『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

15 / 142
嵐の日に④

問題が起きたのは、その深夜のことだった。

 

猛威を振るう嵐の音に怯えながらも、毛布にくるまり、三人で身を寄せ合うようにして浅い眠りについていた時のこと。

 

 

――ピシャァァァァァァァァァァッッッ!!!

ドゴォォォォォンッ!!!

 

 

鼓膜を破るような凄まじい轟音と、真昼のように白く染まった閃光。

そして、大聖堂全体を激しく揺さぶる地響きに、アルシュとキーアは弾かれたように跳ね起きた。

 

「きゃあっ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

雷だ。それも、すぐ近く――いや、大聖堂そのものに落ちたに違いない。

焦げ臭い匂いと、微かに漂う煙の気配。

アルシュは胸騒ぎを覚え、毛布を跳ね除けると、騒ぎが起きている方向へと廊下を走り出した。

 

旧棟へ続く渡り廊下の先では、エラルダ大司教やシスター・マーブルたちが、血相を変えてバタバタと駆け回っていた。

 

「早く消火器を! 聖遺物の無事を確認しなさい!」

 

「雷が直撃して、北側の屋根と壁が一部崩落しています!」

 

大人たちの怒号と、パチパチと木材が焦げる音が入り混じる異常事態。

アルシュが壁の影からその凄惨な状況を呆然と見つめていると、背後から服の裾を強く引かれた。

 

「……アルシュ」

 

「キーア! だめだよ、こっちは危ない――」

 

振り返ったアルシュは、キーアの顔が真っ青になっていることに気がついた。

彼女は大きな瞳に涙をいっぱいに溜め、震える声で告げた。

 

「リリちゃんが……いないの」

 

「え……?」

 

アルシュの頭から、血の気がサァッと引いていく。

先ほど雷の音で跳ね起きた時、慌てて飛び出してしまったため、隣にリリがいたかどうか、姿をちゃんと確認していなかったのだ。

 

「と、トイレかもしれない! 行ってみよう!」

 

アルシュはキーアの手を引き、大聖堂の奥にあるお手洗いへと急いだ。

しかし、その入り口へ続く廊下の手前で、二人は絶望的な光景を目の当たりにする。

雷の直撃を受けた影響か、天井の太い梁や石材が崩れ落ちており、通路が完全に瓦礫の山で塞がれてしまっていたのだ。

 

「リリちゃん! リリちゃーん!!」

 

キーアが瓦礫の隙間に向かって叫ぶが、雨と雷の音にかき消され、返事はない。

 

(……嫌な予感がする)

 

背筋をぞっとするような冷たい汗が伝う。

 

パニックに陥り、消火と被害確認に追われている大人たちに事情を説明している暇はない。

アルシュはキーアに「ここで待ってて!」と言い残し、引き返して勝手口の重い扉をこじ開けた。

 

バチバチバチッ!

 

外に出た瞬間、息をするのも苦しいほどの暴風雨がアルシュの小さな身体を打ち据える。

 

「くっ……!」

 

顔に叩きつける雨を腕で拭いながら、アルシュは泥濘む地面を踏みしめ、外側からお手洗いのある北側の外壁へとぐるりと回り込んだ。

そこには、雷の直撃を受けて無惨に崩れ落ちた石壁と、むき出しになった部屋の惨状が広がっていた。

 

「リリ……! リリ! どこにいるの!?」

 

崩れた壁の隙間から中を覗き込むが、リリの姿はない。瓦礫の下敷きになっている様子もなかった。

だが、アルシュの視線が、雨水で泥沼のようになっている足元に落ちた時。

 

「あ……」

 

崩れた壁のすぐ外側。

泥濘んだ地面に、小さな、本当に小さな靴の跡が残っていた。

その足跡は、瓦礫を避けるようにして外へ踏み出し――大聖堂の敷地の外、暗く冷たい嵐が吹き荒れる森の方向へと、点々と伸びていたのだ。

 

激しい雨によって、今この瞬間にもその小さな足跡は洗い流され、消えかかっている。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。