『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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解放の日①

クロスベル市、早朝。

分厚い雲が垂れ込め、朝から重苦しい空気が街全体を覆っていた。通信妨害が解除された影響からか、早朝にも関わらず街中は黒の衛士たちが物々しい装備で巡回しており、来るべき反乱に備えて完全な厳戒態勢の様相を呈していた。

 

今は使われていない、古びた雑居ビルの一室。

窓の外から聞こえる軍靴の音を遠くに聞きながら、巨漢のガルシア・ロッシが腕を組んで口を開いた。

 

「それで。……どうするか、決めたのか」

 

「ええ。お二人にはすいませんが、俺は向こうの陣営で、最後までやらせてもらいます」

 

俺は仮面をつけたまま、短く、しかしはっきりとした声で答えた。

これまではどこか割り切って、ただの仕事として仮面を被っていた俺の言葉。

だが、今は違う。ラピスたちに会い、リィンと語り合った今の俺の言葉には、憑き物が落ちたようなさっぱりとした、けれど強い『信念』がこもっていた。

その声色の変化を感じ取ったのか、ディーターさんは深く目を細め、静かに頷いた。

 

「そうか……。共に立ち上がれれば心強かったが、残念だ。だが、仕方ないだろうね」

 

「二人と違って、俺がこちらにいるのは、あくまで個人的な事情ですから」

 

俺は自嘲するように、少しだけ首を振った。

 

「お二人と対立することになるのは心苦しいですが……」

 

事実、形はどうあれ。ここにいる二人は、クロスベルという街を守るため、あえて悪名を背負って泥を被った人間たちだ。

俺にも『キーアの後悔を晴らす』という目的があるとはいえ、やっていることのスケールも動機も、彼らとは大きく違う。決して手放しで許されるようなことじゃないと、自覚している。

 

「……いや、無理強いするようなことではないよ。君には君の、どうしても果たさねばならない目的があるのだろう?」

 

俺の胸の裡にある罪悪感を見抜いたように、ディーターさんが温かく声をかけてくれた。

 

「けっ。水臭ぇツラしてんじゃねえよ」

 

ガルシアのおっさんが、わざとらしく鼻を鳴らした。

 

「向こうにつくってんなら、手加減はしねぇぞ。もし俺の目の前に現れやがったら、この間のスパーリングの借りをきっちり身体で返してやるからな」

 

「ははっ、それはお手柔らかにお願いしますよ」 

 

俺が軽く笑って返すと、ガルシアのおっさんは鋭い眼光を少しだけ和らげ、ぽつりと呟いた。

 

「……後悔するような真似をするんじゃねえぞ、小僧」

 

その不器用な言葉は、俺が最後に『自分の命を投げ出そうとしている』という心情までをも見抜いているかのようだった。

俺は一瞬だけ言葉を詰まらせ――そして、彼ら二人に深く一礼をし、静かにその部屋から立ち去った。

 

仮面の男が立ち去り、静寂が戻った古びた部屋の中。

ディーターは窓の外の灰色の空を見つめながら、ぽつりとこぼした。

 

「彼には彼の、戦いがある……か」

 

その横顔には、かつてこの街を力で導こうとした独裁者の面影はなく、ただの一人の人間としての憂いが浮かんでいた。

 

「結局、最後まで彼が何者なのかを知ることはできなかったが。……なんだろうね。彼を見ていると、どういうわけか、私自身の犯した『罪』を突きつけられているような気分になるんだ」

 

かつてキーアを『零の御子』として利用し、非業の運命に巻き込んだ自らの行い。

その深い罪の波紋が、彼という存在のどこかに繋がっているような、そんな不思議な感覚。

 

ガルシアは腕を組んだまま、ディーターの言葉に口を出さなかった。

ただ、「ふん」と短く鼻を鳴らし、その言葉を否定も肯定もしないまま、彼もまた窓の外の街並みへと視線を向けていた。

 

***

 

「お願い、キーアも一緒に行かせて」

 

それは、俺たち特務支援課が、クロスベル解放のための最後の反攻作戦に向けて準備を整えていた時のことだった。

当初の予定では、キーアには後方で待機してもらい、鏡の城に設置されていた謎の霊子装置の解析を手伝ってもらうはずだったのだ。

 

「ダメよ、キーアちゃん。あまりにも危険すぎるわ」

 

エリイが心配そうに、しかしきっぱりとした口調で諭す。

 

「街全体を制圧している黒の衛士たちが、どれほどの戦力を中心部に集めているか分からないのよ。間違いなく、今まで以上に激しくて危険な戦いになるわ」

 

普段のキーアなら、みんなを心配させないようにここで素直に引き下がるはずだった。

 

けれど。

「……ごめんなさい。でも、キーア……どうしても行かなきゃいけないの」

 

「キーア?」

 

「街には、きっと『彼』がいるから」

 

真っ直ぐな、けれどどこか思い詰めたような表情で語るキーア。

 

「彼、というのは……あの仮面の彼のことですか?」

 

ティオの問いかけに、キーアは少しだけ逡巡しつつも、こくりと小さく頷いた。

ロイドは、古戦場で彼と遭遇した時のことを思い出していた。

あの時、キーアは彼のことを『知らない』と答えていたはずだ。

 

「キーア。……あの仮面の彼のこと、何か思い出したのか?」

 

「分からない。分からないの……」

 

キーアはギュッと両手を胸の前で握り締め、強い意志を込めた瞳でロイドたちを見上げた。

 

「分からないけど……キーアは、どうしても彼が誰なのか『知らなきゃいけない』の……!」

 

そのあまりにも切実な叫びに、ロイドもエリイもティオも、どう判断すべきか迷い、顔を見合わせた。

そこへ、腕を組んで壁に寄りかかっていたランディが、ふっと息を吐いて口を開いた。

 

「いいんじゃねえの」

「ランディ……」

 

「キー坊がここまで言うんだ。理屈じゃねえ、キー坊なりに何かそれだけの『理由』があるんだろうよ。俺たちの背中に隠しておけば、そう簡単に手出しはさせねえしさ」

 

ランディの言葉に、ロイドは短く息を吸い込み、覚悟を決めたように頷いた。

 

「……分かった。一緒に行こう、キーア」

「ロイド……!」

 

「ただし、条件だ。絶対に俺たちの前に出ないこと。そして、俺たちから片時も離れないこと。……約束できるか?」

 

「うん……っ! 約束する。ありがとう、ロイド、みんな!」

 

キーアはパァッと表情を明るくし、いつものような元気な声で頷いた。

 

――けれど。

 

皆が突入の準備へと戻っていく中、キーアの胸の裡には、誰にも言えない重くて冷たい感情が渦巻いていた。

 

(……あの地下道で見た、彼の瞳が頭から離れない)

 

仮面の奥からキーアを射抜いた、あのどこか懐かしい瞳。

 

(かつての、私の『罪』。……私が世界を作り変えたせいで、もし、彼が苦しんでいるんだとしたら)

 

キーアは、自らの小さな手をギュッと握り締めた。

 

(本当にそうなら、私はその『罰』を受け入れなきゃいけない。……そうしなきゃ、いけないんだ)

 

かつての『零の御子』としての自分の行いが関わっているのだとすれば。絶対にそこから目を背けてはいけないと、彼女の魂が警告していた。

 

「おーい、キーア! そっちの準備はいいか?」

「うんっ! 今行くね!」

 

振り返ったロイドの声に。

キーアは自らの心の中にある重すぎる決意と恐怖を隠すように、とびきりの明るい笑顔を作って、大好きな家族のもとへと駆け出していった。

 

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