『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
彼の魂が乗ったような叫びを聞いて、俺は思わず全身の力を込めてトンファーを十字に構えていた。
俺は、彼が何者かは分からない。
キーアは「彼が誰なのか知らなきゃいけない」と強く言っていた。
――それは、俺たちもそうなんじゃないのか……?
俺や支援課の仲間たちの技術だけじゃない。エステルやアガットさんの立ち回りまで熟知し、それを自分のものとしている。
そして今、自らの身体を燃やし、魂を乗せたような叫びと共に、そのすべてを込めた一撃を俺にぶつけてくる。
「……こいッ、グレイ!!」
大地を踏みしめ、正面から彼の強大な一撃をトンファーで受け止める。
「ぐっ、おおおおおおっ……!!」
歯を食いしばり、地面に深く沈み込むような重圧に耐え、ひたすらにその軌道を受け止めた。
重い。ただの物理的な膂力じゃない。それは一撃の重圧以上に、彼という人間の『命』がそのまま乗ったような、途方もなく熱い一撃だった。
俺が限界まで踏ん張り、その最後の一撃を完全に耐えきったのを見て。
彼が仮面の向こうで、ふっと満足そうに笑ったような声が聞こえた。
そして――彼の魂を燃やすように舞い上がっていた黄金の霊子が、嘘のようにおさまる。
次の瞬間、ずるっと糸が切れたように、そのまま崩れ落ちるように腰を落とすグレイ。
カランッ、と。
その時の衝撃で、彼がずっと身に着けていた無機質な仮面が、冷たい石畳の上へと転がり落ちた音が響いた。
***
(……受け止められた、か)
僕は地面に片膝をつきながら、どこかやりきったような、清々しい笑みが知らず知らずのうちにこぼれていた。
時間は、丁度三分を切る直前だった。
まだ、やるべきことがある。
ここで終わるわけにはいかないと、僕は限界を迎える寸前で『ブーストアップ』の動作を強制終了させたのだ。
立ち上がろうとしたが、ブーストアップの強烈な反動と負荷が一瞬にして身体にのしかかり、腰から崩れ落ちてしまった。
その際、カランと音を立てて、顔を隠していた仮面が落ちる。
(あ……)
仮面に手を伸ばそうとして、僕は途中でその動きを止めた。
――いや。この盤面における『敵』としての僕の出番は、これで終わったんだ。
契約でも、あとの時間は自由にさせてもらうと約束している。
今まで僕を縛っていたあの仮面は、もうそのまま置いていくことにした。
重い身体に鞭打ってゆっくりと立ち上がると、ロイドさんたちは武器を構えたまま、こちらを見ているだけで手を出そうとはしてこなかった。
皆、僕の『素顔』を凝視していた。
……まぁ、ずっと隠していた割に出てきたのは、彼らにとっては全く見覚えのない青年の顔だ。警戒しつつも戸惑うのは当然だろう。
ただ一人、キーアだけを除いて。
「……ッ」
彼女は、ロイドさんの背後からふらふらと前に出ると、震えるような声を絞り出した。
「アルシュ……! アルシュ、だよね……!?」
その大きなエメラルドの瞳からは、ポロポロと大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていた。
僕はハルバードを握り直すと、大きく地を蹴り、一息に図書館の屋上の縁へと跳躍して移動した。
「待って! アルシュ!!」
遠ざかる僕に、キーアが泣きそうな声で呼びかけてくる。
僕は屋上から彼女を見下ろし、困ったように眉を下げた。
「……ごめんね、キーア。君を泣かせるつもりは、なかったんだ」
彼女に向けて、申し訳なさそうに微笑みかける。
それは――十年前に彼女と出会ったあの頃のような、どこか自信なさげで、けれど優しい『少年』のような笑みだった。
「あ……」
その表情を見た瞬間、キーアは息を呑み、涙を流したまま言葉を失った。
大人に成長した姿であっても、その笑みの本質がかつての少年のままであると、彼女の魂が完全に理解したのだ。
風が吹き抜け、戦火の匂いが鼻を掠める。
クロスベル解放のため、他のルートから侵攻していた協力者たちが、この場へと近づいてきている気配がした。
偽物のルーファス・アルバレア、そして《舞姫》イリア・プラティエとの決着の時も、すぐそこまで迫っている。
僕は眼下の英雄たちに向けて、静かに告げた。
「……彼らは、この奥です。どうか、決着を」
「君は……ッ!」
ロイドさんが、何かを問い詰めようと手を伸ばす。
僕は特務支援課のみんな、そして涙を流すキーアの姿をもう一度だけ真っ直ぐに見つめ返し、言葉を残した。
「――待っています」
それだけを伝え、僕は反転すると、屋上からクロスベルの空へと飛び去った。