『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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嵐の日に③

夕食を終え、夜がさらに深く更けていくにつれて、外の嵐は信じられないほどの猛威を振るい始めていた。

 

ゴォォォォォォッ……!!

バチバチバチッ!!

 

ここ数年のクロスベルでも類を見ない、まるで天地がひっくり返ったかのような暴風雨。

 

普段はどれほど雨が降っても静寂を保っている堅牢な石造りの大聖堂でさえ、今夜ばかりは違った。

突風が建物を打ち据えるたびに、歴史を重ねた古い柱や梁から

「ギシッ……ミシミシ……」と、悲鳴のような不気味な軋み音が響き渡る。

 

「……ひぐっ……怖い、よぉ……」

 

部屋の隅の長椅子に身を寄せ合っていたリリが、雷鳴と軋み音に耐えきれず、ポロポロと涙をこぼし始めた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、リリちゃん……大聖堂はすっごく頑丈だから……っ」

 

キーアも必死に笑顔を作ってリリの背中を撫でているが、その声は微かに震え、肩はビクッと強張っている。

いつも天真爛漫な彼女も、この尋常ではない嵐の気配にはすっかり怯えてしまっていた。

 

(僕が、しっかりしなきゃ……!)

 

アルシュはギュッと唇を噛み締めると、二人の間に座り込み、その小さな手を両手でしっかりと握りしめた。

毎日木剣を振るって少しだけ硬くなった、十歳の少年の手。

 

「リリ、キーア。僕がいるから大丈夫だよ。絶対に、僕が二人を守るから」

 

アルシュの温かく力強い手の感触と、その真っ直ぐな言葉に、キーアとリリは弾かれたように顔を上げ、少しだけ安心したようにアルシュの手に自分の手を重ねた。

 

その時、足早に廊下を歩いてくる複数の足音が響いた。

姿を現したのは、大聖堂を束ねるエラルダ大司教と、数名の神父たちだった。

大司教の顔には、かつてないほどの厳しい緊張が走っている。

 

「……想定以上の暴風雨です。このままでは、建て付けの古い北側の旧棟の窓が持たないかもしれない。手の空いている者はすぐに資材を運び、補強に向かいなさい!」

 

「はい、大司教様!」

 

神父たちが慌ただしく動き出すのを見て、アルシュは思わず立ち上がりかけた。

こんな大変な時に、自分だけが安全な部屋の中でじっとしているなんてできない。

少しでも力になりたい。あの赤髪の猟兵から突きつけられた「無力感」を払拭するように、アルシュは大司教の前に一歩進み出た。

 

「あの、司祭様! 僕にも、何か手伝えることはありませんか!? 力仕事だって、少しならできます!」

 

必死に訴えかけるアルシュ。

エラルダ大司教は、足を止めて眼下の少年を見下ろした。

普段は厳格で融通の利かないところがある大司教だが、その瞳に宿った真っ直ぐな勇気を見て、ふっと目元を和らげた。

 

「……その年で他者のために動こうとする心意気、女神(エイドス)もさぞお喜びになるでしょう。立派な心がけです」

 

大司教の温かく、重みのある声がアルシュに降り注ぐ。

 

「ですが、アルシュ君。今のあなたには、もっと大切な手伝いがあるはずです」

 

「え……?」

 

「嵐に怯えるその幼き子らの傍に寄り添い、安心させてあげること。

 それこそが、今のあなたが果たすべき立派な『守り』の務めではありませんか?」

 

大司教の視線の先には、不安そうにアルシュの背中を見つめるキーアとリリの姿があった。

 

ハッとして、アルシュは自分の手を見た。

 

剣を振るって敵を倒すことだけが「強さ」じゃない。

震えている誰かの手を握り、隣にいて安心させてあげること。

それもまた、立派な戦いであり、今の自分が一番やるべきことなのだ。

 

「……はいっ! わかりました!」

 

アルシュが深く頷くと、大司教は満足そうに一つ頷き、補強の指揮を執るために足早に去っていった。

 

アルシュはすぐに二人の元へ戻り、先ほどよりもさらに力強く、けれど優しく二人の手を握り直した。

 

「ごめんね、二人とも。僕ここで、ふたりの傍にいるから」

 

外では狂ったように嵐が吹き荒れ、建物は何度も恐ろしい音を立てて軋んでいた。

 

しかし、アルシュの心にはもう焦りも不安もなかった。

自分に与えられた「二人を守り抜く」という誇り高い任務。

彼は胸を張り、嵐が過ぎ去るその時まで、キーアとリリの盾になるように寄り添い続けた。

 

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