『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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VSセドリック

「そんじゃ――始めな!」

 

姉さんの気怠げな、けれどよく通る声が演習場に響いた。

その合図と同時だった。

 

「――行きますっ!」

 

地を蹴る鋭い踏み込みの音と共に、セドリックが一気に距離を詰めてくる。

彼が手にする幅の広い剣が、大きく、しかし恐ろしいほどの鋭さを持って俺へと振り下ろされた。

俺は腰のホルダーから二本の大型ナイフを瞬時に引き抜くと、それらを十字に交差させて頭上に構える。

ガギィィィッ!!という甲高い金属音が地下空間に反響した。

十字の中心、支点を潰すように刃を押し付け、セドリックの重い一撃を真正面から受け止める。

 

(……重い。剛剣、か……!)

 

ギリギリと金属が軋む音を立てながら、セドリックの剣術を肌で感じ取り、思考を巡らせる。

俺は帝国の剣術流派に明るいわけではないが、いくつかの体系があることくらいは知っている。

この力強く直線的な剣筋は、一度対峙したルーファスさんの、どこまでも洗練された宮廷剣術とは明らかに違う。

しかし、決して粗製濫造な力任せの剣ではなく、体系としてしっかりと確立された強靭な『剛』の剣だった。

 

「はあああっ!」

 

セドリックが裂帛の気合いと共に、さらに重い連撃を繰り出してくる。

俺は二本の分厚いナイフを巧みに重ねて受け流し、致命傷となる軌道だけを確実に逸らしていく。

 

あのバベル事変の最中、俺が握っていた『可変式スタンハルバード』は、今、手元にはない。

あの崩壊の中でどうなったかすら把握していないのだ。もしかしたら特務支援課の皆さんが拾ってくれて、俺の墓標代わりにでもなっているかもしれない。

今はとりあえず、結社の武器庫から見繕ったありあわせの武器で間に合わせているが……まあ、元々俺は武器には括っていないし。さして困ることはない。

それに、あの日から三ヶ月。この新しいシミュラクラの身体の出力や使い方も、すでに完全に把握している。

姉さんが見ている前で、みっともない真似はできない。俺もまた、出し惜しみ無しの全力で応えるだけだ。

 

(姉さんが見てる前だ、下手な真似はできないしな!)

 

「はあっ!!」

「っと……!」

 

暴威の嵐のように連続して振るわれる大剣を、俺は紙一重で捌き、掻い潜り、いなしていく。

力強さこそあるものの、連撃の合間に生じる大振りの後――そこに一瞬の隙があった。

彼自身が「未熟」と評したように、歴戦のルーファスさんや、同じく大剣使いのアガットさんに比べれば、それは明確な『隙』だ。

その絶好のタイミング。

 

(――ここだ)

 

その瞬間、俺は右手に持っていたナイフを、ノーモーションで真下の床に向けて投げつけた。

肩も腕も振らない、手首のわずかなスナップだけで放たれた一撃。

あまりにも簡潔で予備動作のないその動きに、セドリックはほとんど気づくことができず、完全に反応が遅れた。

 

「えっ――!?」

 

次の瞬間。床で投げつけられたナイフの刃が、セドリックの靴の一部を切り裂き、彼の足の甲を深く貫いていた。

 

「っっ……!?」

 

予想外の死角から突き刺さった激痛に、セドリックが顔をしかめ、その流れるような剣戟がピタリと止まる。

実戦において、その一瞬の停止は致命的だ。

 

「もらったっ!」

 

踏み込んだ俺は、無防備になったセドリックの腹部へ容赦なく強烈な拳を叩き込んだ。

 

「がはっ……!?」

 

肺から空気を吐き出し、くの字に折れ曲がった彼の顔面に向かって、俺はさらに流れるような連撃で強烈な回し蹴りを放った。

 

「がっ……ぁ……!」

 

鈍い打撃音と共に、セドリックの身体は勢いよく後方へと弾き飛ばされていった。

強烈な蹴りを顔面に受け、僕は後方へと大きく吹き飛ばされた。

 

***

 

シャーリィさんの「始めな!」という合図から数分も経っていないだろう。

だが、僕の体感時間はその数倍にも感じられていた。

 

「くっ……あ……!」

 

床床を数メートルも転がり、どうにか受け身を取って立ち上がる。

蹴り飛ばされた頭部が熱く疼き、何より先ほどナイフで貫かれた足の甲が、心臓の鼓動に合わせてズキズキと激痛を訴えていた。

 

先ほどナイフで貫かれた足の甲からズキズキと激痛が走るが、僕は奥歯を噛み締めて痛みを意識の隅へと追いやり、前方へと視線を向けた。

そこには、いつの間にかナイフをしまい、二丁の導力銃(オーバルガン)に持ち替えたアルシュの姿があった。

彼は無理に追撃を仕掛けることはなく、銃口を下げたまま、こちらの様子を測るように静かに見つめている。

 

(……動きに対応できない。いや、対応させてもらえないのか)

 

僕は内心で舌を巻いた。

常に相手にペースを完全に握られ、こちらが反応できない絶妙なタイミングで、慮外の一撃が飛んでくる。

結社での任務で彼にサポートをしてもらった時は、その的確な援護や、背中を合わせた時の立ち回りに「これほどやりやすい相手はいない」とまで感じたものだったが。

だが、いざ敵として対峙してみればどうだ。

常にペースを握られ、こちらの思考の外側から、反応できないタイミングで慮外の一撃が飛んでくる。

僕は深く呼吸を整え、足の痛みを完全に無視して再びツーハンドソードを構え、彼と真っ直ぐに対峙した。

 

「はは……敵に回すと、これほどやりづらい人だとは思いませんでしたよ」

 

口の中に広がった鉄の味を飲み込み、自嘲気味に苦笑する。

だが、心は折れていない。むしろ、この圧倒的な「実戦」の感覚こそが、今の僕には何よりの糧になる。

荒くなった呼吸を整え、足の痛みを精神の奥底へと追いやる。僕は再びツーハンドソードを正しく構え直し、彼を真っ向から見据えた。

 

「――続けましょうか」

 

僕が静かに口にすると、アルシュは「わかったよ」と言わんばかりに、困ったような苦笑を零した。

僕は足を止め、銃器に持ち替えた彼の動きを測るように注視する。

すると――アルシュの腕が、恐ろしいほど滑らかに動いた。

あまりに自然な挙動。戦うために眼の前で対峙しているというのに、引き金を引く瞬間の「殺気」も「意志」も、その動きからは微塵も感じられない。

 

「くっ……!」

 

咄嗟に剣を動かし、その広い剣の腹でなんとか初弾の銃弾を受け止める。

が、次の瞬間。僕の手の甲を、鋭い痛みが襲った。

 

「っ……!?」

 

ほぼノータイムの連撃。僕が防御のタイミングを図り澄ましていたのを逆手にとるかのように、死角から放たれた一撃だった。

視線を向ければ、彼のもう片方の手――銃の位置を悟らせないよう、正面ではなく腰だめの位置で密かに構えられていた銃口から、いつの間にか弾が放たれていたのだ。

 

(手が、全く読めない……!)

 

歯を食いしばり、痛みに負けそうになる右手に活を入れる。ツーハンドソードの握りが甘くならないよう、逆手で力を込め、しっかりと握り込む。

次の銃撃の隙を与えてはならない。

次の銃撃を許せば、今度こそ終わる。僕は迷いを捨て、一気に距離を詰めるべく地面を蹴った。

 

だが、それすらも彼の術中だった。

腰部で銃を構えていたはずの彼の右腕は、いつの間にか銃を捨て、ナイフを握り込んでいたらしい。

僕の突撃に合わせるように、完全に虚を突く形で放たれた投擲。

 

「っ……!」

 

僕は顔を引き攣らせながら、首を大きく逸らして回避行動を取る。

だが、全力で相手に突撃するかたちで駆け出していた最中に、無理やり体勢を崩したのだ。足がもつれ、僕はそのまま床へと無様に倒れ込んでしまった。

仰向けに倒れた僕の視界。視界が揺れる中、影が差す。

見上げれば、アルシュが静かに歩み寄り、僕の鼻先に銃口を向けていた。

 

「……ま、こんなもんにしとくか」

 

銃を下ろし、ふうと息を吐きながら彼がそう言った。

僕は大剣を離し、大の字になって冷たい床に体を預けた。

 

「ええ……。ありがとうございます」

 

天井を見上げながら、僕は今の自分を噛みしめる。

体中が痛む。呼吸は苦しい。

けれど、不思議と気分は晴れやかだった。

 

(……まだまだ、未熟だ)

 

立ち上がる気力も抜け、天井を仰ぎ見る。

その胸中に去来したのは、至るべき強者への途方もない壁の高さへの実感だった。

 

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