『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
少年アルシュ
カテドラルの鐘の音が、夕暮れ時のクロスベル市に響き渡る。
日曜学校の授業が終わり、子供たちの賑やかな声が教会の重い扉を抜けて、石畳の広場へと広がっていった。
「アルシュ、また明日ね! あ、忘れ物しちゃダメだよ?」
屈託なく笑いかけてくるのは、翡翠色の髪をなびかせる少女、キーアだった。彼女の笑顔は、この時期の少し冷え込んだ風さえ忘れさせるほどに温かい。
「わ、わかってるよキーア。……じゃあ、また明日」
アルシュは少しだけ照れくさそうに視線を逸らしながら答えた。
彼の中には、最近うまく言葉にできない感情が芽生え始めていた。
それは、警備隊員の父から教わっている剣の稽古よりもずっと難解な、
胸の奥がほんのり熱くなるような不思議な感覚だった。
二人は並んで、中央広場へと続く坂道を下っていく。
かつてはこの街を「特務支援課」という頼もしい大人たちが駆け回っていたが、
今は皆それぞれの道へ進むために、一時的に街を離れている。
キーアも街の人たちも、支援課の面々が帰ってくる日を心待ちにしていた。
「……ねえ、アルシュ。今日はこれからどこに行くの? いつもの特訓?」
キーアが小首を傾げて覗き込んできた。
「いや、今日は特訓じゃなくて、父さんへの届け物。……ベルガード門まで、これからバスで行くんだ」
アルシュは抱えていた小さな包みを、少しだけ強く握り直した。
彼の父は、クロスベル警備隊の隊員だ。
教団事件の際、あの混乱の中で傷つきながらも街を守ろうとした父のことを、アルシュは心から誇りに思っていた。
「そっか! 警備隊の皆さん、最近忙しそうだもんね。……あ、ランディにも会えるかな?」
「ランディさんは……どうだろう。今はリハビリを兼ねて、不定期に手伝いに来てるって聞いてるけど。でも、もしいたら、こないだ教わった構えの続きを見てもらうつもりだよ」
アルシュにとって、ランディ・オルランドは兄のような存在であり、憧れの人でもあった。
警備隊員だった父を介して砦で出会ったとき、大きなスタンハルバードを振るう彼の姿は、子供心に鮮烈に焼き付いていた。
何より、自分とキーアがここまで仲良くなったのも、非番のランディが彼女を連れ歩いていたところを紹介してくれたのがきっかけだった。
「いいなあ。ランディ、元気かなあ。会ったらよろしく伝えてね!」
「うん、伝えておくよ」
中央広場に着くと、大きなオーバル時計の下で二人は足を止めた。
停留所には、ベルガード門行きの導力バスがすでに滑り込んできている。
「じゃあ、僕はここからバスに乗るから。キーアも、ちゃんと真っ直ぐ帰るんだよ」
「うん! アルシュも気をつけてね。お父さんによろしく!」
元気よく手を振って去っていくキーアの背中を、アルシュはバスのステップに足をかけるまで見送っていた。
ふと、自分の胸の鼓動が少し速くなっていることに気づく。
(……なんだろう、これ。風が冷たいからかな)
彼はそんな自分をごまかすように、少しだけ背筋を伸ばした。
父のような立派な警備隊員になって、いつか――。
その「いつか」の先に、今の彼女の笑顔を守っている自分を想像してしまい、
彼は慌てて顔を赤くしながらバスの座席へと深く腰掛けた。導力バスが低い音を立てて発車する。
窓の外、遠ざかっていくクロスベルの街並みを見つめながら、
少年はまだ名前も知らない想いを抱えて、父と憧れの背中が待つ「門」へと向かっていった。
初投稿です。お願いします。
文章力ないので推敲にAI使ってます