『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
そして翌日。前日にマルドゥックから連絡を受けた俺は、指定された時間に合わせて再び彼らのビルへと足を運んでいた。
意外なことに、姉さんは「アタシは適当に街で暇潰してるから、一人で行ってきなー」と、このテストにはついて来なかった。
単に面倒くさかったのか、それともソーンダイクの言う「繋がり」とやらに俺個人を深入りさせるための気遣いだったのかは分からない。
案内されるがままに、俺は再びマルドゥック社の地下へと足を踏み入れた。
昨日の夜明け前に忍び込んだ時とは違う、広大な地下実験場(テストエリア)。そこで待っていたのは、昨日スピーカー越しと応接室で顔を合わせた女性――サービスコンシェルジュのミラベルだった。
「で、これがあんたにテストをしてもらうことになる、最新の『シャード技術』を組み込んだ腕部と脚部に対応したガードギアや。名前は『パルスストライカー』と『パルスグリーヴ』っていうんやけどな」
――シャード技術。
その言葉を聞いて、俺の脳裏に一瞬、ある知識がよぎった。
空間に偏在する霊子(エーテル)の欠片を展開し、制御する技術。俺の持つ未来の知識において、カルバード共和国の次世代戦術オーブメント《XIPHA(ザイファ)》の根幹として組み込まれることになる、新たな導力規格だ。
(そういえば……あれが市場に展開されるのも、時期的にはもうすぐだったか……)
「……ちょっと、兄ちゃん? ちゃんとウチの話、聞いとるんか?」
「……あ。悪い」
思考の海に沈みかけていた俺の顔の前で、ミラベルがジト目を向けながら手をヒラヒラと振っていた。俺が素直に謝ると、彼女はコホンと一つ咳払いをして説明を再開する。
「シャードってのはエーテルの欠片を使って、様々な機能や効果を発動・制御するもんやけどな。こいつに搭載されとる機能は、極めてシンプルに『出力』のコントロールだけに絞っとる」
「出力?」
俺が聞き返すと、ミラベルは得意げに人差し指を立てた。
「そうや。『パルス』の名の通り、物理的な壁を伴った小規模な衝撃波を生み出すことができるんよ。使用者の出力調整次第やけど、ただの打撃兵装として攻撃に使うだけやなく、空中に物理的な防壁を展開して防御にも使える優れもんや」
なるほど。話を聞く限りでは、確かにそれなり以上に便利そうな代物だ。
コンソールの上に置かれたそれは、腕部と脚部に装着する手甲と足甲のセットだった。
猟兵や軍が使うような複雑でごてごてした装飾はなく、極めてスリムで洗練されたシンプルな見た目をしている。
そのサイズ感と薄さなら、ギリギリでインナーのように衣服の下へ着込み、その上からジャケットなんかを羽織って外見から隠すこともできそうだ。
隠密行動や要人警護なんかにはうってつけの装備だろう。
「……なかなか良い代物じゃないか。実用化されれば猟兵や裏の連中がこぞって欲しがりそうだ。で? これのテストをすればいいんだな?」
そう思いながらギアを眺めていた俺だったが、隣に立つミラベルを見ると、彼女はどこか言いづらそうな、ひどくバツの悪そうな表情を浮かべて頬をポリポリと掻いていた。
「あー……うん。機能としては最高なんやけどな。ただ、ちょーっとばかし『問題』があってなぁ……」
「端的に言うとな。発生させた衝撃を、完全には『殺しきれてない』んよ」
ミラベルは視線を泳がせながら、その武装の致命的な欠点を語り始めた。
「この装備には、衝撃を発生させる負荷の段階が10段階まで設定されとるんやけど。衝撃波に指向性を与えとるにも関わらず、反動として内側に伝播してくる衝撃エネルギーを相殺しきれへんのよ。結果として、使用者の腕や脚に、発生させた衝撃の何割かがそのまま『返ってきてしまう』んや」
「……」
「まぁ、それでも負荷3程度までなら、そこそこ鍛え抜いた人間なら普通に使えるし、その程度の出力でも、飛んでくる銃弾を空中で弾き落とすくらいの衝撃波は生み出せるんやで? でもな……それ以上の負荷、例えばレベル5以上まで上げると、並の人間やったら骨折は免れへん。さらに最大負荷(レベル10)で使った日には、衝撃波を生み出し切る前に、反動で自分の腕がひしゃげてオシャカになるわ」
俺は手にしたパルスストライカーを見つめたまま、数秒ほど沈黙した。そして、あまりにひどい仕様に対して、率直すぎる感想を口からこぼした。
「いや、あのさ。……欠陥品じゃねーのこれ??」
「ちゃうねんて!!」
俺の真っ当すぎるツッコミに、ミラベルは真っ赤になって反論してきた。
「兵器としての機能そのものは、ホンマにものすごいんよ!?」
ミラベルは必死に身振り手振りを交えて弁明を始める。
「最大負荷のレベル10なら、主力戦車の装甲だって紙クズみたいにひしゃげさせるパワーがあるし、導力砲の直撃にも耐え切るくらいの絶対的な対衝撃波バリアを生み出せるんよ! 兵器としてのポテンシャルはバケモンなんや!」
「いや、使った本人の腕が吹っ飛んだら意味ねぇだろうが!」
「そこなんよなぁ……。もっと機構を大きくすれば衝撃の相殺もできるんやけど、顧客からの『要件』で、どうしてもこのサイズ感(インナーサイズ)からは大きくできへんのよ! 開発部も四苦八苦したんやけど、現時点ではどう逆立ちしても解決の道筋が立ってへんくて……」
あまりのあんまりな性能に、俺の口からはもはや呆れたような乾いた笑いしか出てこなかった。
「……いや。必死に説明してくれるところ悪いんだけど、ミラベルさん」
「な、なんや」
「それ、欠陥品っていうか、完全に『未完成品』だよな?」
俺が至極真っ当な事実を突きつけると、ミラベルはついに観念したようにガクッと肩を落とした。
「…………せや」
「でしょうね」
「ただな……」
だが、ミラベルはすぐに顔を上げ、真剣な眼差しで俺の目を見据えた。
「ウチの主任とGMが、『あんたなら十全に扱える』って、太鼓判を押しとったんよ」
「…………」
その言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。あのカシム・アルファイドと、あの底知れない胡散臭さを漂わせていたGMのソーンダイクが、か。
俺の現在の身体は、かつての独立国の騒動でエリュシオンが生み出しノバルティス博士が手を加えた『シミュラクラ』の肉体だ。
あの事変の後、さらに様々な機巧を取り込み、生体部品を取り入れてさらに精巧に構成されるようになったが、その強度は常人の骨肉とは比較にならないほど高く、腕部脚部なら破損してもある程度は修復が効く。
昨日のごく短い戦闘と立ち回りだけで、最強の猟兵とあのタヌキオヤジはそこまで見抜いていたということか。
「……まぁ、あの化け物相手なら、気づかれてもおかしくないか」
俺は誰に聞こえるでもなく小さく呟き、すべてを見透かされた上での「テスターの指名」だったと自覚して、「はぁっ」と本日何度目か分からない大きなため息を吐き出した。
というか、今日のこの場にあのソーンダイクが顔を見せないのは、このとんでもない欠陥品に対する俺のツッコミや文句を直接受けたくないから逃げたのではないか、という邪推すら浮かんでくる。
「……で? 俺の仕事は、この未完成品の実戦テストをして、改良に対する意見やデータをあんたらに伝えておけばいいわけ?」
俺がそう確認すると、ミラベルはパッと表情を明るくして頷いた。
「せや! もちろんウチらも全面的にバックアップするで。……ただ、定期査定とか細かいデータのやり取りのために、今後あんたの専属担当につく『SC(サービスコンシェルジュ)』がおるんよ。基本的には、その『彼女』と連絡を取って連携してもらう形になるわ」
ミラベルは少しホッとした表情を浮かべると、背後にあったコンソールを操作し始めた。
「ほんなら、今からその子に紹介するわな。ただ、ちょっと今は研修で遠方におって、モニター越しでの対応になるのは堪忍してな」
「リゼットー、そっちの準備は大丈夫か?」
『――はい。問題ありません、先輩』
コンソールのスピーカーから、どこか少し緊張を含んだような、涼やかな女性の声が返ってくる。
直後、大型モニターの画面が切り替わり、一人の女性の姿が映し出された。
透き通るような水色の髪に、理知的で端正な顔立ち。
制服に身を包み、背筋をピンと伸ばした姿勢からは、真面目で生真面目な性格が画面越しにも伝わってくるようだった。
「彼女が、これからあんたの担当SCとして就いてもらうことになった、リゼットや」
『初めまして。この度、担当SCに就かせていただくことになりました、リゼット・トワイニングと申します。至らぬ点もあるかと存じますが、全力でサポートさせていただきます』
モニター越しの彼女は、極めて流麗な動作で深く一礼し、丁寧な自己紹介をしてきた。
「……よろしく。こっちのことは、『アル』と呼んでくれ」
昨日、あのGMの前でそう名乗ってしまった手前、今更本名を名乗るのも不自然だ。
俺が手短に返すと、横に立つミラベルが(本名知ってんねんで?)とでも言いたげに、ジトーーッとした目でこちらを無言で見つめてきた気がしたが、俺はそれに気づかないフリをして画面に向き直った。
『はい。よろしくお願いいたします、アル様』
「あ、あと悪いねんけどな。リゼットはまだSCとして研修中の身なんよ。ホンマに優秀な子やから実務に問題はないと思うねんけど」
『先輩のおっしゃる通り、まだ経験の浅い身です。不手際などがあれば、どうぞご遠慮なくおっしゃってください』
恐縮したように少し目を伏せるリゼット。
俺は小さく首を振り、苦笑いを浮かべて言葉を返した。
「いや、気にしないでくれ。こっちこそ、昨日の今日で急に契約が決まった身だ。右も左も分かってないし、むしろ俺の方が無茶なテストで色々と迷惑をかけることになると思う。……だから、お互い様ってことで頼むよ」
俺がそう言うと、モニターの中のリゼットは少しだけ驚いたように目を瞬かせ、やがて柔らかく、安堵したような笑みを浮かべた。
『……はい。ありがとうございます、アル様』
「まぁ、そういうこっちゃ。リゼットも資料見た通り、この武装はちょっと『問題』があるピーキーな代物やから、データ収集と兄ちゃんへのフォローはしっかり頼むで」
『承知いたしました。各バイタルデータのモニタリング、および武装の出力推移の記録を開始します。アル様、装着をお願いいたします』
リゼットの合図を受け、俺はコンソールの上に置かれていた『パルスストライカー』と『パルスグリーヴ』を手に取り、それぞれ腕部と脚部に装着した。
カシャッ、と軽い金属音が鳴り、ギアの内部機構が俺のサイズに合わせて自動で調整される。
軽く締め付けるように密着した――と思った直後、驚くべきことが起きた。
「……なんだこれ、めちゃくちゃ軽いぞ」
物理的な質量が消え去ったわけではないはずなのに、装着していることを忘れるほどに感触が軽い。
内部に導力かシャードを用いた何らかの重力軽減装置が組み込まれているのだろう。
可動域を一切邪魔しないどころか、素の状態で動くよりも滑らかに身体が動く感覚に、俺は思わず感動の声を漏らした。
「ふふん、装着感だけは一級品やろ? ほな、さっそく出力テスト、いってみよか!」
ミラベルの指示に従い、俺は実験場の的(ダミー)に向けて、まずは『負荷レベル3』での衝撃波を放ってみた。
「――っ!」
空気を叩き割るような鋭い音と共に、手のひらの前方に不可視の分厚い衝撃波の壁が展開される。
確かに、腕の骨の芯に多少のビリビリとした痺れは返ってくる。
だが、生み出された衝撃の威力と密度は本物だった。
これなら猟兵用の高威力ライフル弾程度であれば、完全に防壁として弾き落とすことができるだろう。
使用する感覚も直感的で軽く、ミラベルが豪語していた兵器としてのポテンシャルは十分に感じられた。
(……これなら、実戦でもかなり使えるな)
そう手応えを感じた俺は、「次は試しに、負荷を上げてみるか」と、『負荷レベル5』に設定。
「い、いくで? レベル5、発動!」
ミラベルの少し強張った声と共に、俺は的へ向けて腕を振り抜いた。
――ドゴォォォォンッ!!!
「ぐぉっ……!?」
けたたましい轟音と共に、的とその後方の特殊防爆壁がクレーターのように大きくひしゃげた。
だが、それと同時に。展開された圧倒的な衝撃波のバックラッシュが、俺の腕を容赦なく破壊しに襲いかかってきた。
「っっ〜〜〜〜!!」
俺の肉体は人間ではなくシミュラクラだ。
しかし、人間としての感覚を保つために「痛覚」までオミットしていない。
強靭な人工筋肉と特殊フレームの骨格がミシミシと嫌な音を立てて軋み、まるで腕を巨大なハンマーで全力で殴りつけられたような強烈な痺れと激痛が脳天を突き抜けた。
(い、痛ぇ……ッ!! バカじゃないのか、この反動!?)
人間の生身の腕であれば、間違いなく肘から先が粉砕骨折で明後日の方向へ曲がっていただろう。
シミュラクラの強度のおかげで損傷こそないものの、とても連続使用に耐えられるものではない。
「……はぁっ、はぁっ……。正直、これ以上の負荷を試す気には……全くなれないんだが……」
痺れて痙攣する右腕を押さえながら、俺は恨めしげな目でミラベルを睨みつけた。
「……ま、まぁ、せやろなぁ」
ミラベルは顔を引きつらせて明後日の方向を見つめており、モニター越しにバイタルと衝撃のデータを確認していたリゼットも、あまりの欠陥仕様に申し訳なさそうな苦笑いを浮かべていたのだった。