『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
「アルシュ、合わせられるな!」
アガットさんが巨大な重剣を頭上高く構え、鋭い視線をこちらに向けた。
ここまでで全力でやり合った際、俺が彼の手の内を完全に把握していることを実感したからこその言葉だ。
「――はいっ!」
俺も即座に応え、スタンハルバードを強く握り直す。
アガットさんが猛然と踏み込み、白銀の巨体の脚部めがけて、渾身の力で重剣を叩きつけた。
ガキィィィンッ!!と、空間を揺るがすほどの甲高い金属音が響き渡る。
俺はその一撃が弾かれるよりほんの一瞬早く、全く同じ軌道、全く同じ装甲の『点』めがけて、自らのハルバードの刃を全力で叩き込んだ。
一人では容易く弾き返される強靭な装甲も、この二段構えの過重撃なら――!
しかし。
「ちっ……正面からの力押しじゃ駄目か!」
火花が散った脚部の装甲には、微かに擦れたような浅い傷がついた程度。
アガットさんが舌打ちをして叫んだ。
直後、エクスキャリバーが不快な機械音を鳴らし、巨大なレーザーブレードを横薙ぎに振るってくる。
「うおっ!」
俺とアガットさんは間一髪で後ろへ跳躍し、凄まじい熱量を持ったその凶刃を回避する。
「すいません! 僕もあの機体については、精々《エクスキャリバー》っていう名前と……『宇宙用』に造られたってことくらいしか知らなくて……!」
体勢を立て直し、回避しながら俺が叫ぶと。
「う、宇宙ぅ!?」
エステルさんが目を丸くして、素頓狂な声を上げた。
『ピィィィ……!』
その間にも、機体の背面から展開された無数のビット端末が宙を舞い、四方八方から青白いレーザーの雨を降らせてくる。
俺たちはそれぞれ武器を振るってレーザーを弾き、あるいは大きく跳躍して回避しながら、その驚愕の事実を瞬時に噛み砕いていた。
「なるほど、宇宙空間……極限環境下での運用目的。だからこそ、この常軌を逸した装甲の硬さなのね」
レンさんが、巨大な鎌でレーザーを器用に弾き落としながら、納得したように呟く。
「理屈は分かったが、こりゃ厄介だぜ! なんか対抗策はねぇのか!?」
アガットさんが苛立たしげに重剣を構え直して問う。
「こういう場合の正攻法でいきましょう」
双剣を構えたヨシュアさんが、冷静極まりない声で提案した。
「どれだけ装甲が厚くても、機体を動かす『関節部位』には必ず可動域の隙間があります。そこを徹底的に狙って、行動不能に持ち込むんだ」
「りょーかいっ! ぶっ叩いて止めてやるわ!」
エステルさんが長棍をくるりと回し、気合十分に叫ぶ。
「厄介な周囲の端末(ビット)は、僕らで受け持つよ」
「すーちゃん、しっかり働いてよねー。なーちゃんは適当にチクチクやるから」
スウェンが双剣を逆手に構えて飛び出し、ナーディアもそれに続くように無数の針を指の間に挟んで不敵に笑う。
「もうエリュシオンとの接続はないから安心して!」
そして、ラピスが身の丈ほどもある巨大な斧を構え、力強く宣言した。
「あいつはスタンドアローンで動くしかない! つまり、先の未来を演算して私たちの攻撃を先読みしてくることはないわ。……だから、必ず付け入る隙があるはずよ!」
しかし、そこからが本当の戦いだった。
こちらの戦力数と、各個人の戦い方を完全に計算し終えたのか。
あるいは、これまでは単なる『様子見』に過ぎなかったと言うべきか。
突如として、《エクスキャリバー》の動きが劇的に変化した。
『ピィィィィィ……!!』
空中に浮遊する四基の端末(ビット)から、青白いレーザーが放たれる。
だが、それは一瞬の射撃などではなかった。
レーザーを放射し続けたまま、端末自体が高速で空を飛び回るのだ。まるで巨大な光の鞭が、あるいは灼熱の檻がバベルの広間を不規則に薙ぎ払うように、空間そのものを焼き焦がしていく。
「くそっ、止まるんじゃねえぞ!」
アガットさんの怒声が飛ぶ。
照射され続ける光の帯に翻弄され、俺たちは立ち止まることすら許されない。
「そこだっ!」
一瞬の隙を伺い、スウェンやヨシュアさんが影のように跳躍して端末へ攻撃を仕掛けようとする。
しかし、その動きを先読みしたかのように、エクスキャリバー本体がレーザーブレードの牽制や的確な射撃を行って二人を妨害してくる。
ならばと、その連携の隙を突いて本体の関節を狙おうとすれば、今度は端末が照射し続けるレーザーの帯が壁のように立ちはだかり、こちらの進行ルートを完全に塞いでしまう。
あるいは、攻撃が届く直前に信じられないほど機敏なスラスター移動で回避され、死角から即座に強烈な反撃を叩き込まれる。
あまりにも完璧で、理不尽なまでの攻防一体の陣形。
「攻撃の密度が一気に上がった……!」
ヨシュアさんが双剣で弾幕を捌きながら、苦境に顔を歪める。
「こちらの戦力の評価が完了して、本格的な『殲滅モード』に動きを変えたというべきかしらね」
レンさんが忌々しげに舌打ちをして、迫り来る光の鞭を大鎌で弾き飛ばした。
(このままじゃ、完全にジリ貧だ……!)
俺は走りながらハルバードの機構を作動させ、再び『大型導力ライフル』へと変形させる。
狙うは、あの鬱陶しい端末のレーザー射出部分。
あの数をなんとかして減らさない限り、まともに攻めの連携を組むことすらできない。
息を殺し、重い銃身を構える。
アガットさんやティータさんたちが本体へ波状攻撃を仕掛け、奴の演算リソース(ヘイト)を一瞬だけそちらに向けさせた、まさにその瞬間。
(いける……ッ!)
俺は引き金を引き絞り、極太の徹甲弾を空中の端末めがけて放った。
ズダァァァンッ!
狙い違わず、銃弾は端末のレーザー射出部分にクリーンヒットした。
しかし。
『ピガッ……!?』
着弾の衝撃で空中の端末が大きく姿勢を崩し、放射中だったレーザーが明後日の方向の天井を無茶苦茶に薙ぎ払う。
だが、それでもなお、強固な外殻は拉げただけで『破壊』には至っていなかったのだ。
「あれを直撃させても壊れないのかよ……!」
俺が絶望的な装甲強度に愕然とした、その時だった。
『――警告。優先排除目標を再設定』
エクスキャリバー本体が、俺の目の前で前衛として戦っていたアガットさんとエステルさんをめがけ、右腕の巨大なレーザーブレードを無慈悲に振り下ろした。
「おっと!」「危ないっ!」
二人は息の合った動きで左右に跳躍し、その凶刃を間一髪で回避する。
だが、その攻撃は今までのような単なる『近接攻撃』ではなかった。
『出力、最大』
振り下ろされた灼熱のレーザーブレード。その刃に込められた尋常ではないエネルギーが、回避された直後に剣閃そのものとして解き放たれたのだ。
「なっ……!?」
空気を焼き切り、鼓膜を破るような轟音と共に。
巨大な三日月型の『飛ぶ斬撃(レーザー波)』となって、一直線に、後衛にいる俺の身体を真っ二つに両断せんと迫り来る――。
ここで初めて見せた、未知の攻撃。
完全に意表を突かれたことに加え、狙撃の態勢に入っていた僕は、回避の初動が完全に遅れていた。
しかも視界の先では、確実にとどめを刺そうというのか。
エクスキャリバーが二撃、三撃と続けざまにブレードを振り抜き、巨大なレーザーの斬撃波を連続で放ってきていた。
「くっ……!」
歯を食いしばり、無理な姿勢からでも強引に回避しようともがく。
だが、圧倒的に間に合わない。直撃を覚悟した、その時だった。
「させませんっ!」
巨大な影――ティータさんのオーバルギアが、僕とレーザー波の間に強引に割って入り、その重装甲で凶悪な斬撃波を真正面から庇ってくれたのだ。
ドゴォォォォォンッ!!
直撃を受けたオーバルギアから激しい爆炎が吹き上がる。致命的なダメージを負い、もうもうと黒煙と火花を噴き出しながら、巨大な機体はガシャリと音を立てて完全に動作を停止した。
「ティータァッ!!」
アガットさんが血相を変えて叫ぶ。
「だ、大丈夫です! 私は無事です!」
装甲の奥からティータさんの気丈な声が響き、アガットさんはホッと安堵の息を吐く。
だが次の瞬間、彼の全身から凄まじい怒りと気迫が立ち昇った。
「よくも……やってくれたなァッ!!」
烈帛の咆哮と共に、アガットさんが高く跳躍する。
その身と巨大な剣に紅蓮の炎を纏わせ、落下する隕石のような全力の一撃を、エクスキャリバーの首元――頭部と胴体を繋ぐ装甲の『継ぎ目』めがけて叩き落とした。
バギィィィンッ!!
バベル中に響き渡るようなすさまじい破壊音。
絶対と思われた装甲がついに砕け散り、奥から無数のケーブルや内部フレームの構造が僅かに剥き出しになった。
「攻撃が通った……!」
スウェンが目を見張って叫ぶ。
「なら、このまま一気に畳みかけるわよ!」
エステルさんが長棍を構え直し、追撃を掛けようとした――だが。
エクスキャリバーは、アガットさんの一撃を受けて体勢を崩しながらも少し後ろへ下がった。
すると、その白銀の装甲全体が青白く発光したかと思うと。
シュウゥゥ……という音と共に。
えぐられたはずの装甲が、切断されたはずのケーブルが、まるで時間を巻き戻すかのように、何事もなかったように一瞬で『元通り』に修復されてしまったのだ。
「はあぁっ!?」
エステルさんたちが驚愕の声を上げる。
「嘘……っ。あんなの、エリュシオンが後付けで付与した機能じゃないはず……未来のあの機体そのものに、最初からあんな自己再生機能が備わっているっていうの……!?」
ラピスが信じられないというように、空中で立ち尽くす。
「自己再生まで完備してるなんて、とんでもない反則機体ね……」
レンさんも、冷や汗を浮かべて苦々しく呟く。
「……けっ」
だが、最前線に立つアガットさんは、獰猛な笑みを崩さなかった。
「ふざけた機能が付いてようが、関係ねえ。……要は、俺たちの攻撃がちゃんと『通じる』ってことは分かったんだ」
「ええ、その通りです」
ヨシュアさんが静かに同意する。
「あの自己再生機能が働く『隙』を与えなければいい。再生されるよりも早く、あの首の継ぎ目に全員の攻撃を集中させて、一気に内部から破壊するんだ」
「そういうことだ!」
その時、行動不能になったオーバルギアのハッチが開き、ティータさんが飛び降りてきた。
「ティータさん、ありがとうございます。僕を庇ってくれて……」
お礼を言うと、彼女は「えへへ」と照れたように笑った。
「ティータ、怪我はないか? 大丈夫か」
「はい! オーバルギアは本格的に修理しなきゃダメみたいですけど、私自身はピンピンしてます!」
そう答えると、ティータさんは背負っていた身の丈ほどもある重火器――オーバルカノンをガシャリと手元に構え直した。
「そうか」
アガットさんがニッと獰猛で優しい笑みを浮かべ、ティータさんを守るようにその前にスッと立ち塞がる。
僕も手元の機構を操作し、ライフルから再び『スタンハルバード』へと変形させ、アガットさんと並んで前に出た。
やることは、決まった。
あの首元の継ぎ目に、全員の攻撃を一点集中させる。
奴が自己再生のプロセスを起動させる暇すら与えないほどの、息もつかせぬ怒涛の連携を叩き込む。それが、あの未来の厄災を破壊する唯一の道だ。