『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
名前を告げた後、どうしたものかと口を噤む。
自己紹介とは言ったものの、僕のこの七面倒臭い状況と来歴を、果たしてどこまで彼らに話すべきか……。
「とりあえず、細かい説明は置いておく」
少しの逡巡の後、僕は端的に事実だけを口にした。
「俺は、あの偽物と同じく……エリュシオンの演算によって生み出された『再現体』だ」
すると、その言葉を聞いたラピスが、「えっへん!」とばかりにドヤ顔で胸を張った。
「そうよ! だって、私が作ったんだから!」
「……いや、どういうことだ?」
突然の『創造主』宣言に、僕はすっかり呆気にとられるしかなかった。
話の腰が折れそうになったところに、ルーファスが呆れたように苦笑しながら助け舟を入れてくれる。
「君が知っているかは分からないが……彼女は本来、エリュシオンの『管理人格』にあたる存在なのだよ」
「管理人格……!?」
その言葉に、僕は先日の地下室でのリィン・シュバルツァーとの会話を思い出した。
『演算の果てにイシュメルガに辿り着き、彼の人格がエリュシオンを乗っ取ってしまった』という、あの異常事態の元凶。
僕の驚きに応えるように、ラピスの姿を見ると、先ほどの無邪気さは消え、真剣な表情を浮かべていた。
「ええ。今は『あれ』に奪われてしまったけれど……まだ私が管理人格であった頃、一番最初に生み出した存在が、あなたなの」
僕は自分の両手と、目の前の彼女を交互に見つめた。
一番最初に生み出された存在。
初めて目覚めた時、ノバルティス博士や偽物のルーファスが僕に向けて放った言葉が脳裏に蘇る。
――『バグ』『規格外』『用途違い』。
「……なんで、だ」
気がつけば、僕はひどく低く、震える声で問い詰めていた。
「あの娘の後悔から俺という存在を生み出して……一体、何がしたかったんだ!」
つい声を荒げてしまう。
自分という存在の根幹を揺るがす事実への恐怖と、怒りにも似た感情だった。
しかし、彼女は僕の剣幕に怯むこともなく、真っ直ぐに僕を見据えて言った。
「違うわ。……後悔だけじゃない」
凛とした、嘘偽りのない声が響く。
「私が私である以前、エリュシオンが生まれる原初。……大きな力(零の力)が七曜脈に溶け飛んだ時に、同時に、とても大きな『願い』と『後悔』が、一番最初に観測されたの」
「願いと……後悔……」
「それは、あなたが死んでしまったこと。自分がその運命を変えようとして、全部を台無しにしてしまったことへの深い後悔。……そして、『ずっと一緒にいたかった』『もう一度会いたい』という、悲しいくらい純粋な願いだったわ」
――ドクン、と。
胸の奥で、何かが弾けた。
僕は言葉を失い、ただ目を見開いて彼女を見つめることしかできなかった。
ルーファスたちも、風の剣聖も、レンさんも。
周りにいる誰もが、どこか神妙で優しい表情を浮かべ、彼女の言葉に静かに耳を傾けていた。
「だから、私が私になる中で……」
ラピスは一歩、僕へと近づいた。
「ゆっくりと、その願いの意味と後悔の形を理解して、私に形作られたその『原初の願い』の演算を始めたの」
誰かの、もう一度会って謝りたいという後悔。
「ううん。ただ、『会いたい』って願いを叶えるために。……そのために、私はあなたを形作ったのよ」
ポタッ……と。
地面に、暗い染みができた。
知らず知らずのうちに、僕の目から大粒の涙が零れ落ちていた。
僕は、ずっと自分を『ただの後悔の産物』だと思っていた。
バグで生まれただけの紛い物。
だからこそ、あの娘の抱える後悔を晴らすためだけに、身を削って生きようと割り切っていたのだ。
なのに……それは。
僕という存在の始まりは、ただ純粋に、僕を求めてくれた彼女の『愛』だったなんて。
「……っ、あ……」
声にならない嗚咽を漏らし、顔を覆う僕。
そんな僕の身体を、母と名乗るラピスという少女は、小さな両腕で正面からしっかりと抱きしめてくれた。
「よしよし。もう、泣かなくていいのよ」
優しく、僕の後頭部を撫でる小さな手。
それは、偽物や幻なんかじゃない――確かに、僕をこの世に生み出してくれた『母』の、絶対的な温かさだった。