『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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マルドゥック総合警備保障

マルドゥック総合警備保障。

近年、オレド自治州に新たに拠点を置いた新興の民間軍事会社(PMC)である。

設立から間もないにもかかわらず、請け負った依頼に対して非常に高い任務達成率を誇り、急激に裏社会や軍事業界にその名を売っている企業だ。

 

「任務達成率がずば抜けてるって……そんなに腕利きばかりが揃ってるのか?」

 

手帳のメモを見返しながら、俺はベッドの上に胡坐をかいている姉さんに尋ねた。

 

「んにゃ。そりゃあ個人の腕自体もそれなりに立つ連中だろうけど、それだけじゃないね」

 

姉さんはバスローブの帯を弄りながら、つまらなそうに首を振る。

 

「タネは知らないけどさ。なんでも、依頼を受ける時の『任務の難易度判定』が異常なまでにシビアっていうか。事前情報の収集能力が高いのか、ほぼ必ず達成できるだけのメンツを確実に計算して揃えてから仕事を受けてるって噂だよ」

 

「なにそれ……」

 

思わず、呆れたように聞き返してしまった。

猟兵というものは、多かれ少なかれ不測の事態や想定外の戦力とぶつかり合うリスクを抱えて戦場に立つものだ。

それを完全に計算し尽くして「勝てる戦」しかしないのであれば、もはや戦争ではなく、ただの作業である。

 

「アハハ、変な会社でしょ。まあ、アタシらみたいな生粋の猟兵から見たら、さぁ? って感じだけどさ」

 

姉さんは肩をすくめて笑い飛ばす。

 

「まあ、それだけじゃなくて、純粋に自分んとこで用意してる『武装の質』がすこぶる良いっぽいしね。それが高い達成率の要因になってるのもあるんじゃない?」

 

「武装の質、ね。ふーん……」

 

俺は顎に手を当てて考え込む。博士が歯切れ悪く言っていた「把握していない技術」というのは、このあたりに関連しているのだろうか。

 

「ちなみに、姉さんたち『赤い星座』はそのマルドゥック社の連中とやり合ったことはあるの?」

 

「今んとこはないねー」

 

姉さんはベッドにごろんと寝転がり、天井を見上げながら答えた。

 

「どうも最近、共和国政府と大口の契約を結んだとかでさ。それ以外の大きな仕事にはあんまり顔を出さなくなってるみたいだし」

 

「立ち上げたばかりの新興企業が、いきなり共和国政府と大口の契約……?」

「そう。いかにも怪しいでしょ?」

 

ニヤリと笑う姉さんの言葉に、俺の頭の中でいくつかの情報が線で繋がりそうになっていた。カルバード共和国、新技術、そして――。

 

俺の脳裏に蘇ったのは、あのバベル事変で俺自身が引き起こしてしまった「未来の厄災」――巨大な戦略兵器『エクスキャリバー』の記憶だった。

 

エリュシオンの演算上、あの兵器が扱われる予定だったのは、カルバード共和国が国家の威信をかけて推し進めるであろう『宇宙計画』の最中だったはずだ。

俺の朧げな未来の記憶だが、確かあの計画が本格的に実行されるまでには、まだここから『二年』ほどの時間があったはずだ。

 

(ノバルティス博士が言っていた、自分でも把握していない技術……)

 

それはもしかして、共和国の「宇宙計画」に繋がるような、未知の観測技術や兵器体系なのだろうか。だとしたら、あのマッドサイエンティストが苛立ちを隠せなかったのも頷ける。

 

「…………」

 

俺は手帳を閉じ、窓の外に広がるオレドの夜景へと静かに視線を向けた。

考え込んでいた俺の顔をじっと見つめていた姉さんが、ふと何かを思い出したように口を開いた。

 

「言っていいか分からないんだけど……まぁ、いっか」

「え?」

 

「実はさ、今、結社と共和国政府の間には秘密裏に協定が結ばれててね。お互いの計画に対して『相互不干渉』……要するに、お互いに邪魔をしないって決まってるんだよ」

 

あっさりと語られたとんでもない国家機密級の情報に、俺は思わず引きつった笑いを浮かべた。

 

「……それ、本当に俺なんかに言ってよかったの?」

「さぁ?」

 

姉さんは全く悪びれる様子もなく、ただただ楽しそうに肩をすくめてケラケラと笑っていた。

 

(相互不干渉の協定、か……)

 

結社が水面下で進めている計画の全貌に関して、末端の協力者でしかない俺は知る由もない。

だが、共和国側の計画に関して言えば……おそらくは、あの『宇宙計画』のことだろう。

それが結社の目的とどう競合し、なぜわざわざ不干渉の協定を結ぶ必要があったのかまでは分からない。

 

ただ、宇宙計画と聞くと、どうしても胸の奥で薄暗いしこりが疼くのだ。

人類が空の果てへと漕ぎ出すための、未来の希望であったはずの象徴。

あの『エクスキャリバー』を、あんな歪な大量破壊兵器の形でこの世界に再現させてしまったのは、他でもない俺なのだから。

 

(……この先のことに、俺が直接関わることはないだろうけど)

 

それでも。たとえ俺に何ができるわけではないとしても、一度、カルバード共和国という土地に直接足を運んでみようか。

窓の向こうの夜景を見つめながら、俺は静かにそんな決意を胸に抱いていた。

 

「――で?」

 

考えに沈みかけていた俺の意識を、姉さんの声が引き戻す。

 

「大体の段取りは決まったけど、アタシらは結局どう動くのさ?」

 

最後の確認を取ってくる姉さんに、俺は手帳をパタンと閉じ、明確な意志を持って答えた。

 

「明日の朝、早朝に仕掛けよう」

「早朝ね。了解」

「それに、俺たちには博士がわざわざ持たせてくれた『これ』もあるしね」

 

俺はポケットから、オーブメントのような形状をした小型のデバイスを取り出し、姉さんに見せて軽く振ってみせた。あの偏屈なマッドサイエンティストが直々に用意してくれた「仕掛け」だ。

 

「おっけー」

 

姉さんは短く応えると、獲物を前にした肉食獣のような、獰猛で酷く楽しそうな笑みを浮かべた。

 

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