『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
俺と姉さんがマルドゥック社の社屋を後にし、朝靄の残る街へと消えていく頃。
ビルの上層階。
全面ガラス張りの大窓から二人の背中を見下ろしながら、ミラベル・アーミトンはゼネラルマネージャーであるソーンダイクに詰め寄っていた。
「どういうことや、GM! あんな取引、ウチは一言も聞いてへんで!?」
抗議の声を上げるミラベルに対し、ソーンダイクは悪びれる様子もなく「ハハハ」と人の良さそうな、それでいて腹の底が見えない笑い声を漏らすだけだった。
「大体なんやのん、あの『アル』だか『グレイ』だかいう兄ちゃんは」
「……アルシュ・グレイウッド」
不意にソーンダイクの口からこぼれ落ちた名前に、ミラベルは怪訝な顔をした。
「なんや、それ?」
「おそらく、彼の本名です」
事も無げに言ったソーンダイクを、ミラベルはものすごい目で睨みつけた。
あの抜け目のない青年が明かそうとしなかった情報を、なぜこの男が握っているのか。
『あんた、何を知っとるんや』と顔に書いてあるミラベルに対し、ソーンダイクは肩をすくめた。
「意図せず、偶然手にしたデータですよ。……もっとも、個人のプライバシーに関わることですので、これ以上詮索する気はありませんが」
「胡散臭いなぁ……」
心底ジト目で睨みつけるミラベルだったが、すぐに頭を切り替えて別の追及を始めた。
「第一、テスターって……武装はどうするつもりやねん。『スタンキャリバー』はまだテスト運用できる段階にいってへんし、他の武装もまともなのは出来てへんやろ?」
「ええ。ですから、彼には『腕と足用のギア』のテストをお願いするつもりです」
その回答を聞いた瞬間、ミラベルは素っ頓狂な声を上げた。
「はぁっ!? あんた、あれは『義肢用』の――!?」
「なるほど、だから彼なのか」
部屋の隅に静かに控えていたカシムが、納得したように低い声で呟いた。ミラベルはますます混乱したように頭を抱える。
「いや、どういうことやねん! 主任まで!」
「彼は『全身義体』だ。……生体部品にかなり置き換えられて、巧妙に偽装されているようだったがな」
「はぁああ!? 嘘やろ!? どう見ても普通そこらへんにおる兄ちゃんやったやんか!」
最強の猟兵の眼力をもってしても、刃を交えなければ確信が持てなかったという事実。
ミラベルが驚愕するのも無理はない。
そんな彼女に対し、ソーンダイクは静かに語った。
「おそらく、我々が先日手にした『アレ』と同じ技術系統……いえ、それをさらに推し進め、完成させたものと考えられます。私も事前情報がなければ、外見からでは全く判別がつかないほどでした」
「……あんた、だからわざわざあの兄ちゃんをテスターに……」
その言葉に、ソーンダイクは口角を吊り上げて「それも理由の一つです」と肯定した。
底知れぬ技術で作られた全身義体。
そのデータ収集という意味でも、彼を逃す手はなかったというわけだ。
「それと……彼の担当SC(サービスコンシェルジュ)には、リゼット君を任せたいと思います」
「ちょい待ち!」
突然飛び出したその名前に、ミラベルは先ほどよりも焦ったような表情で声を荒げた。
「あの子はまだ、まともに動けるような状況やないやろ!」
「ええ。ですが、通信越しでサポート業務を行うだけなら、現状でも問題ないでしょう」
ソーンダイクは窓の外の景色から視線を外し、振り返ってミラベルを見た。
「彼女は将来的に、SCとして働くことを希望しているのです。であるならば……彼のような『特殊な事情』を抱えたテスターの担当は、第一歩としてちょうどいい」
「…………」
その言葉の裏にある意図を汲み取ったのか、ミラベルは押し黙った。
ソーンダイクの言う通り、あの青年と『彼女』には、ある種の決定的な共通点がある。
複雑な事情が絡み合う中、ミラベルは考えに考えた末、大きなため息とともに頭を掻き毟った。
「あー……もう! わかった、わかったわ! 後であの子に伝えとくわ!」
どこまでも食えない上司の采配に、ミラベル・アーミトンのぼやきが、オレドの朝の応接室に虚しく響き渡った。