『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
突如として広間に鳴り響いた、巨大で不吉なサイレン。
「な、何っ!?」
僕は弾かれたように周囲を見渡した。
「ひゃっ……!」
キーアも驚いて身をすくませ、僕の腕にしがみつきながら周囲をキョロキョロと見回す。
しかし、広間の中に直接的な脅威が迫っている様子や、何かが爆発したような気配はない。
ただ、壁面に設置されていた無機質な大型コンソール端末が突如として青白い光を放ち、そこから機械的な合成音声が流れ始めたのだ。
『――システム警告。エリュシオン深層、最下層データ領域におけるプロテクト・ロックの解除を確認』
「……っ?」
僕は眉をひそめた。
『……管理人格への指示要請を試行。……エラー。現在、当システム内に管理人格の存在を確認できません』
『――プロトコル移行。待機状態、および実行待ちのタスクを確認。ロック解除に伴い、該当データ領域内の情報を照会……。現防衛システムにおいて有効な、機動兵器の情報を検索します』
流れる無機質なシステム音声を聞き、僕は「……は?」と間の抜けた声を上げて困惑した。
最下層のデータ領域。
それは、ラピスが教えてくれた、彼女でさえアクセスできなかった謎の領域。
つまり、キーアの純粋な願いと悲しい後悔によって生まれた『僕のデータ』が格納されていた場所だ。
ロックが解除された……? どういうこと……?
『――照会完了。現時点で量産された魔煌機兵の基本スペックを大幅に凌駕する兵器のデータを抽出。
……ヒット。カルバード共和国製、次世代型アサルトフレーム――《エクスキャリバー》』
『……当該機体の設計データが、要求条件をクリアしていることを確認しました。
これより、バベル最深部・中枢プラントにて、当該機体の実体化生成プロセスを開始します。
……生成完了まで、残り600秒』
「な……っ!?」
その言葉を聞いて、僕は絶句し、息を呑んだ。
《エクスキャリバー》。アサルトフレーム。
その単語を聞いた瞬間、脳裏に雷が落ちたように、一つの『記憶』がフラッシュバックした。
それは、存在しない記憶の中で、成長した僕とキーアが空を見上げた思い出……。
この先の未来において、カルバード共和国が実行するであろう『宇宙計画』。
そのために極秘裏に設計・製造されていた機体の姿。
「くっ……!」
一瞬だけ明確に引きずり出された強烈な未来の記憶のせいか、それとも無理に情報の引き出しを開けられたせいか。
ズキリと、脳髄を刺すような鋭い頭痛を覚えて、僕は咄嗟に頭を抱えた。
《エクスキャリバー》だと……?
カルバード共和国の未来のアサルトフレームがどうして…。
いや、それ以前に。あの最下層のデータは、ラピスでさえ「絶対のロックがかかっていて、管理人格でも触れることができない」と言っていたはずだ。
それが解放されたのは、キーアの純粋な『願い』と『後悔』によって構築された領域だったからで……。
(……願いと、後悔……?)
僕はハッとして、腕の中にいるキーアの顔を見下ろした。
彼女は、不安そうに僕を見上げている。
その瞳には、もう過去の因果律の改変に対する『どうしようもない後悔』の翳りはなかった。
(……キーアの後悔が、なくなった……。だから……?)
彼女の執着という絶対の『鍵』が外れたことで、エリュシオンの最下層データへのロックが解除され、この先の未来(システム)が干渉できる状態になってしまったのか。
だとしたら。
その未来の超兵器が完成し、起動してしまえば――今まさに最奥にいるだろうロイドさんたちでも、どうなるか分からない。
そんな絶望的な予測が行き着き、血の気が引いた。
……いや、それだけじゃない。
そこでふと、先ほどのアナウンスのフレーズが強烈な違和感となって蘇ってきた。
(……待てよ。待機状態、および実行待ちのタスクを確認、だと……?)
その時、僕の頭の中に、とてつもなく悪辣で、おぞましい想像が過った。
僕の記憶の中にある未来のデータを照会し、そこから強力な兵器を生み出すという指示(タスク)。
それが『待機状態』になっていたということは、最初からシステム(イシュメルガ)は、僕のデータが解放されることを前提に、準備を整えていたということだ。
(……ロックが外れる『目処』が、立っていた……?)
その事実に気づいた瞬間。
カプセルで目覚めてから今に至るまでのすべての出来事が、最悪の線で繋がり始めた。
僕が目覚めて最初、あの偽ルーファスに「キーアの後悔を晴らすために、最後の時間は好きにさせてもらう」と契約を交わしたこと。
初めてこのバベルの奥で、リィンと会った時のこと。
あの時、エリュシオンの微弱な干渉に『たまたま』気づかなければ、わざわざバベルの奥の隠し部屋へ進むこともなかった。
昨日のクロスベルでの最終戦。
あの時、偽ルーファスからの具体的な指示が途絶えていたのは何故だ?
バベルへ戻ってきた時に『都合よく』転移装置がまだ働いていたのは、
本当にノバルティス博士の気まぐれなお節介だったのか?
(なにより……昨日、最後にリィンと会った時!)
どうしてあの時、バベルが起動した直後という最も緊迫したタイミングで、イシュメルガが『一時的に眠りにつく』なんて不可解なことが起きた?
そのおかげで、僕は彼と穏やかに話し、決意を固めて、特務支援課とキーアをここで待ち受けることができた。
彼女と対話し、その『後悔』を綺麗に晴らすことができた。
(……全部、誘導されていたんじゃ……!)
キーアの後悔を晴らさせ、僕のデータにかかった絶対のロックを外させるためだけに。
すべては、イシュメルガという悪意の塊が、盤面をひっくり返す最後の一手を確保するための、周到な罠だったのだとしたら。
「……っ、ははっ……!」
最悪な想像。
だが、それを単なる妄想だと振り払うには、先ほどの無機質なシステム音声の事実が重すぎた。
乾いた笑い声が、僕の口から零れ落ちる。
「……アルシュ……?」
不安そうに僕を見つめるキーアの顔。
(ふざけるな……!!)
心の中で、絶叫した。
俺が利用されていたせいで。
俺がキーアの後悔を晴らしたいと願った、その我儘のせいで。これから最終決戦に挑もうとしているみんなの道を、これ以上塞ぐというのか?
すべてを背負って一人で死のうとしている『兄弟(リィン)』の、その悲しい覚悟と願いすらも、俺という存在が足枷になって潰そうとするというのか!
(そんなこと……そんなこと、認められるわけがない。許せるわけがないッ!!)
「……っ!」
僕は重い両足に強引に力を込め、立ち上がった。
霊子が崩壊しかけ、泥のように重い身体。そんなことを言っている場合じゃなかった。
これが、僕が存在し、僕が動いたことで引き起こされた最悪のバグだというなら。
僕自身が、絶対にそのケジメをつけなければならない。
そうでないと、こんな無様な結末のままここで死んでいくなんて、僕の魂が許さなかった。
「……アルシュ、だめ……っ! もう無理しないで……!」
突然立ち上がった僕を見て、キーアが青ざめた顔で止めるように声を上げる。
「ごめん、キーア」
僕は振り返り、真っ直ぐに彼女の目を見据えた。
「いかないと……。これは、僕がやらないといけないことだから……!」
すでに満身創痍の、崩壊が始まっている僕の身体。
キーアは泣きそうな顔で、僕の服の裾を強く握りしめた。
けれど。僕の悲壮な覚悟と、絶対に譲れない想いを感じ取ってくれたのか。
彼女はギュッと唇を噛み締めると、涙を堪えて、小さく、けれど力強く頷いてくれた。
「……ありがとう、キーア」
僕は短く感謝を告げ、彼女の小さな身体をしっかりと抱き上げた。
「急ぐから、しっかり僕に捕まってて」
「うん……!」
僕は痛む身体に鞭を打ち、その場から弾かれたように駆け出した。
自分が行ったことのケジメをつけるために。僕の存在意義のすべてを賭けて、やるべきことを果たすために。
未来の悪意が産み落とされる、バベルの最深部を目指して。