『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜 作:こげすずめ
昼前、アルシュが「ちょっと行ってくる」とホテルの部屋を出ていってから、あたしはどこへ出かけるでもなく、だだっ広いベッドの上で一人、ダラダラとゴロゴロと寝転がっていた。
「……らしくないよねぇ、ホント」
誰に聞かせるわけでもない独り言が、静かな部屋にポツリと落ちる。
ここ最近、一人になると決まって考えてしまうこと。
自分でも呆れるくらいに『らしくない』と分かっていながら、どうしても頭から離れず、踏ん切りがつかないこと。
――弟分である、アルシュのことだ。
事の発端は、あのクロスベルでの『バベル事変』が終わる直前。
ノバルティス博士のジジイに呼び出されて、わけのわからない怪しい薬を飲まされたことだった。
そこで頭に強制的に叩き込まれたのは、かつてあったという『消え去った歴史』の記憶。
あの歴史の中で、アタシはあの子を失っていた。
ポッカリと空いたどうしようもない喪失感に、周りに八つ当たりのように牙を剥くことしかできなかった、あの頃のアタシの感情。
そして、あの冷たい電子の海で――アタシに縋り付き、「お姉ちゃん」と泣きじゃくりながら、弱音をこぼして消えていったあの子の最期。
それ以降、結社で再会してこうして一緒に過ごすことが多くなったのはいいとして……問題は、あたし自身の『スタンス』だ。
どうも、あの記憶と泣き顔が脳裏にべったりとへばりついていて、あたしは根本的にあの子に対して甘くなっている気がするのだ。
今回のオレド潜入だってそう。
結局、なんだかんだと放っておけずに、過保護な姉みたいにここまでノコノコついてきてしまった。
昨日、あのカシム・アルファイドとやり合った時もそうだ。
戦闘中、あたしはアルシュが抱えている『問題点』に気づいていた。
生き残ってしまったことに対する足元のブレ。
本来のあたしなら、とっととそれを指摘して、適当な死地に放り込んで荒療治で矯正してやるのが普通だ。
だというのに、結局口出しもできず、あたしが間に入ってカバーしただけで終わらせてしまった。
そして今も、こうしてベッドでウダウダと考え込んでいる。
「……アタシは、どうしたいんだろ」
天井の照明をぼんやりと見つめながら、あたしは思考を巡らせる。
あたしは、どうしたいんだろうね。
あたしより年上の身体になったくせに、中身はあたし以上にガキっぽいあいつも悪いんだけどさ。
普通の姉弟みたいに、ずっと甘やかしてやりたいのか。
それとも、猟兵として割り切って……いや、違うな。「もうちょっと普通でいたい」のかもしれない。
自分の好きなように、やりたいようにやる。
ずっとそうやって生きてきたからこそ、今のこの『ブレーキがかかっている感じ』が、ひどく居心地が悪く感じるのだ。
アルシュもアルシュで、何やら自分の先のことを見据えて考えているみたいだし……いつまでも結社に軸足を置いておくつもりはないだろう。
その時になって、あたしの方が『弟離れできていない』ような未練がましい姿を見せてしまうのは、姉貴分として流石に許せない。
「……うー、考えても分かんないやっ」
バフッと枕に顔を沈めた、その時だった。
ガチャリ。
「……ただいま。はぁ……最悪だ」
部屋のドアが開き、心底疲れたような顔をしたアルシュが帰ってきた。
聞けば、マルドゥック社でテスターとして、とんでもない欠陥品の自爆装置(パルスなんとかって言ったか)を無理やり押し付けられてきたらしい。
「アハハハッ! なにそれウケる! あんた、完全に良いように使われてんじゃん!」
「笑い事じゃないっての……腕がひしゃげるかと思ったぞ……」
げんなりしてソファに倒れ込むアルシュを見て、あたしはベッドの上で腹を抱えて笑い転げた。
(……まぁ、もう少しは今のままでもいっか)
笑い涙を拭いながら、あたしは心の中でそっと結論を出した。
こういう緩い関係性も、決して悪い気がするわけじゃない。
どうせいつかは別々の道を歩む日が来るかもしれない。
それなら――その日が来るまでは。
もう少しの間だけは、図体だけ大人になったガキみたいなこいつを、たっぷり可愛がって遊んでおこう。
「ほらほら、そんな暗い顔してないでさ! テストお疲れ様ってことで、パーッと美味しいもんでも食べに行こ! アタシのおごりでさ!」
あたしはベッドから飛び降りると、呆れる弟分の背中をバシバシと叩きながら、いつもの獰猛で、だけどとびきり明るい笑みを浮かべた。