『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
あの立ち会いから数日後。
俺は、各地に点在する結社の拠点の一つに身を寄せていた。
今の俺の、結社《身喰らう蛇》における立場は、一応『協力者』ということになっている。
ノバルティス博士のラボで目覚め、姉さんと再会したあの日――姉さんが色々と手配をしてくれたのだろう、施設内にはしっかりとした私室が用意され、生活の基盤が整えられていた。
おまけに、非常に有難いことに、結社からは俺に対して普通に『給料(活動資金)』まで支払われている。
秘密結社と名乗るわりには、福利厚生や資金面において妙に真っ当なシステムが確立されており、当初はかなり面食らったものだ。
この数ヶ月間、姉さんやセドリック、時には博士の仕事に付き合って各地の拠点を回りながら、この組織を内側から見ていて気づいたことも多くあった。
かつて遊撃士協会にいた頃に抱いていた「純粋な悪の組織」という印象とは、結構違うものだったのだ。
もちろん、彼らが目的のために手段を選ばず、時に民間人に大きな被害を出すことは事実だ。
遊撃士協会からすれば、間違いなく不倶戴天の敵であることも確かである。
俺自身は、そういった大規模な破壊活動や非道な任務には今のところ関わっていない。
だが、彼らの活動を傍で見ていると、結社の計画の『邪魔になる』という理由だけで、
裏社会で悪辣なことをしている別の組織を容赦なく叩き潰すような場面にも何度か出くわした。
彼らは決して単純な『善悪』の二元論だけで測れるような組織ではない――そういう輪郭が、徐々に見えてきていた。
各地の拠点を巡る中で、ノバルティス博士以外の《蛇の使徒(柱)》や、他の《執行者》たちと顔を合わせる機会もあった。
まだまともに言葉を交わしたことは少ないが、少し遠目から観察しただけでも、誰も彼もが『まともな人間(常識人)』ではないことだけは嫌でも伝わってきた。
とはいえ、存在しない未来からシミュラクラの身体で蘇った俺自身も、とても真っ当とは言い難い立場にいる。
姉さんからは「あんたさえ良ければ、暇な時にでもアイツらの仕事を手伝ってあげれば?」と軽く言われていた。
あくまで『協力者』としての自由意志が尊重されているあたりも奇妙な組織だが、まあ、機会があれば今後彼らと深く関わることもあるかもしれない、くらいに考えていた。
――もっとも、この結社という組織が根本的にどういう場所であるのか。
そして、この組織の中に……俺にとって『絶対に許すことのできない人間』さえもが席を置いているという事実を、俺はまだ知らなかった。
***
そんなことを思い返しながら、さて、どうしたものかと考えていた。
他にもまだやるべきことは山のようにある。
博士に首輪をつけられているような状況とはいえ、俺自身、一生をこの結社《身喰らう蛇》に身を置いて過ごすつもりは毛頭なかった。
エリュシオンによって演算された偽りの世界で、遊撃士として日々の依頼をこなし生活していたあの頃。
あるいは、バベルで目覚め、必死で「やるべきこと」を成すためにただひたすら走り回っていたあの極限の時期。
それらと比べると、今の俺は良くも悪くも自由になる時間が圧倒的に多い。
しかし、確かな足元も向かうべき未来も定まっていない今の俺は、ただただ自分を持て余しているような状態だった。
そんな風に少しぼんやりとしながら施設内の廊下を歩いていた時のことだ。
ふと、前方からやたらと古風な甲冑を身に着けた人物が歩いてくるのが見えた。
(この時代に、あんな全身甲冑って……結社には本当に色んな人がいるな)
少し感心しながらも、俺は特に気にかけることなくすれ違おうとした。
だが、すれ違ったまさにその瞬間。
背後で、バッ、と甲冑の擦れる鋭い音がして、その人物が勢いよくこちらを振り返る気配がした。
「……あなた。アルシュ、アルシュ・グレイウッド!?」
兜の奥から響いたのは、凛とした、けれどどこか動揺を含んだ女性の声だった。
俺は足を止め、振り返る。そこには、微動だにせずこちらを凝視している甲冑姿の女性が立っていた。
「……誰……?」
思わず、素の疑問が口をついて出た。
記憶を必死に遡ってみるが、その甲冑の姿に全く見覚えがない。
そもそも、俺が結社に来てから新しく知り合った人間の数なんて、両手の指で余裕で足りる程度なのだ。
「ああ、そうだけど……」
答えてから、少し申し訳なさそうに頭を掻く。
「えっと……どちら様でしたっけ……?」
その一言を聞いた瞬間、目の前の甲冑の女性がわなわなと小刻みに震えだした。
(あ、ヤバい。表情は見えないけど、絶対ちょっと怒ってる……)
しかし、悪いが本当に記憶にないのだ。俺が戸惑っていると、彼女は震える声で叫んだ。
「わ、忘れられてますの……!?」
怒りよりも、なぜかひどくショックを受けているような悲痛な声だった。「ごめん、本当に覚えがない」と正直に伝えると。
「キィィィッ! このっ、失礼な……!」
彼女は被っていた兜を乱暴に脱ぎ捨て、その顔を顕にした。
茶色の髪を揺らし、顔を真っ赤にしてふるふると怒りに震える彼女の顔を見て、俺はハッと息を呑んだ。
「わたくしはデュバリィです! 『神速』のデュバリィですわ!!」
その顔には、見覚えがあった。
クロスベル解放作戦からバベル事変にかけて、ルーファスさんと共に行動し、共に戦線を駆け抜けていた《鉄機隊》の筆頭――デュバリィさん、その人だったのだ。
「デュバリィさん……! ああ、ごめん、兜を被ってたから全然分からなかった」
「兜のせいではありませんわ! あなた、わたくしの顔を見るまで完全に存在を忘れていましたわね!?」
彼女は涙目で抗議しながら、俺に指をビシッと突きつけてきた。
そして、一息ついた後、信じられないものを見るような目で俺を頭の先からつま先までじっと見つめ直した。
「……というか、あなた……どうして生きてますの?」