【幕間連載中】『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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試運転

結社の施設内に設けられた、だだっ広い地下訓練所。

冷たい人工灯に照らされる中、俺は一振りの剣を正眼に構えたセドリックと対峙していた。

 

「……今日は銃もナイフも抜かないんですね。僕を舐めているんですか、アルシュ?」

 

「まさか。ちょっと新しいオモチャを手に入れたもんでな。その試運転と、身体への叩き込みだよ」

 

俺の腕と脚には、先日マルドゥックで支給された『パルスストライカー』と『パルスグリーブ』が装着されている。

俺の戦闘スタイルは使えるものは何でも使う泥臭いものだが、だからこそ自らの手足となる武装の特性を完全に熟知していなければ、実戦でまともに扱えたものではない。

 

「新しい武装……なるほど。いいでしょう、僕がその相手を務めてあげます!」

 

セドリックが床を蹴り、鋭い踏み込みで肉薄してくる。

数ヶ月前、初めて刃を交えた時は、俺の搦め手に翻弄されて圧倒的にねじ伏せた相手だった。

だが、あの時から幾度となく訓練で打ち合う中で、この元皇太子の剣技は劇的な進化を遂げていた。

 

銀閃が唸りを上げる。

俺はパルスストライカーを構え、負荷1の微弱な衝撃波を盾にして刃を滑らせるように逸らした。

かつてのセドリックならここで体勢を崩していたはずが、今の彼は違う。

 

「甘いですよっ!」

 

剣の軌道に固執することなく、弾かれた反動をそのまま利用して身体を捻り、死角から鋭い回し蹴りを放ってきた。

俺はパルスグリーブを起動し、脚同士を激突させて相殺する。

殺気などの『意』だけに頼った一直線な剣ではない。

こちらの一挙手一投足を冷静に観察し、体術を織り交ぜながら自らの剣を最も活かす立ち回りへと、その動きを完全に変えていた。

 

「へぇ……ッ、ほんと、見違えたな!」

「誰のおかげかとは言いませんよ! 行きますっ!」

 

流れるような連撃。斬撃と体術の重いラッシュを捌きながら、俺は冷静に反撃の機を窺う。

そして、セドリックが大上段から剣を振り下ろそうとした、その予備動作の瞬間。

 

(今だ――!)

 

俺は一気に懐へと潜り込み、パルスストライカーの『負荷3』へと設定する。

ノーモーションから放たれる、不可視の衝撃波。

俺の拳がセドリックの胴体に触れるか触れないかのゼロ距離に到達した瞬間、トリガーを引く。

 

「――ッ!?」

 

ドゴォッ!! と、鈍い破裂音が訓練所に響き渡った。

 

「ガ、ハッ……!?」

 

セドリックの口から鮮血が吐き出され、その身体が後方へと大きく吹き飛ぶ。

俺の腕にもビリッとした痺れが走るが、それ以上に確かな手応えがあった。

 

(なるほど……。このパルスストライカー、離れた位置から防壁や牽制に使うのもいいが、一番活きるのは『ゼロ距離での打撃』か)

 

拳を当てる瞬間に衝撃波を叩き込めば、相手の装甲や防御を透過して内部に直接ダメージを与えられる。

暗器として極めて有効な、決定打になり得るポテンシャルを秘めていた。

 

「……悪い、セドリック。やりすぎたか?」

「ゴホッ……ははっ、手加減されるより……よっぽど、マシ、です……っ!」

 

床を転がったセドリックは、口元の血を手の甲で乱暴に拭いながら、すぐに立ち上がった。

その瞳の奥には、恐怖ではなく、さらに燃え上がるような戦意が宿っていた。

 

「ゼロ距離での不可視の衝撃波……。恐ろしい手札ですが、つまり『懐に入られなければ』問題ないということですね!」

 

「ッ!?」

 

気迫と共に、セドリックの踏み込みの速度が一段階跳ね上がった。

俺が再びパルスを放とうとするよりも早く、極限まで間合いを詰めてくる。

先ほどのダメージがあるはずなのに、動きのキレが落ちるどころか増している。

 

「そこですっ!」

「ちっ……!」

 

至近距離。俺のパルスストライカーによる拳打を、セドリックは剣の平(ひら)で滑らせるように受け流し、そのまま俺の腕を巻き込むように関節を極めにきた。

剣術の中に完全に組み込まれた、実戦的な体術の連携。

腕をロックされ、パルスを撃つためのモーションすら封じられる。

 

「もらったぁッ!」

 

体勢を崩された俺の足元を、セドリックの鋭い蹴りが刈り取った。

 

「うおっ!?」

 

完全にバランスを失い、俺は背中から訓練所の硬い床に倒れ込む。

そして次の瞬間、首筋にヒヤリとした冷たい金属の感触が突きつけられていた。

 

「……僕の、勝ちですね。アルシュ」

 

見下ろすセドリックは、口元に血の跡を残しながらも、誇り高く不敵な笑みを浮かべていた。

俺は首筋に当てられた剣先を見つめ、やがて小さく息を吐き出して、両手を軽く上げて降参の意を示した。

 

「……あー、クソッ。俺の負けだ」

 

剣を下ろし、セドリックは膝に手をついて汗を拭った。

口元の血を手の甲で乱暴に拭いながら、それでも隠しきれない得意げな笑みを浮かべている。

新兵器のポテンシャルを確かめるつもりが、まさか数ヶ月前まで圧倒していた相手に、ここまで完璧に対応されてひっくり返されるとは。

痺れの残る腕をさすりながら、俺は苦笑いとともに真っ直ぐな元皇太子の顔を見上げた。

 

***

 

そんな汗と熱気が交錯する二人の姿を、訓練所の薄暗い端の方から静かに眺めている二人の女性がいた。

一人は結社において《紅の戦鬼》の異名を持つ、アルシュの姉貴分――シャーリィ・オルランド。

そしてもう一人は、結社最強の戦闘部隊《鉄機隊》において筆頭を務める《神速》の騎士――デュバリィである。

 

壁に背を預け、いつものように二人の「弟分」のじゃれ合いとも言える真剣勝負を眺めていたシャーリィは、ふらっと訓練所に入ってきたデュバリィの姿を視界の端に捉えた。

 

「おや、神速ちゃんじゃん。」

「……戦鬼」

 

シャーリィが気さくに声をかけると、デュバリィはこんな所に彼女がいるとは思っていなかったのか、少し驚いたような顔でシャーリィを見た。

 

「こんな所で油売って、どったの?」

「……いえ。少し見知った顔が見えたので、気になって覗いただけですわ」

 

「ふーん……。そういや、アンタたちってあの『バベルの騒動』の時に顔を合わせてたんだっけ?」

 

シャーリィが尋ねると、デュバリィは訓練場の中央で激しく打ち合うアルシュの姿を見つめながら、静かに頷いた。

 

「ええ。それほど深く関わったわけではありませんが……彼についての事情も、一通りは存じています」

 

そこまで言って、デュバリィはハッとしたようにシャーリィへ視線を向けた。

 

「ああ……そういえば昔、彼に戦い方を教えた『赤髪の猟兵』というのは……」

「あー、アルのやつ、そこまで話してたんだ。そうそう、アタシアタシ」

 

シャーリィはニシシと笑うと、「こーんなに小さい頃にね」と、自分の腰のあたりに手を当てて、幼かった頃の彼の背丈を誇張するようにジェスチャーしてみせた。

その、どこか心底嬉しそうな、誇らしげな姉の顔。

血と硝煙にまみれた《紅の戦鬼》がそんな温かい表情を浮かべたことに、デュバリィは目を丸くした。

 

「……貴女が、そんな表情(カオ)をするなんて」

「アハハ、そりゃあね。ま、手のかかる『可愛い弟分』だからさ」

 

特に照れるわけでも、隠すわけでもなく、シャーリィはあっけらかんとそう言って笑った。

やがて、訓練場の中央で鈍い音が響き、アルシュとセドリックの訓練に決着がついた。

アルシュが両手を上げて降参し、セドリックが肩で息をしながらも勝利の笑みを浮かべている。

 

その光景を見届けたデュバリィは、スッと表情を引き締め、隣のシャーリィに低い声で問いかけた。

 

「……戦鬼。貴女……『気づいていますわよね』?」

「あー……」

 

デュバリィの指摘に、シャーリィは先ほどまでの笑顔をスッと消し、少しだけ考え込むように視線を宙に彷徨わせた。

 

「まあね」

 

何のことかは明白だった。

先日のカシム戦でも見せた、そして今のセドリック戦でも見せていた、アルシュの戦闘における決定的な『足元のブレ』。

 

「貴女らしくもありませんわね。気づいているなら、なぜ真っ先に指摘して叩き直して差し上げないのですか?」

 

デュバリィの厳しい追及。

いつもの彼女であれば、弱点を見つければ真っ先に実戦という名の暴力で矯正しにかかるはずだ。

 

「まあ、そうだよねぇ」

 

シャーリィはポリポリと赤い髪を掻きながら、自嘲するように笑った。

 

「ただ、なーんか今は……そういうの、気が乗らなくてさ。……だから、神速ちゃんが『何かする』って言うなら、別に止める気はないよ」

 

「……は?」

 

予想外の、あまりにも彼女らしくない消極的な返しに、デュバリィは一瞬だけ困惑の表情を浮かべた。

だが、すぐに気を取り直すように小さく首を振り、凛とした騎士の顔つきに戻る。

 

「……そうですわね。彼とは多少なりとも見知った顔ですし……あの危うさをこのまま見過ごすというのも、剣士として少し寝覚めが悪いですわ」

 

そう呟くと、デュバリィは壁際から離れ、前へと歩み出した。

コツ、コツ、コツ。

硬いブーツの音が訓練所に響く。

 

「……ん?」

 

足音に気づいて振り返ったアルシュが、そこにデュバリィの姿を認めて目を丸くした。

 

「あれ、デュバリィさん? いつからそこに……」

 

だが、アルシュが言葉を終える前に。

デュバリィは彼の目の前でスッと立ち止まり、背の剣の柄に手をかけ、真っ直ぐにその瞳を射抜いた。

 

「アルシュ。――次は、私と立ち会っていただけますか」

 

それは提案ではなく、有無を言わさぬ騎士の挑戦状として、静かに、しかし熱を帯びた言葉で紡がれた。

 

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