『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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拘置所②

静かに剣の柄に手をかけようとしたアリオス殿を、私はすっと手を上げて制止した。

 

「あら。私たちは手伝わなくていいの?」

 

大鎌を手に小悪魔のような笑みを浮かべるレンに、私は首を横に振った。

 

「私の客人だからね。それに……どうやら、うちのラピスが随分と彼に迷惑をかけてしまったようだから」

 

「……承知した」

 

私の意図を汲み、アリオス殿は剣を鞘に収めた。デュバリィとレンもそれに倣い、油断なく待機姿勢に入る。

 

「スウェン君、ナーディア君。少し手伝ってもらえるかな」

 

「わかった」と即答するスウェンに対し、ナーディアは「えー、仕方ないなぁ」と少し不服そうに暗器を構えた。

 

「私も……!」

 

心配そうに前に出ようとするラピスを、私は片手で押し留めた。

 

「君は下がっていたまえ。……今の彼にとって、君の存在は逆上させる毒でしかないからね」

 

唇を噛み締めるラピスを背後に庇いながら、私は静かにアーツの詠唱を開始した。

それを合図に、スウェンが地を蹴り、仮面の男の懐へと鋭く突っ込んでいく。

男は一切の言葉を発さなかった。

ただ目の前の障害を排除することだけに、恐ろしいほどの集中を向けている。

彼は右手に構えた特殊な短剣――ソードブレイカーただ一つで、スウェンの振るう双剣の猛攻を受け止めた。

 

二刀と一刀。

手数の差で言えば圧倒的にスウェンが有利なはずだが、後方から観察している私には、盤面が全く逆に見えた。

男はスウェンの刃をソードブレイカーの独特な形状に的確に引っ掛け、流し、その攻撃のタイミングをことごとく崩していく。

そして巧みな足捌きでスウェンの死角へと入り込み、間合いを完全に潰すことで、スウェンに一切の優位を作らせず容易に対処していたのだ。

 

(こいつ……!)

 

スウェンが内心で驚愕しているのが、その僅かに強張った背中から見て取れた。

 

「そぉいっ!」

 

膠着状態を打破すべく、ナーディアが死角から彼に向けて鋭い暗器の針を放つ。

それに合わせてスウェンも離脱しようと動いたが――動けない。

いや、動けば間違いなく『剣を折られる』。

男の持つソードブレイカーに、スウェンの双剣の刃がガッツリと絡め取られていたのだ。

男はそのまま強引にスウェンを引き寄せ、飛んでくるナーディアの針の軌道の先へと、彼を誘導した。

 

「なっ……!?」

 

スウェンは咄嗟に顔を引き、なんとか直撃を回避したものの、かすった頬から一筋の血が流れる。

 

「すーちゃん!」

「かすり傷だ、気にするな!」

 

二人の攻防の隙を突き、私の詠唱が完了する。

――だが。アーツが発動しようとしたまさにその直前だった。

男の左手が、流れるように、あまりにも自然な動作で持ち上がった。

振り向きもせずノータイムで放たれた導力銃の銃弾が、私が構築したアーツの結節点を正確に撃ち抜き、その発動を完全に叩き潰したのだ。

 

「ふむ……」

 

銃撃による反動で一瞬だけ拘束が弱まり、スウェンが大きく飛び退いて距離を取る。

私は崩れ去ったアーツの光の粒子を一瞥し、落ち着いた動作で騎士剣を構え直した。

 

「なるほど。……一人でこの場に来るだけのことはあるようだね」

 

私は騎士剣を構え、自ら彼へと肉薄した。

 

「ハッ!」

「……!」

 

一合、二合と、激しい金属音を響かせて剣を交え、幾度かの立ち会いを重ねる中で、私は思考を整理していく。

 

(……なるほど)

 

この仮面の彼、決して『武の技量』そのものが卓越しているわけではない。

単純に剣を振るう技術だけを比較するなら、私やスウェンにも及ばないだろう。

 

だが、彼はそれ以外の部分が異常なまでに強いのだ。

無駄のない足を使った立ち回り。

こちらの僅かな予備動作や呼吸から思考を読み取っての即応。

複数の武器を流れるように使い分ける手品のような手際。

そして何より、戦場全体を俯瞰しているかのような視界の広さと、動きの取捨選択、その判断の圧倒的な速さ。

その全てが複雑に絡み合い、本来であれば達人に及ばないはずの彼を、手強い『強者』たらしめているのだ。

 

特筆すべきは、複数を相手とした時の反応速度か。

おそらく彼は、一対一よりも多数を相手に盤面をコントロールする戦い方の方を得意としているのだろう。

 

だが。

「――君の意識は、今ここにはないようだね」

 

打ち合いの中で仮面の奥を覗き込むと、彼の瞳はひどく焦燥に揺れていた。

ラピスに本名を呼ばれた動揺。

今の彼はおそらく、深い思考の沼にハマり込んでおり、完全に『無意識の反射』だけでこちらの攻撃を捌いている状態だ。

 

(であるならば……崩すのは容易い)

 

私は後ろに控えるスウェンとナーディアに視線で合図を送り、剣を上段に構え直した。

 

***

 

(なんで……。なんでだ……!)

 

迫り来るルーファスたちの攻撃をほとんど無意識的に捌きながら、僕の頭の中はあの人形の少女の言葉でぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。

 

『アルシュ・グレイウッド』。

いつ、どこで知った? 他の連中も知っているのか? もしかして、特務支援課のみんなにも既に伝わっているのか?

堂々巡りの疑問に答えは出ず、ひたすらに冷たい焦燥感だけが胸の内で膨れ上がっていく。

 

視界に入る断片的な情報だけで、やるべき防御行動を身体が勝手に選択し、反応している状態だった。

身体の奥底に染み付いた武器の扱い方が、ギリギリのところで彼らの猛攻を弾き返している。

視界の先で、ルーファスが背後の二人に何事かを指示しているのが見えた。

直後、彼が再び鋭い踏み込みで剣を振るってくる。

 

(大振り……!)

 

再び無意識的にその剣に応戦する。

幾度かの打ち合いの末、彼が上段から放った一撃をソードブレイカーで受け止め、体勢を崩して反撃に転じようとした、まさにそのタイミングだった。

 

「――ッ!」

 

ルーファスの身体が横へスライドしたかと思うと、その死角となっていた影から入れ替わるように、二刀を構えたスウェンが飛び出してきた。

 

「もらった!」

 

あまりにも絶妙なスイッチ。

無意識に近い感覚だけで応対していた僕の身体は、その予期せぬ急襲に対して完全に一歩反応が遅れてしまった。

先ほどまでは容易に崩せていた彼の二刀の連撃が、今は嵐のように迫り来る。僕はタイミングを外すこともできず、防戦一方へと押し込まれていった。

 

「――チェック」

 

不意に、ルーファスの冷酷な声が響いた。

その瞬間。

 

「がっ……!?」

 

僕の右足に、電撃のような激痛が走った。

視界を一瞬だけ足元に向けると、いつの間にか地面に仕掛けられていた罠――ナーディアの放った鋭い暗器の針が、ブーツを貫通して足に深々と突き刺さっていた。 

 

「えへへ、引っかかったぁ♪」

 

針の少女が、後方で勝ち誇ったような笑みを向けているのが見えた。

 

(あの時、下に罠を――)

 

足の激痛に意識を持っていかれた、そのコンマ数秒の致命的な隙。

 

「終わりだッ!」

 

スウェンの二刀の連撃の隙間を掻い潜るようにして、ルーファスの放った騎士剣の柄が、僕の無防備な腹部へと強烈に叩き込まれた。

 

「ごふっ……!!」

 

内臓が押し潰されるような激痛に息が止まり、頭の中が真っ白にショートする。

僕は声を上げることもできず、急速に刈り取られていく意識のまま、冷たい地面へと力なく倒れ伏した。

 

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