『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
ひとしきり涙を流し、少し落ち着きを取り戻したあと。
僕は彼らに対して、自分の抱える事情をぽつぽつと語り始めた。
現実の世界において、十歳の僕が理不尽に命を奪われるまでの短い物語。
そして、エリュシオンの途方もない演算によって生み出された『二十歳まで生きた僕』の記憶が、今のこの身体のベースとなっていること。
目覚めた後、あの娘――キーアの後悔を晴らすためだけに、自分の人生を使い切ろうと決めたこと。
そのために、あの偽物のルーファスと契約を結んで統一国側に付き、裏で汚れ仕事を請け負ってきたこと。
「……契約の条件は一つだけでした。俺が手駒として不要になるまで盤面が進んだ時……その後の『最後の時間』は、俺の好きにさせてもらう。ただそれだけです」
僕の静かな告白を聞きながら、皆は真剣な眼差しを向けてくれていた。
話の途中、僕が十歳で死んだ時のことを語った際。アリオスさんはハッとしたように息を呑み、深く沈痛な表情を見せていた。
「……そうか。特務支援課が、いや……我々遊撃士が、あの時クロスベルを空けていたばかりに……」
その時期の街の状況と僕の死のタイミングが重なっていたことに、鋭い彼ならすぐに察しがついたのだろう。
そして、予想外だったのはデュバリィさんだった。
「ううっ、あああっ……! な、なんて可哀想な生い立ちですの……っ! 健気にそんなものを背負い込むなんて、理不尽極まりないですわ……っ!!」
よほど涙腺を刺激されたのか、彼女は顔を両手で覆い、ボロボロと大粒の涙をこぼして文字通り号泣していた。
「……それで、君はこれからどうするつもりだね?」
一通りの話が終わると、ルーファスが静かな、しかし的を射た問いを投げかけてきた。
僕は少しだけ、考えた。
通信妨害も解除され、特務支援課の反撃の時は近い。
このまま姿を隠してやり過ごし、すべてが終わった後に、キーアの前に出てすべてを話しても……もう、問題はないのかもしれない。
けれど。
(……彼らには、話せなかったことが一つだけある)
あの暗い地下の隠し部屋で出会った、もう一人のリィンシュバルツァー。
世界を呪うイシュメルガの意識に苛まれながら、たった一人で絶望的な孤独と戦い続けている、あの悲痛な姿が頭の中に浮かぶ。
(ここで……俺だけが、全部投げ出すわけにはいかないな)
小さく息を吸い込み、僕は真っ直ぐにルーファスを見据えて言った。
「何も変わりませんよ。……最後のその時まで約束を守って、統一国側に付き合います。俺のやるべきことは、まだ終わっていないので」
「そうか」
僕の意志の固い言葉に、ルーファスはただ短く頷いた。
引き留められるかと思っていた僕は、その意外な反応に少し目を丸くする。
「……止めないのか?」
「我々も皆、脛に傷を持つ身だからね」
ルーファスは、どこか自嘲気味に微笑んだ。
「君が自分なりの信念で、それを『やるべきだ』と決めたのなら、私から無粋に引き留めるような真似はしないよ」
「同感だ。アンタの覚悟に、俺たちが口出しすることじゃない」
スウェンも腕を組みながら、静かに同意を示してくれる。
「えー、でもなーちゃん、彼とまた戦うことになったらめんどくさいからやだなー。すーちゃん、代わりにやっといてね」
「押し付けるな。……まぁ、手強い相手なのは間違いないが」
ナーディアがのんびりとした口調で文句を言い、スウェンが呆れたように返す。
すると、僕の隣にいたラピスが、ふんすっと鼻息を荒くして僕の背中をバンバンと叩いた。
「大丈夫! 敵になっちゃっても、お母さんである私は、あなたのことを全力で応援してあげるわ!」
「……ははっ」
これから明確に敵対するというのに、「応援する」と胸を張る彼女のあまりにも真っ直ぐで頓珍漢な言葉に。
僕は毒気を完全に抜かれ、思わず声に出して笑ってしまった。
「ふふっ。本当におかしな母子ね」
「ああ、全くだね。……敵に塩を送るどころか、全力の応援とは恐れ入るよ」
レンさんもクスクスと肩を揺らし、ルーファスもまた、朗らかな笑い声を上げていた。
張り詰めていた空気が嘘のように解け、そこには不思議で、けれど確かに温かい時間が流れていた。
そしてあと一つ。僕には、自分にまつわる内容で未だに判明していない謎があった。
どうしても気になるそれを最後に確認しておこうと、僕は目の前の人形の少女に向かって口を開いた。
「なぁ、ラピス」
「…………」
しかし、ラピスは返事をする代わりに、ものすごく不満そうな、これ以上ないほど露骨にむくれた表情を作った。
そして、腕を組んでふるふると首を横に振り、ひどく真剣な顔で呟き始めたのだ。
「こ、これが世に聞く『反抗期』というやつかしら……。でも、こんな難しい時期の子供をしっかりと受け入れてあげるのも、母親の立派な務めよね……!」
「ぶっ……」
大真面目な顔で一人納得しているその姿があまりにもおかしくて。
僕は耐えきれず、吹き出すように笑ってしまった。
僕の笑い声につられるようにして、周りのスウェンやナーディアたちも「くくっ」「あははっ、ラーちゃん最高!」と一緒になって声を上げて笑っていた。
「……ははっ。わかった、俺の負けだ」
ひとしきり笑った後、僕は仕方なく、少し照れくさいようなむず痒い気持ちを抱えながら呼び直した。
「――母さん」
「なぁに? アルシュ!」
ぱぁっ、と。先ほどの不満顔が嘘のように、ラピスは花が咲いたような満面の笑顔で嬉しそうに応えた。
「俺の中に、エリュシオンが演算した『二十歳までの記憶』があるって話をしただろ。……でも、その記憶の中にある未来の技術と、今このクロスベルで統一国が使っている兵器の技術には、明確なズレがあるんだ。……俺のおぼろげな知識にある技術とは、全然違うものが使われている。これには何か理由があるのか?」
僕の問いに、ラピスは小さく顎に手を当てて、深く考え込んだ。
「……アレに権限を奪われた後の話だから、確実なことは言えないけれど……おそらくね」
彼女は真剣なトーンで説明を始める。
「原初の願いである『あなた』の演算結果は、エリュシオンの根幹で強力なロックがかかっているの。それは、管理人格である私でさえデリートできないくらい強固なものよ。……だから、アレが世界を支配するための演算を行う時、あなたの演算された歴史と致命的な衝突(コンフリクト)が起こる危険性があったんだと思うわ」
「衝突……つまり、俺の歴史が邪魔になったってことか?」
「ええ。だからアレは、あなたにまつわる演算結果を『除外』した上で、別の可能性を演算した。……それが、今の統一国の戦力になっている技術の源泉だと思うわ」
そこまでラピスが話した時。
腕を組んで聞いていたレンさんが、何かに気づいたようにハッと息を呑んだ。
「……『黄昏』ね」
「そうか」と、ルーファスもまた、深く得心がいったように頷いた。
「何事もなく君が二十歳まで成長した未来。それは、世界に大きな問題はあれど、順調に歴史が進んだ結果の産物だ。……それが『除外』されて生まれた技術だと考えるなら。つまりそれは、恐らく帝国での『巨イナル黄昏』を阻止できなかった絶望の未来から演算されたもの……。それが、現在の統一国が振るう技術の源泉というわけか」
(……ははっ)
その推論を聞いて、僕は心の中で乾いた笑いを漏らした。
結局のところ、どこまでいってもあの『イシュメルガ』の呪いが付きまとっているというわけだ。
あの暗い部屋で一人戦い続けているリィン・シュバルツァーの苦しみが、この世界の根底にまで深く根を下ろしている事実に、やりきれなさが募る。
***
やがて、遠くの空が茜色に染まり、日も暮れ始めた頃。
僕たちは、この場所で別れることになった。
別れ際。僕はもう一度仮面を手に持つと、彼らに向かって深く頭を下げた。
「……ありがとう」
それは、僕の話を聞いてくれたこと。僕の存在を否定しなかったこと。
そして、僕に真実を教えてくれたこと……様々な意味と感謝を込めたものだった。
彼らはその言葉を静かに受け入れ、それぞれに言葉を返してくれた。
「君の行く道が、君自身の後悔にならないことを祈っているよ」
「ま、死なない程度に頑張りなよ」
「すーちゃん、アルちゃんがピンチの時は助けに行ってあげよーねー」
「……己の信じた道を往くことだ」
「ふふっ。頑張りなさい。」
「わ、私に言えることはありませんが……その、どうかご武運を!」
それぞれが見送ってくれる中、僕は最後に、僕の『創造主』へと向き直った。
「母さん。……行ってきます」
そう伝えて微笑むと、ラピスは少しだけ寂しそうに、けれど、誰よりも力強く誇らしい笑顔で、僕に向かって両手を振ってくれた。
「ええ! 行ってらっしゃい、私のアルシュ!」
彼女の温かい声援を背に受けながら。
僕は再び無機質な仮面を被り、特務支援課と、そしてあの娘が待つ戦いの盤面へと、静かに足を踏み出した。