ルギア(擬人化)から恩返しを受ける話   作:東雲るぅ

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4.僕と彼女の話

 ぴぴぴ、と目覚ましのアラームが鳴った。

 僕は眠気を振り払いながら、目を覚ました。

 そのまま腕を伸ばして、目覚まし時計をとめる。

 

 ふいに、自分の体に何かが密着していることに気がつく。

 

 僕は、右を見た。

 

「べい、べい……」

 

 いびきをかいたベイリーフが、僕の隣で気持ちよさそうに眠っている。

 いつも就寝前になると、ベイリーフはモンスターボールから勝手に外に出て、僕のベッドにもぐりこんでくるのだ。

 チコリータの頃から、そうだった。

 これはベイリーフの『むじゃき』な性格ゆえだろう。

 

 上体を起こそうとしたところで、身動きがとれないことに気がつく。

 背中から腕が回されていて、それが僕の体をがっちりとホールドしている。

 

 ……ひょっとして。

 

 僕は、左を見た。

 

「カナタ様……ふふ、本当に可愛らしいお方です。さあ、もっとこっちへ……」

 

 欲望ただ漏れな寝言をぶつぶつ呟いているのは、ルギアである。

 人間の姿に変身したままの彼女は、僕の背後から抱きしめて、体を密着させている。

 

「……」

 

 まずい、これは精神衛生的に。

 彼女はポケモンだ。

 しかし外見は、とんでもない銀髪美人なわけで。

 彼女のぬくもりと、柔らかい体の感触が、伝わってくる。

 

 そのたびに、恥ずかしくなって、顔が赤くなった。

 

「起きて、ルギア」

「ふうむぅ……カナタ様ぁ、ポフィンをくださあぃ」

 

 これで5回目だ。

 数日前も注意したのに、また再犯してしまっている。

 

『わたくしもベイリーフのように、カナタ様とご一緒にお布団で眠りたいです』

 

 唐突に彼女がそう言ってきて、それを断れば、ルギアがむすっとした顔をしたことをよく覚えている。

 

 なんとか、離れようと抵抗する。

 しかしルギアの力が強すぎて、人間である僕では振りほどくことができない。

 

 けっきょく、ルギアを何度も呼びかけて目を覚ましてくれるまで、抱きしめられたままだった。

 頼むから勘弁してくれ。

 

 

 ★

 

 

 ルギアを追いかけた日から、ちょうど2週間が経った。

 

 なにが正しい選択だったのか、僕はわからない。

 

 あの時、うずまき島の奥で僕たちはお互いの気持ちを吐き出しあった。その末に、僕とルギアは理解しあい、彼女を連れ戻すことができたのだ。

 そうして僕たちはうずまき島を出て、自宅に戻った。

 

『今日から、末永くよろしくお願いいたします』

 

 人間の姿のまま、ルギアははちきれんばかりの笑みで、一礼する。

 その時の、彼女の青色の瞳は、まるでサファイアの宝石のように輝いていた。

 めいいっぱいの幸福と希望が、そこには詰め込まれているように思えたのだ。

 

 なぜだか、その時、僕の心はひどく動揺した。

 ルギアの顔を正面から見れなくなって、とっさに地面を見下ろしてしまった。

 どうしてそんな風になったのか、今でも不思議だ。

 

 

 

 

 目が覚めた僕らは、いつものモーニングルーティンに突入する。

 朝食は、肉じゃがとみそ汁を作る予定だ。

 今日は、朝からガッツリと食べたい気分なのだ。

 

 朝食を作る準備をしていると、ルギアが突然、こう言った。

 

「今日は、わたくしがひとりで作ってみたいのです」

 

 いつも料理は、僕とルギアの二人で作る。あるいは僕ひとりで。

 彼女ひとりでやらせるのは、少し迷った。

 なぜなら彼女の料理スキルは、伸びつつあるが、現時点ではかなり低い。

 

「うーん」

「お願いします、カナタ様に喜んでいただきたいのです」

「そこまで言うなら……」

 

 結局、ルギアの勢いに押されて、僕は彼女に朝食作りを任せることにする。

 

「カナタ様、できました」

 

 エプロン(ヘンテコな結び方をしている)を付けたルギアがおずおずとやってくる。

 ルギアのサイコキネシスによって、料理が乗ったお皿やお椀が、宙を浮きながら、食卓へ移動する。

 

「……お食べください」

 

 ルギアは、どこか緊張した面持ちだった。

 僕は椅子に座り、食卓に並んだ朝食を確認する。

 

 白ご飯。特に問題なし。

 みそ汁。大丈夫。

 肉じゃが。なんだかジャガイモやニンジンがヘンテコだったり、肉はミンチみたいに潰れているが、問題は……ない。

 

「いただきます」

 

 僕は手をあわせて、箸を動かして、肉じゃがを口へ運ぶ。

 

「……どうでしょうか」

 

 咀嚼して、しっかりと食べる。

 舌に広がる味ははたして────。

 

「美味しいよ」

 

 僕の言葉に、ルギアは目を輝かせる。

 

「本当ですか!!」

「味付けは……ちょっと濃いけど、こういうのも悪くないよ」

 

 ただ、見栄えが悪いというのが大きな欠点だが。それは些細なことだ。

 

「すごく頑張って練習したんだね。ありがとう。僕のために作ってくれて」

「はい」

 

 しかし、そんな評価はあっさりと覆される。

 

 次に手を付けたのが、みそ汁だ。

 一口飲んだところで、僕は顔をしかめた。

 

 まるで極限まで薄めたような、ほとんど水のような薄味……。

 

 その次に口直しとして、白ご飯を口へ運ぶ。

 僕は眉間にしわを寄せた。

 乾燥した大麦のような、ぱさぱさとした触感。

 

 控えめに言うと、かなりひどい出来であった。

 

 どうコメントすればいいのか分からなくて、僕はただこう言うしかなかった。

 

「今日のお昼は一緒に作ろうね」

「……はい」

 

 しかし、これは仕方がないことなのだ。

 彼女はポケモンであり、人間社会の常識や知識が欠落しているどころか、人間の体で複雑な動きをするのに慣れていないのだから。

 

 まぁ、これら課題については、時間をかけて克服していけばいい。

 

 ルギアはしょんぼりと肩を落としたままだったので、僕は励ます。

 

「けど、肉じゃがはすごく上手くなっているよ」

 

 あの夜のこと。彼女が冷蔵庫に作り置きしていた肉じゃがを思いだす。

 とても料理とは思えない不味さで、けど、それでも彼女の気持ちが伝わってくるものだった。

 

 ……嬉しかった。たしかに不味い料理は嫌だが、それでもあの出来の悪い肉じゃがは食べてよかった。

 

「もっといっぱい、君に教えていくからね。料理のことも、人間の社会常識のことも、だから落ちこまないで」

「は、はい!」

 

 そうして、いつものように一日を過ごす。

 ルギアとゲームをしてみる。彼女は力加減を間違えて、コントローラーを破壊してしまうのは、いつものことだ。

 お昼ごはんは、麻婆豆腐だ。

 ルギアは辛いものと熱いものがニガテであるらしい。

 ふーふーと、鼻息を荒くしながら、顔を紅潮させながら麻婆豆腐を口に含んでいる。

 なんだ、この可愛い生物は。

 

 

 その日の夕飯はカレーうどんだった。

 食べ終わった僕らは、食器洗いをする。

 力加減を間違えて粉砕しないように、ルギアはゆっくりした手つきで、洗剤をつけたスポンジでお皿を拭いていく。

 そんな危なっかしい彼女を、僕はすぐ隣で見守っていた。

 

「カナタ様、でーと……という言葉をご存じですか?」

「うん?」

 

 恐る恐る皿を洗っていたルギアが、突然そう言った。

 

「人間の男と女が逢引するという、意味らしいのです」

 

 もちろんその意味は知っている。

 しかし、どうしてルギアはそんな話題を僕に振ってきたのか。

 

「もう何百年も昔のことです。わたくしはある人間からこんな話を聞きました」

 

 それからルギアは、どこか遠くを見るような目つきで語った。

 

 昔の話。

 この海沿いの街には、あたりを見渡すことができる灯台があった。

 その灯台は夜になると、最上階にいるデンリュウが体を発光させ、周囲を明るく照らす。

 夜の闇が下りたあと、男女が灯台の一番上で、夜の荒海を一望する。

 そうすれば、ふたりは一生離れることなく、結ばれる。

 

 そんな根拠のない眉唾な話が、大昔、アサギの町で流行っていたらしい。

 

「あの灯台はもう今では焼け落ちて、失われてしまっています。

 しかし現代では、同じ場所に、代わりとなる別の灯台が再建されているのでしょう。

 この町にやってきたとき、驚いたものです」

 

 その灯台とは、<アサギの灯台>のことだろう。

 しかし初耳だ。

 あんな古臭い灯台が、かつてはデートスポットとして名を馳せていたなんて。

 いや、昔はひょっとすると、ゴージャスな見た目の灯台だったのかもしれない。

 

 ルギアは、なにかを期待するようなまなざしでこちらを見てくる。

 彼女の態度から、なんとなく察する。

 

「今晩、行ってみる?」

「はい!」

 

 ルギアはにこやかに頬を緩ませた。

 

 

 ★

 

 

 僕は思い出す。

 あのうずまき島での、彼女が下した決断を。

 

『ルギアはどっちがいい?』

 

 海の神ルギアとして、人とポケモンの関係であるのか。

 あるいは人の姿に変身して、人間としてお互いに関係を築くのか。

 

 ルギアは、真摯な声音で答えた。

 

『わたくしは、どちらも選びかねます』

 

 ルギアは、二つの選択肢のどちらも選ばなかった。

 

『わがままかもしれません。わたくしはわたくしのままで、カナタ様のお傍にいたいのです」

 

 穏やかな笑みをたたえて、彼女はつづける。

 

『なぜなら人間の姿も、本当の姿も、どちらもわたくしです』

 

 彼女が口にしたのは、3つ目の選択肢だった。

 

『わたくしはポケモンとして、海の神ルギアとなり、あなたをお守りします。そして人間として、あなたと対等な関係を築きたいと思っています」

 

 つまりルギアは、両方を望んだのだ。

 ポケモンである自分と、人間の姿の自分。

 どちらも自分であり、だから姿かたちには囚われないでほしいと。

 

 そして僕は、ルギアの選択を尊重することにしたのだ。

 

 

 

 

 

「……良い景色だね。意外と誰かと来ると、味わい深く感じる」

 

 満月が昇った夜。人気のない<アサギのとうだい>を僕らは登った。

 最上階までたどりついて、そこから二人でゆっくりと景色を眺める。

 

 灯台にいるデンリュウの光がゆっくりと回転し、そのたびに夜の海が銀色に切り取られる。

 水平線は果てしないほど黒く、どこまでが海で、どこからが空なのかわからない。

 

 その場には、僕らしかいない。

 だから普段ならできないような、踏み込んだ会話ができた。

 

「ルギア、言いたいことがあるんだ」

「はい」

「僕も君とより良い関係を築いていきたい」

「わたくしも、カナタ様と親密になりたいと思っております」

「……ただ、君と夫婦になることだけは時間をかけて、考えさせてほしいんだ」

「それは承知しております……」

 

 僕たちはまだ出会って日が浅い。

 僕自身、彼女を人間の異性として愛せるか分からない。

 それに彼女も、僕に対して恋愛感情を抱いているのか、理解していないようなのだ。

 

「君と友達でいるのか、姉や妹のような家族となるのか、それとも恋人になるのか、ポケモンとしての関係に落ち着くのか。これからゆっくり進めていこう」

 

 とりあえず、今はこれでいいんじゃないか?

 彼女も、僕の意見には賛成してくれているようだし、急ぎするのもよくない。

 

「カナタ様」

 

 ルギアが呼びかけてくる。

 夜闇の中だったから、彼女がどんな表情をしているか、はっきりとはわからない。

 

「もっと高い場所から海を見てみたいですか?」

 

 その瞬間、海風が頬を凪いで、潮の匂いがかすかにした。

 

 灯台の光が、僕らを円を描くように包み込む。

 ルギアの横顔が白く浮かび上がる。

 

 どこか蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 

「わたくしの背中に乗せてもよいのは、あなただけなのです」

 

 心臓が跳ね上がった。

 恐いとか、びっくりしたとか、危険を感じたとか……そういうのとはまったく別の理由で。

 

「うん。乗せてほしい」

「ふふ、カナタ様、少しお目を汚しさせてもらいますね」

 

 そう言って、ルギアの体が鈍色に光る。

 光りに包まれた体は、しだいに人間のものから、もっと巨大な生物の面影へ変貌していく。

 

 洗練された、美しい流線型のフォルム。

 理知的な鋭い目と、くちばしのようにとがった口。

 一対の翼に、背中から生えた青色の骨板。

 

 それは、彼女の仮そめではない、真の姿。

 僕が一番はじめに出会ったポケモンで、僕の世界で一番大好きなポケモンだ。

 

 本来の姿に戻ったルギアは、翼をはためかせて、空に浮かび上がる。

 

『カナタ様、その場でじっとしておいてください』

 

 体が、宙に浮かび上がる。

 ルギアは念力を使って、僕の体を持ち上げているのだ。

 そのままなされるがまま、僕は空中移動し、ルギアの背中に乗り込む。

 

「いつ見ても、ルギアはかっこいい……しかもふさふさで毛布みたいだ」

『わ、カナタ様、くすぐったいです』

 

 ──僕は、この世界に来る前に、ある願いを口にした。

 

『一度でもいいから、ルギアと出会いたい』

 

 その願いは果たされ、僕は見事にルギアと邂逅したのだ。

 しかし僕の推しポケモンは人間の姿になるし、夫婦になろうとしてくるし。

 もしも前世の頃の僕が、このことを知れば、目玉が飛び出るぐらいに仰天することだろう。

 

 だが、それでもいい。

 たとえ彼女が人間の姿であっても、元のポケモンであっても、僕にとってルギアは推しなのだ!

 

「君は、僕の一番だ。この気持ちは未来永劫変わらない」

『えっ!! カナタ様、それはいったいどういう意味でしょうか!?』

「そのままの意味だよ。さあ、飛んでくれ」

 

 ルギアが翼を一振りすれば、上昇気流が発生した。

 僕を乗せたルギアは、風に身を任せて空を舞う。

 僕は彼女の背中に必死につかまり、風圧で目を閉じる。

 高度はどんどん上がっていって、雲を突き抜けた。

 

 僕は目を開いて、息を飲んだ。

 

 眼下には、どこまで広がる暗闇のような、海。

 あの深い海の底で、彼女は生まれたのだろう。

 

 将来、僕たちはどうなるか分からない。

 けれど、ただ一つ言えることは、これから僕は彼女と長い時間をともに過ごす。

 

 それは僕にとって、なによりも幸福で、かけがえのない時間になるはずだ。

 

 




一応続きは考えていますが、区切りがいいのでここで一旦完結します。
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