『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
後頭部に、どこか暖かくて柔らかい感触を感じて、僕はゆっくりと目を覚ました。
ぼやけていた視界が晴れると、すぐ目の前に、見目麗しい精巧な人形のような少女が、僕を覗き込むようにして見つめていた。
「……っ!?」
状況を思い出し、一気に意識が覚醒する。僕は慌てて身を捩り、身体を起こそうとした。
「だめっ」
しかし、人形の少女――ラピスは僕の肩をきゅっと掴むと、
そのまま僕の後頭部を自身の柔らかな胸元へとぎゅっと押し付けるように抱きしめたのだ。
「ひゅー。ラーちゃん、だいたーん」
少し離れた場所から、ナーディアと呼ばれていた少女がニヤニヤと笑いながら冷やかしてくる。
しかし、ラピスは全く悪びれる様子もなく、ごくごく当たり前のような、誇らしげな表情で胸を張った。
「自分の子供を甘えさせてあげるのって、お母さんの立派な役割なんでしょ?」
「……はい?」
僕は一瞬、彼女が何を言っているのか全く理解できず、
思考が完全に停止してその場で固まってしまった。間の抜けた声が、思わず口から漏れる。
その後。
直前まで命を狙って銃を向けていた暗殺者(僕)に対し、この集団のリーダーである《C》――ルーファス・アルバレアは、驚くほど冷静な提案をしてきた。
「生憎と、こちらは君のことをほとんど何も知らない状態だからね。……ラピスから詳しい説明をしてもらう前に、まずは一度、互いに自己紹介と行こうじゃないか」
暗殺未遂などまるで無かったかのような、その底知れない余裕ぶり。
あの手この手で周到に殺しに来た偽物の総統とは違う、
本物の持つ威風堂々とした態度に、僕はすっかり毒気を抜かれ、素直に挨拶を交わすことにした。
「知っているとは思うが。ルーファス・アルバレアだ」
彼はそう言うと、顔を覆っていた仮面をあっさりと脱ぎ捨てた。
あの偽物に比べ、少し短く整えられた金糸の髪。
そして、優雅な所作の中にも、彼がこれまでの人生で培ってきた迷いや後悔のような、確かな『人間味』を僕は感じ取っていた。
「俺はスウェン。スウェン・アーベル」
「なーちゃんだよー。ナーディア・レインでーす」
二人が軽く手を挙げて挨拶に続く。
「私はラピス・ローゼンベルクよ! そして、あなたの母よ!」
「……ええと」
再び自信満々に『母親』を主張してくる人形の少女に、僕は頭を抱えざるを得なかった。
「……アリオス・マクレインだ」
次に口を開いたのは、風の剣聖。
子供の頃――遊撃士を夢見ていたかつての僕にとって、彼は間違いなく絶対的な憧れの人だった。
もちろん、あの独立国騒動の顚末も、彼がディーターさんに加担した理由も知ってはいる。
けれど……彼に対して今、自分がどんな感情を向けるべきなのか、僕自身にも全く分からなかった。
僕の複雑な視線に何か含みを感じ取ったのか、アリオスさんは何も言わず、ただ静かに目を閉じた。
「レンよ。レン・ブライト」
続いて、大鎌を持っていた少女が小悪魔のように微笑む。
かつてリベールへキーアと一緒に行った際、エステルさんたちブライト家には数日間お世話になったことがある。
あの頃の僕から見れば、彼女は少し年の離れた『賢くて優しいお姉さん』だった。
(……でも、エリュシオンの演算で二十歳になっちゃったから、年、追い越しちゃったな)
僕がどこか懐かしむような、それでいて困ったような笑みを向けると、レンさんは僕の反応が予想外だったのか、少し不思議そうに小首を傾げていた。
「わ、私はデュバリィですっ! なんだか私、ものすごく場違いな気もしますけど……っ!」
最後に、女騎士さんが少し慌てた様子で挨拶をしてくれた。
(……まぁ、正直僕も、この人のことは全く知らないんだけど)
そして、全員の視線が僕へと集まる。
名前も知られている以上、今さら偽名で誤魔化す意味もない。
僕はゆっくりと息を吸い込み、自らの手で顔を覆っていた無機質な仮面を外し、彼らと真っ直ぐに視線を合わせた。
「――アルシュ。アルシュ・グレイウッドだ」
お母さんです