『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
特務支援課のみんなは、ただ静かに僕とキーアの姿を見守ってくれていた。
エリィさんは目元を押さえて静かに涙を流し、ティオさんも悲しげに目を伏せている。
ランディさんはどこかやりきれないような、けれど確かな温かさを宿した瞳でこちらを見つめ、ロイドさんはすべてを受け入れるような優しく力強い視線を送ってくれていた。
僕は、胸の中で泣きじゃくるキーアの緑色の髪を優しく撫でながら、支援課のみんなの方へと顔を向けて言葉を交わした。
「……今この場所に辿り着くまでの間、皆さんの邪魔をしてしまって、本当にすいませんでした」
僕は小さく頭を下げる。
「どうしても、僕は彼らに従う他なかったんです……」
本当なら、あの偽物に命の首輪を握られ、従わなければ即座に存在を消去される状態だったからだ。
けれど、そんな重い事実を伝えて彼らにこれ以上の負担をかける必要はない。だから、その事には一切触れずに言葉を続けた。
「ただ……」
僕は、ふふっと自嘲気味な笑みを浮かべた。
「昨日の図書館前で、限界まで全力を出して皆さんと戦ったのは……完全に僕の我儘でした。あの時、あの場所にいたのは……僕の記憶の中で、僕に色んなことを教えてくれた人たちばかりだったから」
驚いたように目を見張る彼らに、僕は胸の奥にあった泥臭い本音を吐露する。
「みんなは僕のことなんて知らないのに……僕は、皆さんに教わってこれだけ強くなれたんだって、どうしても伝えたかった。僕という人間がそこにいたことを、皆さんに証明したかったんです。……あんな自分勝手な理由で敵対してしまって、本当にごめんなさい」
僕の謝罪に。ロイドさんは静かに首を横に振り、ランディさんも「謝る必要なんてねえよ」と言うように、優しく苦笑した。
誰も僕の身勝手な想いを否定しなかった。ただ涙を流し、その不器用な願いを真っ直ぐに受け入れてくれたのだ。
僕は視線を落とし、腕の中にいるキーアを見つめた。
「キーアにも……ずっと顔を隠したままで、僕だって言えなくてごめんね」
すると、キーアは僕の胸に顔を擦り付けて涙を拭い、フルフルと首を横に振った。
「ううん……。だって、グレイだって言ってる時も、ずっとキーアには優しかったから。……何考えてるか分からなくて不安だったけど、キーア、グレイのこと嫌いじゃなかったよ」
真っ赤になった目で、彼女は健気に笑って答えてくれた。
その笑顔を見て、僕の胸の奥にあった最後のつかえが、ふっと溶けて消えていくのを感じた。
「……ありがとう、キーア」
涙が止まった彼女を見て、僕は一つ息を吐き、ゆっくりと彼女から身体を離した。
そして、自らの『最後の我儘』を果たすために立ち上がり、傍らに置いていた重いスタンハルバードを再び手に取った。
空気が、ふっと変わる。
「……最後に一つだけ。僕の我儘を聞いてくれませんか」
僕はハルバードを握り直し、特務支援課の全員を真っ直ぐに見据えた。
「僕にはもう……それほど時間が残されていません。せいぜい、あと数時間の命です」
「え……っ」
その言葉に、支援課のみんなが絶句し、息を呑む音が響いた。
「なんで……っ! なんで、アルシュ……!?」
キーアが信じられないというように、悲鳴のような声を上げる。
(……流石に、ノバルティス博士に改造されて、おかしな調整をうけたからだなんて言えないな)
僕は内心で苦笑し、表面上は穏やかな表情を作った。
「エリュシオンが生み出した再現体としての、活動限界が近いんです。……でも、その事はいいんです。僕がここに呼ばれたのは、キーアが笑っていられるようにするため……それだけが目的でしたから」
すべてをやり遂げた。もう、思い残すことは何もないはずだった。
けれど。
「それでも……どうしても一つだけ。僕には、やり残した『心残り』があるんです」
限界を超えた代償で、遊撃士として活動していた頃の『ただの二十歳の生身の人間』程度のスペックしか残っていない、今のこの身体。
けれど、だからこそ。
「かつて……十歳の頃の僕が、ランディさんと交わした約束を。大人になったら、一対一で戦ってほしいという……あの夕焼けのベルガード門の屋上で話した、あの約束を。僕自身の、最後の心残りとして……」
「……!」
僕はハルバードを握る手に力を込めた。
「もう今の僕には、先ほどのように皆さんを圧倒する力はありません。ただの二十歳の、生身の人間程度の力しか残っていない。……だからこそ、あの時の約束を。僕の最後の我儘を、受け入れてくれませんか」
その言葉を聞いた瞬間、ランディさんはハッとして目を見開き――どこか遠い、失われたはずの記憶を思い起こしていた。
『……ランディさん。一つだけ、僕からのお願い、聞いてもらえませんか』
『ん? なんだ、言ってみろ』
『いつか……僕がもっと成長して、ランディさんに戦士として認められるくらいに強くなったら。その時は……僕と、本気で戦ってくれませんか』
『……いいぜ。受けて立ってやる』
『本当ですか……!』
『ああ。ただし、俺の『チェック』は厳しいぜ? 生半可な強さじゃ、一瞬でぶっ飛ばしてやるから覚悟しとけよ』
いつかの夕焼け空の下。
二人の間でスースーと寝息を立てるキーアを挟んで交わした、男と男の約束。
『キーアを任せられるくらい強くなったら、他の保護者連中を説得するの手伝ってやるよ』と、意地悪く、けれど温かく笑って答えた、いつかの記憶。
真剣な表情でランディさんを見つめる僕。
その横で、僕が「あと数時間の命だ」と聞いて再び涙を溢れさせそうになっていたキーアが、必死にギュッと唇を噛み締めて、その涙を堪えた。
そして、震える声でランディさんへと告げる。
「……ランディ。お願い……っ」
「キー坊……」
「キーア、あの時……ホントは起きてて、聞いてたから。……キーアのために、ずっと必死に強くなってくれたアルシュのために……お願い、ランディ!」
涙を堪え、僕の最後の願いを叶えようとしてくれる彼女の健気な言葉に。
ランディさんは深く、長く息を吐き出し――やがて、フッと優しく、そして戦士としての獰猛な笑みを浮かべた。
「……ああ。そうだな……男同士の、約束だったな」
想いを噛みしめるように、ランディさんは一歩前に出ると、自身の獲物――重厚なスタンハルバードを両手で力強く構え、真っ向から僕を見据えた。
特務支援課の仲間たちも、二人の邪魔をしないように静かに後ろへと下がる。
「来いよ、アルシュ。……言ったはずだぜ、俺の『チェック』は厳しいってな」
かつてと同じ、けれど今の僕に向けられたその本気の言葉に、僕の視界が少しだけ滲む。
「はい……っ! ありがとうございます、ランディさん……!」
僕は深く感謝を口にしながら、涙を拭った。
そして、残った最後の命の火をすべて振り絞るように、彼に向けて真っ直ぐにハルバードを構え直した。