『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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デュバリィ

デュバリィさん。

あの統一国の問題の折、ルーファスさんたちと行動を共にしていた人だ。

直接言葉を交わした回数こそ少なかったが、俺の背負っていた事情を知った時に涙を流して悲しんでくれたあの姿は強く印象に残っている。

あのような状況だというのに少し笑ってしまいそうになったのを覚えているし、それと同時に、きっと根がものすごく良い人なんだろうな、とも思った。

 

俺たちは今、施設内に設けられた休憩所のテーブルで向かい合い、俺がどうしてバベルの塔から生還したのかという事情を説明していた。

話を聞いている間、彼女はコロコロとその表情を変えた。

信じられないとばかりに目を丸くして驚き、最後にはひどく呆れたように頭を抱えていた。

 

「なるほど……あのノバルティス博士が……」

「そんなわけでまあ、思わず死に損なって、今ここでこうして生き延びている状態です」 

 

俺が肩をすくめて苦笑交じりにそう締めくくると、デュバリィさんは深いため息をついてから顔を上げた。

 

「ですが、デュバリィさんこそ。結社の人間だとは知らなかったので、少し驚きました」

 

俺が素直な感想を伝えると、デュバリィさんはスッと視線を鋭くし、責めるようなジト目をこちらに向けてきた。

 

「あら。わたくしの顔も名前も完全に忘れていた、そこのどなたかさんが仰いますの?」

 

「いや、はは……それは、その。兜姿というのが、どうしても以前の印象と結びつかなくて」

 

言い訳じみているが、事実だ。

以前、クロスベル周辺で言葉を交わした時の彼女は比較的軽装であり、今のような騎士然とした姿をしていなかった。

その時の印象が強かったため、いかにもといった全身甲冑姿と同一人物だとすぐに結びつかなかったのだ。

俺が必死に弁解すると、彼女はふっと表情を和らげた。

 

「ふん、まあ冗談ですわ」  

 

ふいっとそっぽを向いた彼女だったが、すぐに少し寂しげな表情を浮かべ、ぽつりと零した。

 

「……それにまあ、わたくしとて、正式に結社に戻ってきたわけではないので……」

「?」

 

思わず疑問の視線を向けると、デュバリィさんは何かを考え込むように、しばらく自分の膝に置いた兜をじっと見つめていた。

やがて、覚悟を決めたように顔を上げ、まっすぐに俺を見る。

 

「……そうですわね。そちらの込み入った事情を聞いておいて、わたくしが何も話さないのはフェアではありませんわね」

 

いつもの生真面目な表情に戻った彼女は、静かに自らの事情を語り始めた。

 

かつて結社において、第七柱《鋼の聖女》アリアンロードの配下として、最強の戦闘部隊《鉄機隊》を率いていたこと。

数年前の帝国の黄昏、そして世界大戦の折には、当初は結社の人間として計画を推し進める側にいたが、世界の滅びそのものを良しとするそのやり方に激しい疑念と迷いが生まれたこと。

己の心に嘘をつけず、最終的には結社を一時的に離れ、あのリィン・シュバルツァーやトールズⅦ組に協力する形で、世界大戦を食い止める側に回ったこと――。

 

「……ですが、その戦いの最中に、わたくしが何よりも敬愛するマスター(アリアンロード)が亡くなってしまいました。それ以来、わたくしは自分がこれから歩むべき道を、いまだに見出せずにいるのです」

 

寂しげに、けれど気高く。デュバリィさんは唇を噛み締めた。

 

そんな時、彼女の耳に飛び込んできたのが、あのクロスベル統一国の報だった。

かつて卑劣な手段で最愛のマスターの命を奪った男――ルーファス・アルバレアがあのような形で再び表舞台に姿を現したという知らせが。

 

「……じゃあ、あの時ルーファスさんと一緒にいたのって……?」

 

「ええ。当初はあの『新総統』が偽物だとは知りませんでしたから。マスターの仇であるあの外道を、この手で今度こそ打ち倒すために駆けつけたのですけれど……」

 

そこでデュバリィさんは、急にバツが悪そうに少し口を篭らせた。

 

「ええ、まぁ……その、本物のルーファスとの一騎打ちに敗れてしまいまして……。その後、色々と不本意な流れがあって、あの男に協力をする羽目になってしまったのですわ」

 

「ああ、なるほどな……」

 

今でも本当に悔しそうに地団駄を踏むような仕草を見せる彼女に、俺は思わず笑ってしまいそうになる。

 

「ま、まぁ、そちらの話はもういいのですわ! 終わったことですし、彼の行動すべてに納得しきれたとはとても言えませんが……すぐに答えを見出す必要などありませんもの。とにかく、わたくしはまだ結社に正式に戻るつもりはありません」

 

デュバリィさんは気を取り直すように一つ咳払いをすると、真剣な眼差しで続けた。

 

「ただ、自分がこれからどうしていくべきなのか、その確かな指針を得るために。一度、盟主にお言葉をいただければと思い、こうして一時的にこちらへ戻ってきている次第ですわ」

 

――その話を聞いて、俺は深い感嘆を覚えていた。

彼女は、何よりも大切な人を亡くした。

世界を揺るがす大きな激流に呑まれ、傷つきながらも、それでもなお、最後は自分の意志で選び、自分の足で立とうとしている。

それに比べて、今の俺はどうだ。命を拾い、自由な時間を与えられながらも、確かな足元も定まらず、まるで迷い子のようにつまらないことで立ち止まっている。

彼女の持つその真っ直ぐな強さが、今の俺には少しだけ眩しかった。

 

俺のそんな視線に気づいたのか、デュバリィさんは不思議そうに首を傾げ、少し身構える。

 

「な、なんですの、その目は……? わたくし、何か変なことを言いましたかしら」

 

「いや。デュバリィさんは、立派だなって思って」

 

俺は嘘偽りのない本心を、そのまま柔らかな笑顔に乗せて伝えた。 

 

「――っ……!?」

 

まさかそんな直球の言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。

デュバリィさんは一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くした後、みるみるうちに耳の下まで真っ赤に染め上げていった。

 

「な、ななな、何を突然言い出しますのこの人はっ! か、からかうのも大概になさいっ!!」

 

ふるふると拳を震わせ、照れ隠しで怒る彼女の姿は、やっぱりどこかコミカルで。

俺はさっきまでの憂鬱な気分がどこかへ吹き飛んでいくのを感じながら、「はは、ごめんごめん」と声を立てて笑ってしまうのだった。

 

「……っ、もう! わたくしのことはいいのです!」

 

ひとしきり照れて怒った後、デュバリィさんはほんのりと赤い頬を誤魔化すようにコホンと一つ咳払いをして、真剣な眼差しをこちらへ向けた。

 

「貴方がこうして無事に生きていること……あちらの皆さんには、ちゃんとお伝えしておりますの?」

「あー……」

 

皆、というのは特務支援課や、バベルで共闘した人たちのことだろう。その言葉に、俺はゆっくりと首を横に振って否定した。

 

「元々、俺はこの世界に存在しない人間ですから。これ以上表舞台に出しゃばっても、ろくなことにはならないと思うんだ」

 

「……」

 

俺がやんわりとした笑顔でデュバリィさんを見つめると、彼女は俺が「誰にも言わないつもりだったのに、見つかってしまった」と言外に伝えたことを察したのか、少し面白くなさそうにムスッとした顔になった。

 

(やっぱり、顔に出やすい人だなぁ……)

 

その後も、俺たちはいくつかの雑談を交わした。

他愛のない話から、彼女が放浪中に見てきた各地の様子まで。

なんだかんだで、彼女は非常に真面目で義理堅く、話していると自然と心が落ち着く人だった。

 

「……長居してしまいましたわね。わたくしはそろそろ行きますわ」 

 

やがて、デュバリィさんが兜を抱えて立ち上がる。

立ち去ろうと背を向けた彼女が、ふと足を止めてこちらを振り返った。

 

「他の皆さんのことは存じませんが……ルーファス・アルバレアと、スウェンさん、ナーディアさん、それとラピスさん。あの方々は、当面は一緒に行動されるとのことで、カルバード共和国の方面へ向かわれるようでしたわよ」

 

「えっ……?」

 

思いがけない情報に、俺は少し驚いて目を丸くした。

あの面々が共和国へ向かった。それが何を意味するのかは分からないが、彼らが揃って無事に旅を続けていると知れただけでもほっとした。

 

「……ありがとう、デュバリィさん」

 

「別に、お礼を言われるような内容ではありませんわ。ただの世間話です」

 

照れ隠しのようにそっぽを向く彼女の背中へ、俺はふと思いついて声をかけた。

 

「デュバリィさん。もし、これから先、何か手伝えることがあったら言ってほしい。俺で良かったら、いくらでも手伝うから」

 

「へ……?」

 

急な申し出に、彼女は心底驚いたような顔でこちらを振り返った。

 

「な、なぜですの? 貴方にそこまでしていただく義理は……」

 

「バベル事変の時のお礼だよ。あの時、俺の話を聞いてくれたことへのね」

 

俺がそう言うと、デュバリィさんは少し困ったように視線を彷徨わせた。

 

「わたくしは、ただその場の流れで居合わせただけですわ……。お礼を言われるようなことは何も」

 

「それでも。あの時、みんなが俺のどうしようもない話を聞いてくれたおかげで、俺は救われたんだ」

 

あの日、俺の存在を、彼らは確かに受け止めてくれた。だからこそ、なんとかその恩を返したいという想いを強く抱いていた。

 

「そうですか……」

 

俺の言葉の真意を受け取ってくれたのか、デュバリィさんはどこか神妙な、優しい顔つきになって小さく頷いた。

 

「それに」

「?」

 

「あの時、デュバリィさんが俺のために大泣きしてくれたおかげで、心が軽くなったと感じたからさ」

 

どこかからかうような笑顔を浮かべてそう付け足した瞬間、神妙だった彼女の表情がカッと沸騰するように真っ赤に染まった。

 

「なっ……なななっ……!」

「あはは。ほんと、あの時はいい人だなぁって――」

「だっ、誰が大泣きしましたの!! わ、わたくしはっ、その……目にゴミが入っただけで!!」

 

図星を突かれたデュバリィさんは、怒っているような、ひどく焦っているような感じでバタバタと両手を振り回し。

 

「こ、この恩知らず! もう知りませんわ!!」

 

そう叫ぶなり、脱兎のごとく慌ただしい足音を立てて休憩所から飛び出していってしまった。

 

「…………」

 

嵐が過ぎ去ったような静寂の中、ぽつんと残された俺は、彼女が消えた扉の向こうをぼんやりと見つめていた。

 

(……何か、ころころと表情が変わって……面白い人だな)

 

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