『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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解放の日⑤

彼の魂が乗ったような叫びを聞いて、俺は思わず全身の力を込めてトンファーを十字に構えていた。

 

俺は、彼が何者かは分からない。

キーアは「彼が誰なのか知らなきゃいけない」と強く言っていた。

 

――それは、俺たちもそうなんじゃないのか……?

 

俺や支援課の仲間たちの技術だけじゃない。エステルやアガットさんの立ち回りまで熟知し、それを自分のものとしている。

そして今、自らの身体を燃やし、魂を乗せたような叫びと共に、そのすべてを込めた一撃を俺にぶつけてくる。

 

「……こいッ、グレイ!!」

 

大地を踏みしめ、正面から彼の強大な一撃をトンファーで受け止める。

 

「ぐっ、おおおおおおっ……!!」

 

歯を食いしばり、地面に深く沈み込むような重圧に耐え、ひたすらにその軌道を受け止めた。

重い。ただの物理的な膂力じゃない。それは一撃の重圧以上に、彼という人間の『命』がそのまま乗ったような、途方もなく熱い一撃だった。

 

俺が限界まで踏ん張り、その最後の一撃を完全に耐えきったのを見て。

彼が仮面の向こうで、ふっと満足そうに笑ったような声が聞こえた。

 

そして――彼の魂を燃やすように舞い上がっていた黄金の霊子が、嘘のようにおさまる。

次の瞬間、ずるっと糸が切れたように、そのまま崩れ落ちるように腰を落とすグレイ。

 

カランッ、と。

 

その時の衝撃で、彼がずっと身に着けていた無機質な仮面が、冷たい石畳の上へと転がり落ちた音が響いた。

 

***

 

(……受け止められた、か)

 

僕は地面に片膝をつきながら、どこかやりきったような、清々しい笑みが知らず知らずのうちにこぼれていた。

 

時間は、丁度三分を切る直前だった。

 

まだ、やるべきことがある。

ここで終わるわけにはいかないと、僕は限界を迎える寸前で『ブーストアップ』の動作を強制終了させたのだ。

立ち上がろうとしたが、ブーストアップの強烈な反動と負荷が一瞬にして身体にのしかかり、腰から崩れ落ちてしまった。

その際、カランと音を立てて、顔を隠していた仮面が落ちる。

 

(あ……)

 

仮面に手を伸ばそうとして、僕は途中でその動きを止めた。

 

――いや。この盤面における『敵』としての僕の出番は、これで終わったんだ。

契約でも、あとの時間は自由にさせてもらうと約束している。

今まで僕を縛っていたあの仮面は、もうそのまま置いていくことにした。

 

重い身体に鞭打ってゆっくりと立ち上がると、ロイドさんたちは武器を構えたまま、こちらを見ているだけで手を出そうとはしてこなかった。

 

皆、僕の『素顔』を凝視していた。

 

……まぁ、ずっと隠していた割に出てきたのは、彼らにとっては全く見覚えのない青年の顔だ。警戒しつつも戸惑うのは当然だろう。

 

ただ一人、キーアだけを除いて。

 

「……ッ」

 

彼女は、ロイドさんの背後からふらふらと前に出ると、震えるような声を絞り出した。

 

「アルシュ……! アルシュ、だよね……!?」

 

その大きなエメラルドの瞳からは、ポロポロと大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていた。

僕はハルバードを握り直すと、大きく地を蹴り、一息に図書館の屋上の縁へと跳躍して移動した。

 

「待って! アルシュ!!」

 

遠ざかる僕に、キーアが泣きそうな声で呼びかけてくる。

 

僕は屋上から彼女を見下ろし、困ったように眉を下げた。

 

「……ごめんね、キーア。君を泣かせるつもりは、なかったんだ」

 

彼女に向けて、申し訳なさそうに微笑みかける。

それは――十年前に彼女と出会ったあの頃のような、どこか自信なさげで、けれど優しい『少年』のような笑みだった。

 

「あ……」

 

その表情を見た瞬間、キーアは息を呑み、涙を流したまま言葉を失った。

大人に成長した姿であっても、その笑みの本質がかつての少年のままであると、彼女の魂が完全に理解したのだ。

 

風が吹き抜け、戦火の匂いが鼻を掠める。

クロスベル解放のため、他のルートから侵攻していた協力者たちが、この場へと近づいてきている気配がした。

偽物のルーファス・アルバレア、そして《舞姫》イリア・プラティエとの決着の時も、すぐそこまで迫っている。

 

僕は眼下の英雄たちに向けて、静かに告げた。

 

「……彼らは、この奥です。どうか、決着を」

 

「君は……ッ!」

 

ロイドさんが、何かを問い詰めようと手を伸ばす。

 

僕は特務支援課のみんな、そして涙を流すキーアの姿をもう一度だけ真っ直ぐに見つめ返し、言葉を残した。

 

「――待っています」

 

それだけを伝え、僕は反転すると、屋上からクロスベルの空へと飛び去った。

 

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