『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
ランディさんと正面から相対し、スタンハルバードを構える。
キーアも、支援課のみんなも、固唾を飲んでこちらを見守ってくれている。
僕は大きく息を吐き、重いハルバードを握りしめて大きく一歩を踏み出した。
「はあっ!」
渾身の力でハルバードを大きく振るう。
しかし、僕の刃はランディさんが迎え撃つように振るった刃と真正面から激突し、ガァンッ!と甲高い音を立てて容易く弾き飛ばされてしまった。
(……そうだ)
もう、僕の身体にシミュラクラとしての規格外の膂力はない。
単純な力比べでは、歴戦の猛者であるランディさんに勝てるはずがなかった。
だが、弾き飛ばされた刃の勢いを殺さず、僕は身体の軸をずらしてくるりと回転し、足元を狙って大きく薙ぎ払いを放つ。
「おっ……と!」
ランディさんは鋭く反応し、一歩後ろへ跳躍してそれを大きく回避した。
僕はそれに合わせるように、手元の武器をくるりと回転させて機構をいじり、一瞬で『大型導力ライフル』へと変形させる。
ノバルティス博士が手慰みだと言って渡してきた、とんでも武器だ。
エリュシオンの演算補正が切れた今、今までのように瞬間的に照準を合わせてピンポイントで狙撃するような真似はもうできない。
だが、この距離の真っ向勝負なら問題ない。
詳細な狙撃ではなく、直感的に照準を合わせた『雑な狙い』で引き金を引く。
ダァンッ!
「おっと危ねぇ!」
ランディさんは瞬時にハルバードの柄を盾にして、その銃弾を弾き落とした。
「どこで用意したのかは知らねぇが、随分と器用な武器を持ってるじゃねえか」
「ええ。結社の博士に、半ば無理やり押し付けられまして」
苦笑いしながら僕が答えると、ランディさんは「げっ、あのジジイか……」と、露骨に嫌そうな顔をした。
「まぁ、おかしな老人ですが。そこまで悪い人……いや、間違いなく悪い人ですね。変わり者だからか、何故か気に入られてしまったみたいで」
言いながら、僕はライフルを再び手元で回転させ、元のスタンハルバードへと戻す。
「この変形、『モード:ベルゼルガー』って名付けるのはどうです? ……昔から、憧れてたんですよ」
僕が少し悪戯っぽく笑って言うと、自分が使っていた大型武器の名前を出されたランディさんは、「ははっ、悪くねえんじゃねぇか!」と、堪えきれないように豪快に笑うしかなかった。
そうして、再び二人の戦いは続行される。
筋力、敏捷力、そして脳内の処理能力。
そのすべてが、かつての『生身の自分』に戻った今。
僕はただ、今の自分にできることのすべてを、全力でランディさんにぶつけていた。
かつて、姉さんに叩き込まれた、泥臭くも鋭い猟兵としての習い。
そして、ランディさんに教わった、戦い方の基礎とすべて。
(ここは、大振りで踏み込んでくる……!)
何度も何度も繰り返し教えを受けた中で身体に染みついた、ランディさんの手癖や呼吸。それを考慮した立ち回りで、圧倒的な力差を埋めながら紙一重の攻防を繰り広げる。
重いハルバードを振るう一撃一撃に、僕の残された命と、これまでの二十年間のすべてを込めて。
僕は何度も、何度も、越えるべき高くて大きな背中に向けて、その刃を叩きつけ続けた。
僕のすべてをもって叩きつけても、その尽くを正面から受け、捌かれ、そして強引な力で叩き潰された。
「はぁっ……! はぁ……っ!」
全身にのしかかる重い疲労感から、肩を大きく上下させ、必死に呼吸を整えていく。
そんな僕の限界が近いことを悟ったのか、こちらを見るランディさんが、少し気にかけるような、心配するような仕草を見せた。
「……ランディさん」
僕は顔を上げ、息も絶え絶えになりながらも、口角を上げて笑ってみせた。
「もう少しだけ……付き合ってもらえますか」
(……驚くかな)
心の中で悪戯っぽく笑みを浮かべ、僕は残ったすべての力を注ぎ込むように、腹の底から咆哮を上げた。
「おおおおおおおおっ!!」
戦場の空気を震わせる、戦士の咆哮(バトルクライ)。
そして、ずっと隠していたこの武器の『最後の変形機構』のスイッチを力強く押し込んだ。
「――モード・テスタ=ロッサ!!!!」
叫び声と共に、ガシャァンッ!と重い金属音を立てて武器の構造が劇的に変化する。
ライフル状態だった銃身の裏側から、無骨で凶悪な『チェーンソー』が展開されたのだ。
それは紛れもなく、かつて《紅の戦鬼》と呼ばれた猟兵、シャーリィ・オルランドが愛用する凶悪な武器――『テスタ=ロッサ』の模造品に他ならなかった。
僕の記憶を覗き見たノバルティス博士が、わざわざ仕込んでくれた最後のギミック。
初めてこれを知った時、僕は呆れて笑うしかなかったけれど。今ばかりは、あの底意地の悪いマッドサイエンティストにどうしようもなく感謝している。
「なっ……!?」
それを見たランディさんは、今日一番の驚愕の声を上げた。
そりゃそうだ。
自分の従妹が振り回している一品物の凶悪な得物を、突然目の前の男が持ち出してきたのだから。
その隙を突き、僕は猛然と突撃し、ギャリギャリと唸りを上げるチェーンソーをランディさんへと叩きつける。
「うおおっ!」
「くおっ……!?」
咄嗟にスタンハルバードの刃で受け止めるランディさん。
だが、高速で回転するチェーンソーの刃がハルバードの鋼鉄と激しく噛み合い、鼓膜を裂くような轟音と大量の火花を撒き散らした。
「このぉっ……!!」
ランディさんが気合の声を上げ、力任せに僕の身体を大きく弾き飛ばした。
宙を舞い、なんとか着地で体勢を立て直す僕に向けて、彼は目を丸くしたまま怒鳴った。
「お前っ、その武器は……!」
「あははっ、ごめんなさい!」
僕は苦笑しながらも、唸るチェーンソーを再び構え直した。
「子供の頃……姉さん、いや、シャーリィさんに、ずっと猟兵の訓練をつけてもらってたことがあって!」
言いながら、僕はあの赤髪の少女がそうしていたように、ギャリギャリと音を立てる武器をぐるぐると荒々しく振り回して踏み込む。
「うおっ!? ちょっ、おま……マジかよ!」
流石のランディさんも、まともにチェーンソーの直撃を武器で受け続けるのは不味いと判断したのか。
真っ向からの受けを避け、タジタジになりながらも大きく回避へと回るのだった。
子供の頃に、一度だけ見たことがあった。姉さんが古戦場で見せた、本気の姿。
あの時、この目に焼き付けた凄まじい動きは、十年の時を経てもずっと僕の心に焼き付いて離れなかった。
いつか、僕もあんな風に戦えるようになりたい。大切な人を守れるくらい、強く。
そう願って、血の滲むような思いで必死に練習し続けたあの動きを……今、ここで!
「――ははっ!」
ギャリギャリと狂ったように唸るチェーンソーを立て続けに叩きつける合間に、僕は手首を捻って銃口を向け、予測不能なタイミングでライフル弾をばら撒く。
それは真に、あの頃のシャーリイが僕の目の前で見せた動きそのものだった。重い一撃で逃げ場を奪い、銃撃でランディさんの足を止めさせる。
心の底から、笑みが止まらなかった。
子供の頃に抱えていた「もっと強くなりたかった」という心残りを。
そして、大人の身体になった僕が、今この瞬間に持てるすべてを出し切って動けているこの奇跡の時間を。僕は、全身で歓びとして感じていた。
「アルシュ……すごく、楽しそう」
死闘とも呼べるその光景を見守りながら、キーアが涙を堪え、震える声で呟いた。
「……本当に」
ティオもまた、存在しないはずの歴史の記憶を今の彼の姿にダブらせるように、静かに目を細める。
エリィはもう堪えきれず、両手で口元を覆いながらポロポロと涙を流していた。
「――アルシュ、頑張ってぇっ!!」
キーアが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、広間に響き渡る声で叫んだ。
あの頃。ベルガード門でランディと約束を交わした帰りの道。
夕暮れの中、疲れて眠ってしまった自分をアルシュがおぶってくれて、二人で家へ帰ったあの夜。
『……それじゃあね、アルシュがいつかランディと戦う時、キーアがいーっぱい応援してあげる!』
彼の温かい背中で交わしたその約束を、キーアははっきりと覚えていた。
だから彼女は今、止められない涙を拭うこともせず、あの日の約束を果たすために。
声の限りに、必死に彼を応援し続けていた。
「負けないでっ、アルシューーッ!!」
「――おおおおおおおおっ!!」
僕は咆哮し、持てる力のすべてを乗せて、チェーンソーの刃をランディさんの脳天へと叩き落とした。
「もらったァッ!!」
だが、ランディさんは一歩も引かなかった。
かつて、自身の得物であるライフル(ベルゼルガー)をシャーリイに叩き潰された苦い経験が身体に染み付いているからか。
彼はチェーンソーの刃が自らのハルバードにぶつかり合うよりも一瞬早く、渾身の力で下から上へと刃をカチ上げ、僕の凶悪な一撃を強引に弾き飛ばしたのだ。
「――っ!」
腕が痺れ、武器が宙を舞う。
しかし、僕は弾き飛ばされたその勢いを殺さず、それを遠心力に変えてぐるりと身体を独楽のように回転させた。
ガシャァンッ!
その流麗な動きの中で、変形機構を作動させる。チェーンソーを折り畳み、再び元の『スタンハルバード』へと戻した刃を、回転の勢いそのままにランディさんの無防備な腹部めがけて全力で薙ぎ払う。
決まった、と思った。
――けれど。
ピタリ、と。
僕の薙ぎ払ったハルバードの刃がランディさんの腹部に届く、ほんの数センチ手前。
それよりもほんの少しだけ早く、ランディさんの振るい返したハルバードの冷たい刃が、僕の首筋にピタリと当てられていた。
「…………」
静寂が、広間に落ちる。
完全に、僕の手は止まっていた。一歩及ばなかった。
「……ははっ」
僕は首筋に刃を突きつけられたまま、憑き物が落ちたような、清々しい笑みを浮かべた。
「僕の、負けです……」
その言葉を口にした瞬間。
僕は満足げな笑みを浮かべたまま、冷たいバベルの床へと、崩れ落ちるように倒れ伏したのだった。