『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
ルーファスからの暗殺依頼を受け、僕は黒の衛士がターゲットの姿を確認したという拘置所近辺へと向かっていた。
先日の地下道での戦いでロイドさんに砕かれた仮面の代わりに、新たに用意した無機質な仮面を再び身につける。
大型の導力ライフルを手に、拘置所から少し離れた鬱蒼と茂る大木の枝に身を潜め、僕は双眼鏡越しに彼らの姿を観察していた。
「……少女が四人に、男が三人か」
レンズ越しに、物々しい一団が視界に映る。
その中心にいる、顔をすっぽりと覆うフルフェイスの仮面(ヘルム)を被った長身の男。
あれがおそらく、ターゲットであるオリジナルのルーファス・アルバレアだろう。
(まさかの仮面仲間とはね)
内心でそんな軽口を叩いてみたものの、すぐにそれどころではない戦力差に直面し、僕は冷や汗を拭うことになった。
「……『風の剣聖』か」
姿を隠していたはずのあの男、アリオス・マクレインが、しれっとその集団の中に混ざっている。
それだけじゃない。少女たちの中の一人――紫がかった髪の小悪魔のような少女、レン・ブライト。
彼女が背負う途方もない来歴は、昔、僕がリベールにいた頃にある事情から聞いたことがある。
(……はは。正直、どう考えても出し抜ける気がしないな)
双眼鏡を下ろし、僕は思わず深いため息をついた。
特務支援課とあれだけやり合えたのは、あくまで僕が彼らの戦術や立ち回りの手癖を熟知していたからだ。
だが、この集団は次元が違う。
得体の知れないオリジナル・ルーファス、元執行者の天才少女、そして理の境地に至る剣聖。
狙いがあのルーファスだということも含め、どう動くべきかと思案に暮れていた、その時だった。
ピピッ、と。
懐の戦術オーブメントが、微かな電子音を鳴らして反応を示した。
画面を確認すると、クロスベル全域を分厚く覆っていた通信妨害(ジャミング)が、突如として解除されたという知らせだった。
(これは……つまり、ロイドさんたちの反撃の準備が完全に整ったってことだろうな)
特務支援課が、ついにこの街を取り戻すために一斉に動き出したのだ。
昼間、あの執務室で『私の統治に問題がなければ離反も起きない』と、あれほど絶対的な自信を見せていた偽物のルーファス。
その彼が、こうも容易く反抗の狼煙を許すことになった事実に、僕は仮面の下で皮肉な苦笑を浮かべた。
(とはいえ、仕事は仕事だ。……今やるべきことを考えよう)
気を取り直し、思考を盤面に戻す。
だが、どうしても遠距離からの狙撃でターゲットを仕留めきれるイメージが湧かなかった。
あのアリオス・マクレインの異常な感知領域を掻い潜り、殺気も弾丸の軌道も悟られずに狙撃を成功させるなど、至難の業だ。
初撃を剣で弾かれでもすれば、一瞬でレンさんに居場所と狙いを特定され、反撃の嵐に巻き込まれる。
「……ふぅ」
僕は大きく息を吐き出すと、構えていた導力ライフルをカチャリと背中に背負い直した。
(あんな化け物たちの感覚を遠距離から騙そうとするくらいなら……真正面から行く方が、まだ確率は高いか)
覚悟を決め、大木の枝から音もなく飛び降りる。
僕は彼らの歩くルートの正面へと回り込むべく、静かに駆け出した。
そうして。僕は一歩一歩、確かな重みをもって地面を踏みしめながら。
片手に導力銃(ハンドガン)をだらりと下げた状態で、拘置所から出ようとする彼らの真正面へと姿を現した。
「――っ!」
「何者ですの!」
突如として立ち塞がった仮面の男(僕)に対し、一団は即座に足を止め、一斉に警戒態勢を取った。
フルフェイスの仮面を被った《C》ことルーファス・アルバレアを中心に、双剣を構えるスウェン、暗器を手に油断なく微笑むナーディア、静かに剣の柄に手をかける『風の剣聖』アリオス、大鎌を取り出すレン、そして素早く前に出た『神速』のデュバリィ。
「……何者かね?」
先頭に立つ《C》が、仮面の奥から探るような声で問うてきた。
「あなたの『偽物』の手駒ですよ。……あんたを始末してこいと、直々に命令を受けてね」
「ほう。……たった一人でかね?」
化け物揃いの集団を前に堂々と暗殺宣告をした僕に対し、ルーファスは面白そうに首を傾げた。
「ええ。まあ、生憎と人望がなくて、人手不足なもので」
僕が肩をすくめて皮肉げに返すと、ルーファスは仮面の下で「ふふっ」と声を出して笑った。
かつての彼自身も『本当の仲間』を持たずに孤独に盤面を動かしていたからこそ、何か思い当たる節でもあったのだろうか。
その後ろでは、スウェンとナーディアが「やれやれ、どっちの総統サマも人使いが荒いね」「ねー」と、呆れたような顔を見合わせていた。
「悪いけど……挑ませてもらいます」
僕が導力銃を真正面に構え、引き金に指をかけようとした、その瞬間だった。
「待って……!」
先ほどからルーファスの背後で、じっとこちらを見つめたまま立ち止まっていた人形のように美しい少女――ラピスが、突然僕の目の前まで飛び出してきたのだ。
「……ッ!?」
「あなた……アルシュよね。アルシュ・グレイウッドよね!」
――ドクンッ、と。
心臓が、嫌な音を立てて大きく跳ねた。
(なんだと……?)
『アルシュ・グレイウッド』。
それは、今のこの世界において、あの地下の隠し部屋でリィン・シュバルツァーという男にしか伝えていない名前。
それ以外の誰も、絶対に知るはずのない、僕の『本当の名前』だった。
一瞬にして、僕の中の警戒レベルが最大(マックス)まで跳ね上がる。
「――ッ!!」
僕は弾かれたように大きく後方へと飛び退き、腰のホルダーからソードブレイカーを引き抜いて、両手の武器を彼女に向けた。
「なんでだ……。なんで、お前がその名前を知っている……ッ!」
仮面の奥で、目が見開き、呼吸が荒くなる。
単なる驚愕ではない。
自分の存在の根幹、誰にも知られていないはずの秘密の箱を、得体の知れない人形の少女に突然こじ開けられたことへの、明確な『怯え』だった。
「待って、話を聞いて! 私、どうしてもあなたと――」
「来るなッ!!」
必死に叫びながらさらに一歩踏み出そうとした彼女に対し、完全にパニックに陥った僕は、反射的に導力銃の引き金を引いていた。
――パンッ!
「っと……」
だが、その銃弾がラピスに届くより早く。
《C》――ルーファス・アルバレアが滑るように二人の間に割って入り、手にした騎士剣で的確に銃弾を弾き落とした。
「下がっていたまえ、ラピス」
ルーファスは背中で彼女を庇いながら、静かに、しかし有無を言わせぬ覇気を纏って僕へと剣先を向けた。
「でも、ルーファス……!」
「どうやら、君の言葉は彼の逆鱗に触れてしまったらしい。……あれは、話し合いでどうにかなる状態ではないよ」
心配そうにすがるラピスを制し、ルーファスは仮面の奥の瞳を鋭く細め、歴戦の強者たちと共に僕を完全に包囲する陣形を取った。
「まずは、力ずくで落ち着いてもらう必要がありそうだね」