『蒼灰の軌跡』〜届かない光と、全肯定の死神〜   作:こげすずめ

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一年が過ぎ

俺がノバルティス博士のもとで目覚め、結社《身喰らう蛇》に協力するようになってから、およそ一年が経った。

 

この一年、俺の立ち位置は大きく変わることはなかった。

相変わらずセドリックや姉さんの仕事を手伝い、博士の依頼であちこちへ出向き、時折デュバリィさんと立ち合って技を交える日々。

マルドゥック製の武装『パルスストライカー』の扱いにも少しずつ慣れ、実戦の極限状況でも無意識に引き出せる程度には身体に馴染んできている。

 

月に一度の定期査定の通信を繋ぐ担当SC、リゼットさんとは、それなりに打ち解けて仲良くなれたと思う。

先日は「正式にサービスコンシェルジュに就任した」という報告も受けた。

見習いを卒業し、俺以外にも複数のクライアントを担当することになったそうだ。

真面目で優秀な彼女のことだから、当然の結果だろう。

近いうちにマルドゥック本社へ出向く予定もあるし、その時には正式就任の祝いに何か気の利いたものを見繕って渡そうか……なんてことをぼんやり考えていた。

 

もっとも、博士から頼まれている『マルドゥックの未知の技術の調査』については、ろくに進展していない。

カシム主任もソーンダイクGMも、ガードが固すぎるのだ。

ただ、これについては博士も「そう簡単に尻尾を出す連中ではない」と長期戦は織り込み済みのようだった。

 

まぁ、直近の状況はそんなところだ。

では今、俺が一体何をしているのかというと――。

 

***

 

共和国、サントロワ州。

オラシオンと首都イーディスを結ぶ高速道路。

 

俺は車のハンドルを握り、見知らぬ土地のハイウェイを首都方面へと飛ばしていた。

 

「いやぁ、アルくんが運転できて、ほんま助かったわぁ」

 

助手席から、はんなりとした雅な声が鼓膜をくすぐる。

横目でちらりと見ると、黒いヴェールで顔の半分を隠し、まるで喪服のような豪奢でミステリアスなドレスをまとった結社の執行者No.Ⅲ――《黄金蝶》ルクレツィア・イスレその人が、優雅に足を組んで座っていた。

 

「はは……まぁ、運転手くらいでよければ、いつでも使ってくださいよ」

 

「そないなことあらへんよ。アルくん、今回も十分役に立ってくれたやないの」

 

ヴェールの奥で、底知れない大人の色香を漂わせながら、ルクレツィアさんはふわりと微笑んだ。

そう、つい先ほどまでのことだ。

俺は結社の仕事絡みで、姉さんからの紹介という形でルクレツィアさんに手助けを頼まれ、彼女の任務に同行していた。

 

「堪忍なぇ。共和国との『約定』があるせいで、ウチら結社も下手に戦力出すわけにはいかんかったし、アルくんに苦労かけてしもうたね」

 

「いや、いいですよ。それに……正直、下手に数を出してたら、アレのせいで余計に面倒なことになってたでしょうし」

 

「ふふっ、それもそうどすなぁ」

 

今回の任務は、とある古代遺物(アーティファクト)の回収だった。

事前情報によれば、そのアーティファクトの能力は『対象の記憶を読み取り、その中にある人物の姿・声・動きを完璧に模倣してなりきることができる』という、極めてタチの悪い代物。

ただでさえ本物と偽物の判別がつきにくい相手だ。

結社の猟兵や人形兵器を大量投入していれば、誰が本物か入り乱れ、記憶を読み取られた者同士の同士討ちが誘発され、戦場はさらなる混乱に陥っていたことだろう。

 

流れる景色を横目に、そんな他愛のない会話を交わしながら車を走らせる。

ルクレツィアさんは後部座席に厳重に保管されたアーティファクトへちらりと視線を流し、ふふっと楽しげに目を細めた。

 

「せやけど……これ、せっかくのアーティファクトやけど、ブルブランあたりが見たら『美しくない』って怒りそうやなぁ」

 

「ブルブラン?」

 

「No.Xの《怪盗紳士》やねんけど……世間やと『怪盗B』って言うた方が、通りがええかもしれんねぇ」

 

「怪盗B……!?」

 

流石にその名前には聞き覚えがあり、俺は目を丸くした。

近年は大人しくしているという話だが、俺がまだ子供だった頃、大陸各地を騒がせていた神出鬼没の大怪盗の名前だ。

 

「あいつ、執行者だったんですか……」

 

「うふふ、裏の世界やとけっこう通じとる話なんやけどねぇ」

 

驚く俺を見て、ルクレツィアさんは口元をヴェール越しに隠して上品に笑う。

 

「といっても……彼もここ最近は結社を離れて好きにやってるみたいで、ウチもかなり長い間、姿を見てへんのよ」

 

「あー……結社の、『執行者の自由意志』ってやつですか?」

 

「そやねぇ。抜けても罰則があるわけやないから、ドロップアウトした子らもけっこうおるし。一時的に離れてフラリと戻ってきて~なんてのもおるし。……ふふ、なんなら使徒にも一人、そんなのがおるなぁ」

 

くすくすと笑いながら、とんでもない内情をさらりと暴露するルクレツィアさん。

 

「……手伝っておいてなんだけど、本当にとんでもない組織ですね」

 

思わず呆れ笑いでツッコミを入れると、隣でルクレツィアさんも楽しそうに声を上げて笑った。

 

「まあ、せやからウチらもけっこうな人手不足でね。アルくんみたいにまともな子が手伝ってくれてると、ほんまに助かるんよ」

 

「はは、まあ……確かに、あんまり『まとも』な人が残ってなさそうですもんね」

 

結社に関わるようになって一年。

俺も少しずつ内部の人間を知るようになったが、確かにアクの強い連中ばかりだ。

姉さんは慕っているし面倒見もいいが、筋金入りの戦闘狂であることは否定しようがない。

セドリックや今隣にいるルクレツィアさんは結社の中ではかなりまとも寄りだと思うが……何より、俺の保護者面をしているノバルティス博士がぶっちぎりでアレだ。

俺の言葉に、ルクレツィアさんは少しだけ遠い目をして語り出した。

 

「そうやねぇ。……《鋼》の姐さんやレーヴェは亡くなってしまわれたし、クルーガーやヨシュア、レンも離れてしもたし。ルシオラも今頃、何しておるんやろか……」

 

その声音には、過ぎ去った時間への郷愁のようなものが微かに混じっていた。

 

「へぇ、そうなんですね」

 

俺は前を向いて運転しながら、適当に相槌を打った。

 

『レン』と『ヨシュア』。

 

いや、彼らのことは知っていた。

バベルの中でエリュシオンから頭に叩き込まれた『演算された歴史』。

その記憶の中に、リベール王国にいた頃に起きた事件があって、彼らの抱えていた事情を知ることになった経緯があったからだ。

最近は平和な(?)結社生活のせいで薄れていたその記憶が、ルクレツィアさんの口から出た名前によって唐突に呼び覚まされ、俺の思考は一瞬だけチクッと痛むように揺らいだ。

 

(……顔に出してないよな、俺)

 

動揺を悟られないようにハンドルを握る手に少しだけ力を込め、視線を真っ直ぐ前方に固定する。

 

もう一つ、気になったことがあった。

 

彼女が口にした『《鋼》の姐さん』。

おそらくそれは、デュバリィさんが心から敬愛しているという、亡き主のことだろう。

実際に会ったことはないが、あの真っ直ぐで不器用なデュバリィさんがあそこまで忠誠を誓い、慕い続けているのだ。《鋼》と呼ばれた女性は、人格的にも圧倒的に優れた人だったのだろうと、なんとなく思った。

 

「……どうかしたん? アルくん」

 

「あ、いや。結社にも色んな歴史があるんだなって、ちょっと考えてただけです」

 

助手席で優雅に微笑む《黄金蝶》の隣で、俺は結社の長い歴史の断片に、密かに思いを馳せていた。

 

「そういえば、離れてて戻ってきた言うたら……マクバーンもしばらく前に結社へ戻ってきた言うとったなぁ」

 

「ぶっ……!? ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ!!」

 

唐突に飛び出したその名前に、俺は思わずむせて、ハンドルを握ったまま激しく咳き込んだ。

 

「あらあら、アルくん大丈夫? 運転中に急にむせたりして」

 

「げほっ……い、いや、すいません大丈夫です。唐突にとんでもない名前が出てきたんで、完全に虚を突かれたっていうか……」

 

心配そうに覗き込んでくるルクレツィアさんに片手を上げて応えながら、俺は必死に呼吸を整えた。そりゃあ、虚も突かれる。

 

(マクバーン……)

 

思い返すのは、バベルの中で博士が作り出していたシミュラクラ――結社最強の執行者No.I《劫炎》マクバーンのコピーだ。

もっとも、あのシミュラクラはコピーであってもオリジナル同様に規格外すぎたらしく、博士の制御に反抗した挙句、自ら炎を上げてデータごとすべてを焼き尽くして消滅してしまったと、後になって爺さんが忌々しげにぼやいていたのを覚えている。

 

「ふふ。なんや、フラリと帰ってきた時に、博士のほうをものすごぉく恐ろしげに睨みきかしとったみたいやけどねぇ」

 

上品に笑いながら語るルクレツィアさんの隣で、俺は顔に冷や汗を垂らしながら乾いた笑いで相槌を打つしかなかった。

 

(そりゃあ、睨むなんてもんじゃないだろうな……)

 

勝手に自分のコピーを作られた上に、それがあの事変の最中で暴れ回っていたと知ったなら、あのマクバーンさんからすれば堪ったものではないだろう。

あれに関しては完全に博士の自業自得だ。

いつか拠点であの爺さんが黒焦げにされても、絶対に助けるのはやめておこうと密かに心に誓った。

 

そうこうしているうちに、自然の広がるサントロワ州の景色が、洗練された都市のそれへと変わっていく。

やがて遥か前方に、カルバード共和国の首都――イーディスの巨大で華やかな街並みが姿を現した。

 

「さて……。それじゃあ、アルくんはここでお別れでええんかな?」

 

助手席のルクレツィアさんが、遠ざかる景色からこちらへ視線を戻して聞いてくる。

彼女はこの後、回収したアーティファクトを持って別のルートから拠点へと帰還する手筈になっている。

 

「ええ。せっかく共和国に来たんですから、ちょっとイーディスの街並みを見てみたいと思ってまして」

 

そう答えると、ルクレツィアさんはヴェールの奥でふわりと目を細め、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「ふふっ。ほんなら、美味しいお土産……楽しみに待っとるわぁ」

 

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