『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
『ブーストアップ』
それは、ノバルティス博士が俺の機械の肉体に施した、極度の霊子消耗による自壊をリスクとした一時的な戦闘能力向上手段だ。
博士が豪語した通り、その総合的な脅威度は結社最強と呼ばれるマクバーン、その平時を凌駕する。
そしてそれは、単純な筋力や敏捷性の向上といった、ありふれた身体強化の枠に収まるものではなかった。
俺という個体に合わせて最適化された、もっと恐ろしく、異常な次元の強化だった。
俺は地面を爆発的に蹴り出し、可変式スタンハルバードを大上段に構えて突撃した。
「ははっ、真正面から来るかよ!」
「上等だ、叩き落としてやるぜッ!」
先陣を切って前に出ていたランディさんのスタンハルバードと、アガットさんの身の丈ほどある重剣。
並の相手なら一瞬で粉砕されるであろう二人の強烈な同時攻撃に対し、俺は速度を一切緩めず、対抗するようにスタンハルバードを大上段から力任せに振り下ろし、二人の刃へと真っ向からぶち当てた。
ガギィィィィンッ!!という、鼓膜が破れそうな金属音が弾ける。
「がっ……!? なんだ、この規格外の馬鹿力はッ!?」
「んだとっ…………ッ!」
二人の巨漢が、俺の一撃の膂力に完全に圧倒され、驚愕の表情と共に後方へと大きく吹き飛ばされる。
だが、俺は自らの振るいが終わるや否や、追撃することなく、その場から後方へ大きく飛び退いた。
タタタタタタッ!!
俺が飛び退いた数瞬後、ついさっきまで俺が立っていた空間に、無数の銃弾が雨あられとばら撒かれた。
死角からのエリイさんとノエルさんの射撃だ。
「避けられた……!?」
「引き金を引く瞬間には、すでに動いていました……! それも、こちらを一切見ずに!」
エリイさんとノエルさんが、信じられないものを見るように目を見開く。
飛び退き、空中に身を躍らせた俺は、誰もいない空間でハルバードを振るった。
その瞬間、俺の手に握られた獲物に何が起きたか、咄嗟に気づけた者は誰もいなかっただろう。
ガシャコンッ!
変形に要する時間は一秒以内。
俺が振るったスタンハルバードの柄がスライドし、瞬時に巨大な『導力ライフル』へと形を変えたのだ。
「でりゃぁぁぁっ!!」
着地狩りを狙って、気合と共に真っ直ぐ飛び込んできたエステルさん。
俺は空中でライフルの銃口を彼女へ向け、間髪入れずに引き金を引いた。
「エステル、防御だッ!!」
「えっ――きゃあっ!?」
ズドンッ!という発砲音。
エステルさんはヨシュアさんの鋭い警告で棒を盾にし、ギリギリのところで防御に成功したが、その衝撃で足を止める。
「くっ、あっぶな……! なによその武器、変形したわよ!?」
「――もらったわ」
エステルさんの足が止まったそのコンマ一秒の隙。
完全に俺の死角へと回り込んでいたレンさんが、身の丈ほどもある大鎌を俺の首めがけて無音で振るってくる。
だが、俺は最初から彼女がそこにいると『分かっていた』かのように。
一切の動揺を見せず、手にしたライフルを指先でくるりと独楽のように回転させながら、再び瞬時に『ハルバード』へと変形させる。
そして、振り返りざまの遠心力を乗せて、彼女の鎌を上から強く叩き伏せた。
ガァンッ!!
「あらあら……っと」
強烈な一撃をいなせず、レンさんがふわりと後方へ距離を取る。
彼女は俺の手にあるとんでもない武器を見て、小悪魔のように目を細めた。
「随分とトンデモな武器ね。……博士の謹製かしら?」
「ええ。手慰みで作ったと言って、押し付けられまして」
俺がハルバードを構え直しながら答えると、レンさんは可笑しそうにクスクスと笑った。
「ふふっ、珍しい。あのお爺ちゃんに好かれてるのね」
「……」
俺は一つ、深く呼吸を落として一歩下がる。
(……なんだ、これは)
俺は、博士が仕込んだ『ブーストアップ』の本当のヤバさに、内心で恐怖すら覚えながらも、あの悪趣味な天才に深く感謝していた。
単純な膂力や脚力が跳ね上がっているだけじゃない。
視界が異常なほど拡張され、戦場のあらゆる事象がスローモーションのように感じられる。
頭の中の思考速度、状況の処理速度が限界を超えて加速しているのに、脳内は恐ろしいほどに冷え切り、クリアに透き通っていた。
(これならば……彼らを相手に戦える!)
俺は再びハルバードを構え、強者たちと相対する。
対する彼らも、先ほどまでとは次元の違う俺の『本物の脅威』を肌で感じ取っていた。
「みんな、気をつけてください! 彼の強さは、いままでの比じゃありません!」
ティオさんが魔導杖を構えながら鋭く叫ぶ。
「ああ……分かってる。彼の動き、戦況の読み……完全に俺たちの思考の先を行っている!」
ロイドさんがトンファーを強く握り直し、俺を真っ直ぐに見据えた。
「でも、ここで引くわけにはいかない! 全力でいくぞ!」
彼らもまた、たった一合打ち合っただけで、僕が放つ今までの何倍もの『脅威』を肌で感じ取っていた。
残された時間は、あと2分強。
僕と彼らの、文字通り命を削り合う死闘が、静かに、しかし最高潮の熱を帯びて再開された。