを期待するようなまなざしでこちらを見てくる。

 彼女の態度から、なんとなく察する。

 

「今晩、行ってみる?」

「はい!」

 

 ルギアはにこやかに頬を緩ませた。

 

 

 ★

 

 

 僕は思い出す。

 あのうずまき島での、彼女が下した決断を。

 

『ルギアはどっちがいい?』

 

 海の神ルギアとして、人とポケモンの関係であるのか。

 あるいは人の姿に変身して、人間としてお互いに関係を築くのか。

 

 ルギアは、真摯な声音で答えた。

 

『わたくしは、どちらも選びかねます』

 

 ルギアは、二つの選択肢のどちらも選ばなかった。

 

『わがままかもしれません。わたくしはわたくしのままで、カナタ様のお傍にいたいのです」

 

 穏やかな笑みをたたえて、彼女はつづける。

 

『なぜなら人間の姿も、本当の姿も、どちらもわたくしです』

 

 彼女が口にしたのは、3つ目の選択肢だった。

 

『わたくしはポケモンとして、海の神ルギアとなり、あなたをお守りします。そして人間として、あなたと対等な関係を築きたいと思っています」

 

 つまりルギアは、両方を望んだのだ。

 ポケモンである自分と、人間の姿の自分。

 どちらも自分であり、だから姿かたちには囚われないでほしいと。

 

 そして僕は、ルギアの選択を尊重することにしたのだ。

 

 

 

 

 

「……良い景色だね。意外と誰かと来ると、味わい深く感じる」

 

 満月が昇った夜。人気のない<アサギのとうだい>を僕らは登った。

 最上階までたどりついて、そこから二人でゆっくりと景色を眺める。

 

 灯台にいるデンリュウの光がゆっくりと回転し、そのたびに夜の海が銀色に切り取られる。

 水平線は果てしないほど黒く、どこまでが海で、どこからが空なのかわからない。

 

 その場には、僕らしかいない。

 だから普段ならできないような、踏み込んだ会話ができた。

 

「ルギア、言いたいことがあるんだ」

「はい」

「僕も君とより良い関係を築いていきたい」

「わたくしも、カナタ様と親密になりたいと思っております」

「……ただ、君と夫婦になることだけは時間をかけて、考えさせてほしいんだ」

「それは承知しております……」

 

 僕たちはまだ出会って日が浅い。

 僕自身、彼女を人間の異性として愛せるか分からない。

 それに彼女も、僕に対して恋愛感情を抱いているのか、理解していないようなのだ。

 

「君と友達でいるのか、姉や妹のような家族となるのか、それとも恋人になるのか、ポケモンとしての関係に落ち着くのか。これからゆっくり進めていこう」

 

 とりあえず、今はこれでいいんじゃないか?

 彼女も、僕の意見には賛成してくれているようだし、急ぎするのもよくない。

 

「カナタ様」

 

 ルギアが呼びかけてくる。

 夜闇の中だったから、彼女がどんな表情をしているか、はっきりとはわからない。

 

「もっと高い場所から海を見てみたいですか?」

 

 その瞬間、海風が頬を凪いで、潮の匂いがかすかにした。

 

 灯台の光が、僕らを円を描くように包み込む。

 ルギアの横顔が白く浮かび上がる。

 

 どこか蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 

「わたくしの背中に乗せてもよいのは、あなただけなのです」

 

 心臓が跳ね上がった。

 恐いとか、びっくりしたとか、危険を感じたとか……そういうのとはまったく別の理由で。

 

「うん。乗せてほしい」

「ふふ、カナタ様、少しお目を汚しさせてもらいますね」

 

 そう言って、ルギアの体が鈍色に光る。

 光りに包まれた体は、しだいに人間のものから、もっと巨大な生物の面影へ変貌していく。

 

 洗練された、美しい流線型のフォルム。

 理知的な鋭い目と、くちばしのようにとがった口。

 一対の翼に、背中から生えた青色の骨板。

 

 それは、彼女の仮そめではない、真の姿。

 僕が一番はじめに出会ったポケモンで、僕の世界で一番大好きなポケモンだ。

 

 本来の姿に戻ったルギアは、翼をはためかせて、空に浮かび上がる。

 

『カナタ様、その場でじっとしておいてください』

 

 体が、宙に浮かび上がる。

 ルギアは念力を使って、僕の体を持ち上げているのだ。

 そのままなされるがまま、僕は空中移動し、ルギアの背中に乗り込む。

 

「いつ見ても、ルギアはかっこいい……しかもふさふさで毛布みたいだ」

『わ、カナタ様、くすぐったいです』

 

 ──僕は、この世界に来る前に、ある願いを口にした。

 

『一度でもいいから、ルギアと出会いたい』

 

 その願いは果たされ、僕は見事にルギアと邂逅したのだ。

 しかし僕の推しポケモンは人間の姿になるし、夫婦になろうとしてくるし。

 もしも前世の頃の僕が、このことを知れば、目玉が飛び出るぐらいに仰天することだろう。

 

 だが、それでもいい。

 たとえ彼女が人間の姿であっても、元のポケモンであっても、僕にとってルギアは推しなのだ!

 

「君は、僕の一番だ。この気持ちは未来永劫変わらない」

『えっ!! カナタ様、それはいったいどういう意味でしょうか!?』

「そのままの意味だよ。さあ、飛んでくれ」

 

 ルギアが翼を一振りすれば、上昇気流が発生した。

 僕を乗せたルギアは、風に身を任せて空を舞う。

 僕は彼女の背中に必死につかまり、風圧で目を閉じる。

 高度はどんどん上がっていって、雲を突き抜けた。

 

 僕は目を開いて、息を飲んだ。

 

 眼下には、どこまで広がる暗闇のような、海。

 あの深い海の底で、彼女は生まれたのだろう。

 

 将来、僕たちはどうなるか分からない。

 けれど、ただ一つ言えることは、これから僕は彼女と長い時間をともに過ごす。

 

 それは僕にとって、なによりも幸福で、かけがえのない時間になるはずだ。

 

 




一応続きは考えていますが、区切りがいいのでここで一旦完結します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

なんか、色が薄いピカチュウを見つけたんだけど(作者:ぽこちー)(原作:ポケットモンスター)

▼これは、僕とうすチュウの長くて短い1年の物語———▼


総合評価:3225/評価:9.09/連載:14話/更新日時:2026年04月01日(水) 08:12 小説情報

だからウマ娘はエロ禁止だっつってんだろ!!(作者:散髪どっこいしょ野郎)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

(原案)▼転生特典としてトレーナーの才能をあげるね▼マジすか!あざっす!▼あ、ウマ娘ちゃんを性的な目で見たら死刑ね▼(本題)▼ウマ娘に性欲を発したら爆発する体を持って転生させられたオリ主と積極策ガン積みスティルインラブの話


総合評価:1916/評価:8.22/完結:11話/更新日時:2026年05月04日(月) 21:40 小説情報

ポケモン語の理解はぶっちゃけデバフ(作者:チャンピオンズやってる人)(原作:ポケットモンスター)

転生をしたらポケモンの世界でポケモンの言葉を理解できてしまった引きこもり(ポケモントレーナーになるかも?)の話。別の作品を書いてるのですがアニポケなのでこっちはゲームベースで書きたいと思い勢いに任せました。あと途中でギャグコメになると思います。▼基本アンケで先を決めようと思っているのでできればポチってくれると嬉しいです。基本最速10票で決定しますが見損ねたり…


総合評価:3236/評価:8.34/連載:3話/更新日時:2026年05月07日(木) 16:00 小説情報

第二次聖杯戦争から少しだけズレた平行世界での一幕(作者:ささのき)(原作:Fate/)

▼とある冬木の聖杯戦争でこっそり勝利した陣営がいました。▼その子孫(転生者・魔眼持ち)が第4次や時計塔であれやこれやと画策していく様子をお届けいたします。▼ ────────▼僕はね、セイバーを救いたかっただけなんだ…▼


総合評価:2716/評価:8.56/連載:9話/更新日時:2026年05月10日(日) 19:00 小説情報

無名の守護者に転生した俺がアリスにお姉ちゃんと呼ばれるまで(作者:トリニティの閃光弾)(原作:ブルーアーカイブ)

Q、無名の守護者って何?▼A、無名の守護者とは、『時計じかけの花のパヴァーヌ』の2章で登場する敵側のキャラクター。▼ 見た目はかっこいいし、何よりロボだ。しかし、残念なところがある。▼ ▼ それは雑魚敵だということ。▼Q無名の守護者に転生したいですか?▼A、ハハッご冗談を誰がこんなやつにwwでもまぁ……▼転生したんだけどね。無名の守護者に。▼は?


総合評価:2215/評価:8.24/連載:3話/更新日時:2026年04月20日(月) 01:40 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>