『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
ダァンッ! ダァンッ!
僕は続けざまに二発、三発と極太のライフル弾を放ち、黒き神の顔面に容赦なくぶち当てた。
しかし、相手は神に等しい規格外の騎神だ。
装甲に傷一つ付く様子もなく、本当にただのささやかな嫌がらせ程度の効果にしかならなかった。
『貴様ァ……!』
忌々しそうにこちらを睨みつけるイシュメルガ。
しかし、僕はあんな泥のような呪いと言葉を交わす気など一切なかった。
あそこにリィンはもういない。ただの、世界を覆う呪いの残滓なのだから。
「アルシュ……!」「アルシュ君!」
ロイドさんやエリィさん、特務支援課の面々が、満身創痍の僕の姿を確認して一斉に名前を呼んだ。
その奥には、ここまで直接刃を交えることのなかったリィンの仲間たち――新旧『Ⅶ組』の面々の姿もあった。
道中で僕のことや事情について、支援課の誰かから説明を受けていたのだろう。
流石に彼らの眼差しに戸惑いの色はなく、ただ痛ましいほどの覚悟を見るような瞳で、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
「こっちの奴(エクスキャリバー)は、俺が受け持ちます。皆さんは……どうか、そいつと決着をつけてください」
僕が真っ直ぐに告げると、ランディさんが悲痛な顔で一歩前に出た。
「バカ野郎、お前の身体はもう……!」
限界が近いことは、先ほどの僕との戦いで彼らが一番よく分かっているはずだ。
それでも、僕は首を横に振り、自分自身を鼓舞するように叫んだ。
「頼みます。こいつの言う通り……今のままじゃ、俺はただ呪いに踊らされただけの愚か者で終わってしまう! 俺自身のためにも、すべてを背負ったあいつのためにも……自分でやってしまったことのケジメくらいは、つけさせてください!」」
「アルシュ……」
その血を吐くような僕の覚悟を聞いて。
ランディさんはギリッと歯を食いしばり、やがて苦しげに、けれど戦士としての顔つきで確かに頷いた。
ロイドさんもまた、僕の瞳の奥にある決して譲れない意志を汲み取ってくれたのか、「……わかった」と力強く言ってくれた。
(ああ……また、余計な負担をかけてしまったな)
僕の活動限界がもうすぐそこまで来ていることを知っていながら、彼らは僕の我儘と誇りを理解し、尊重してくれたのだ。
僕は背中に庇っていたキーアを振り返り、視線を合わせて小声で伝えた。
「キーア、巻き込まれないように、安全なところまで離れていて」
「……うんっ」
キーアは涙を堪えて力強く頷き、僕の服の裾を握っていた手を離すと、震える声で告げてくれた。
「頑張ってね……アルシュ……!」
彼女の言葉を背に受け、僕は手元の大型導力ライフルをくるりと回転させ、ガシャァンッ!と機構を作動させて元の無骨な『スタンハルバード』へと変形させる。
「おおおおおおおおっ!!」
僕は咆哮を上げ、床を強く蹴り出して一気に飛び出した。
狙うは、いまだ特務支援課たちの方へ背を向けて着地姿勢のままだった、白銀の機体――《エクスキャリバー》。
強引な力で跳躍し、空中で重いハルバードを大上段に構え、その流線型の脚部めがけてありったけの力を込めて叩きつけた。
限界まで力を込めて振るった渾身の一撃。
しかし、ガァンッ!と重く鈍い音が響いただけで、白銀の脚部の装甲は傷一つ付かずびくともしなかった。
それどころか、硬すぎる装甲に弾かれ、凄まじい衝撃で俺の腕が強引に跳ね上げられる。
(ぐっ……かってぇ……!)
内心で毒づく間もなく、その一撃によって《エクスキャリバー》は完全にこちらを「排除すべき敵」として認識した。
あの巨大な質量のくせに、ありえないほどの滑らかさでぐるりと機体を回転させる。
そして、その右腕に展開された長大なレーザーブレードを、俺という小さな虫をまとめて叩き潰すように上段から振り下ろしてきた。
(ぐおおぉぉぉっ!!)
心の中で絶叫しながら、俺は必死に床を蹴って後方へと跳躍し、なんとかその凶刃を回避する。刃が床を抉り、凄まじい熱量で溶けた金属が飛び散った。
だが、息をつく暇もない。
未来のアサルトフレームは、ブレードを振り抜いた勢いそのままに、追撃とばかりに左脚でこちらを蹴り上げてきたのだ。
巨体からは想像もつかないほど軽快で、恐るべき機動力。疲労しきった俺の反応速度では、とても回避しきれない。
「くっ……!」
ハルバードを盾のように構え、強引にその蹴りを受け止めようとした、その時だった。
「――オラァァァッ!!」
烈帛の咆哮と共に、横合いから割って入ってくる者がいた。
巨大な重剣が、渾身の力と共に振るわれ、エクスキャリバーの脚部へ強烈に叩きつけられる。
凄まじい衝突音と共に、未来の機体の蹴りの軌道が強引に逸らされ、その動きがピタリと止まった。
「アガット……さん……!」
「バニングスのやつから大体は聞いたぜ」
重剣を構えたまま、アガット・クロスナーは俺を見てニヤリと笑った。
「やけに俺たちの手の内が知られてると思ってたが……まさか、未来の遊撃士で俺たちの後輩だったとはな」
驚きの声を上げる俺の頭上で、別の鋭い声が響く。
「エステル!」
「応ッ!!」
ヨシュアさんの冷静な声に応えるように、エステルさんの元気な声が広間に響き渡る。
見上げれば、体勢を崩したエクスキャリバーが左腕の銃口をこちらに向けようとした瞬間――その上空から、エステルさんが長棍を全力で振り下ろし、銃身ごと下に叩き落としていた。
同時に、ヨシュアさんが影のように機体の腕へ肉薄し、双剣で的確に腕の関節部――装甲の隙間を狙って鋭い斬撃を叩き込む。
『ピィィィ……!』
関節部を攻撃され、エクスキャリバーの動きが一瞬だけ鈍る。
そして、その完璧なタイミングで。
「いっけえぇぇぇっ!」
ティータさんの操る重装甲のオーバルギアが、猛スピードで横から突撃を敢行した。凄まじい推進力を乗せた体当たりが、白銀の巨体をドゴォッ!と横へと吹き飛ばす。
「フフッ、隙だらけね!」
巨体が大きく体勢を崩した、まさにその瞬間。
レンさんが無邪気な笑みを浮かべながら宙を舞い、先ほどアガットさんが重剣でダメージを与えていた脚部の装甲の同じ箇所めがけて、身の丈ほどの巨大な鎌を無慈悲に振り抜いた、が。
「……あの量産型の魔煌機兵よりもさらに硬いわね」
脚部に傷一つ付けられなかったことに、レンさんが巨大な鎌を肩に担ぎ直しながら小さく呟いた。
未来の兵器の圧倒的な装甲強度。だが、その隙間を縫うように立ち回る彼らの動きは、完全に巨体を翻弄していた。
その中、ヨシュアさんが双剣を構えたまま僕の方へと振り返った。
「ロイドから、大体の事情は聞いたよ。……僕たちも、君に加勢させてくれないか」
「なんで……」
僕は思わず、呆然とその言葉を返してしまった。
形はどうあれ、僕は数日前、そして今日に至るまで、彼らと敵対して立ちはだかったのだ。
しかも、このバベル内部で生まれたこの未来の厄災は、僕という存在がトリガーになって生み出されたものなのに。
「僕たちが君に、遊撃士としての色んな事を教えていた時期があるんだろう? ……君のあの剣筋や立ち回りを見ればわかるよ。君がどれだけ熱心に、僕たちの教えを聞いて、自分のものにしてくれていたのかがね」
ヨシュアさんは双剣を構え直し、少しだけ微笑んだ。
「だからこれは、先輩として……可愛い後輩の助けをしたいだけさ」
「そうそう!」
エステルさんが長棍をくるりと回し、ヨシュアさんの言葉に合わせるように大きく頷いた。
「でもさー、レンもそのこと知ってたなら、先に教えてくれたらよかったのに」
少し口を尖らせてぼやくエステルさんに、レンさんは小悪魔のように微笑んで返す。
「ふふっ。彼との内緒の約束だったもの。……それに、レンだって彼にとっては頼れる『お姉さん』なんだから。私も全力で助けてあげるわ」
「私もです! このオーバルギアの全力で、援護しますね!」
ティータさんも、重装甲の中でガシャリと構えを整えながら力強く答えてくれた。
胸の奥が熱くなり、僕が「みなさん……」と感謝の言葉を出そうとした、その瞬間だった。
「みんな……」
僕が感謝の声を絞り出そうとした、その瞬間だった。
『ピピッ――!』
突如、エクスキャリバーの背面装甲が展開し、そこから二機の小型端末(ビット)のようなものが射出された。
それらは不気味に空中に浮遊すると、瞬時にこちらへ照準を合わせ、強烈なレーザーを放とうと赤く明滅し始めた。
「危ないっ!」
だが、レーザーが発射されるよりも早く。
「させねぇよッ!」
影から飛び出したスウェンが、双剣で右側の端末に鋭い斬撃を見舞い、その照準を大きく狂わせた。
「えーいっ」
同時に、ナーディアが放った無数の暗器の針が左側の端末に直撃。
それに合わせるように、空から舞い降りたラピスが巨大な斧を全力で振り下ろし、その端末を床へと叩き落とした。
ガァンッ!という音が響くが、レーザーの発射を阻止しただけで、端末そのものには大きな傷一つ付いていなかった。
「チッ……こんだけ薄っぺらい端末すら、この硬さかよ!」
スウェンが舌打ちをして驚愕の声を上げ、
「もーっ、ホントに可愛くない機体だねぇ……」
見事な連携でレーザーの発射こそ防いだものの、叩き落とされた端末自体に大きな傷は付いていなかった。スウェンが舌打ちし、ナーディアがため息をついてぼやく。
「スウェン、ナーディア……ラピスまで……」
手助けしてくれた彼ら三人の姿を見て、僕は「あ……」と声を漏らしたきり、言葉が出てこなかった。
「あんたは、一人で全部背負い込んで格好つけすぎなんだよ」
スウェンが双剣を構えながら、僕を睨みつける。
「そーそー。すーちゃんも、これでもかってくらい心配してたんだからねー」
「ちょっ、余計なこと言うなナーディア!」
「アルシュ、大丈夫? どこか痛いところはない?」
言い合う二人を他所に、ラピスが僕の元へと駆け寄り、本気で心配そうな顔を向けてくれた。
(僕は……)
僕は、エリュシオンが生み出した『アルシュ・グレイウッド』としてのケジメをつけるために、一人でこの厄災と戦い、ここで自壊して果てるつもりだった。
けれど。彼らは僕が敵対し、この事態を招いた張本人であることを知ってもなお、こうして僕を助け、手伝ってくれるというのだ。
「……ッ」
自問し、胸が張り裂けそうになっていた最中。
背後から、ひときわ大きな声が響き渡った。
『――こっちは気にするな、アルシュ!! やるべきことをやれッ!!』
それは、ゾア=ギルスティンという最大の脅威と対峙しているはずの、ロイドさんからの声だった。
その言葉に、背中を力強く押された気がした。
一人で全部抱え込んで、綺麗に終わろうなんて、そんなのは僕のただの自己満足に過ぎない。
彼らが『共に戦う』と言ってくれているのなら、その気持ちを、信じよう。
俺は意を決して顔を上げ、周りに立つ彼らの顔を真っ直ぐに見渡した。
「……皆さんに、お願いします!!」
「おうッ!!」
「任せなさい!」
僕のその叫びに。
彼らはそれぞれの武器を力強く構え直し、頼もしい声で一斉に応えてくれた。