『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
結社の拠点から、一般の定期飛行船の発着所へと向かうため、俺は今、結社が裏ルートで用意したヴェルヌ社製の導力車のハンドルを握り、街道を走らせていた。
車の運転免許自体は、少し前に帝国に滞在していた際に取得してきたばかりだ。
元々、遊撃士時代にノエルさんにみっちりと運転の基礎を教え込まれていたおかげで、実技試験はそれほど苦労することもなく、すんなりとパスすることができた。
かつて……クロスベルで、姉さんが運転する車の助手席に押し込められ、あの無茶苦茶で荒っぽい運転にビビり散らしていた子供の頃。
あの時のことを思えば、今こうして自分がハンドルを握り、姉さんを助手席に乗せて走らせているという状況に、なんとも言えない感慨深さを感じてしまう。
「――で。なんで、なんか暇そうにしてた姉さんが、俺についてきてるわけ?」
俺は前方に視線を向けたまま、何故かとても楽しそうに助手席からこちらを眺めている姉さんに問いかけた。
「アハハ、自分で言ったじゃん。『暇だから』ってさ」
姉さんは、獲物をからかう猫のような悪戯っぽい笑顔をこちらに向けてくる。
今日の姉さんの格好は、いつものあの露出が多く物騒な執行者の戦闘服ではない。潜入を意識してか、もう少しラフで街中に溶け込めるような服装だ。
真紅のショート丈のレザージャケットに、引き締まった腹部が覗く黒のタイトなキャミソール。
下はダメージ加工の入ったショートデニムに、歩きやすそうな編み上げのブーツを合わせている。
ラフでスポーティだが、彼女の野性的な魅力が嫌でも引き立つ、姉さんによく似合う格好だった。
それどころか、彼女の代名詞であり愛用の得物でもある巨大なチェーンソーライフル『テスタ=ロッサ』すら置いてきているのだ。
「俺は別にいいんだけどさ。姉さん、こないだ他の柱の人から何か別の任務を頼まれてなかったっけ?」
「あー、あれね。断った」
あっけらかんと言い放つ姉さんに、「おいおい」と思わず視線を向ける。
すると彼女は、なんだかひどくつまんなそうな目をして、窓の外を流れる景色に頬杖をついた。
「ノーザンブリアの猟兵絡みのゴタゴタでしょー。どうせ弱い奴らが群れてるだけで、面白そうな獲物もいなさそうだったしね」
結社の《執行者》には、盟主より『完全なる自由』が認められている。
結社の計画に参加するも、任務を受けるも断るも、すべては個人の自由意志に委ねられているのだ。
以前、博士からそんな話を聞いた際、同時に「あの《戦鬼》は、執行者にあるまじきほど真面目に任務をこなしている数少ない例外だがね」とも聞いていたのだが。
そのことを姉さんに突っ込んでみると、彼女は窓枠に肘を乗せたまま、ニヤリと口角を吊り上げた。
「まー、普段はやることもないしね。団の依頼も最近は落ち着いてたから手伝ってあげてたんだけど。……ま、今は『ちょっと面白いこと』がすぐそばに出来たからね」
そう言って、猫を思わせる獰猛で肉食獣のような笑みを、運転席の俺に向けてくる。
「っ……」
俺は思わず背筋に冷たいものを感じ、冷や汗をかいた。
その『面白いこと』という単語の対象が、間違いなく俺に向いていることが察せられたからだ。(勘弁してください、姉さん……)と内心で拝み倒す。
「というか、テスタ=ロッサは置いてきてよかったの? まあ、内情を探るような潜入任務には、ちょっといきすぎた代物だとは思うけど」
「結社の飛行艇でこっそり向かうならともかく、今回は一般の定期便で飛ぶわけでしょ? さすがにアレを真っ当に持ち込んだら、それだけで素性が州政府にバレかねないしね。アタシってば一応、あちこちでお尋ね者だし?」
「そりゃそうだ」と俺は深く頷いた。
このゼムリア大陸において、あんな常軌を逸したチェーンソーライフルを笑顔で振り回す赤い髪の猟兵なんて、この人以外に存在しないのだから。
「ま、何かあってもそこら辺のもので適当に暴れるから気にしなさんな」
「内情調査なんだから、極力暴れないでほしいんだけどな……」
俺のぼやきに、姉さんは「アハハ!」と明るく笑い声を上げた。俺もつられて、小さく笑みをこぼす。
窓の外を流れていく景色を眺めながら、俺たちは他愛のない昔話や最近の出来事など、久しぶりに二人きりで色々な話をしながら、定期便の発着場へと車を飛ばしていった。
飛行艇に乗り換えてからというもの、案の定すぐにダウンしてフラフラになってしまった俺を見て、姉さんは腹を抱えて大笑いしていた。
だが、なんだかんだと冷たいジュースを買ってきてくれたり、「もー、だらしないねぇ」と少し乱暴気味に背中をバンバンと叩いてくれたりと、本当に出来の悪い弟の世話を焼くように面倒を見てくれていた。
「仕方ないな~」と言いたげなその表情は、どこか楽しそうにも見えて。そんな風に扱われることが少し気恥ずかしくもあり、けれど決して悪い気はしなかった。
やがて、窓の外の景色が変わり始める。少しずつオレド自治州に近づいてきたのか、眼下にはどこまでも広がる長閑な農地の景色が見え始めていた。
決して広くはない国土でありながら、大陸全体の食料生産という視点で見れば影響は決して小さくない、農業生産の要の地。
しかし、さらに時間が過ぎ、オレドの州都が近づいてくると、その景色は一変した。
農地が広がっていた郊外とは打って変わり、上空からでもはっきりとわかる巨大なモーターカーのレース場や、真新しいビル群など、近代的に発展した街並みが姿を現したのだ。
そうして州都の空港へと到着した俺たちは、飛行艇を降りてゲートを抜けた。
さすがに大陸有数の経済都市であるクロスベルには劣るが、それでも近年建てられたであろう綺麗なビルが立ち並び、活気ある街並みがそこには広がっていた。
「姉さんは、こっちの方に来るのは?」
「んー、アタシも初めて。レミフェリアとかオレドみたいなところって、ウチみたいな大きな猟兵団を動かすような依頼自体がそうそうないしね」
周囲を見渡しながらそう語る姉さんの顔を見ると、いつの間にか目元に真っ黒なサングラスをかけていた。
その、いかにも『お忍びの悪役』みたいな姿に思わずクスッと笑ってしまった瞬間――スネを思いっきり蹴り飛ばされた。
「いっっっつ!?」
「なんか文句ある?」
「いえ、なんでもありません……」
そんな物騒な姉さんと二人、俺たちはオレドの街中を歩く。
まずは今回の目的である『マルドゥック総合警備保障』の場所を探してみたのだが、これは拍子抜けするほどあっさりと見つかった。
最近設立されたばかりの会社だと聞いていたが、州都の一等地にかなり大きな社屋を構えていたのだ。
俺たちは田舎から出てきた観光客のように装いながら周辺を見て回り、いざ潜入する際のポイントとして、裏口やセキュリティの配置にいくつか目星をつけていく。
隣を歩く姉さんは、施設の警備に従事しているMK社の警備員たちを値踏みするように、サングラスの奥で獰猛な肉食獣の目を光らせていた。
下見を終えた後は、特に急いでやるべきこともなかったため、その日は姉さんと二人で「本当の観光」のように州都を見て回った。
初めて見るような最新の映画を観てポップコーンを齧り、巨大なサーキット場ではレンタルカートに乗って遊んだりした。
――いや、本当に、もう普通に楽しかった。
かつてのクロスベルの記憶でも、姉さんとこんな風に「普通の姉弟」みたいに遊んだ記憶はなかった。
だから、そういう意味でも、わざわざ暇つぶしと言いながらついてきてくれた姉さんに対して、心から感謝していた。
まあ、カートで遊んでいる時に、姉さんが俺のカートの後ろから思いっきりクラッシュさせてきて、見回りの職員さんに本気で怒られていたのには苦笑するしかなかったが。
「次やったら退場ですよ!」と怒られ、「ちぇー」と口を尖らせる姉さんの姿がおかしくって、俺が少し笑いそうになると。
「何笑ってんのさ」と、今度は耳を思い切り引っ張られて痛い目を見たけれど。
***
そうして日もすっかり暮れて。俺たちは、あらかじめ予約をとっていたホテルへと向かった。
当然のように同じツインの部屋をとって、何事もない顔でズカズカと部屋に入っていく姉さんに、俺が今さら何かを言えるわけもない。
部屋に戻るなり「先入ってくるねー」とシャワーを浴びに行った姉さんを放っておいて、俺は机に向かい、今日外で見聞きして確認したMK社周辺の情報をノートにメモして整理していた。
やがて、バスルームのドアが開き、シャワーから上がった姉さんが出てきた。
「ぷはーっ、さっぱりしたぁ! やっぱいいホテルのお湯は違うね!」
振り返ってその姿を見た瞬間、俺は「ぶっ!」とむせ返り、慌てて視線を明後日の方向へとずらした。
「姉さん、服っ!!」
「えー? なに、今更照れてんの?」
俺の狼狽えた様子を見た姉さんは、明らかに面白がるような、からかうような表情になり、濡れた髪を拭きながら俺の方へとすり寄ってきた。
「別に減るもんじゃなし。それに、昔アタシが見せてた格好と大差ないじゃん」
「いやっ、姉さんもあれからだいぶ……成長してるでしょ! こっちとしても色々と目のやり場が……!」
言い淀みながら、俺は肩に回された腕をなんとか引き剥がそうと試みる。
「アハハ! アルシュ君はいつまで経ってもウブだなぁ~!」
ケラケラと笑いながら、さらに距離を詰めてくる姉さん。
姉さんとして接してくれているから、普段は意識しないようにしているが……客観的に見て、この人はめちゃくちゃ美人なのだ。
しかも、戦士として鍛え上げられつつも、女性らしい柔らかさを備えた抜群のプロポーションをしている。
そんな気がなくても、健全な青年としての本能が反応してしまいそうになる。
(いや、そもそも……シミュラクラのこの身体が、そういうエロい意味での本能に反応するようにできてるのかは知らないけど……! いや、物はちゃんとあるんだけど!!)
下らないことを考えてドツボにハマりそうになった俺は、思考を強制的に打ち切り、ベッドの上にあったバスローブをひっつかんで姉さんの頭からバサッと被せた。
「と、とりあえず何か一枚羽織ってくれ!」
文句を言いながらもバスローブを着た姉さんを確認し、俺は「ゴホン」と分かりやすく大きな咳払いをした。動悸を無理やり落ち着かせ、真面目な仕事の顔を作る。
「――で、だ。姉さん、今回ターゲットになる『MK社』について、どこまで知ってる?」
俺は手帳を片手に、明日潜入することになる目標――マルドゥック総合警備保障についての情報共有と、作戦の相談をようやく始めるのだった。
こんな風に書いててなんだけどシャーリィは三部以降は別にヒロインじゃねぇんですよ(