『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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F・ノバルティス①

マルドゥックでの武器テストは、とりあえず「まあまあ問題なく」終わったと言っていいだろう。

 

腕や脚に多少の痺れは残るものの、負荷レベル3までであれば十分すぎるほど有用な武装だった。

何より、ほぼノーモーションで衝撃波を撃ち出せるというアドバンテージは極めて大きい。

たとえ負荷1の牽制レベルであったとしても、立ち回りや運用次第で十分すぎるほど使える代物と言えるだろう。

もっとも、安全圏であるレベル3を超えると、指向性で殺しきれなかった重い痛みと衝撃がもろに腕へ跳ね返ってくる以上、今のところは緊急時用の切り札とするしかなさそうだが。

あのテストの感じだと、負荷レベル5で放った後は、反動でまともに武器を握ることもおぼつかなくなるほどのキツさだった。

 

担当になったリゼットさんのデータ解析によると、「アル様の現在の強靭なお身体であれば、負荷レベル6までなら腕部に致命的なダメージを受けずに使用可能かと思われます」とのことだったので、一応それを最終手段のデッドラインとして記憶しておくことにした。

 

(そしてつまり、負荷7以上はシミュラクラの強靭な骨格ですらブチ折れるということだ。絶対に使わないでおこう……)

 

これ以上の調整やデータのすり合わせは、今後の実戦運用の中で随時やっていくことになり、俺はリゼットさんと連絡を取るための専用通信端末を預かって、実験場を後にした。

 

……結局、最後まであの胡散臭いGMは顔を出さなかったわけだが。絶対ワザとだろ、あれ。

 

ホテルに帰ると、部屋のベッドでぐだぐだと寝転がっていた姉さんが、俺の顔を見るなり事の顛末を聞いて大笑いしてきたが、「パーッと美味い飯食いに行こ!」と引っ張り出してきた。

適当な店でたらふく飯を食い、二人でオレドの街を軽く散策して、翌日には自治州を後にした。

 

まあ、街自体は思っていたよりもずっといい場所だった。

帰りの道中で聞いた話だが、オレド州には少し足を伸ばした自然豊かな場所に、有名な温泉地なんかもあるらしい。

どうせ今後の武器テストの進捗や、マルドゥック社とのやり取りの関係で、たまにこの州には足を運ぶことになるだろう。

今度来る時は、その辺の観光地にも足を伸ばしてみようか。そんな暢気なことを考えながら、俺たちは帰路に就いた。

 

***

 

そして、その翌日。

 

「…………は?」

 

結社の薄暗い拠点の一室。巨大なモニターと無数の機材に囲まれた研究室で、俺の報告を聞き終えたノバルティス博士の動きが、ピタリと止まった。

俺は持ち帰ったデータと、マルドゥックの地下で見聞きした情報をあらかた伝え終え……最後に、ソーンダイクGMから預かっていた『あの伝言』を、一言一句違わずに伝えたところだった。

 

『もしご本人が直接こちらへ足を運んでくださるというのであれば、技術提携ならいつでも相談に乗らせていただきますよ』と。

 

「……あ、あの……ぽっと出の、田舎の、泥臭いPMCの俗物どもが……天才であるこの私に向かって、『頭を下げに来い』と……? 『技術を教えてやる』と……? そう言ったのかね……?」

 

ワナワナと震える博士の額に、これでもかというほど分かりやすく青筋が浮かび上がっていく。

手にしたステッキが怒りでミシミシと軋み、周囲の機材のランプが彼の感情に呼応するように危険な点滅を始めた。

 

「言った。一言一句そのままな」

 

俺があっさりと肯定すると、博士は顔をトマトのように真っ赤にして、ついに爆発した。

 

「…………あの、成り上がりの、PMCふぜいがぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

ガンッ! バキンッ!!

 

ステッキを振り回し、手近にあった(おそらく高価な)機材を片っ端から叩き壊して怒り狂うマッドサイエンティスト。

 

「第一、貴様も貴様だァッ!」

 

手近な機材をあらかた壊し尽くしてようやく少しだけ息を乱した博士は、今度はその怒りの矛先を、怒鳴り声と共にこちらへと向けてきた。

 

「この私の依頼で調査に、しかもわざわざあの《戦鬼》まで連れて潜入に向かっておいて、ろくな成果も得られず! あまつさえ向こうのテスターとして取り込まれて帰ってくるなど、一体どういうことだね!?」

 

「むぐ……」

 

痛いところを突かれ、俺は思わず言葉に詰まった。

実際、あの地下ラボで見た未知の武装の情報や、俺が身につけたパルスストライカーのデータは持ち帰ったものの、博士が本来求めていたであろう「マルドゥックの技術の核心」というべきまともな成果を得られなかったのは事実だ。

 

「……そう言われてもな、博士。向こうで遭遇した警備主任……あのカシム・アルファイドって猟兵、あれはマジで無理だ。バケモンだよ」

 

俺は降参するように両手を軽く上げ、包み隠さずに事実を伝えた。

 

「姉さんが一緒にいて、二人がかりで押さえ込むのが精一杯だった。しかも、アレでまだ全く本気を出してなかったっていうんだから、正直言って今の俺の手には負えない」

 

脳裏に、カシムが放っていたあの圧倒的な闘気の暴風が蘇る。

 

「特に今は、博士自身から、奥の手『ブーストアップ』の使用を固く禁止されてるだろ? あの状況じゃ、これ以上事を構えずに取引に乗る以外、打つ手はなかったんだよ」

 

(……それに、おそらくだが)

 

俺は心の中で、カシムの放っていたあの圧倒的な闘気を思い返す。

本来の獲物を手にしていないとはいえ姉さんと渡り合い、俺の搦め手を易々と凌ぎ切った完璧な静の構え。

あのカシム・アルファイドという男は、猟兵の最高峰と謳われるのも納得するだけの、規格外の実力を備えていた。

これまで数々の戦場を潜り抜け、様々な強者と相対してきたが……純粋な「個人の武」という一点において、彼はおそらく、俺が出会った人間の中で『一番強い』かもしれない。そう思わせるほどの底知れぬ凄みが、あの男にはあった。

 

「……ぬ、ぐ……っ」

 

自分自身が俺の最大の切り札を封じているという事実を突きつけられ、博士は振り上げていたステッキを握りしめたまま、言葉に詰まった。

 

俺の身体の『現状』を誰よりも正確に把握している彼自身のプライドゆえか、あるいは反論の余地がないことを悟ったのか。

ギリギリと歯ぎしりをした後、忌々しげにそっぽを向く。

 

「……チッ。忌々しいが、あの戦鬼すら手こずるほどの規格外がいるのであれば、致し方あるまい」

 

不満げに鼻を鳴らしながらも、博士は渋々といった様子でステッキを下ろし、ようやく怒りの矛を収めた。

 

どうやら最悪の沸点は越えたらしい。

俺は内心でホッと息を吐くと、この気まずい空気を変えるための「手土産」として、預かってきた『パルスストライカー』と『パルスグリーヴ』をデスクの上にコトリと置いた。

 

「んで。テスターとして預かってるこの武装……博士としては、何か興味が湧いたりしないわけ?」

 

だが、博士はチラリとそれを見ただけで、心底つまらなそうに「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「馬鹿馬鹿しい。そんな子供の玩具の延長のようなものに、この私がいちいち興味を惹かれるとでも思っているのかね? ……私がバベルの塔の中で過ごしていたあの頃、その穴だらけの未来知識から、『輪郭』だけでシャード技術を実用レベルまで構築してのけたと言ったのを忘れたのか?」

 

「……あ」

 

言われてみれば、確かに言っていた。

バベルの中枢で、俺の身体の調整のためにカプセルに浸かっていた時の雑談の中で、この偏屈な老人は確かにそう豪語していたのだ。

俺の口から出た、あんなフワフワとした抽象的な言葉の端々から――現在の共和国において、ようやく実用化の目処が立ちつつあるような次世代の超技術を、この爺さんはとうの昔に理解し、完成形を組み上げていたというのか。

改めて突きつけられたその頭脳のとてつもなさに、俺は戦慄すら覚えながら目の前のマッドサイエンティストを見つめた。

 

そんな俺の視線を受け、先ほどまで怒り狂っていた顔から少し落ち着きを取り戻した博士は、俺の腕のギアへと歩み寄り、忌々しげに、しかしひどく真剣な目でじっと観察し始めた。

 

「ふん。まぁ、私の足元にも及ばないとはいえ……このエーテル制御の回路設計の『美しさ』は、それなりに評価してやらんこともないがね」

 

滅多に他人の技術を認めないこのマッドサイエンティストが、ほんの少しとはいえマルドゥックの技術を褒めたのだ。それは極めて珍しいことだった。

その時だ。マルドゥックの地下での出来事を思い返していた俺の脳裏に、ふとあの感覚が蘇った。あの地下で確かに感じていた、本来あり得ないはずのあの違和感が。

 

「……なぁ、博士。一つ聞いていいか?」

「なんだ」

「あのマルドゥックの地下にいた時……脳の奥に、微かな『チリチリとした痺れ』みたいな感覚があったんだけど」

 

俺がそう切り出すと、博士の眉がピクリと動いた。

 

「……あのバベルの中で、俺のデータがイシュメルガとコンフリクトを起こしていた時の、あの感覚に近い感じだ。エリュシオンもイシュメルガも、もうこの世界には存在しないはずなのに……どうして俺は、あの地下でそれを感じたんだ?」

 

俺がその疑問をぶつけた瞬間。ノバルティス博士は、見開いた両目をさらにカッと見開き、ピタリと動きを止めた。

そして。

 

「……くっ、くっくっ……」

 

喉の奥で、何かが煮えるような音がした。

 

「はっ……はーっはっはっはっはっはっ!!!」

 

静かに、しかしゆっくりと。博士は天を仰ぎ、割れんばかりの大きな高笑いを上げ始めた。

それはいつもの彼らしい、自信に満ちた傲慢な笑いではない。

どこか狂気じみた、底知れぬ妄執と歓喜が入り混じったような、背筋が粟立つほどに不気味な笑い声だった。

 

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