『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
「――でも、一斉に攻撃を仕掛ける前に、まずは『あれ』をどうにかしなきゃいけないよね~」
ナーディアがのんびりとした口調で言いながら、これまで端末の動きをずっと観察して測っていたタイミングを、ついに実行に移した。
「えーいっ」
手首のスナップを利かせ、四基の端末めがけてそれぞれ針を射出する。
ただの針ではない。神業とも言える精度で放たれたそれは、超高速で飛び回る端末の、さらに後部にある小さな『スラスター噴射口』の奥深くへ同時に突き刺さったのだ。
『ピッ……ピィィィ……』
推進系のバランスを強制的に崩された四基の端末は、まるで酔っ払いのようにぐるんぐるんと不規則に回転し始め、空中でふらふらと浮遊したまま完全に制御を失った。
「ふふーん、なーちゃんの計算通り! すごいでしょー」
「馬鹿っ、油断すんな!」
勝ち誇るナーディアに、スウェンが鋭く声を飛ばす。
端末の異常を察知したエクスキャリバー本体が、即座に右腕のレーザーブレードをこちらへ向け、再びあの凶悪なレーザー波を放とうとチャージを開始した。
だが。
「させないっ!」
その動きを完全に読んでいたラピスが、空から弾丸のように落下しながら、身の丈を越える巨大な斧でレーザーブレードの基部を強烈に叩きつけた。
装甲の破壊にこそ至らなかったが、規格外の重量を乗せた一撃により、巨体の手元が大きく狂う。放たれたレーザー波は明後日の方向の天井を切り裂き、崩落した瓦礫がパラパラと落ちてきた。
「今のうちよ!」
ラピスの叫び声。
俺、アガットさん、ヨシュアさん、エステルさん、レンさんの五人は、床を蹴って一斉に宙へと跳び上がった。
狙うはただ一点、巨体の首元――装甲の継ぎ目のみ。
「いきますっ!」
僕たちの動きに合わせ、地上に残ったティータさんがオーバルカノンを構え、正確な砲撃を首の装甲めがけて放った。
ドズゥゥンッ!という爆発が起きるが、多少焦げ付いた程度で深い傷にはなっていない。
だが、その砲撃は最高の『目印』だった。
「おおおおおッ!!」
ティータさんの砲撃による爆発と完璧に重なるタイミングで、アガットさんが爆炎を纏った重剣を全力で振り下ろす。
「はあぁぁぁッ!」
僕もまた、残された命の火をすべて燃やし尽くすような渾身の力で、彼と全く同じ箇所にハルバードの刃を叩き込んだ。
ガキィィィィィンッ!!
激しい火花が散り、ついに装甲の継ぎ目が耐えきれずに内部から小規模な爆発を起こす。白銀の装甲が大きく剥がれ落ち、内部のフレーム構造が完全に剥き出しになった。
僕とアガットさんが攻撃の反動でその場から離脱すると同時。
「ヨシュア!」
「ああ!」
入れ替わるようにエステルさんが飛び込み、長棍による怒涛の連続打撃を剥き出しのフレームに叩き込んでいく。
さらにヨシュアさんが影のように機体に纏わりつき、双剣を高速で振るって装甲の隙間から見える太いケーブルを次々と切断していく。
内部フレームとはいえ、常識外れの硬度を誇る金属だ。
それでも、遊撃士二人の容赦のない乱撃と斬撃の嵐によって、エクスキャリバーの首元は確実に致命的な損傷を蓄積していく。
「おしまいよ!」
二人が連撃を終えて離脱した瞬間、最後に飛び込んだレンさんが、巨大な鎌の刃をその損傷部位の奥深くまで突き立てるように振るった。
直後、内部から限界を超えたエネルギーが逆流し、巨大な爆発が巻き起こる。
レンさんは爆風を回避するように素早く後方へ飛び退き、僕たち全員が着地して、攻撃の成果を確認する。
剥き出しになった首部分からはもうもうと白煙が上がり、エクスキャリバーの巨体が微かに痙攣するように揺れている。
だが。
(……まだだ! 決定打になっていない!)
奴の赤いメインカメラの光は失われておらず、すぐさま自己再生のプロセスを再起動させようと微かな光を帯び始めていた。
「手を止めるな! まだ続けるぞッ!!」
アガットさんの怒声が響き、僕たちは体勢を立て直してさらなる追撃へと向かった。
エクスキャリバーは、これ以上の近接戦闘は危険だと判断したのか、あるいは自己再生の時間を稼ぐためか。
姿勢を低くし、強烈なスラスター噴射と共に後方へ大きく距離を取ろうと移動を開始した。
「逃がすかッ!」
それを阻止し、決定打を叩き込むために。僕とアガットさん、ヨシュアさん、エステルさんが追撃のために再び一斉に飛び込もうとした、その瞬間。
「――だめっ、避けなさいッ!!」
最後尾にいたレンさんが、何かの兆候を察知して悲鳴のような声を上げた。
直後。
エクスキャリバーは、僕たちが追撃のために「飛び込んでくる動き」そのものまで完全に計算していたのだろうか。
後退しながら、機体の胸部装甲が突如として展開し、そこから無数の『黄金の光弾』が全方位に向けて乱れ撃たれたのだ。
「なっ……!?」
まるで流星群のように降り注ぐ黄金の雨。
すでに前傾姿勢で飛び込んでしまっていた僕たちは、空中で回避行動を取ることすら不可能だった。
ズドドドドドドォォォォンッ!!
「ぐあぁぁっ!」「きゃあっ!」
光弾の凄まじい爆発に巻き込まれ、僕たち前衛の四人は完全に吹き飛ばされた。
床を転がり、激痛に顔を歪める。
(やられた……! 完全に、誘い込まれた……っ!)
霞む視界の先で、距離を取ったエクスキャリバーの首元――先ほど僕たちが総力戦で破壊した内部フレームや装甲部分が、青白い光を帯び始めているのが見えた。
奴の、自己再生プロセスが始動したのだ。
周囲を見渡せば、アガットさんたちも爆発のダメージで吹き飛ばされ、まだ立ち上がることができていない。
(このままじゃ、間に合わない……! あの苦労して与えたダメージが、また全部元通りに再生されてしまう!)
心の中で、一瞬だけ激しい逡巡が渦巻いた。
ノバルティス博士が組み込んだ自滅機構、『ブーストアップ』。
あれを使えば、限界を超えた速度と力を引き出し、奴の再生が完了する前に攻撃を叩き込むことはおそらく間に合う。
だが、あの未来のバケモノを完全に倒し切るまでに、僕の身体はもつのか? 起動した瞬間から崩壊が早まるとして、あと何秒戦える? 十秒か? 五秒か? いけるのか……?
だが、迷っている時間はコンマ一秒もなかった。今、この瞬間に即断するしかなかった。
(僕が、仕留めきれなくても……ッ!)
ここで奴の再生を阻止し、急所のダメージさえ維持できれば。
後は、アガットさんたちが必ずあの機体を破壊してくれる。
この世界のみんなの未来を繋ぐことさえできれば、それでいい!
僕は、自分に残された最後の時間を、ここで完全に使い切ることを決めた。
悲鳴を上げるシミュラクラの身体に無理やり命令を下して立ち上がり、最後のスイッチを起動した。
「――うおおおおおおおおッ!!」
スイッチを押し込んだ瞬間。
先ほどまでの泥のような身体の重さが嘘のように、全身の隅々まで圧倒的な力が満ち溢れていくのを感じた。
あのクロスベル市街の図書館前で、ブーストアップを使い戦った時に感じたような全能感。
そして、僕の命の息吹そのものである黄金の霊子の欠片が、吹き上がる炎のように全身から激しく巻き上がる。
その代償として、視界の端に明滅する赤いシステムアラート。
そこに表示された、僕の命が完全に崩壊するまでの残り時間は――『13秒』。
(――十分だ!!!)
その十三秒間に、僕のすべての魂を込める。
大地を蹴り、一足飛びにエクスキャリバーへと肉薄する。ブーストアップによって限界を超えて強化された脚力は、奴が稼いだ距離など瞬きの間にゼロにするほどだった。
「おおおおおッ!」
飛びかかりながら空中でハルバードの機構を弾き、『モード・テスタ=ロッサ』へと変形させる。
ノバルティス博士の悪趣味な手慰みであり、姉さんの愛用する凶悪な武器。
視界の先では、すでに奴の自己再生プロセスが本格的に稼働し、装甲の穴がみるみるうちに塞がっていこうとしていた。
俺は腹の底から咆哮を上げ、まだ再生が完了しきっていない首元の装甲の穴めがけて、ギャリギャリと唸りを上げるチェーンソーを突き立てるように突っ込んだ。
ガリィィィィィンッ!! バキバキバキッ!!
鼓膜を裂くような爆音と共に、猛烈な火花が血飛沫のように噴き上がる。内部へ入り込んだチェーンソーの刃が狂ったように暴れ回り、再生しようとする装甲ごと、その奥のフレームや電子回路を無茶苦茶に切り裂き、抉り取っていく。
「ぐおおおおッ……!」
暴れる凶器の凄まじい反動が腕をへし折ろうとするが、俺は強化された膂力でそれを無理やり抑え込み、さらに深く、深く突き立て続ける。
――しかし、その視界の端で光が瞬いた。
いつの間にかナーディアの針が外れ、姿勢制御のバランスを取り戻した二基の端末が、空中でこちらに青白いレーザーの射線を向けていたのだ。
回避する余裕などない。防御に回す手もない。
(構うものか。たとえ直撃して身体が半分吹き飛ばされようとも、この手だけは絶対に離さない……!)
俺が死を覚悟して刃を押し込もうとした、その時だった。
「――《秘技・裏疾風》ッ!!」
凛とした声と共に、神速の剣閃が空間を駆け抜けた。
次の瞬間、俺に狙いを定めていた二基の端末が、一瞬にして十文字に切り裂かれ、火花を散らして弾き飛ばされていく。
「え……っ」
俺はチェーンソーを突き立てたまま、信じられない思いでその名をつぶやいた。
「リィン……シュバルツァー……?」
そこに立っていたのは、先ほどのイシュメルガとの壮絶な対話と決着で極度の疲労に陥り、戦線を離脱していたはずの『剣聖』リィン・シュバルツァーだった。
放った一撃で完全に限界を迎えたのか、太刀を杖のようにして今にも倒れそうな状態でありながら。
彼は俺を見て、ふっと優しく、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。
「……彼から、伝言だ。『兄弟によろしくな』、と」
「……っ」
その一言を聞いた瞬間、俺の目から熱い涙が一筋、頬を伝い落ちた。
あの黒いリィン。彼は、すべてを一人で抱え込んで消えようとしていた。
だから俺は、彼に最後くらい少し付き合ってやるつもりで、我儘を言ってここまで来たはずだった。……けれど。
最後の最後に俺の窮地を救い、背中を押してくれたのは彼の方だったのだ。
(最後まで……俺に付き合ってくれたのは、あんたの方じゃないか……!)
涙を振り払い、俺は再び顔を上げる。
魂が燃え尽きる音がする。
(視界に見える残り時間は――『8秒』!)
「――オオオオオオオオオオオッ!!」
決死の咆哮を上げ、俺は貰い受けたすべての想いと命の火を両腕に込め、エクスキャリバーの深部めがけて、さらに力を込めてチェーンソーを押し込んだ。